モブと英雄と三匹の獣
◇◇◇
アシェルを連れて森の入り口まで戻る。サンディは、まだ腹の中だ。他の四人と同様まだ疲れもあるだろうし、そのまま寝かせておくことにした。
近づくと、俺たちの姿が見える前から、三人は気がついていたようだ。さすが、鼻と耳がきく。
「トモエ! 無事だったのね! もう、遅いわ! 心配したじゃない!」
ぴょんぴょんと跳ねながら一番に近づいてくるのはセレーネだ。口振とは裏腹に、その表情は明るい。その後ろを追いかけるようにして、コブ、ロッチも駆け寄ってくる。
「トモエ! お姉ちゃん……サンディは……」
俺たち二人だけで帰ってきたからか、ロッチは縋るような目をして尋ねてくる。鼻をぴくぴくと震わせ。既に半分泣きそうだ。
(あ。そりゃそうか、腹の中から匂いはしないもんね)
「ああ、間に合ったよ。……ちゃんと」
俺は少し表情を緩めてそう言った。すると、三人の肩から一気に力が抜ける。
ロッチなんて、その場で尻もちをついて、両手で顔を覆いながらわんわん泣き始める。
「うううぅぅ……よがっだぁぁ……!! アオオーーーン!!」
セレーネもほっとした顔で胸を撫で下ろし、コブは俺の肩を掴んでガクガク揺さぶってくる。
「よかった……! よかったよ師匠!! ……ん?」
コブの視線が、俺の横にいる灰髪の男──アシェルへと移った。
ロッチも鼻をひくつかせ、セレーネは首を傾げる。
「ねえ、そっちの灰色の髪の男の人はだれ?」
「それは後で話す。今は、もう一つ先に報告したいことがある」
三人が身構える。
俺は、わざと少しだけ間を置いた。
「……実は、亡くなった四人……キール、バロウ、ダグそれとナムラだったか。あいつらもどうにか助けられたぞ」
「──はぁ!? そりゃ、もしかして……生き返った……ってこと!?」
コブが目を剥く。セレーネは両耳をぴんと立て、ロッチは泣き顔のまま固まった。
俺はこくりと頷いた。
「ど、どうやって!? 師匠!!」
「さてな。……魔女の手品さ。タネは内緒」
俺が肩をすくめると、ロッチは再び崩れ落ちて泣き笑いになった。
「よがっだぁぁ……!! アオオーーーン!!」
「だから鳴くなって」
──と、ここでだ。
俺は真面目な顔に戻す。
「ただし。今後のために、“頭揃え”をしよう」
「頭揃え……?」
セレーネが瞬きをする。
「そう。辻褄合わせ。これをやらないと、サンディも、皆も、バラバラになってしまう」
コブとロッチが顔を見合わせた。
意味はわかってないが、俺の声の調子で“冗談じゃない”ことだけは伝わったらしい。もう少し噛み砕いて説明しよう。俺はわざと声色を作り、“魔女”の仮面を被る。
「いいかい。まず、私は魔女だ──相手があんた達みたいな純粋な子達ならいいさ。でも、大人達にはあんまりこの力を見せびらかしたいとは思わない。恨まれたり、噂が広まって、攫われたりはしたくないからね」
「……でも師匠! 師匠は俺たちを助けてくれたんだ! ちゃんと皆んなに伝えれば、わかってくれるよ!」
コブがすかさず反論する。
「ああ、そうかもしれないね。けど、問題はそれだけじゃない。例え生き返ったって、自分を殺した相手と一緒に旅を続けることなんて、できると思うかい? 私は……難しいだろうと思ってる」
「そ……それは……みんなだって……」
コブが静かになる。そうだ。それを敢えて確かな事実として晒すことは、彼らの絆に傷をつけることになるかもしれない。そんな危険を、敢えて犯す必要はない。
「いいか。サンディが暴走したのは夜。しかも大人たちは皆、酒に酔ってた。だから──」
「直接やられた人以外は、襲ってきた相手の顔を見てない、ってことね」
セレーネが続ける。察しがよくて助かる。
「そういうこと。だから昨日からの出来事はぜんぶ、“馬乳酒が見せた悪い夢”ってことで押し通す」
ロッチが鼻をすすり上げながら、こくこく頷く。
「悪い夢……。うん、悪い夢……!」
コブが腕を組んで、妙に納得した顔になる。
「……ああ、それならいける。あの辺りは“死の谷”が近いからな。“悪い夢”ってのも、割と本気で信じてくれるだろうぜ」
「死の谷?」
俺は思わず聞き返した。
胸の奥が、わずかにざわつく。
(何となく、そう呼ばれてもいいような雰囲気だとは思ってたけど……俺たちの故郷がまさか本当にそう呼ばれていたとは)
コブが頷き、淡々と説明を続ける。
「大樹が立つ丘に、そう呼ばれてる断崖絶壁の谷があるんだ。あそこは昔、悪い龍が地を割ったって言われててさ。大地の毒が噴き出してる。魔物も嫌がって寄り付かねぇ。……人間だっておんなじだ。だから、谷の底には生き物一匹いないらしい。だから、死の谷」
「へえ」
俺は、軽く相槌を打った。
──悪い龍が地を割った、か。
(……もしかして俺の母龍のこと、だろうか?)
口には出さない。今はまだ。
「とにかく。大人たちは皆、悪い夢を見てたってことでいく。そのためには、これから野営地に戻って、宴会の跡をしっかり元に戻さないとな」
「じゃ、あの場所まで戻ったら、私たちで宴会しちゃうってのはどう?」
セレーネがぱっと笑う。いい提案だ。
ロッチも涙でぐしゃぐしゃの顔のまま元気よく頷き、コブが拳を握る。
「ああ! サンディと仲間の救出成功──それに……」
俺は横目でアシェルを見る。
アシェルは少しだけ目を伏せ、それでも一歩前に出た。
「……それに、アシェルの加入祝いだ」
「アシェル? アシェルってあの、アシェルの森の……英雄アシェル!?」
ロッチが目を丸くする。
コブも「え?」と声が裏返った。
アシェルは短く頷き、ぶっきらぼうに言う。
「アシェルだ。……その、英雄なんて呼び名は好きじゃない」
「ええええええ〜〜!!!!」
「ええええええ〜〜!!!!」
コブとロッチの叫びが重なる。
「ああもう! うるさいうるさーい!!」
セレーネが両耳をぴんっと立てて叫び返し、場の空気が一気に“いつもの温度”へ戻った。
俺は小さく息を吐き、三人──いや、四人の顔を見回す。
「よし。じゃあ決まりだ。……皆、額を寄せてくれ」
俺たちは輪になり、こつん、と小さく額を合わせた。これから先、守るための嘘を、ひとつだけ共有するために。
「これまでのことは、全部“悪い夢”だ。いいな。私たちで書き換えよう──“いい夢”に」
「うん」
「ああ」
「まっかせて!」
「……ありがとう」
四人が思い思い口にする。セレーネがアシェルに「なんで感謝!?」と尋ねるが、アシェルは薄く微笑みながら、「……借りができた」とだけ応えた。
俺たちは再び目を開け、野営地跡へ向かって歩き出す。夜の闇はまだ深いが、空には星が瞬いている。
それは、小さくても確かに俺たちの行く末を照らしていた。
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