第十二訓 憶測でものを言うのはやめましょう
「……は?」
俺は、立花さんの言葉の意味が良く解らず、思わず間の抜けた声を上げた。
そして、一瞬フリーズした脳細胞を再起動させ、もう一度彼女の言葉を思い返してみる。
「え……ええと……、『あのふたりが別れるかもしれない』……だって?」
数秒かけて、立花さんが何を言ったのか、その意味を理解した俺は、
「……なんで?」
と、首を傾げた。
「だ、だってさ。ミクと藤岡穂高は、ついこの前付き合い始めたばっかりで、今日が初デートだったんだろ? なんで、もう別れるって話になるのさ?」
『ふっふっふっ……』
俺が上ずった声で捲し立てた疑問の声に、立花さんは意味深な含み笑いで応える。
「いや、何笑とんねん」
その笑い声に何だかカチンときた俺は、思わずエセ関西弁でツッコミを入れる。……と、その時、俺は先ほどミクから来たLANEのメッセージの内容を思い出した。
「……いや、それは無いよ。だって……さっき来たミクからのメッセージでは、『デート楽しかった』って書いてあったもん――」
『あぁ……あの娘は楽しかったんだ。ふ~ん、そっか……』
「……何か引っ掛かる言い方だな」
立花さんの声に、密かに憐憫的な響きが混じったのを感じ取った俺は、そこはかとなく嫌な予感を覚えながら、彼女に尋ねる。
「ぶっちゃけ、何を知っているんだ、君は?」
『……実はね』
立花さんは、俺の問いかけに対し、僅かに声を弾ませながら答え始める。
『あたし、家に帰ってすぐ、ホダカに電話したんだ』
「えっ? じ、自分から?」
彼女の話に、俺は驚いた。
初デートを終えた幼馴染に、自分の方から連絡を取ろうとするなんて……俺とは正反対だ。
「すげーな……。俺は、ミクから来たメッセージを見るのも苦痛で、早々にやり取りを打ち切ったっていうのに……」
『だって、ホダカが初デートでどう感じたのか知りたいじゃん。ふたりの様子は見てたけどさ、心の中までは分からないし』
「……だからといって、本人に直接訊きに行くか、普通……? しかも、デート直後に……」
『何? 文句でもあるの?』
「あ、いや……」
ムッとした様子の立花さんの声に、俺はスマホを耳に当てたまま、慌てて首を横に振った。
そして、言い様の無い敗北感に心を苛まれながら、しみじみと言葉を継ぐ。
「素直にメンタルすげえなって思って。少なくとも、俺なんかよりも、ずっと肝が図太いよ、マジで」
『何それ。褒められてるんだか貶されてるんだか分かんないんだけど』
「褒めてるんだよ、7:3くらいで……いや、6:4くらいかな」
『割合が微妙なんですけど』
俺の言葉に釈然としない様子でツッコミを入れてきた立花さんだったが、『まあ、いいや』と呟くと、先ほどの続きを話し始めた。
『……それでね、あたし、色々と訊こうとしたんだ。ミクっていう娘の事とか、デートでどう感じたかとか。――でも』
「……でも?」
『何だか、妙にホダカの口が重かったんだよね』
「口が……重かった?」
立花さんの話に、俺は思わず首を傾げる。
何せ、初デートの直後である。どうしてもテンションは上がってるだろうし、普通だったら、その体験や感想を誰かに聞いてもらいたい衝動に駆られるのではないだろうか?
