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第百三十六訓 注文はタッチパネルで行いましょう

 「おあたせぃたし~た~(おまたせいたしました)。カシスオレンジとモスコミュール~っス~」


 いかにもウィーイ系な金髪の店員さんが、舌足らずで不明瞭な発音と共に二つのグラスをテーブルにドンと置いた。


「来た来た~! ありがとうございま~す!」


 四十万さんは、嬉しそうに歓声を上げると、スライスしたライムの実がグラスの縁に挿さっているグラスを自分の方に寄せ、オレンジ色の液体が満たされたグラスを、俺の方に差し出す。


「はい、どうぞ、ホンゴーちゃん!」

「あ、あざっす」


 慌てて四十万さんからグラスを受け取った俺は、空になったグラスを回収して立ち去ろうとしていた金髪の店員さんに向かって声をかけた。


「あ、すみません。フライドポテトをひとつお願いします」

「あ、サーセ~ン」


 俺の注文を聞いた店員さんは、営業スマイルを浮かべながらかぶりを振り、テーブルの端を指さす。


「ウチはハイテクなシステムなんス。お手数っスけど、そこにあるタブレットから注文してくださいっス~」

「あ……すみません」


 にこやかながらも、何となく同じ事を言い慣れすぎてウンザリしているような感じの店員さんの返事に、俺は顔面が熱くなるのを感じながら頭を下げた。

 と、その時、四十万さんが横から口を挟む。


「あ、ごめんなさ~い。この子、まだ二十歳になったばっかりで、今日が居酒屋デビューなんです。だから、まだ注文方法とか良く分かってないんです。ねっ、ホンゴーちゃん」

「……ええ、まあ」

「あ、そうだったんスね~」


 四十万さんのフォローの言葉にぎこちなく頷いた俺を見て、店員さんがフッと表情を緩めた。


「初見さんだと、使い方が分からない人も多いっスからね~。でも、おねーさんは大丈夫そうっスね~」

「うふふ、大丈夫っすよ~! 何せ、私は、筋金入りの居酒屋ガチ勢っすからね~」


 店員さんの言葉に、おどけた調子で答える四十万さん。心なしか上機嫌なのは、酔いが回ってるというよりは、店員さんが“おねーさん”と呼んでくれたからだろう。

 そんな四十万さんに、今度は本心からっぽい笑顔を向けた店員さんは、「じゃ、ごゆっくりどうぞ~」と言い残して厨房へ戻っていった。

 一方の俺は、店員さんに言われた通りにタブレットでフライドポテトを注文しながら、四十万さんにジト目を向ける。


「いや、居酒屋ガチ勢って……」

「まあ、さすがにガチ勢は言い過ぎだったかもね」


 早速グラスを一口呷った四十万さんは、俺の声に苦笑を浮かべた。


「せいぜい、早番で上がった時に駅前の黒木屋とか烏義賊に寄るくらいだもんね。そんなにガチってなかった」

「いや……週2で通ってるのはガチ勢以外の何物でもないでしょ……」


 俺は呆れながらグラスを手に取り、恐る恐るカシスオレンジを一口啜る。

 そして、舌で感じた味に、思わず目を見開いた。


「んん? これ……ホントに酒っすか?」


 そう、思わず口にしてしまうほど、カシスオレンジは、ビックリするくらい酒らしくなかった。

 誕生日会の時のワインや、さっきようやくの思いで飲み切ったビールとは違って、アルコールの香りや苦みは全然感じ取れず、濃厚な果物ジュースって感じだった。

 意外な味にビックリする俺に、四十万さんはしたり顔で尋ねる。


「どう? 美味しいでしょ、カシスオレンジ?」

「え、ええ……まあ、そうですね。美味いっす」


 俺は、四十万さんのドヤ顔に少し悔しさを感じつつ、小さく頷いた。

 そんな俺の答えと表情に、四十万さんは満面の笑みを浮かべる。


「でしょ~? やっぱり、私の予想通り! ホンゴーちゃんはまだお子様舌だから、ビールとかみたいないかにもお酒お酒してるようなのより、甘い方が絶対に好きだろうって思ったんだよね」

