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第百五十七訓 料理は見た目にもこだわりましょう

 それから、数時間後――。


「唐揚げで~きたっ!」


 と、大量の唐揚げを平皿に盛りつけ終わった立花さんが、弾んだ声を上げた。

 その声を聞いて、彼女の横で汚れた鍋を洗っていた俺は、


「お疲れ様」


 と声をかけながら、ふと平皿を覗き込む。

 そして、


「えっと……ちょっと、揚げの時間が長過ぎたんじゃない?」


 と、唐揚げ()()()物体を前に、口元を少し引き攣らせながら、おずおずと言った。


「なんか、唐揚げにしては衣が黒々としているというか、炭化しかけているというか……」

「だ、大丈夫だよ!」


 俺の言葉に、立花さんは、ほっぺたと鼻の頭に小麦粉を付けた顔を激しく左右に振る。


「これは、その……も、元々黒くなるように作ったの! す、全て計算通りッ!」

「本当かよ……」


 俺は、目を激しく泳がせながら開き直る立花さんにジト目を向けた。


「い、いいから! とにかく、出来たんだから、さっさと運んで!」

「はいはい」


 誤魔化すように、有無を言わさぬ口調で指示してくる立花さんに苦笑しながら、俺は洗い終わった鍋を水切りラックに置き、唐揚げが山盛りになった平皿を持つ。

 そして、唐揚げが転がり落ちないよう気を付けながら、リビングまで運んだ。

 ――と、


「……って、どうしよう」


 俺は、唐揚げの皿を手に持ったまま、途方に暮れる。

 その俺の声を聞き留めたらしい。立花さんが、キッチンから訝しげに尋ねてきた。


「ん? どうしたの?」

「いや……」


 俺は、顔だけ振り返り、困り笑いを浮かべながら、顎をしゃくってローテーブルを指し示す。


「もう、テーブルの上がいっぱいいっぱいで、この皿が乗る余地が無いんですが……」

「あ、そういえばそうだった……」


 俺の肩越しにリビングを見た立花さんが、しまったと言うように舌を出した。


「おいなりさんを置いた時点で限界だったんだっけ。ソータに言おうと思ってたのに、うっかり忘れてた」

「いや、忘れないでよ……」


 ケロッとした顔でそう(のたま)う彼女に思わず呆れ声を上げた俺は、もう一度ローテーブルに目を落とす。

 テーブルの上には、さまざまな料理が乗った皿がぎっちりと並んでいた。

 オムレツ(になるはずだったかわいそうなかき卵)、ハンバーグ(仮)、コロッケ(のような何か)、野菜炒め(多分)、生姜焼き(スペシャルウェルダン)……そして、いなり寿司。

 そこには既に、更に唐揚げ(黒い三連星専用)の皿が加わる余地など無かった……。

 俺は、両手に平皿を抱えたまま、部屋の端を顎で示す。


「じゃあ……あそこのアマゾソの段ボールをテーブルの横に置いて。ちょっと丈が足りないけど、この際しょうがない」

「あ、うん。分かった」


 立花さんは、俺の言葉に素直に頷くと、部屋の端に転がっていた段ボール箱を持ち上げ、ひっくり返してテーブルの脇に置いた。

 俺は、その箱の上に平皿を置く。

 うん……箱の中身が空だから少しぐらついてるけど、乱暴に扱わなきゃ大丈夫だろう。


「よし……と」


 箱の上に唐揚げの皿を置いた俺は、再び立ち上がって、改めてローテーブルに並んだ料理の数々を見下ろした。


「改めて見ると……なかなか壮観だな」

「うん……」


 俺の横に立って、同じように料理を見下ろした立花さんが、感慨が籠もった声で呟く。


「これ全部、あたしが作ったんだよね……すごいな、あたし!」

「まあ……うん」


 彼女の達成感に満ちた顔を横目で見ながら、俺は曖昧に言葉を濁しつつ頷いた。

 すると、


「……何よ? 何か文句でもあるの?」


 俺の煮え切らない返事に引っかかったのだろう。立花さんが怖い顔で睨んできた。

 そんな彼女の剣幕にタジタジとなりながらも、俺は慎重に言葉を選ぶ。


「いや……文句って程の事じゃないんだけどさ。ただ……」

「ただ?」

「その……、料理をたくさん作った事より、見映えの方が肝心じゃないかなぁ……って」

「ぐふっ……」


 俺の正論に、立花さんは言葉を詰まらせた。

 だが、すぐにキッと目を吊り上げると、俺に食って掛かってくる。


「た、確かに、ちょっと見た目は悪いけど、味は保証付きなんだからね! 何せ、全部ミクさんから送ってもらったレシピ通りに作ったものなんだから!」


 彼女はそう叫ぶと、ローテーブルの上に並んだ料理にビシッと指を突きつけた。


「それは、これから実食すればすぐに分かるよ! さあ、食べてみなさい!」

「……じゃあ」


 そこで俺は、居丈高に命じた立花さんに向けてニヤリと笑いかけた。


「せっかくだから、一緒に味見してみようよ」

「……えっ?」


 俺の提案が、完全に意想外だったのだろう。立花さんは、一瞬鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、それから分かりやすく狼狽した。


「え? ど……あ、味見? あたしも?」

「ああ」


 俺は、内心で(つか、今『毒見』って言いかけたよな……?)と呆れながら、大きく頷いてみせる。


「料理も作り終わった事だし、ちょうど夕飯時だし、この量を俺ひとりで食べるのはちょっと大変だし……。何より、自分で味を確認した方が、改善点とか気付きやすいでしょ、俺の口から聞くよりもさ?」

「う……」


 俺の言葉に、立花さんは返す言葉を失ったように呻きながら、チラリとテーブルの上の料理に目を遣った。

 激しく逡巡する彼女を見ながら、俺は心の中でほくそ笑みつつ、おくびにも出さずに言葉を継いだ(追撃をかけた)


「あれぇ? ひょっとして、自分が作った料理の味に自信が無いのぉ?」

「そ……」

「もしかして、この前の俺みたいに、食ったら腹壊しそうとか思ってたり――」

「……そんな事無いもんッ!」


 俺の言葉を途中で遮って、立花さんは声を荒げて叫んだ。

 そして、全身の毛を逆立てて威嚇する子猫のような顔をして、高らかに言い放つ。


「分かったよッ! そこまで言うなら、あんたと一緒に食べてあげるよっ! あたしの料理を食べて、あまりの美味しさにアホ面をかくがいいよっ!」

「……節子、ソレ“アホ面”やない。“吠え面”や」


 まんまと挑発に乗った立花さんにツッコミながら、俺は(……計算通り)と、どこかの新世界の神のような不敵な笑みを浮かべるのだった――!

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