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第百六十七訓 人を誘う時は早めに連絡しましょう

 「よし……」


 俺は、メッセージを打ち込み終わったルリちゃん(RULLY)とのトーク画面を閉じると、細く長く息を吐いた。

 これで、『未読』のメッセージは残りひとつ。


「ミク……」


 俺は、アカウント一覧に並ぶ“MIKU-chan”のアイコンと、その横に付いている新着バッジを見つめながら、ごくりと唾を呑む。

 そして、液晶画面のガラス面へ微かに震える指をゆっくりと伸ばし、“MIKU-chan”のアイコンをタッチしようとし――たところで、自分の喉が緊張でカラカラに乾いている事に気付く。


「……や、やっぱ、ちょっとタンマ!」


 秘かにホッとしながら、そう小さく叫んだ俺は、そそくさと立ち上がってキッチンへと向かった。

 そして、キッチンの冷蔵庫から飲みかけのコーラのペットボトルを取り出し、氷を入れたコップに注ぐと、立ったまま一気に呷る。


「ふぅ……」


 喉を通っていったコーラは、今の俺の心と同じように、すっかり気が抜けていた。

 それでも、さっきよりは幾分と緊張が緩み、人心地がついた気分になった俺は、空になったコップにコーラのおかわりを注ぐと、それを持ってリビングに戻る。

 ローテーブルに置いたままにしていたスマホの画面は、スリープ状態で消灯している。

 俺は、暗転した画面に映り込む自分の顔を見下ろしながら、大きく息を吐いた。


「……よし」


 今度こそ覚悟を決めた俺は、スマホのスリープを解除する。

 そして、再び表示された“MIKU-chan”のアイコンに指を伸ばした。

 ――だが、


「……」


 俺の指は、ガラス面に触れるか触れないかのところで、ピタリと止まり、同時に俺の心臓が早鐘のような音を立て始める。


(み、ミクからどんなメッセージが届いたんだろう……?)


 ……メチャクチャ気になるけど――俺には、なかなか開く勇気が出せなかった。

 正直、ミクにいきなり罵倒されても軽蔑されてもおかしくない事をこの前やらかしてしまったのは重々承知しているし、あいつからどんな言葉を投げつけられても甘んじて受ける覚悟もしていたはずなのに、この期に及んで俺は怖気づいてしまっている……。

 でも……このまま開かずにやり過ごせる訳も無い。

 俺は景気づけに気の抜けたコーラを呷ってから、半分ヤケクソで指を液晶画面に押し付けた。


「……」


 アイコンをタッチして画面が切り替わるまでのたったコンマ数秒が、絶望的に長く感じる。

 そして、遂に“MIKU-chan”のトーク画面が開いた。

 ドライアイになりそうなほどに見開いた俺の目にまず飛び込んできたのは――『おつかれさまです』と言いながらお辞儀をしている、ぶさかわいいクマのスタンプだった。


「……って、いや、何でやねんッ!」


 どんな衝撃的な文字列で心が抉られるのか……とガクブルしながら覚悟していた俺は、予想とは真逆のユルユルな初撃に拍子抜けして、思わずエセ関西弁でツッコんだ。

 ――だが、


「……まあ」


 天然気味のミクらしいっちゃらしいか……。

 と思い直した俺は、フフっと笑いを漏らす。

 ゆるかわクマさんのスタンプのせい――おかげで、さっきまでガチガチにしてた緊張が、すっかりどっかに行ってしまった。

 ……と、


「……まあ、そうだよねぇ」


 クマさんのスタンプの後にもメッセージが送られてきているのに気付いた俺は、


クマさんスタンプ(こいつ)は、あくまで最初のあいさつだよね。って事は、この後に本題が……」


 と苦笑いを浮かべながら、ゆっくりとトーク画面を下へスワイプした。

 相変わらず緊張はしているし、心臓はバクバクとやかましいが……先ほどまでひしひしと感じていた恐怖感は、大分和らいでいる。

 ――ミクからのメッセージは、こう続いていた。


『おひさしぶりです・・・って、そんなに経ってないけど』

『未来です』


「……いや、分かっとんがな」


 ミクのアカウントからのメッセージなんだから、ミクだなんて分かり切ってるよ……と呆れ声を上げた俺は、更に続きを読み進める。


『この前は、そうちゃんが起きる前に帰っちゃってごめんなさい』


「……いや、どう考えても、謝るのは俺の方だし」


 と、俺は苦い思いを噛み締めながら呟いた。

 勝手に酔い潰れたのも、酔いに任せてミクへ一方的に想いを伝えちゃったのも、全部俺が悪い……。

 ……というか、この話の流れだと、次でいよいよ……。

 スマホの画面をスワイプする指を離した俺は、おもむろにローテーブルの上のコップを手に取って、緊張とプレッシャーで早くも渇き始めていた喉を潤した。

 そして、軽く目を瞑りながら細く長い息を吐くと、覚悟を決めてスマホの画面に目を落とす。

 ――ミクからのメッセージは、こう続いていた。


『ところで、来週の土曜日って空いてますか?』

『その日に大平花火大会があるんだけど・・・』

『よかったら、久しぶりにいっしょに行ければなって』

『もちろん、予定が入ってて無理だったら大丈夫です』

『返信ください』


「花火大会……あぁ」


 ミクのメッセージを読んだ俺は、小さく頷いた。

 『大平花火大会』とは、俺の地元の大平市の河川敷で毎年開催されている花火大会である。

 そこまで大規模ではない上に目玉になるような派手さも無い、いたって平凡な花火大会だが、そのコンパクトさが逆に市民に親しまれ、当日にはなかなかの人出がある。

 俺も、小さい頃はミクと一緒に観に行っていた。もっとも、俺の目当ては花火ではなく、会場に立ち並ぶ屋台や出店の方だったのだが……。

 小学生の頃までは毎年一緒に行っていた俺たちだったが、成長するにつれて、連れ立って花火大会に出かけるような事は無くなった。思春期を迎えて、女子と一緒に歩く事が恥ずかしいと思うようになったからだったのだが、今思えば、つくづく勿体ない事をしたものだ。当時の自分をぶん殴りたい……。


「……久しぶりに、か」


 俺は、ミクのメッセージを反芻するように呟きながら、顎に指を当てた。

 ……多分、これは純粋な『花火大会へのお誘い』では無いだろうな。

 恐らくミクは、直接会うこの機会に、この前俺が告げた告白への返事をするつもりなのだろう。


 ――『ごめんなさい』と。


「ふぅ……」


 俺は、天井を仰ぎ、小さく息を吐く。

 そして、スマホに目を戻し、LANEのスタンプ欄から笑顔で元気よく『OK!』と答えるウサギのスタンプを選び、親指でタップしたのだった。


 ――自分のこめかみに当てた拳銃のトリガーを自ら引くような気分で。

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