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第百三十九訓 男の性に流されるのはやめましょう

 「じゃ、じゃあ……!」


 俺は憮然としながら、愉しそうに笑っている四十万さんに向かって声を上げた。


「こ、今度はこっちの番です! 四十万さんの方には、何か無いんすか?」

「何か……って何?」


 俺の言葉に、四十万さんが怪訝な表情を浮かべて訊き返してくる。

 そんな彼女に、俺はずいっと身を乗り出しながら答えた。


「そりゃ……今俺が四十万さんと話したのと同じような恋の悩みとかっすよ!」

「恋の悩みぃ~?」


 四十万さんは、俺の言葉を聞くや、眉間に深い皺を寄せる。

 そして、俺の顔をジト目で見据えながら、地を這うような低い声で言った。


「……ホンゴーちゃんさぁ」

「は……はい……」

「私に、恋愛の悩みなんて……いえ、恋愛する相手なんていると思う?」

「お、思い……ませんね……ははは」

「はははじゃないが」

「……スミマセン」


 真顔で淡々と詰めてくる四十万さんの目に宿る鋭い光に慄きながら、俺は深々と頭を下げる。

 そんな俺の顔に冷たい視線を向けながら、四十万さんは深い溜息を吐いた。


「まったく……愛だ恋だなんて贅沢な悩みがあるんだったら、こうしてホンゴーちゃん()()()()お酒飲んでる訳ないでしょうが」

「ソウデスネ……」

「第一、恋愛若葉マークのホンゴーちゃんなんかに恋愛相談して、何の役に立つっていうのよ。あなたに相談するくらいだったら、今流行りのAIチャット? ああいうのに質問した方がまだマシじゃない?」

「ハイ、ソーデスネ……」


 四十万さんの辛辣にして的確な言葉に、俺は赤べこの置物のように首を上下に振るしか出来ない。

 そして、不機嫌そうな表情を浮かべながら手を伸ばし、皿の上に盛られた枝豆をむんずと掴む彼女をチラリと見た。


(……ぶっちゃけ、モテそうなんだけどなぁ……四十万さん)


 売り場よりも少し濃い目の化粧を施した四十万さんの顔は、確かにちょっとキツめではあるがキレイだと思うし、そのサバサバしている性格にも好感を覚える男が少なくないんじゃないかと思う。……まあ、サバサバし過ぎてズカズカと距離を縮めてくるので、パーソナルスペース広めな俺にとっては、ちょっと苦手なタイプではあるんだけど……。

 ――と、


「あ……でも」


 急にハッとした表情を浮かべ、ぼそりと呟いた四十万さんは、食べ終わった枝豆の殻を空の皿に捨てると、俺の事を真っ直ぐに見つめ、唐突に「ねえ、ホンゴーちゃん?」と訊ねてきた。


「恋愛じゃないけど、ホンゴーちゃんに相談してみたい事ならあるかも」

「え、な、何についてっすか?」


 俺はキョドりながら、恐る恐る訊き返す。

 すると、四十万さんは何故か声を潜めながら答えた。


「あのさ……カツラギくんの事なんだけどさ」

「……葛城さんですか?」


 俺は、四十万さんの口から出た、もうひとりのOAコーナー担当者の名前に戸惑う。

 四十万さんは、コクンと頷くと、言葉を継いだ。


「カツラギくん……私が休みの時に、君に何か言ってたりしない?」

「何か……って、四十万さんの話をって事っすか?」

「うん」

「そうですねぇ……」


 俺は、四十万さんの問いかけに、葛城さんと交わした会話を思い出してみる。

 幸い、まだコーナーに配属されて間もない葛城さんと仕事以外の会話をした事自体かなり少ないので、遡るのは簡単だった。


「そういえば……この前、なんか訊かれましたね……」

「え、マジ? 何を訊かれたの?」


 俺の答えを聞くや、興味津々の様子で身を乗り出してくる四十万さん。

 その拍子に、彼女の着ている白いブラウスの襟元の隙間が開き、その奥がチラリと覗いた。

 ……もちろん、俺の視線はその僅かに隙間に釘付けとなる。

 だが、これは二十歳男性として極めて正常な本能的反応であり、決して俺の本意ではない! ……いや、ホントだってぇ!


「いや……え、えっと……その……」


 俺は、執拗に四十万さんの胸元にロックオンし続けようとする自分の視線を必死で引き剥がしながら、沸騰する頭で懸命に言葉を組み立てる。


「た、確か……俺と四十万さんがひょっとして何とかカントカ……って」

「何とかかんとか? 何それ?」

「さ、さあ……」


 俺は、四十万さんと同じように首を傾げた。


「あ、あの時は……葛城さんが訊いてる途中で中断しちゃったんですよね。ちょうど待ってたエレベーターが来ちゃって。……その話はそれっきりっす」

「なぁんだ」


 四十万さんは、俺の答えを聞くと不満げに頬を膨らませる。


「ちゃんとカツラギくんから全部訊き出せばよかったのに。まったく、イマイチ使えないなぁ、ホンゴーちゃんは」

「つ、使えないって……」


 “イマイチ”という冠頭詞が付いたものの、“使えない”とド直球で言われた俺は、憮然としながら口を尖らせた。

 だが、不思議に思って四十万さんに訊いてみた。


「って……どうしてそんな事を俺に訊くんすか? 葛城さんと何かトラブったとか?」

「いや……トラブルって訳じゃないんだけどさ」


 俺の問いかけに、四十万さんは苦笑しながらかぶりを振る。

 ついでに、乗り出していた身体を引っ込めてくれて、俺は一安心……いや、別に胸元覗けなくなってガッカリとかしてないから! いやマジで!


「なんかさぁ……最近、妙に距離を感じるんだよねぇ」

「きょ、距離って……葛城さんとのですか?」

「うん」


 四十万さんは、俺の問いかけに頷き、チョコンと首を傾げた。


「なんて言うかさ……そこはかとなく避けられてるっていうか、壁を感じるんだよね……」

「壁……っすか?」

「ホンゴーちゃんもそんな風に感じた事無い?」

「俺っすか……?」


 俺は、四十万さんに訊かれ、それまでの葛城さんとのやり取りを思い返す。


「……まあ、確かに、まだよそよそしい感じはしますね。とはいえ、俺自身も葛城さんの事を言えないくらいにコミュニケーション下手っすけど」

「うん、知ってる」

「……。で、でも、まだそんなモンなんじゃないっすかね? まだ、ウチのコーナーに配属されて一ヶ月くらいですし、そもそも入社してから三ヶ月くらいしか経ってませんから」

「そっか……」


 俺の答えを聞いた四十万さんは、少しホッとしたような表情を浮かべながら頷いた。


「確かに、ホンゴーちゃんの言う通りかもね。単にまだ緊張が解けない時期だからなのかもしれないね」


 と、半ば自分に言い聞かせるように呟いた四十万さんは、俺に向かってニッコリと微笑みかける。


「――ありがと。ホンゴーちゃんに相談して、少し楽になったよ」

「あ……そ、それは、何よりです……ハイ」


 俺は、四十万さんの笑顔に何故か胸が跳ねるのを感じながら、ぎこちなく頷いたのだった。

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