第百三十七訓 恋愛相談する相手は選びましょう
「ふむふむ、なるほどね~……」
俺から例の件の顛末を聞き終わった四十万さんは、その間に注文していたウーロンハイをマドラーでかき混ぜながらうんうんと頷いた。
「……」
対する俺は、浮かぬ顔でカシスオレンジの残りを一口飲む。
心なしか、カシスオレンジの味がさっきよりも苦く感じた。
と、四十万さんが俺に苦笑を向ける。
「それは……やっちゃったねぇ、ホンゴーちゃん」
「……はい」
酒の味と四十万さんの言葉で二重に苦い顔をしながら、俺は力無く頷いた。
と、四十万さんが微かに首を傾げて問いかけてくる。
「――それで、その後はどうなったの? 何か進展あった?」
「いえ……」
四十万さんの問いかけに、俺は小さくかぶりを振った。
「一応……あの後少し時間をおいてから、告白の件には触れないで、誕生日プレゼントに対するお礼だけのメッセージをLANEで送ったんですけど……」
「うんうん」
「しばらくしてから、既読と返事代わりのスタンプは押されたんですが、特にメッセージとか通話とかは……無いっす」
「あらら……そうなんだねぇ」
「……あの、四十万さん」
俺は、他人事のような(まあ、実際他人事なのだが)相槌を打ちながらウーロンハイを呷る四十万さんに、意を決して尋ねる。
「ぶっちゃけ、同じ女性として、四十万さんがミクの立場だったら、どう考えると思います?」
「私が、そのミクって娘と同じ立場だったら……?」
四十万さんは、俺の質問に目をパチクリさせると、手に持っていたウーロンハイのグラスをテーブルに置いた。
そして、「そうだねぇ……」と呟きながら顎に指を当て、そのまま少しの間考える様子だったが、すぐに頭を左右に振る。
「う~ん、私には良く分からないや。だって、幼馴染に告白されるどころか、そもそも男の幼馴染が居ないもん、私」
「そうっすか……」
俺は、四十万さんの答えに内心少しガッカリしながら小さく頷いた。
「……まあ、そうですよね。確かに、全然意識してなかった幼馴染の男にいきなり告白されるなんてレアな経験、あんまり想像できないっすよね……」
「うーん」
四十万さんは、俺の言葉に首を傾げ、ぼそりと言う。
「でも、全然意識してなかったって訳じゃないんじゃないかなぁ? 知らんけど」
「……え?」
俺は、四十万さんの言葉に目を丸くし、思わず身を乗り出した。
「え? そ、それって、どういう意味っすか? ミクが、俺の事を意識してたって――?」
「どうどう! 落ち着きなさい!」
四十万さんは、目の色を変えた俺に向かって、シッシッと追い払うように手を振る。
そして、少し落ち着いて席に座り直した俺に、「これは、あくまでも私の考えだけど」と前置きしてから言葉を継いだ。
「そのミクって娘が、ほんの少しもホンゴーちゃんの事を意識してなかったら、告白されてもそこまで動揺しないと思うよ。君が送ったLANEにも普通に返信するだろうし、何なら告白の事を冗談めかして茶化してくるかもしれない」
「え、あ、あのミクに限って、茶化すなんて……」
「まあ、私はそのミクって娘の事を良く知らないから、茶化すっていうのは違うかもだけどね」
そうフォローしつつ、四十万さんはまた一口ウーロンハイを呷り、それから再び口を開く。
「――でも、いつもだったらちゃんとメッセージで返事してくれるんでしょ? さっきの君の言い方だとさ」
「ま、まあ……そうですね。基本的に、スタンプで済ませる事はしないですね……俺とは違って」
「だったら、ホンゴーちゃんの告白に少なからず動揺しちゃってる事は確かなんじゃない? いつもの反応じゃないんだから」
「た、確かに……」
俺は、四十万さんの言葉に思わず頷きかけたが、もう一つの可能性に思い至って青ざめた。
「で、でも、もしかしたら、俺の事が嫌いになったって可能性も――」
「バカねぇ。それは無いわよ」
四十万さんは、俺に苦笑する。
「本当に嫌いになったんなら、ホンゴーちゃんが送ったメッセージにスタンプすら返さないし、それどころか未読スルーするし、下手すればアカウントごとブロックするわよ」
「ヒェッ……」
「それに、誕生日プレゼントも回収して、ハード〇フか質屋に売り飛ばすか、買った所に返品しに行くよ、絶対」
「な……なんかやけに具体的な……。ひょっとして、それは四十万さんの実体け……あ、いや、何でも無いっす」
俺は、四十万さんから怖い目でギロリと睨まれて、慌てて口を噤む。
四十万さんは、そんな俺の事を再び一瞥すると、俺が頼んだフライドポテトを摘まんで頬張りながら、小さな溜息を吐いた。
「まあ……でも、幼馴染ちゃんに嫌われてなかったとしても、これ以上仲が進展するとは思わない方がいいと思うよ」
「え……?」
俺は、四十万さんの言葉を耳にして、思わずムキになる。
「ど、どうしてですかっ?」
「いや、どうしてって……」
四十万さんは、思わず取り乱した俺に当惑した様子で答えた。
「だって……その幼馴染ちゃんには、もう彼氏がいるんでしょ?」
「うっ……」
俺は、四十万さんが口にしたド正論に思わず口ごもる。
四十万さんは、そんな俺を覗き込むように見ながら、漬物を頬張り、「……それとも」と言葉を継いだ。
「ひょっとして、幼馴染ちゃんって、彼氏がいるのに二股かけちゃうようなタイプだったり――」
「そ、そんな事ある訳無いじゃないですかッ!」
「ゴメン、さすがに今のはダメだね」
思わず怒鳴った俺に、四十万さんはすぐに謝り、それからすぐにしたり顔になる。
「でも――だったら、なおさらノーチャンスじゃん。彼氏がいる上に一途だったら、“ただの幼馴染”でしかない君が付け入る隙なんて無いでしょ」
「ぐ……!」
四十万さんに痛いところを衝かれ、俺は返す言葉を失った。
と、そんな俺に、四十万さんが問いかける。
「ねえ、ホンゴーちゃん……その幼馴染ちゃん以外の、他の女の子じゃダメなの?」
「は、はい? 他の女の子……っすか?」
四十万さんの問いに、俺は訝しげに首を傾げた。
「他の女の子って……そもそも、俺の周りには、そもそも女の子なんてまったく……」
「いや、ひとり居たじゃない」
「ひとり……?」
俺は、四十万さんの言葉に思い当たる節が無く、訝しげな表情を浮かべかけたが、すぐにハッと気付いて、おずおずと答える。
「ま、まさかそれって……四十万さ――」
「んな訳無いでしょ」
四十万さんは、俺の言葉に苦笑いを浮かべながらかぶりを振った。
「つか、ゴメンだけど、私はホンゴーちゃんを彼氏にする気は無いなぁ。別に、君の事は嫌いじゃないけど、どっちかというとイジリがいのあるオモ……友達って感じだし」
「おい、アンタ今“オモチャ”って言いかけただろ……」
咄嗟に言い替えた四十万さんに、非難混じりのジト目を向ける俺。
そんな俺の視線にも怖じる様子無く、四十万さんは呆れ声で言う。
「ほら……さっきのホンゴーちゃんの話でも出てきたでしょ? もうひとり――」
「……あ」
四十万さんのヒントで、俺はようやく解った。彼女が誰の事を言っているのか……。
「その……幼馴染ちゃんの彼氏の幼馴染だっていう――タチバナちゃんって娘よ」