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第百二十五訓 メッセージは簡潔な文章で送りましょう

 俺は、LANEに届いたのがミクからのメッセージじゃなかった事に少しがっかりしながら、スマホの画面を見つめた。

 新着のバッジが付いた二つのアイコンは、一文字と立花さんのアカウントのものだ。


「……あのふたりからメッセージ? ……何だろう?」

「そりゃ……昨日の事に関する内容なんじゃない?」

「わっ?」


 液晶画面を見下ろしながら、訝しげに小首を傾げた俺は、いきなり背後から上がった声に驚いて仰け反った。


「ちょ、母さんッ! 勝手に人のスマホを後ろから覗き見てるんじゃねえよ!」

「え~、いいじゃん」


 ビックリして声を荒げる俺にニヤニヤ笑いを向けながら、母さんは言う。


「だって、気になるんですもの。昨日、二階で颯くんがミクちゃんに何したのか……」

「か、母さんにはカンケ―ないだろうが!」


 興味津々といった様子で目を輝かせている母さんの言葉に、俺は内心ドキリとしながら叫んだ。

 そして、壁にかかった丸時計を指さしながら言葉を継ぐ。


「……って、時間が無いんじゃなかったのかよっ? 早く出ないと、パートに遅刻しちゃうぞ!」

「あら、いっけない!」


 俺の言葉で時計を見た母さんが、慌てた声を上げた。


「もー! 面白そうなところなのにぃ!」


 母さんは悔しそうにボヤくと、ダイニングテーブルの上に置いていたバッグを肩にかけ、早足で玄関に向かう。

 そして、三和土(たたき)で慌ただしく靴を履きながら、俺が持っているスマホを指さした。


「じゃあ、お母さん行ってくるから! ……それ(LANE)の内容がどんなものだったか、後で電話で教えてよ!」

「いや、教える訳ねえだろ。全力でプライバシー権を主張するわ」

「何で~よー!」

「つか、そんな事どうでもいいから、早く行きなよ。マジで遅刻しちゃうぞ」

「くぅぅ……!」


 断固として拒否する俺の顔を恨めしげに睨んだ後、母さんは飛び出すようにして玄関から出て行った。


「……やれやれ」


 嵐が過ぎ去った後のように静かになった玄関で、ひとり残った俺は大きな溜息を吐き、握りしめていたスマホにもう一度目を落とす。


「さて、と……」


 少しの間、新着バッジが付いたふたつのアカウントを凝視して、どちらから開こうかと逡巡した俺だったが、まずは一文字の方から確認する事にした。……何で一文字の方から開こうかと思ったというと、立花さんの方には、いつもの彼女らしい容赦の無いメッセージが入っているような気がしたからだ。

 二日酔いのせいで本調子じゃない今の俺の心に、いきなり彼女の歯に衣着せぬ罵詈雑言(メッセージ)は刺激が強すぎる……。

 それに比べれば、一文字からのメッセージの方が、いくらか俺のメンタルに優しそう……な気がした。


「……よし」


 俺は、大きく深呼吸をして心を落ち着かせると、恐る恐る一文字のアイコンをタッチする。

 一拍おいて切り替わったトーク画面には……一文字から送られてきた長いメッセージが、ベッタリと貼り付いていた。


『拝啓、暑さもようやく厳しさを増してまいりましたが、本郷氏におかれましてはお変わりなくご健勝のこととお喜び申しあげます。さて……』


 という堅苦しい出だしから始まるメッセージは、なぜか改行も無く数十行も長々と綴られており、画面を二度ほど全スクロールしなければならない程だった……。


「いや、長ぇし読みづれぇよ! 嫌がらせかオイィッ!」


 びっしりと文字で埋め尽くされた液晶画面に思わずツッコミを入れた俺だったが、それでも律儀に読み進める。

 ひょっとしたら、このクソ長い文章の中に、昨日の俺がミクにやらかしたらしい事も書かれているのではないかと思ったからだ。

 妙に私的な表現や比喩や、史学科所属で中二病ラノベに親しんでいない奴以外にはとても読めないような難読漢字に満ちた文章に、何度も何度も目を滑らせながら、それでも地道に読み進めていく俺。

 ――と、


「……ん?」


 ようやく文章が終盤にかかった辺りで、気になる一文を見つけた。

 ……といっても、探していた“あの時、ミクと俺の間に起こった事”に関する記述ではない。


『実は、私が選りすぐった素晴らしい誕生日のプレゼントも用意していたのですが、貴君が酩酊し、そのまま昏倒なさった為、直接お渡しする事も叶わず、残念至極に御座います』


 俺は、さらりと書かれたその文章を読むや、僅かに胸を高鳴らせた。“プレゼント”という単語には、何とも言えない甘美な響きがある。

 一文字が“選りすぐった”という点に一抹の懸念を感じつつ、俺はその先を読み進めた。


『その為、止む無く貴君の部屋の机に、そのプレゼントを置いておきました。我が渾身のセレクションが、これからの貴君の人生により一層の彩りを与えるであろう事を確信しております。ささやかなる贈り物ですが、どうぞご笑納くださいませ』

「お、マジか!」


 一文字のメッセージの続きを読んだ俺は、思わず胸を高鳴らせる。


「俺の机の上か……」


 そういえば、起きた瞬間にトイレに駆け込んだから、自室の机の上なんて見る余裕も無かった……。

 その事に気付いた俺は、ほんの少しだけ期待に胸を弾ませながら、階段を上がり、自分の部屋のドアを開ける。


「――あれか」


 目的のものは、すぐに見つかった。

 光沢のある真っ赤な包装紙に包まれ、真っピンクなリボンが十字掛けされた、十数センチ四方くらいの正方形の板状のものが、チョコンと置いてあったからだ。


「何だろ……?」


 俺はそう呟きながら、置いてあったプレゼントを手に取ってリボンを解くと、綺麗な包装紙を破らないよう、留めてあるテープを慎重に剥がす。

 ――中から出て来たのは、一枚のCDケースだった。……しかも、市販されているセルCDではない。

 そして――、


「げ――!」


 CDケースの表面を見た瞬間、俺は思わず顔を顰めた。

 そして、眉間に深い皺を寄せながら、表面にインクジェットプリンターで印刷したらしいCDジャケットの文字を震え声で読み上げる。


「……『心友・本郷颯大君に捧ぐ渾身の詠唱! 一文字一の友情名曲メドレー! (ボーナストラックもあるよ♪) 【大容量80分】』……だと?」


 12センチ四方のジャケット狭しと躍る文字と、その真ん中に配置された、一文字の満面の笑顔を見た俺は、すっかり忘れていた二日酔いの症状がぶり返し、慌てて口元を押さえた。

 そして、手にしてしまった特級呪物……もとい、プレゼントをベッドの上に慌てて放り出し、万感を込めて、


「く……クソいらねえええええええええ~ッ!」


 と絶叫するのだった……。

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