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第百六十五訓 寄り道せずにまっすぐ帰りましょう

 「お疲れさまっしたー」


 一日のバイトを終え、いつものように業務口で警備員さんの検品を受けた俺は、高校の野球部部員みたいな砕けた調子の挨拶をして、店の外へ出た。

 今日は早番シフトだったので、六時上がりなのだ。


「暑っつ……!」


 建物から外に出た瞬間に襲いかかってきた、まるでサウナの中のように蒸し暑く、身体にべっとりと纏わりついてくる外の空気に、俺は思わず悲鳴混じりの声を上げる。

 真夏の七月なだけあって、午後六時を過ぎても、空気は昼間の酷暑の余韻を残していた。


「クソ暑っついなぁ……」


 俺は、眩暈がしそうな熱気に辟易としつつ、まるで犬のように舌を出しながら、Tシャツの襟を摘まんでバタバタと煽ぐ。


「さて……どうしようかな?」


 Tシャツの中に風を入れてとりあえずの涼を取った俺は、そう呟くと、道を行き交う人の流れに乗って歩き始めた。

 夏至を過ぎて日没の時間がだんだんと短くなっているとはいえ、六時過ぎの東京はまだ明るい。

 このまま家に真っ直ぐ帰るのは、何だか勿体ない気がした。


「今日は、外で晩飯食おうかな……」


 そう独り言ちた俺の脳裏に、ふと数時間前に葛城さんと交わした会話が蘇る。


 ――『じゃあ、場所は、この前私がおススメさせて頂いた「あみーご」でいいですか?』

『あ、ハイ。葛城さんにお任せします。俺、飲み屋とか居酒屋とか全然知らないんで……』

『了解しました! では、“あみーご”で決まりって事で!』……


 そう――休憩から戻って来てからの会話の流れで、俺は葛城さんと飲みに行く約束をしたのだ。

 と言っても、今月度のシフトでは都合が合わなかったので、次のシフトでシフトを合わせて……という事になったんだけど。

 その際に、行く先として挙がった“あみーご”という飲み屋を葛城さんがべた褒めしていたのを唐突に思い出した。

 ……本当に、そんなに美味い店なんだろうか?

 そんな考えが頭を過ぎった瞬間、ある考えが浮かぶ。


「……ちょっと、どんな感じの店なのか見に行ってみようかな?」


 葛城さんは、話の中で、その“あみーご”という飲み屋が近くにあると言っていた。

 せっかくバイトを早く上がれたんだから、ちょっと寄り道をして、店を事前に“視察”するのも面白いかも……。

 そう考えたら、やにわに心の中の冒険心が疼き、矢も盾も堪らなくなった俺は、ポケットに仕舞っていたスマホを取り出した。

 そして、店の中で切っていたスマホの電源ボタンをポチっと押すとメーカーロゴなどが浮かぶいつもの起動画面を経てから、数十秒後にホーム画面が表示される。

 さて……ブラウザで“あみーご 居酒屋”と検索して――。


 “ブルルルルルッ、ブルルルルルッ ブルルルルルッ……”


 と、その時、スマホが続けざまに振動した。

 音は消しているのでチャイムこそ鳴らないが、これはアプリに何かが来たと知らせる通知のバイブだ。

 電源を切っている間に溜まった通知が、バイブと共に次々と表示される。


「いやぁ……アプリのアップデートがどうのとか、いちいち知らせてくれなくっていいから……」


 俺は、何度も何度も震えるスマホを手に持ちながら、ウンザリ顔でボヤいた。

 別に、無視してブラウザを起動しちゃってもいいのだろうが、何となく通知が収まってからの方がいい気がして、俺は画面とにらめっこしながらおとなしく待つ。

 ――と、


「……ん?」


 次々表示されるポップアップを流し読みしていた俺は、気になる表示が目に入って、思わず声を上げた。

 それは、LANEの『新着メッセージがあります』という表示だった――しかも、三回も繰り返し。


「誰からだ……?」


 俺は、歩道の隅に寄って立ち止まると、期待と不安がない交ぜになった気持ちを抱きながら、恐る恐るLANEのアイコンをタッチした。

 お馴染みの緑のロゴ画面の後、アカウント一覧画面が表示される。

 と――、


「――ッ!」


 新着バッジが付いたアイコンを見た瞬間、俺の心臓は肋骨を突き破って飛び出さんばかりに跳ね上がった。

 なぜなら……赤い新着バッジが付いていたアイコンは、“一文字一”と、“RULLY(ルリちゃん)”と――――“MIKU-chan”だったからだ。


「み……ミクが……?」


 俺は、目が眼窩から飛び出しそうになるほど見開きながら、無意識に“MIKU-chan(ミク)”のアイコンをタッチしようと指を伸ばす。

 ……が、


「だ、ダメだダメだ!」


 指先がスマホのガラス面にくっつく寸前、俺は激しくかぶりを振りながら、慌てて手を引っ込めた。

 そして、周囲を見回し、荒い息を吐く。


「め、メッセージの内容があ……アレの事だったらヤバい……! 下手すると、ショックで家に帰れなくなるかも……」


 そう、自分に言い聞かせるように呟きながら、俺はスマホの電源ボタンを押してスリープさせる。

 そして、暗転したスマホをズボンのポケットに押し込むようにして仕舞い、大きく深呼吸した。


「れ、LANEを開けるのは、家に帰ってからにしよう……。そうすれば、万が一ぶっ倒れても安心……かも」


 自分でもどう安心なのか分からないまま、俺はわざとらしく何度も頷いてみせる。

 そして、


「……やっぱり、真っ直ぐ帰ろ」


 と呟いて、“あみーご”へ行くのを取りやめる事にした俺は、ふらふらとした足取りで駅へと向かって歩き出すのだった……。

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