第百十六訓 主役はちゃんと目立ちましょう
「じゃあ……みんな、ちゃんと席についたわね?」
最後に、キッチンの冷蔵庫から取り出したホールケーキを両手に持った母さんが、テーブルの周りに座る俺達を見て、ニコリと笑った。
「はーい!」
「……はい」
「ああ、準備万端だよ、母さん」
「はっ、御母堂様! 万事、抜かりなく!」
母さんの問いかけに、四人四色の答えが返ってくる。
俺の斜め右隣で、元気よく手を挙げて返事をしたのはミク。
その隣で、浮かぬ顔をしながら小さく頷いたのが立花さん。
その向かい側で、穏やかな笑みを浮かべながら応えたのが父さん。
そして、その隣――俺の斜め左横で、まるで戦国武将みたいな時代がかった言い回しで暑苦しく叫んだのは一文字である。
「……」
そんな中、いわゆる“お誕生日席”で、ひとり苦虫を嚙み潰したような顔をしていたのが、俺だった。
そんな俺の顔を見た母さんは、運んできたホールケーキを俺の前のスペースに置きながら、ニヤニヤ笑いを浮かべる。
「どうしたの、颯くん? そんなにルリちゃんと離れちゃったのが不満なの?」
「んな訳あるかい!」
俺は、からかい口調の母さんの問いかけに、憤然とかぶりを振り、肩にかけられた大きなタスキを乱暴に引っ張ってみせた。
俺の肩にかけられたタスキは、デカデカと『本日の主役!』と印刷されている、百均ショップのパーティーグッズコーナーで売られているアレである。
「いつも通りでいいって言ってんじゃん! なのに、何でこんなもんをかけさせられなきゃいけないんだよ!」
「やーねー。せっかくのお誕生日会なのに、いつも通りじゃつまらないじゃない。そのタスキも、日頃影の薄い颯くんがお誕生日会で少しでも目立てるようにって、母さんと父さんが一生懸命選んであげたものなんだからね」
「恩着せがましく言うな! 誰が存在感皆無の隠密系陰キャだ!」
「隠密系陰キャって……母さん、そこまで酷くは言ってないんだけどなぁ……」
母さんは、捲し立てる俺の言葉を捕まえて、クスクスと笑った。
「自分からそう言っちゃうって事は、薄々自覚してるんじゃ――」
「ぐ……ッ!」
母さんの鋭いツッコミに言葉を詰まらせる俺。
と、父さんがニヤニヤ笑いながら口を挟んでくる。
「まあまあ、タスキのおかげで、なかなかいい感じに目立ててるよ。まるで、お笑いグランプリに初出場した芸人さんみたいでカッコい……面白いぞ」
「いや、何で“カッコいい”から“面白い”に言い直したし。……つか、別に俺はウケを狙おうとしてる訳じゃないんですけど……」
「ぷぷっ!」
ぼやく俺の顔を見て吹き出したのは、立花さんだった。
彼女は、隣に座るミクの服の袖を引っ張りながら、小声で囁く。
「――見て、ミクさん! ソータとイチなんとかさん……並んで座ってると、まるで売れない漫才コンビみたいじゃない……?」
「……おい、そこ。聞こえてんぞ。誰と誰が、売れない漫才コンビだと――」
「――ぷふぅっ!」
「……ミクさん?」
「あ……ゴメンなさい、颯大くん……」
俺がジト目を向けると、ミクは慌てて口元を手で隠しながら謝ってきた。だが、笑いのツボにハマってしまったようで、その肩は小刻みに震えている。
「……」
俺は溜息を吐きながら、自分と斜め左隣にでんと座っている一文字の姿を見比べた。
……なるほど。甚だ不本意ではあるが、間抜けなタスキを肩からかけた俺と、肥満体ではちきれそうになっている〇パンもどきの格好をしている一文字――見ようによっては、出囃子の音と共に「はいどうもー!」と言いながら舞台袖から出てきそう……な訳ねえだろ!
「ほ、本郷氏……! キミがやれと言うのなら、ボクは喜んで相方になるよ! キャッチフレーズは、『力の一号、技の二号』とかで――」
「や、やらんわ! つか、そのキャッチフレーズは、メタ的に色々とマズい気がするぞッ!」
俺は、滔々と妄想を語り始めようとする一文字を慌てて止めた。
そして、パンパンと手を叩いて、話を本道に戻そうと声を上げる。
「は、ハイハイ! もうこの話は終わり! そ、それより、さっさと始めようぜ! 早く食べないと、せっかくの料理が冷めちゃうよ!」
「あ、確かにそうねぇ」
母さんは、俺の提案に頷くと、おもむろにエプロンのポケットからロウソクとライターを取り出した。
そして、俺の前に置いた、白いクリームで綺麗にデコレーションされたホールケーキの上に、手にしたロウソクを次々と刺し始める。
一本、二本、三本、四本、五本……。
みるみるうちにロウソクがホールケーキの上に林立し、上面がまるで針の太い剣山のようにロウソクで埋め尽くされていく……。
それでも、まだまだ手を止める様子の無い母さんに、俺は恐る恐る訊ねた。
「あ、あの~、母さん? ……一体、何本ロウソクを刺すつもりなの?」
「え?」
ロウソクを立てる作業に没頭しながら、母さんは涼しい顔で答える。
「そりゃあ……もちろん、ニ十本に決まってるじゃない。颯くんの二十歳の誕生日なんですもん」
「いや、ニ十本て……」
母さんの答えに、俺は呆れ声を上げた。
「つうか……普通は、真面目にニ十本も刺さなくないか? 一本で十歳換算にするとか、『2』と『0』の形をしたロウソクで二十歳ってしたりとか……」
「ダメよ、そんなの。面白くない」
「いや……面白くないて……」
身もふたもない母さんの答えに絶句する俺。
そんな事を言っているうちに、ホールケーキの上にニ十本のロウソクが建立した。
ホールケーキの大きさは直径十五センチくらいなので、上に乗ったイチゴと、『そうたくん、おたんじょうびおめでとう』と書かれたメッセージプレートを避けて刺されたロウソクの間隔は、かなり密集してしまっていて……なんか、嫌な予感がする。
「はいはい~。じゃあ、ロウソクに火を点けるから、カーテン閉めて~」
ライターを手にした母さんの指示に、すかさず父さんが窓のカーテンを閉めた。
日光が遮られ、闇に包まれたリビング。
その真ん中で、ロウソクの炎が、温かな光を――。
「……あのぉ」
俺は、煌々と照らし出された顔に強い熱線と熱気が当たるのを感じながら、おずおずと言った。
「なんか……もう、ロウソクの火というより、キャンプファイヤーの炎みたいになってるんですけど、コレ……」