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第百六十二訓 人のプライベートを詮索するのはやめましょう

 「なるほどねぇ」


 俺の釈明……もとい、説明を聞き終えた檀さんは、ミニうどんを一啜りしてから軽く頷いた。


「……つまり、そのお弁当は、()()()()が練習で作ったおかずを詰め込んだもので――」

「いや、だから違いますって!」


 血相を変えた俺は、慌てて檀さんの言い間違い(?)を否定する。


「さっきも言いましたけど、ルリちゃんは彼女なんかじゃないですってば! ……ていうか、それ、ワザと言ってるっしょ?」

「……ちっ、まだ認めないか」


 檀さんは、俺の言葉を聞いて、軽く舌打ちした。


「もう素直に吐いちゃいなさいよ。ホントは懇ろな仲なんでしょ。あなたと、そのルリって女の子」

「だーかーらー!」


 俺は、ジト目で問い詰めてくる檀さんに辟易しながら、更に激しく首を左右に振る。


「一番最初に言ったじゃないっすか! ルリちゃんが俺ん家に来たのは、片想いしてる男に作る料理の練習をする為だって! どうやったら、好きな男がいる女の子の彼氏になんてなれるんすか!」

「まあ、確かにそうだけどさ」


 檀さんは、興奮して捲し立てる俺に苦笑を向けながら言った。


「とはいえ、最近は、型に嵌らない色んな愛のカタチがあるからね。結構いるみたいよ、好きな男とは別に彼氏を作ってる人」

「いや、怖いわ! オトナの世界怖いわッ!」


 俺は、檀さんの言葉に思わず顔を引き攣らせる。

 と、


「え? って事は……」


 ある可能性に思い至って、恐る恐る彼女の左手薬指を指さした。


「ひょ、ひょっとして檀さんも……?」

「失礼ね、君」


 檀さんは、綺麗な形をした眉を顰めて、俺の事を睨む。


「私がそんな事する訳ないじゃない。私はずーっとダンナ一筋よ」

「あ……失礼しました!」


 俺は、檀さんの殺気が籠もった視線を受けて、慌てて謝った。

 謝罪を受けて、檀さんはやや表情を和らげると、逆に俺へペコリと頭を下げる。


「……っていうか、私も良くなかったわね。君と彼女さんに対して、失礼な事を言っちゃった。ごめんなさい」

「あ……いや、別にいいっすけど……」


 檀さんに頭を下げられた俺は、逆に面食らいながら首を左右に振った――が、すぐに違和感に気付き、慌てて声を上げた。


「……って! だから、彼女じゃないと言うにッ!」

「ちぇっ、引っかかんなかったかぁ」


 俺の反応が面白くてしょうがないといった様子の檀さんは、クスクス笑いながらペットボトルのお茶を一口飲むと、少し声を潜める。


「……っていうか、彼女にすればいいじゃん。その()の事をさ」

「る、ルリちゃんを? 彼女にっすか?」

「そうそう」


 訊き返した俺に、檀さんはあっさりと頷いた。


「だって、その……ルリだっけ? その娘って、まだ好きな男と両想いにはなってないんでしょ?」

「ま、まあ、そうです」

「だったらチャンスじゃない。今のうちに、ルリって子の心をぐっと掴んじゃって、自分の方に振り向かせれば」

「い、いやいやいや!」


 檀さんの言葉を聞いた俺は、慌てて手を頭を左右に振る。


「そんな簡単にいく訳無いじゃないっすか! っていうか、俺にも好きな娘いますし――」

「え、マジで?」


 ……あ、しまった。

 つい我を忘れて、余計な事まで口走っちゃった……。

 檀さんにバレたら絶対めんどくさくなるからって、さっきはあえてミク(好きな子)の事は避けて喋ってたのに……。


「本郷くんにも好きな人がいるの? 誰誰? 誰なの?」


 ……ほら、やっぱりこうなった。

 本当にこの人は、こと恋愛ネタになると、芸能レポーターばりに食いついてくる……。


「いや、訊いてもムダっすよ!」


 俺は、眼鏡の奥の瞳を少女漫画バリに輝かせながら詰め寄ってくる檀さんに気圧されながらも、毅然と言い放った。


「そんな風に、どっかの消費者金融のCMのチワワみたいな目で訴えかけられても、絶対に言いませんから! これは俺の個人情報っす! プライバシーポリシー厳守!」

「ちぇっ、ケチ」


 頑なに拒否する俺に、不満げに口を尖らせる檀さん。美人の拗ねる顔を間近で見せられた俺は、思わずドキリとしながらも、断固として意思を曲げない。

 ……と、檀さんがおもむろに表情を和らげ、「……なーんてね」と言いながらほくそ笑んだ。


「……え? 『なーんてね』……?」

「ふふふ、別に本郷くんの口から聞かなくても、大体分かるわよ。君が好きな人くらい」

「え……っ?」


 思いもかけない檀さんの言葉に、俺は当惑の声を上げる。

 ……い、いや、そんな事は無い。

 だって――檀さんは、ビックリカメラ(ここ)で働いている訳でもないミクの事なんて知らないはずだ。

 分かるはずが無い……はず。

 ……でも、檀さんの情報収集能力は侮れない。ひょっとしたら、他の誰かの口から、俺の恋の事が伝わった可能性が――?


(で、でも……いったい誰が……? 俺以外に、ミクの事を知ってる人なんて、この店の中には……)


 そう考えたところで、ニュータイ〇よろしく、俺の眉間に一条の稲光が走ったのを感じた。


(あ……ま、まさか――)


 俺の脳裏に、ひとりの女性の顔が浮かび上がり、俺は思わず口を滑らせる……。


「し、四十万さん……?」

「そうそうっ。香苗先輩!」


 うわ言のように呟いた俺の声を耳聡く聞きつけた檀さんが大きく頷いた。

 それを見て、俺は自分の予想が当たっていた事を悟り、思わず天を仰ぐ。


(マジか……。やっぱり、俺が一昨日四十万さんに相談した内容が檀さんに……)

「君の好きな人って……香苗先輩なんでしょ?」

「……は?」


 俺は、檀さんが口にした言葉の意味が一瞬解らず、ポカンとした表情を浮かべた。

 そして――、


「は、はああああああああっ?」


 ようやく意味を理解するや、目ん玉が飛び出しそうなほどに見開きながら、素っ頓狂な声を上げるのだった。

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