第百十二訓 誤解を招くような紹介はやめましょう
「えっと……ゴホン」
家の中に戻った俺は、リビングに並んだ俺の両親+一文字を前にし、気まずげに咳ばらいをしながら、傍らに立つ無表情の少女の事を手のひらを上に向けた手で指し示す。
「えーと、彼女は……立花瑠璃さん。誰かさんに嵌められて俺の誕生日会に出席する羽目になった、かわいそうな被害者です」
「何さ、その紹介の仕方……」
俺の言葉を聞いた立花さんが、そう小声で囁きながら、露骨に眉を顰めて俺の脇腹を肘で小突いた。
彼女の言葉に、俺は困惑の表情を浮かべて囁き返した。
「いや……だって、他にどう紹介すりゃいいんだよ? 友達ってアレでもねえだろ、俺たち……」
「まぁ……確かにそうだけど――」
立花さんは、不満げにぼやきながら、気を取り直すように溜息を吐く。
そして、少し緊張した面持ちで手を前に組むと、ぎこちなく頭を下げた。
「えと……あたし、立花瑠璃っていいます。ソータ……颯大さんとは、単なる知り合いで――」
「まあ~! あなたがルリちゃんね!」
立花さんの挨拶は、母さんの上げたキーの高い声によって、たちまち掻き消される。
突然名前を呼ばれた事にビックリした様子の立花さんに、母さんは満面の笑みを浮かべながら話しかけた。
「あなたの事は、ミクちゃんから色々と聞いてるわよ。ウチの颯くんと仲良くしてくれているんでしょう?」
「へ、えっ?」
母さんの言葉に、立花さんは目を白黒させながら、ブンブンと手を左右に振る。
「あ、いえ……言うほど仲良くも無いんですけど……」
「あら、そうなのぉ?」
立花さんの答えを聞いた母さんは、意外そうに首を傾げた。
「……でも、もう一緒に水族館に行ったり、颯くんの家に泊まるような仲だって聞いてるけど……」
「えぇっ?」
「はああああっ?」
母さんが口にしたとんでもない発言に、隣に立っていた父さんと一文字が、目を飛び出さんばかりに見開きながら、あんぐりと口を開ける。
「そ、颯大……い、いつの間に一人前の男に……!」
「ほ、本郷氏ッ? そ、それは本当なのかいッ? こ、このボクの事を差し置いて、年齢だけじゃなく、ソッチの方でもオトナに……ッ!」
「ち、違う違うッ! そ、そういうんじゃないからっ! 変な誤解をするんじゃあないッ!」」
凄まじい勘違いをして、勝手に愕然としているふたりに、俺は千切れんばかりに首を左右に振りながら、激しく否定した。
そして、ひとりニマニマ笑いを浮かべている母さんを睨みつける。
「な、何とんでもない事を言ってんだ、母さん! 紛らわしい事を言ってんじゃねえよ!」
「え~? でも、事実でしょ?」
「た……確かにそうだけど、水族館の時も、俺の家に泊まった時も、両方ともミクたちも一緒だったっつーの!」
「み、未来ちゃんも一緒……だとッ?」
「ま、まさかのハーレム展開ですとぉぉぉぉっ?」
「だーッ、違うってええええぇ!」
俺は、母さんの言葉に卒倒せんばかりに驚くふたりの男を怒鳴りつけた。
「『ミク“たち”も一緒』って言っただろーが! もう一人いたんだって!」
そう言って、俺はミクに助けを求める。
「そうだよなっ、ミク? お前からも言ってくれ!」
「あ、う、うん」
急に話を振られたミクは、ビックリしながらもコクンと頷いた。
「颯大くんの言う通りです。どっちの時にも、ホダカさんが一緒でした。あ……ホダカさんっていうのは、私のか、彼氏さんで……」
「「……ぐはっ!」」
ミクの説明に、痛恨の一撃を食らう俺と立花さん。
そんな俺たちの反応にも気付かず、ミクは当惑顔で母さんに言う。
「真里さん、ダメですよ。そんな言い方だと、まだ何も知らないおじさんと……もうひとりの人が勘違いしちゃいます。颯大くんとルリちゃんは、まだ付き合ってないんですから――」
いや、“まだ”って……。
それじゃまるで、未来で俺と立花さんが付き合うみたいじゃん……。誤解を招く言い方をしてるのは、お前も大概だぞ、ミク……。
――ダメだ。これ以上コイツらに話の主導権を握らせ続けては……。
そう考えた俺は、再び大きく咳払いをして、強引に話を進める事にする。
「はい! で、こっちがウチの両親ね! ふたりとも、立花さんに自己紹介!」
俺は、半ば命令するように父さんと母さんに自己紹介を促した。……もちろん、小声で「……余計な事言うなよ」と付け加える事も忘れない。
「あーはいはい」
俺の言葉に、気安い様子で頷いた母さんが、立花さんにニッコリと微笑みかけながら挨拶する。
「じゃあ、改めて……。はじめまして、ルリちゃん。颯くんの母親をやってます、本郷真理です。気安く“マリちゃん”って呼んでね♪」
「あ……は、はじめまして、おば――」
「ま・り・ちゃ・ん!」
「あ……ま、マリ……ちゃん……」
「うふふ、よろしくね~」
立花さんに“マリちゃん”と呼ばれ――もとい、呼ばせて――、満足げに頷く母さん。
愛想笑いを浮かべてはいるけど、思いっ切りドン引いてるぞ、立花さん……。
と、今度は父さんが、緊張しきった顔で深々と頭を下げた。
「こ、この度はお日柄も良く! 遠路はるばる、息子の誕生日会にお越し頂き、ありがとうございます! わ、ワタクシ、颯大の父親を務めております、本郷大悟と申します! い、以後お見知りおきを……」
……うーん、こっちもヒドい。まるで取引先に赴任の挨拶をする新入社員のようなカチカチの自己紹介だ。
案の定、立花さんは顔を引き攣らせつつ、それでもちょこんと頭を下げる。
「あ、はい……。よろしくお願いします……」
「こ、今後とも、ウチの颯大の事を、なにとぞよろしくお願いしますッ!」
今度は、選挙運動の応援演説みたいな事を言い始めやがったぞ……。
これ以上続けさせると、更にとんちんかんな事を口走って、立花さんをドン引きさせかねない……そう察した俺は、慌てて両手をパンパンと叩く。
「は、はい! 無事に顔合わせが終わったね! じゃあ、次行こう! すぐに誕生日会を始めようそうしよう!」
「え? え、ええと……颯大くん?」
さっさと終わらそうとする俺に、ミクがおずおずと声をかけた。
そして、父さんの横でボーっと突っ立っている一文字の方に目を遣りながら、小声で囁く。
「あの人……初めて会う人なんだけど……紹介してもらえる?」
「あ……コイツね……」
素で一文字の事を紹介するのを忘れていた俺は、ミクの言葉にハッとした。
そして、心なしか恨めしげな視線を向けてくる一文字を指さし、素っ気なく言う。
「こいつは一文字一。俺と同じ大学に通ってるだけの赤の他人。以上」
「雑ううぅッ! 圧倒的雑ぅぅぅぅぅっっ! ちょっと、本郷氏いいいぃっ?」
俺の適当な紹介を聞いた一文字は、愕然とした顔で抗議の声を上げるのだった。