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第百六十四訓 時間に遅れたら正直に謝りましょう

 休憩を終えて売り場に下りてきた俺は、品出し作業をしていた葛城さんに声をかけた。


「葛城さん、今戻りました」

「あ、お帰りなさい、本郷さん」


 ハンドラベラーを片手に持って立ち上がった葛城さんは、微笑を浮かべながら俺に向かってペコリと頷く。

 俺も、葛城さんに深く頭を下げた。


「すみません。ぷ、プライスを作るのに手こずって、ちょっと遅れました」

「あ、そうだったんですね。いえいえ、全然大丈夫です。気にしないで下さい」


 謝った俺にビックリした顔をしながら、葛城さんはブンブンと首を左右に振る。

 俺は、そんな彼に対して秘かな罪悪感を抱きながら、訊かれてもない弁解をし始めた。


「その……実は、事務所のプライス端末がなかなか空かなくって……。どうやら、ウチのコーナー以外も、あのハ……仁良副店長の指摘を食らってたみたいで――」

「あぁ……そういう事ですか」


 俺の説明を聞いた葛城さんが、「あっ……(察し)」という顔をする。


「他のコーナーも、ウチと同じようにプライスの作り直しをしてて、待たされてた……と」

「ええ……そんな感じっす。すみません」


 葛城さんの言葉に、俺はバツ悪げに謝罪した。

 すると、彼は慌てた様子で手と首を左右に振る。


「い、いえいえ! 本郷さんが謝る事じゃないですよ。どっちかというと、それを見越さないでプライスの作り直しを頼んでしまった私のせいですし……」

「いや……そんな事は……」


 なぜか自分のせいにする葛城さんを前に、俺は更に胸が痛くなる。

 ……実は、「プライス作成に手こずって遅くなった」というのは、半分正しくて半分違っていた。

 実のところは、社員食堂で檀さんにずっと捕まっていたのだ。

 檀さんは、「大丈夫よ、ちょっとくらい遅れたって。誰がこの店のメンバーの打刻管理をしていると思ってるのよ」と自信満々に言い切ってたし、実際、彼女の手にかかれば、少しくらいの休憩時間オーバーくらいどうとでも出来るんだろう。

 だが、だからといって、いつもより売り場に戻って来る時間が遅くなった事には変わりなく、迷惑をかける形になった葛城さんに対する後ろめたい気持ちが晴れる訳も無し……。

 ……と、その時、



 ――『え? まさか……葛城さんが、四十万さんの事を――?』


 ――『じゃ、じゃあ……葛城さんは、ずっと自分の気持ちを隠したまま、普通を装って四十万さんと一緒に仕事をしてるって事なんすか……』

 『まあ、そういう事ね』


 ――『好きな相手に自分の気持ちが伝わらないのって、結構辛い状況っすよね、葛城さん……』



 唐突に、さっき社員食堂で檀さんと交わした会話のあらましが脳裏に蘇る。

 ……そうだった。

 葛城さんは、今までずっと四十万さんに秘めた想いを――。


「……あの、葛城さん」


 気付けば、俺は無意識のまま、葛城さんに声をかけていた。

 その声に応じて振り返った葛城さんが、訝しげに首を傾げる。


「……はい? 何でしょうか?」

「あ……」


 その声にハッと我に返った俺は、慌てて首を左右に振った。


「い、いや……何でもないっす」


 葛城さんにそう言って、俺は手に持っていたプライスの紙を見せる。


「じゃ、じゃあ……作ってきたプライスを入れ替えちゃいますね!」

「え? あ、ああ、はい。お願いします……」


 取り繕うように上げた俺の言葉に、葛城さんはキョトンとした表情を浮かべながらぎこちなく頷いた。

 それ見て、一度は作業に移ろう会釈した俺だったが――ふと思い直して、再び葛城さんに声をかける。


「あ……あの、葛城さん!」

「あ、はい?」


 作業に戻ろうとしたところで再び呼び止められた葛城さんは、怪訝な表情は浮かべたものの、嫌な顔はせずに振り返ってくれた。


「えっと……まだ何かありました?」

「あ、そ、その……」


 葛城さんに問いかけられて、一瞬口ごもった俺だったが、意を決して思った事を言葉にする。


「こ、今度、一緒に飲みに行きましょう!」

「へ?」


 俺が口にした突然の提案を聞いた葛城さんは、目をパチクリさせながら、訝しげに首を傾げた。


「え……でも、この前、本郷さんはまだ未成年だって言ってませんでしたっけ?」

「あ、た、確かに……、あの時はまだ未成年でしたけど……」


 この前、葛城さんに飲みに行こうと誘われた事を思い出しながら、俺は軽くかぶりを振る。


「その……今は、もう二十歳になったんで大丈夫っす。ついこの前、誕生日だったんで……」

「あ、そうなんですか? それはおめでとうございます!」


 俺のカミングアウトを聞いた葛城さんは、怒る事も無く顔を綻ばせ、そんな彼の素直な祝福に些か照れて頭を掻きながら、俺は言葉を継いだ。


「……って事で、都合がいい日に、この前葛城さんがおススメしてた店に行きたいなって……あ、もちろん、葛城さんが良ければ――ですけど」

「良いも悪いもありませんよ!」


 葛城さんは、俺の言葉を聞くや、満面の笑みを浮かべて大きく頷く。


「こちらこそ、ぜひ本郷さんに相談してみたい事があったんで、願ってもない事です。いやぁ、本郷さんの方から誘ってくれるなんて嬉しいです!」

「あ、そ、それなら良かったっす……」


 思ってた以上に喜んでくれてる葛城さんに些か気圧されながら、俺もぎこちなく微笑んだ。


(……ていうか、ひょっとして、葛城さんが俺に相談してみたい事って、ひょっとして四十万さんに関する事なのかな……?)


 ふと、そんな直感が、俺の頭を過ぎる。

 だったら――と、俺は葛城さんに向けて言った。


「奇遇っすね。――俺も、同じ男の葛城さんに、色んな事を話してみたいと思ったんで……」


 そう……例えば、今の俺が直面している複雑で入り組んだ状況や、それが原因で悩まされている問題とかについて……ね。

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