モブは忘れさせてやりたい!
◇◇◇
翌朝、少し日が登ってから俺は目覚める。昨晩リゾン達と合流した後、彼らが見張りを申し出てくれたので、俺たちはお言葉に甘えて就寝した。目の前ではウサ耳がぴこぴこ。この姿での目覚めは初めてだ。どうやらセレーネを抱いて眠っていたらしい。
「セレーネ」俺は声をかける。
目を擦りながら顔を上げるセレーネ。首元には青い宝石をあしらった首飾りが揺れる。俺が贈った友の証。
「おはよ、トモエ。よく眠れたみたいね」
「ああ、お陰様で」俺は応える。
「でも、あの人は眠らなかったみたい」
セレーネは、天幕の入り口を背に膝を立てて静かに佇む男を見る。アシェルだ。
「……心配しなくてもいい。どうやらこの身体、眠りというものをあまり必要としないようだ。夜の眷属として長く生きすぎたからかもな」アシェルは小さく応える。
その言葉を聞き、俺はアシェルにロックオンして《鑑定》を発動させる。
◇◇◇
《鑑定結果.Lv 7》
種 族:ヒト種・ヒト族(変異)
職 業:幽霊義賊
性 別:雄♂
名 前:アシェル
状 態:変異・亡者
強 さ:強い
レベル:35
H P:2500(2500)
M P:1000(1000)
攻 撃:2500
防 御:2000
敏 捷:3500
技 力:3800
隠 密:2800
魔 力:1750
精神力:1500
スキル:「剣術.LvMAX」「弓術.LvMAX」「投擲術.Lv8」「算術.Lv3」「闇魔法.Lv5」「召喚魔法.Lv3」
称 号:「古き英雄」「闇に潜みし者」
説 明:永き眠りから目覚めた英雄アシェルの魂が、遺灰から再構築された身体に宿った姿。剣術と弓の腕は確かで、静かに獲物の命を刈り取る。物静かだが、根は熱い。
妻のエヴリンと、息子のマルスを救うために悪魔デュモスの討伐を誓っている。
◇◇
(ど……ぇえ!?……ステータス高い! ちょっと待って龍より高いよ!?)
上から下までステータスを眺めてみるが、うん。どう見ても俺より強いね。ラブリエルに聞くまでもなく、こりゃ間違いなく“主役級”だわ。
「ふ〜〜ん。夜行性なのね! あたし、はぐれ苔ウサギのセレーネ! 夜が好きだったけど、最近は昼も好き! よろしくね!」セレーネがアシェルに駆け寄って挨拶をする。
「アシェルだ。話せる魔物とは珍しいな。時空魔法の使い手といい、面白い組み合わせだ」
(何やら勘違いをしているが、そういえば俺、龍だってまだ言ってなかったような……)
「アシェル、そのことなんだが……」
俺が口を開こうとしたその時── コブとロッチが天幕の入り口を開ける。
「やっぱり起きてる! トモエさん、セレーネ! サンディたちの目が覚めたんだ。二人も来てよ!」
声の調子から、救出した五人の容態は悪くなさそうだ。
「わかった。いま行く」
俺はアシェルを見る。
「いや、俺はいい。護衛ということになってるんだろ? 外で見張りでもやってるさ」
「わかった。とりあえず話は後だ」
そう言って、天幕を出た。
(訂正するタイミング、逃したな…)
◇◇
「うわ……眩しい」
外はもう日がすっかり昇っていて、獣人たちもヤクの世話やら荷物の再確認などをしていた。
「起きたか」
俺たちを見て、隊長のリゾンが近寄ってくる。
「サンディが起きた。お前たちの言う様に、どうやらかなり悪い夢を見ていた様だ」
「だいぶうなされてましたからね。まだ薬が必要でしょうか?」
俺は薬師の口調に切り替えると、袋から薬を取り出してリゾンに差し出す。森で見つけた整腸作用のある薬草とミントを合わせたものだ。《再構築》はかなり便利なスキルで、手元の薬草を、効きやすい配合に整えることができる。《鑑定》先生によれば、効能は市販薬と比べても十分だ。
「いや、それはいい。ただ、少しだけ話を聞かせてくれないか? サンディや他の者たちも、自分達を見つけた時の話が聞きたいようだ」
昨日俺はリゾンに軽く用意した嘘の話をしておいたが、どこかおかしな所があったのだろうか?
まあ、とにかく助かったのだからあまり気にする必要はないと思うが、死にかけた……あ、いや。死んでたんだったな。本人たちからすれば気になっても仕方ないことだろう。
「いいですよ。じゃあ案内してください」
「すまないな。こっちだ」
リゾンに連れられ、俺たちはサンディ達のいる天幕まで歩いていく。
◇◇
「だーかーら! あたしはそんなに飲んでないっての! 酔っ払いはキール達でしょ? だいたい、何であたしが貴方達を襲うのよ? ほらダグさんも! 何とか言ってよ」
天幕に入るや否や、サンディの声が聞こえてくる。
「い、いや。俺も……多少酔っ払ってはいたけどよ。サンディが暴れたってのは……たぶんなんか、そんな気がするんだよなぁ」
ダグと呼ばれた男も頭を掻きながらサンディの潔白には半信半疑な様子だ。
(あー、はいはい。こう言う流れね。ちょっとまずいかなー)
「サンディ、みんな。落ち着け。ほら、旅の薬師──トモエさんだ。この方が、みんなの介抱をしてくれた」
「おす! ありがとうございました!」
「あら、何故だかてっきり男の人かと……失礼。礼を言うわ。ありがとう」
「いえいえ、私はただ連れと旅の途中通りかかっただけで、大したことは……」
次々に礼を言われるのは、何だかこそばゆい。
なんせ……ずっとぼっちだったからな! おいおいやめてくれよお嬢さん。そんなにじっと見られると恥ずかしいぜ。
「で、早速だけど、単刀直入に尋ねるわ」
「あたし達を見つけた時──どうなってたの? いったい、何があったかわかるかしら?」
サンディは俺を見据え、尋ねる。憑依された時の記憶がどこまで残っているかはわからないが、その瞳は頼りなげに震えている。
「ああ……それは──」
「ゲロの海だよ!」
下から、無邪気な声でセレーネが応える。
「お姉さんなんか、一番ひどかったよ! もう、ゲロまみれで叫び回って」
「え゛!?」
「寝てる間も馬乳酒だ! 酒だ〜ってずっと──」
セレーネは昨日決めたことをただ淡々と話しているだけだ。だが、あまりに可愛らしいその見た目で言うものだから、何というかものすごく……辛辣に聞こえる。サンディは、耳まで真っ赤だ。
「それでみんなはお姉さんから逃げる様に生き倒れてて……」
「もういいセレーネ! 大丈夫! よーーっくわかったから!」
しばらく続きそうなセレーネの説明に俺は割って入り、獣人たちを振り返って尋ねる。
「ええ〜っと、その……。ま、まだ聞きたいですか?」
「いいえ……もう、忘れたいわ」
顔を抑えてふるふると肩を震わせながら、サンディはそう応えたのであった。
◇◇◇