「お子様舌って……」


 もう二十歳になったというのに、四十万さんからガキ扱いされて憮然とする俺だったが、彼女の言葉にはしぶしぶ頷かざるを得ない。


「まあ、確かに、コッチの方が好みなのは確かですね……。この前の赤ワインと違って、いきなり酔いが回ったりって感じでもなさそうですし……」

「あ、でも、やっぱり一応お酒ではあるから、調子乗ってバカバカ飲まないようにね。ジュースみたいな味でも、アルコールはビールと同じくらい入ってるから」

「あ、了解っす……」


 四十万さんの忠告に、俺は慌ててグラスから手を離した。


「危ない危ない……。うっかり飲み過ぎて、この前みたいになったら大変だ……」

「……この前みたいになったら大変?」


 俺がつい漏らしたひとりごとに、四十万さんが訝しげに声を上げる。


「それって、ホンゴーちゃんがお酒の匂いをプンプンさせながらバイトしてた日の事?」

「あ……え、ええ、そうです」


 四十万さんの問いかけに、俺は少し当惑しながら、おずおずと頷いた。

 それを聞いた彼女は、分かりやすく目を輝かせる。

 ……まるで、サバンナの真ん中で群れを離れた子鹿を見つけた雌ライオンのように。

 その目を見て、俺は本能的に『ヤバい』と察したが、時すでに遅しだった。


「ねえねえ! その話聞かせてよ、ホンゴーちゃん!」


 四十万さんは、テーブルの向こうから身を乗り出すようにして、俺に顔を近付けながら訊いてくる。

 だが、当然俺は断固として首を横に振った。


「い、嫌です! アレは、大いに俺のプライベートに係わる話なんで、そんなに易々とお話しできません! 個人情報保護っす!」

「え~、いいじゃ~ん」


 俺の毅然とした拒絶を前に、四十万さんは不満げに口を尖らせる。

 そして、少し目を細めて言葉を続けた。


「……っていうか、その事で、何か悩みがあるでしょ、ホンゴーちゃん?」

「ふぇっ?」


 四十万さんの、鋭い指摘に、思わずドキリとする俺。

 その反応を見た彼女が、獰猛な微笑みを浮かべる。


「この前、やけにぼんやりしてたから、単なる二日酔いじゃなさそうだなぁって思ってたけど、やっぱりね」

「……」


 確かに、四十万さんの言う通り、少し注意散漫だったのは確かだったけど、そんなに分かりやすかったのか……。

 四十万さんが観察力が鋭いのか、俺が態度が出し過ぎなのか……うん、後者だろうな、間違いなく。

 そんな事を考えながら頬を引き攣らせている俺に、四十万さんが言った。


「じゃあ、いっちょ私に相談してみなよ!」

「えっ?」


 四十万さんの申し出に、俺は当惑の声を上げる。


「し、四十万さんに……相談っすか? あの事を……?」

「何よ、そのリアクションは」


 思わず訊き返した俺に、四十万さんは口を尖らせた。


「私は、これでもそれなりに人生経験を積んでるから、いいアドバイスが出来ると思うよー」

「ま、まあ、そうかもしれないっすけど……。やっぱり、四十万さんはアラサーだか――ぎゃあああああああああっ!」


 俺の言葉は、途中で断末魔の悲鳴に変わる。


「目が、目がああああああああっ!」

「あら、ごめんなさい」


 某天空の城の大佐のように、激痛が襲った目を両手で押さえて悶絶する俺に、すました顔で謝ってくる四十万さん。


「絞ったライムの果汁が、()()()()ホンゴーちゃんの目まで飛んじゃったみたい。偶然って怖いわね♪」

「……」


 ……絶対に嘘だ。

 俺は涙目で『いや、思いっ切りこっちに向けてライムの実を絞ってたやんけ、アンタ……』と抗議しかけたが、ぐっと堪える。

 まだ二十歳になったばかりだというのに、無駄に命を散らしたくはない。

 ――と、


「……って事で」


 そう言いながら、四十万さんが再び身を乗り出してきた。


「YOU、相談しちゃいなYO♪ 今なら、()()()()()()()()のお姉さんのアドバイスがプライスレスで受けられるわよ~」

「……」


 独独の凄みを醸し出しながら、ライムの実をちらつかせる四十万さんの前では、もはや俺に選択の自由は無いのだった……。

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