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第百七十二訓 男なら女の子をしっかりエスコートしましょう

 俺とミクは、ピッタリと寄り添った格好で、大河の真ん中に浮かぶ枯れ葉のように流れに流されながら、ようやくの思いで土手に辿り着いた。


「ふぅ……大変だったね……」


 ミクは疲れた様子でそう言いながら、俺の背中に回していた手を放す。


「あ……っ」

「……どうしたの、そうちゃん?」

「あっイエッ! 何でもないっす!」


 それまで密着していたミクが離れてしまった事に、思わず「もう終わっちゃった……」という思いと共に漏らした嘆きの嘆息をまんまと聞きつけられてしまった俺は、慌ててかぶりを振った。

 そして、それまで密着していたミクの体の感触と体温と香りを感じられなくなった事を心の底から惜しみながら、誤魔化すように土手の一角を指さす。


「あ、あっ! あそこ空いてるぜ! ほ、他の人に取られないうちに、早く行こう!」

「あ、うん、そだね」


 俺の言葉に、ミクは素直に頷いた。

 それを見た俺は、ミクの先に立って、今見つけた土手のスペースに向かおうとして――意を決して、彼女に向けて手を指し伸ばす。


「え……?」

「あ、い、いや……」


 キョトンとした顔のミクを前に、俺は顔から湯気が噴き出しそうになるのを感じつつ、たどたどしく捲し立てた。


「あ、あの、アレだ! その……ま、またはぐれたらアレだからさ、手をアレしてアレした方がいいんじゃないかと思って……そんなアレッ!」

「……ふふっ」


 俺の言葉を聞いたミクが、おかしそうに噴き出す。


「そうちゃん、何回“アレ”って言うの?」

「あ、えっと、その……」


 ミクの問いかけに、目を縦横無尽に泳がせながら答えに詰まる俺。

 照れくささのあまりに、「はぐれたら大変だから、手を繋いで行こう」とストレートに言えなかったせいで、訳の分からない構文になってしまった。……あれじゃ、ミクもさすがに意味が解らないだろう。

 ――だが、ミクはニコッと微笑むと、


「……そうだね」


 と言って頷き、右手に持っていたりんご飴を左手に持ち替えてから、俺が伸ばした手を握ってくれた。


「ふぇっ?」


 俺は、あまりにあっさりとミクが手を繋いでくれた事にビックリして、思わず目を丸くする。

 そんな俺の顔を覗き込んだミクは、慌てた顔をしながら首を傾げた。


「……あれ? ひょ、ひょっとして、違ってた?」

「あ……いや! 違ってないっ!」


 俺は、離れようとするミクの手を逃さないようにしっかりと握りしめながら、必死で首を左右に振る。

 握ったミクの手は、柔らかくて――少し熱い。

 でも……多分俺の掌は、ミクのそれよりもずっと熱いはずだ。

 跳ねる心臓の拍動に比例するように、みるみる頬の火照るのを感じた俺は、真っ赤になった顔をミクに見られないよう前を向いた。


「じゃ、じゃあ……行くか」

「あ……うん」


 ミクがコクンと頷いた気配を背中で感じ取った俺は、たくさんの人が行き交っている土手の階段を昇る。


「あの、すみません……通ります……あ、すみません、ちょっとそこ避けてもらっていいっすか? ありがとうございます……あっと! す、スミマセンっ!」


 土手の斜面を降りてくる人と人の間をすり抜けたり、もう土手の斜面に腰を下ろしていた人に少しズレてもらったり、よろけた拍子にぶつかってしまった人に謝ったりしながら、俺たちは何とか目的の空きスペースまで辿り着いた。


「ふう……やれやれだぜ……」


 俺は安堵の溜息を吐くと、名残惜しい気持ちを必死で抑えながら、繋いでいたミクの手を放す。


「ありがと、そうちゃん」


 そう、俺に礼を言ったミクは、左手に二個持っていたりんご飴の一つを右手に持ち替えると、


「はい、どうぞ!」


 と、満面に笑みを湛えながら俺に差し出してきた。


「あ……ど、どうも……」


 俺はドギマギしながら、さっきまでミクの手を握っていた右手で、彼女が差し出したりんご飴を受け取る。


「え、ええと……ありがとう」

「うん」


 ぎこちなく礼を言った俺に頷いたミクは、そのまま土手の上に腰を下ろそうとした。

 それを見た俺は、慌てて制止する。


「あっ! ちょ、ちょっと待った!」

「へ? どうして?」


 俺の声に、ミクはキョトンとした顔で目を丸くした。

 そんな彼女が着ている浴衣を指しながら、俺は大きく首を左右に振る。


「いや、ダメだよ! そのまま土手の上に座ったりしたら、せっかくのきれいな浴衣が汚れちゃうじゃんか!」

「え、別に大丈夫じゃない?」


 俺の答えを聞いたミクは、苦笑しながら自分の足元を指さした。


「確かに、土が剝き出しだったら汚れちゃうかもだけど、ここは草が生えてるし……」


 彼女の言う通り、土手の斜面には、低い雑草が生えていて、確かに土汚れは付かなさそうではある。

 だが、俺は尚もかぶりを振った。


「いや! だからって安心はできないって!」


 そう言いながら、俺はTシャツの上に羽織っていた薄手のパーカーを脱ぐと、土手の雑草の上に敷く。


「……とりあえず、これでいいか。ミク、この上に座りな」


 と、俺は、地面の上に広げた自分のパーカーの上に座るよう、ミクに促した。

 だが、ミクは慌てた様子で首を横に振る。


「え、ええ? いや、別にいいよぉ。こんな事したら、そうちゃんの服が汚れちゃうじゃん」

「俺のパーカーなんて、いくらでも汚れて大丈夫だよ」


 どーせ、ウチの近所の東友デパートの売り尽くしセールで買った安物だし……という言葉は飲み込んで、俺はニコリと笑みを作り、「それに……」と、更に言葉を継いだ。


「草に紛れて、何が落ちてるか分からないし……」

「えっ?」

「そう……例えば、日頃河川敷を散歩している犬が落としたフン……とか」

「――っ!」


 俺の言葉を聞いた瞬間、ミクが顔を引き攣らせて、慌てた様子で自分の足下周りに目を落とす。

 ……だが、反応したのは、ミクだけではなかった。


「「「「「「「「「「――――っ!」」」」」」」」」」


 周りに座っていた他の観客たちが、俺の言葉と同時に、一斉に跳ね上がるように勢いよく立ち上がった。

 そして、血相を変えて、今まで自分たちが腰を下ろしていた土手の上に血眼を向けながら、()()を探し始める。

 ……明らかに、今の俺の発言が原因だ。

 俺は、騒然とする土手の光景を前に、恐縮して身を縮こまらせながら、


「あ……へ、変な事言っちゃってスンマセン……」


 と、ひたすら平謝りするのだった……。

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