事実、ミクは俺にその衝動をぶつけようとしてきたし、俺が同じ立場でも、確実にそうしたいと思うに違いない。
『そう! おかしいでしょ? 普段のホダカだったら、例えば好きなマンガのストーリーとか何やかんやを、あたしが「ウザい!」ってキレるくらいしつこく話してくるはずなのに、今日のデートの件は全然話が続かなくてさ……。なんか調子狂っちゃった』
「そ……そうなんだ」
『――で、あたし思ったんだ!』
と、立花さんは声を弾ませながら言った。
『ひょっとして、ホダカ、今日のデートが全然楽しくなかったんじゃないかなって!』
「えッ?」
『だってそうじゃない! 楽しかったら、もっとウキウキしてるもんでしょ? なのに、電話した時のアイツ、全然テンション低かったんだもん。きっと、あの娘といても、全然面白くなかったんだよ。そうに決まってる!』
「い、いや……ちょっと待って!」
俺は、興奮した声で捲し立てる立花さんを慌てて止める。
そして、北武デパートで見守っていた時のふたりの様子を思い出しながら、おずおずと言った。
「でも……デート中のふたりは普通に楽しそうにしてたし、現にミクからは『楽しかった』ってLANEが……」
『それは、あの娘は楽しかったってだけじゃない? だって、ホダカ、一生懸命エスコートしてたもん』
「だったら――」
『だから、楽しかったのは、あのミクって娘だけだったって事でしょ』
そう、立花さんは事もなげに言った。
『――でも、ホダカの方はそうでもなくって。だから、あたしが電話した時、デートに関して妙に口が重かったんだと思うよ』
「で……でも――!」
立花さんの、妙に説得力を感じさせる推測に思わず納得しそうになりながらも、俺は慌てて声を上げる。
「そ、それだけじゃ、あの人がデートを楽しめなかったって理由には……ましてや、ふたりが別れるっていう根拠にはなり得ないんじゃないか……?」
『もちろん、それだけじゃないよ。あたしがそう考える根拠って』
「へ……?」
あっさりと言い放つ立花さんの言葉に、俺は唖然とした。
そして、胸がざわめくのを感じながら、彼女に恐る恐る尋ねた。
「そ、その根拠って……何?」
『ンフフフ……』
俺の問いかけに、立花さんは不気味な笑い声を漏らす。
「な……何だその笑い方? 王〇将軍?」
『……何ソレ? オーキショーグン?』
「あ……いえ、何でもないです」
俺のボケに、キョトンとした声色で訊き返してきた立花さんに対し、俺は慌てて言い繕った。どうやら、『キング〇ム』ネタは、高校二年生の女の子にはハードルが高かったようだ。
カッコいいんだけどな、〇騎将軍……。
そんな俺の心の中のボヤキなど知るはずも無い立花さんは、心なしか声を弾ませながら、『実はね……』と。さっきの続きを口にする。
ゴクリと唾を飲み込んで、彼女の言葉の続きに聞き耳を立てる俺。
そして、彼女は“根拠”を口にした。
『あの……あたしさぁ、今度の土曜日に誘われちゃったんだ、ホダカに。――「一緒に出かけよう」ってさ!』
「……は?」
立花さんの嬉しそうな声に、俺は思わず耳を疑った。
「……それだけ?」
『何よ、そのリアクション!』
俺の反応の薄さに、立花さんはいたく機嫌を害された様子で、責めるような声で声を荒げる。
『分からないの? これがどういう事を意味するのかを?』
「……ゴメン、あんまり良く解ってない」
『はぁ~……』
キョトンとする俺に、立花さんはスピーカーの向こうで大きく溜息を吐いた。
『そんなんだから、幼馴染をホダカに取られちゃうんだよ、アンタ』
「う、うっさい! 幼馴染をミクに取られた奴には言われたくないわ」
『……ふ、ふふん! 一度取られたって、すぐに取り返したからいいんだもん。アンタとは違ってね!』
「……取り返す?」
俺は、彼女が口にした言葉を訝しみながら訊き返す。
「ど……どういう事だってばよ?」
『だからぁ……』
立花さんは、一拍置いてから言葉を続けた。
『せっかくの土曜日に、彼女じゃなくてあたしを誘ったって事は――明らかにホダカは、今日のデートで後悔してて、改めてあたしに告白し直そうとしてるんだよ。うん、そうに違いないッ!』




