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第百五十二訓 人の好意は素直に受け取りましょう

 「あ、そうでしたそうでした! 確かにしてましたね、ソレ!」

『そうだね、あの時もやってみせたよね。確かにしなくてもいいんだけど、そのひと手間で結構美味しさが変わるの。だから、やった方がいいよ』

「ですね! もう忘れないようにしっかりメモりました!」


 ローテーブルの上に広げたルーズリーフに、教えてもらったいなり寿司のレシピをせっせと書きながら、立花さんはスマホに向かって明るい声で言った。


『うふふ、そうだねぇ。メモっておけば、いつでも見返す事が出来るからね』


 ティッシュの箱に立てかけた立花さんのスマホから、穏やかなミクの声が返ってくる。

 ちなみに、今のスマホは、さっきまでとは違ってスピーカーモードになっていた。立花さんが、いなり寿司のレシピを書き写す為、両手を開ける必要があったからだ。

 そのせいで、さっきよりもミクの声がハッキリと聴こえている。


「……」


 一方の俺は、立花さんが占拠しているローテーブルからなるべく離れた部屋の隅に腰を下ろし、道端に転がる石ころのように息を潜めていた。

 当然の事ながら、口元から離して会話できるスピーカーモードだと、集音範囲が普通の通話モードよりも広い。

 下手に声を出すと、またミクに訊き咎められてしまうかもしれない……そう考えて、可能な限りに気配を消して、電話越しでのふたりのやり取りを傍観……もとい、傍聴していたのだった。

 そんな感じで五分ほど経過した後、


『……うん、大体そんなところかな。大事な内容は全部伝えたと思うよー』


 というミクの声が、スピーカーから聞こえてきた。


『どう、ルリちゃん? ちゃんとメモできた? 分からないところとかあるかな?』

「あ、はい! えっと……」


 立花さんは、ミクの言葉に大きく頷くと、自分が書いたルーズリーフの文字を指でなぞって順々に確認する。

 そして、最後の文字まで指でなぞり切ると、嬉しそうに口元を綻ばせながらもう一度頷いた。


「……いえ、大丈夫です! カンペキに理解しました!」

『この前も、「カンペキに覚えました!」って言ってたんだよねぇ、ルリちゃん……』

「う……す、スミマセン……」


 苦笑交じりのミクの声に、立花さんは気まずそうに謝り、それから大きくかぶりを振る。


「で、でも、今度こそ大丈夫です! この前と違って、作り方をバッチリメモしましたし!」

『うふふ、それなら良かった』


 立花さんの言葉に嬉しそうな笑い声を上げたミクは、『じゃあ……』と言葉を継いだ。


『ついでだから、あとで他の料理のレシピもLANEのメッセージで送ろっか?』

「えっ?」


 ミクの申し出を聞いた立花さんは、慌てて首を横に振りながら答える。


「い、いえいえ! そこまでしてもらわなくても大丈夫です! ミクさんにそんな迷惑をかけるのはちょっと……」

『ううん、全然迷惑なんかじゃないよ』


 立花さんの答えに、意外そうな響きの籠もったミクの声が返ってきた。

 その言葉を聞いて、立花さんが戸惑うような表情を浮かべる。


「で、でも……今日だって、ミクさんの都合も考えないで通話しちゃったし……」

『ふふ、そんなの、気にしないで大丈夫だよー』

「いや、そうは言っても……」

『だって、私は頑張ってるルリちゃんの事を応援してるからね』

「……え?」


 ミクの言葉に、意外そうな声を上げる立花さん。

 そんな彼女に対して、ミクは唐突に爆弾を落とした。


『……ここだけの話、ルリちゃん、好きな人がいるでしょ?』

「ふぇ、ふぇっ?」


 まったくの不意討ちを食った立花さんは、返す言葉を失った様子で、目と口をパクパクさせている。

 だが、電話越しで彼女の顔が見えていないミクは、気付いていない様子で言葉を続ける。


『ふふ……私には分かるよ。何でルリちゃんがこんなに料理を頑張ってるのかが。――好きな人に自分の作った料理を食べてもらって、「美味しい」って言ってほしいからだよね?』

「え……い、いや……あ、そ、そうなんですけど……ええと……」

『あ、別に、無理に答えなくても大丈夫! ルリちゃんの口から、好きな人の名前とかを直接訊き出そうとか思ってないから!』

「……」


 ミクの言葉を聞いた立花さんが、不安そうな目で俺の顔をチラ見した。

 その目が、(ねえ……ひょっとして、あたしがホダカが好きな事、バレちゃってたりする……?)と尋ねている。

 それに対して、俺は小さく首を横に振って、(いや……多分違う)とジェスチャーで答えてみせた。

 確かに、自分の彼氏に横恋慕している女を牽制する為に、知らないフリをしてさりげなく釘を刺すシーンは、色んなマンガやドラマで見た事があるが、俺が知るミクは、そんな腹芸をするような()では断じて無い。

 多分、立花さんが別の誰かの事が好きだと勘違いしていて、素で応援しているだけなんだろう。ミクは、昔からそういう()なんだ。

 そんな俺のジェスチャーに、少しだけホッとした様子の立花さんだったが、


『だからね――』


 と、ミクの言葉が続いた瞬間、その顔が再び緊張の度合いを増す。

 そんな彼女の表情の変化にも気付く事も無く、ミクは更に言った。


『私は、ルリちゃんの恋が叶うよう、出来る限り手助けしようって思ってるの。だから、迷惑だなんて全然思わないでいいんだよ』

「……」


 ミクの優しい言葉に、立花さんは複雑な表情を浮かべ、少し俯きながらおずおずと口を開く。


「ミクさん……ありがとうございます。そう言ってもらえて、めちゃめちゃ嬉しいです」


 そして、スピーカーに拾われないように声のトーンを落として、ぽつりと付け加えた。


「……ごめんなさい」


 ――と。

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