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第百五十一訓 他人のフリをする時にはなりきりましょう

 「え? そ、そ、ソータの声……?」


 狼狽した立花さんが、スマホを握る手に力を入れたのが分かった。

 彼女は、キョドりながらチラリと俺の顔を見る。


(ヤバい……バレちゃった? どうしよ……?)


 そう、彼女の目が俺に問いかけているのが分かった。

 でも、その問いに対する答えを持ち合わせていない俺は、彼女の前でオロオロと狼狽するばかり。

 そんな俺の反応を見た立花さんは、小さく息を吐くと、スマホに向かって話しかけた。


「そ、そんな……そんな事あるはずないですよ~! た、多分、パパの声と聴き間違えただけじゃないかな? う、ウチのパパ、結構声が若いって言われる事が多いし……」

『そう……なんだ?』


 何とか誤魔化そうとする立花さんの苦しい言い訳に、ミクは訝しげな声を上げる。何となく、半信半疑といったような反応だ。

 すると、俺と同じ事を感じたらしい立花さんが、落ち着かない様子で忙しなく目をキョロキョロと動かしながら、上ずった声で言った。


「じゃ、じゃあ! 今パパに代わりますから、直接話してみて下さいっ!」

『え?』

「ファッ?」


 突然の立花さんの提案に、ミクはもちろん、横で会話を聞いていた俺も当惑と驚きの声を上げた。

 い、いや……『今パパに代わりますから』って言っても、今この場にアナタのパパはいないんですが……。

 と、立花さんが俺の顔をチラリと見ると、何も言わずにマイク部分を手の平で押さえたスマホを差し出してきた。

 突然スマホを突き出された俺は、その意図が分からず、思わず首を傾げる。


「……え? 何……コレ?」


 当惑しながら小声で尋ねる俺に、立花さんは抑えた声で言った。


「……ゴメン! ついパパに代わるって言っちゃった! だから……ソータがパパになりきって電話に出て!」

「は、はいぃ……っ?」


 立花さんの言葉に、俺は思わず叫びかけ、慌てて口を手で覆って抑える。

 そして、目を大きく見開きながら、ぶるぶるとかぶりを振った。


「い……いや、何でよッ? 何で俺が君のお父さんのフリしてミクの電話に出なきゃいけないんだよ?」

「だ、だってしょうがないじゃん! つい、勢いで口に出しちゃったんだから!」


 立花さんは、抑えた声で言い訳というか逆ギレしながら、なおも俺にスマホを突きつける。


「ちょっと声色を変えれば大丈夫だって! ここにいるのがアンタじゃなくてパパだってミクさんに思ってもらうだけなんだから、カンタンでしょ?」

「い、いや、ちょっと声色を変えるだけって、いきなり言われても……」


 俺は、立花さんの言葉に困惑した。


「つうか……俺は、君のお父さんに会った事も声を聞いた事も無いのに、どうやってフリをしろって言うんだよ?」

「いいの、似てなくても! ウチのパパの声を知らないのは、ミクさんも同じなんだから! 適当にそれっぽい声に変えればいいの!」

「あ……そっか」


 言われてみればその通りだ。要するに、俺のものには聞こえない声色と口調で話せばいいんだ。

 ようやく立花さんの意図を理解した俺は、しぶしぶ彼女からスマホを受け取る。

 そして、ひとつ咳払いをしてから、おずおずとスマホを耳に当てた。

 ……っていうか、一般的な“お父さんっぽい声”って、どんな感じだっけ……?

 あ、そうだ。アニメのお父さんキャラを参考にすればいいんだ。

 で、お父さんキャラといえば……。


「お…………おい、キタ〇ー (裏声)!」

『……はい?』

「……あ!」


 スピーカーから聞こえてきた当惑の声に、俺はうっかり某国民的アニメのお父さんキャラの声真似をしてしまっていた事にようやく気が付き、顔面蒼白になる。

 ……つか、なんで“お父さんキャラ”を連想したら、よりにもよって目〇おやじを真っ先に浮かべたし!

 もっとこう……色々あっただろ!


「あ……あー、いやその……」


 俺は、無言の立花さんが放つ憤怒のオーラに気圧(けお)されてしどろもどろになりながら、急いで脳内の“お父さんキャラデータベース”をひっくり返す。


「い、いや~、スミマセン……。い、今のはちょっとしたジョークです。ははは……」


 結局、短い俺が選んだのは、某嵐を呼ぶ幼稚園児の父親の声だった。

 そう、俺は今から立花ひろし(仮)だ。

 と、自己暗示をかけた俺は、もう一度咳払いをして喉の調子を整えると、少し緊張しながら言葉を紡ぐ。


「え、えー……は、はじめまして。わ、私が、たち……ルリの父です、ハイ」

『あ……』


 俺――立花ひろし(仮)の挨拶に、スマホの向こうで息を呑む音が聞こえてきた。

 それから、少し緊張気味の声が返ってくる。


『あの……こちらこそはじめまして。私は、沢渡未来と申します。ルリちゃんには仲良くしてもらってて……』

「あ、ああ、ルリから聞いてますよ」


 スピーカーから直接聞こえてきたミクの声に心臓が激しく高鳴るのを感じながら、俺は必死で平静を装って立花さんの父親を演じる事に集中する。


「こちらの方こそ、ウチのワガママ娘が大変な迷惑をかけているみたいで……ホントすみません」

『い、いえいえ! 迷惑だなんて、そんな……。ルリちゃんは、素直ないい娘さんですよ』

「いやいや……」


 慌てて立花さんの事をフォローするミクの反応に、するミクの反応に、俺は少しだけ面白くなって、かなり調子に乗って言葉を続けた。


「ホント大変でしょ、ウチの娘と付き合うのは? ワガママだし、すぐキレるし、人の都合も考えないで勝手に話を進め――(いた)たたぁッ!」


 そこで、般若のような形相をした立花さんに腕を抓られ、俺の声が途中で悲鳴に変わる。

 立花さんは、悶絶する俺の手からスマホを取り上げると、殺気の籠もった目で睨みつけた。


「……調子に乗んな、おバカ!」

「す……スミマセン」


 抑えた声で叱りつける立花さんに、俺は抓られた二の腕を摩りながら、涙目で謝るのだった。

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