第百十三訓 必要な事は事前に伝えておきましょう
一応、互いの自己紹介が終わ……ってないような気がしないでもないが、まあいい。
とにかく俺たちは、男性陣と女性陣に分かれて誕生日会の準備を始めた。
母さんは台所で唐揚げとカレーの仕上げにかかり、ミクと立花さんは、『立花さんの特訓』という名目で作ったらしい料理を、隣のミクの家まで取りに戻った。
一方の俺達男性陣は、出来上がったご馳走を並べられるようにリビングのテーブルを片付け始めたり、みんなが座れるようにクッションを出して並べたりし始める。
と、
「……おい、本郷氏!」
布巾でテーブルの上を拭く俺に近付いてきた一文字が、険しい顔をしながら、小声で声をかけてきた。
その声の調子に、どことなく責めるような響きを感じた俺は、胡乱な顔をしながら応じる。
「何だよ、どうかしたか?」
「ぼ、ボカぁ聞いてないぞ、こんな事!」
俺の問いかけに、一文字は頬を肉まんのように膨らませながら、憤然と言った。
「き、キミの誕生日会に、じょ、女子が……それも、ピチピチのJCとJDが参加してるなんて……!」
「ピチピチのJCとJDって、中年オヤジかよ……」
俺は一文字の言語センスに呆れながら、ふと違和感を覚えて眉を顰める。
「……って、JC? JCって……一体誰の事だよ?」
「え? そ、そりゃ、あの……髪の短い方の女子だよ」
「……おい、一文字」
一文字の言葉を聞いた俺は、思わずこの部屋に立花さんの姿が無いか確認し、それから念の為潜めた声で一文字に言った。
「言っとくけど、あの子はあれでも高校二年生だぞ」
「こ、高校二年生ぃッ?」
俺の囁き声を聞いた一文字は、驚愕を受けた様子で、口をあんぐりと開ける。
「ウソだろ? あの身長と体つきでJKだなんて……ありえるのかいっ?」
「……これは忠告だけどな。絶対に立花さんの前ではそんな事を言うなよ? 脛を蹴り折られたくなければな」
「ヒェッ……」
俺の脅し混じりの忠告を耳にした途端、一文字は一瞬で顔色を変え、怯えた様子でキョロキョロと部屋の中を見回した。
そして、さっきの俺と同じように、彼女が部屋に居ない事を確認して安堵の息を吐いてから、もう一度さっきの問いかけを投げかける。
「で、で……なんで言ってくれなかったんだいッ? キミの誕生日会に、JDとJし……あっいや……その、JKが参加するって――!」
「いや……さっきの話、聞いてなかったのかよ、お前?」
俺はテーブルを拭きながら、面倒くさがりつつ答えた。
「ミク……JDの方はともかく、JKの方に関しては、ついさっきまで俺も知らなかったんだよ。文句を言うなら、あそこで呑気に唐揚げ揚げてるおばさんまでどうぞ」
「ぐ……!」
リビングに背を向けて揚げ物をしている母さんを指さしながらの俺の言い草に、一文字は気圧された様子だったが、すぐにハッと何かに気付いたような表情を浮かべると、ひょっとこのように口を尖らせる。
「じゃ、じゃあ、JDの方は知ってたって事じゃあないか! なんで黙っていたんだい、キミは!」
「あれ、言ってなかったっけ?」
一文字の抗議に、俺は首を傾げた。
「いや、言っただろ? 『俺の幼馴染も来るから』って。『それでもいいよ』って言ったのは、他ならぬお前自身だろ?」
「“幼馴染”とは聞いてたけど、“女の幼馴染”だとは聞いてないよ!」
俺の答えに、一文字は憤然と声を荒げる。
「じ、自慢じゃないが、ボクは三次元の若い女性にアレルギーがあるんだよ!」
「あ、アレルギー?」
「若い女の人が近くに寄ってくるだけで心臓がバクバク鳴るし、話しかけられたら頭が真っ白になってうまく声が出せなくなるし、熱も出るみたいで全身が熱くなっちゃうし……」
「……いや、それはアレルギーなんかじゃなくて、健康な男性の正常な生理反応だと思うぞ……」
一文字の言葉に呆れる俺。
……つか、それが本当に“女性アレルギー”の症状だとしたら、俺もコイツに負けず劣らずのアレルギー発症者という事になるのだが。
そんな事を考えながら、俺は一文字に頭を下げた。
「でもまあ……確かに、ミクが女だとは言ってなかったかもな……。悪ぃな」
「え? あ……う、うん……」
「でも……来ちゃったもんはしょうがないからなぁ、お前も、立花さんもさ」
そう言って、俺は戸惑い顔をしている一文字に尋ねる。
「じゃあ、どうする? どうしても嫌だったら、帰っても別に構わないぞ?」
「え、帰る? あ……いや……」
「アレルギーじゃ、しょうがないもんな。――大丈夫、母さんやミクたちには、俺が適当にごまかしておくからさ」
「あの……べ、別に……その……」
俺が促すと、なぜか一文字は気まずげな顔をして言い淀み、それから心なしか俺から視線を逸らしながら、低い声でぼそりと呟く。
「いや……べ、別に、帰りたいなんて一言も言ってないじゃあないか……」
「あ? そうなの? お前が三次元女性アレルギーがどうのとか言い出すから、てっきり嫌になって帰りたくなったのかと思ったけど」
「ま、まあ……それはそうなんだけど」
と、俺の言葉に頷いた一文字だったが、すぐに大きくかぶりを振った。
「でも……だからといって、“心友”のキミの誕生日会をキャンセルするほど薄情でも無いのだよ、ボクは!」
「お、おう……?」
「安心したまえ、本郷氏! たとえ女子が苦手でも、周りが初対面の人ばかりで人見知りのボクには完全アウェイの環境でキツかろうと、ボクは頑張るよ! 全身全霊でキミの誕生日を祝ってみせるからね!」
「あ、いや……べ、別に、俺の誕生日会ごときで、そんなに無理してくれなくてもいいんだけど……」
「命燃やすぜッ! ボクの生きざま、見せてあげるよ、本郷氏ッ!」
たかが俺の誕生日会に出席するだけの事に、まるでこれから死地に赴くどこぞの特撮ヒーローかのような悲壮感を醸し出しつつ、熱く血を滾らせている一文字。
「あっ……ハイ……オナシャス……」
すっかり某勇者王のようなテンションになった彼を前にして、俺はドン引き交じりに頷くしかなかった……。