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第百五十六訓 食事を作ってくれた人には感謝しましょう

 「ごちそうさま」


 ローテーブルを囲んで昼食を摂った俺は、そう言って軽く頭を下げた。

 俺に続くように、小さな声で「……ごちそうさまでした」と言った立花さんは、空になった食器の上にスプーンを乗せる。

 その声に、いつもの彼女らしい元気の良さを感じなかった俺は、少し心配になりながら声をかけた。


「あ、あのさ……美味しかったよ、うん」

「……それはどーも」


 俺の言葉に、立花さんは自嘲するように笑うと、空になった食器を指さしてみせる。


「って言っても、タダの炊飯器で炊いたお粥だしね。……しかも、本当は普通のご飯を炊くつもりが、お水の分量の目盛りを見間違えて出来ちゃったお粥……。はぁ、あたしってホントに……」

「う……で、でもさ!」


 全身から闇……いや、病みオーラを放ちながら自己嫌悪する立花さんを見かねて、俺は慌ててフォローの声を上げた。


「結果的に美味しく出来たんなら結果オーライじゃん! 玉子と醤油を入れたら、ちゃんとした玉子がゆっぽくなったしさ――」

「……それも、ソータがネットで検索して、作り方を教えてくれたから出来たんじゃん。あたしの力なんかじゃ全然無いもん……」

「いや……でも、だから、その……」

「……ゴメン」


 返す言葉に困った俺が、懸命にフォローしようと四苦八苦するのを見た立花さんが、謝ってくる。


「せっかく、美味しいおいなりさんが食べられると思ってたのに、あたしの凡ミスでこんなお粥になっちゃって……。ガッカリしたでしょ?」

「あ……い、いや、そんな事は無いよ」


 俺は、立花さんの言葉に軽くかぶりを振ると、膨れた腹のあたりを擦りながら、苦笑混じりに言った。


「正直……昨日、結構飲み過ぎちゃって、ちょっと二日酔いっぽかったんだよね。……だから、起きたばっかりでいなり寿司はちょっと胃に重かったというか何というか……」

「……え?」

「だから……昼飯が玉子がゆで、むしろ良かったというか……。胃に優しいからね、お粥は」

「そ、そっか……」


 咄嗟のアドリブだったが、あながち口から出まかせという訳でもない。誕生日会の時よりはだいぶマシとはいえ、微妙に二日酔いの気持ち悪さはあったから、偶然でも胃に優しい玉子がゆが昼飯になって素直に嬉しかったのは偽りない気持ちだ。

 だから、俺は立花さんに素直な感謝の言葉を述べる。


「作ってくれてありがとうね、立花さん。マジで美味しかったよ」

「ふぇ? あ、あぁ……うん……」


 俺からの感謝に、立花さんは目をパチクリさせながら、曖昧に頷いた。


「え、ええと……その、ど、どういたしまし……て」


 そして、やや顔を俯かせて目を逸らしながら、ごにょごにょと答える。

 そんな彼女の顔を見ながら、俺の口元は自然に綻んだ。

 と、


「な、何をニヤニヤ笑ってんのさ!」

「ぶふぁっ!」


 真っ赤になった立花さんがテーブル越しに投げてきたクッションを顔面に食らった俺は、くぐもった悲鳴を上げた。


「な、何だよ、いきなり……」

「う、うっさいっ! ソータのクセに……もうッ!」


 理不尽な怒りを俺にぶつけた立花さんは、まるでヒマワリの種を口いっぱいに溜め込んだリスのように頬を膨らませると、空の食器を重ねて持ち上げて立ち上がる。

 そのまま大股でキッチンまで歩き、シンクに食器を放り投げるように置いた立花さんは、呆然としている俺の顔を指さし、少し上ずった声で叫んだ。


「べ……別に、お粥なんか褒められたって嬉しく……な、なくはないけど……あ、じゃなくって! お粥なんかで満足しちゃってんじゃないよ、この貧乏舌が!」

「び、貧乏舌? って、何でいきなり罵倒されてんの、俺っ?」

「い、いちいち口ごたえすんな! ソータのくせに生意気だッ!」

「ど、どこのガキ大将ッ?」

「と・に・か・くぅっ」


 俺のツッコミもガン無視して、立花さんはキッチンの流しに置いてあったレジ袋の中に手を突っ込む。


「お昼は失敗しちゃったけど……夕ご飯は覚えときなさいよ! 今度こそ、ソータが感動して泣いちゃうくらいに美味しい料理をいっぱい食べさせてやるんだから、覚悟しときなさいッ!」

「って、まさか、もう今から作るの? ついさっき、昼飯を食い終わったばっかりだぜ?」

「それが何だっていうの?」


 思わずビックリして訊き返した俺に、立花さんは首を傾げた。


「ていうか、そもそも今日あたしがアンタん家に来たのは、ホダカに食べてもらう料理を作る特訓の為だもん。とりあえず手当たり次第に作って、何が一番美味しく作れる料理を見つけるんだから、休んでる暇なんて無いんだからね!」

「うええ……張り切ってんなぁ」


 立花さんの言葉に、俺は思わず感嘆と呆れが入り混じった声を上げる。

 ……まあ、向上心がある事は良い事だ。

 そう考え直した俺は、テレビのリモコンを手に取る。


「まあ……そういう事なら、別に止めないけどさ。頑張って」


 俺は、リモコンの電源ボタンを押しながら、立花さんに言った。


「台所は好きに使っていいよ。料理が出来るまで、俺はこっちで適当に時間潰してるから」

「は? 何言ってんの? アンタもいっしょに作るに決まってるでしょ」

「……は?」


 立花さんの言葉に、俺は思わず訊き返す。


「何で俺も? 自分ひとりで料理を作れるようになる為の特訓だったんじゃなかったっけ?」

「う、うるさいなぁ! つべこべ言わずに手伝いなさいよ! どうせ、待ってる間暇なんでしょ?」

「そりゃ、確かにそうだけどさ……」

「さっき、協力してくれるって言ったじゃん! だったら、料理をちゃんと作れるようにサポートしてよ。でないと、また変な料理になっちゃって、この前みたいに胃薬がぶ飲みすることになっちゃうかもよ?」

「う……確かに、それは勘弁……」


 この前の事を思い出し、背筋に冷たいものが走った俺は、慌ててテレビの電源を切って立ち上がった。

 そして、わざとらしく大きな溜息を吐いてみせる。


「そういう事なら、喜んで監視……いや、サポートさせてもらいますよ」


 そう彼女に告げつつ、口の中でこっそりと付け加えた。


「まあ、命は惜しいし……」

「……なんか言った?」

「いえいえ! 『オッケーイ、わが命に代えてもッ!』って言っただけっすよ、マジで!」


 ピクリと眉を上げる立花さんに睨まれた俺は、慌てて誤魔化しながら、キッチンへと向かう。


 ――立花さんがいつもの調子に戻った事を、秘かに安堵しながら。

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