モブはマジもんの呪いを目にする
◇◇◇
森の中を慎重に進む。街道は舗装されているわけでもなく、ただ地肌が剥き出しになっているだけの簡素な物だ。
日が暮れた今となっては、《街道》と偶に現れる《獣道》との区別を眼だけに頼って行うことは難しい。だが、そんな暗闇の中にあっても俺が道に迷うことはない。
シュロロロロ……
先程から、俺は超音波を使って周辺の様子を探っている。目の前に浮き出たマップには、俺を中心とした森の様子がしっかりと表示されていた。空間感知のスキルレベルが6になってからは、その探知距離は1キロ近くまで広がった。
そして、既にそのマップ上にはいくつかの動く点が表示されている。その中に、人間程の大きさの反応は一つだけ。
「視えたぜ……いるな。サンディ」
もちろん、セレーネとの“鬼ごっこ”で学んだ教訓も忘れていない。
こちらが視るより先に聴かれてしまえば、相手に先制を許すことになるからだ。
だが、この音域を獣人の耳で捉えることは不可能だ。出掛けにコブとロッチで試してみたので、サンディにも聴こえないはずである。もっともセレーネにとっては、耳を塞ぎたくなるほどの大音量だったみたいだったが……
加えて俺は、温度感知を薄く視界に重ねている。昼間にやると少々気持ち悪くなるが、暗闇の中で生き物の存在を見つけるには非常に有効な手段だ。
(そろそろ視界でも捉えられる距離に入ったな)
俺は目を凝らして前方へ集中する。
すると、確かに祠の様なものがあり、サンディはその前に居た。
サンディはゆらゆらと揺れながら、地面に何かを描いている。
(なんだ……? 何をしている?)
視界にようやくその姿を捉えはしたが、まだ距離はある。何をしているのかまでははっきりと分からない。だから俺は、ひとまず鑑定を発動してサンディを調べることにした。
(……鑑定ッ!)
◇◇◇
《鑑定結果.Lv 7》
種 族:ヒト種・獣人族
職 業:行商
性 別:雌♀
名 前:カサンドラ
状 態:憑依・アシェルの悪霊
強 さ:普通
レベル:35(5)
H P:315(105)
M P:360(120)
攻 撃:320(102)
防 御:314(88)
敏 捷:308(90)
技 力:342(115)
隠 密:304(74)
魔 力:402(133)
精神力:400(135)
スキル:「剣術.Lv4」「棒術.Lv2」「算術.Lv3」「嗅覚強化.Lv2」「闇魔法.Lv5」「召喚魔法.Lv3」
説 明:キャラバン隊「サンディ・リゾン」の副隊長。アシェルの悪霊に憑依されている。
◇◇◇
(え……なんか、強くない!?)
サンディのステータスは、以前野営地で確認した時よりも全てが上昇していた。少なくともセレーネを除いて、俺がこれまでに鑑定してきたどの対象よりも総合力で優っている。その辺りの有象無象に比べれば、はっきり強いと言っていい数値だ。
括弧内の数字は本来値だろうか? アシェルの悪霊とやらに憑依されているからか、レベルが恐ろしく高い。無理矢理に身体機能を上げられていると見ていいのかもしれない。
(これは、傷つけないで無力化するのは難しいかもしれないぞ?)
俺はステルスを発動させたままサンディに近づいていくが、気づかれた様子はない。
ブツブツブツ……りん……くだ……い……
サンディは呪文らしきものを唱えながら、己の血で魔法陣を描いていた。腕からかなり出血しているが、彼女はそんなことを全く意に介していない。そして、その陣の中心には不気味な黒い人形が置かれている。
(あれか! 呪いの人形は!)
俺はすかさず鑑定を発動させた。
◇◇◇
《アシェルの呪い人形》
かつてアシェルの森を根白に活動した義賊・アシェルの怨念が込められた人形。アシェルは元来正義感の強い男であったが、仲間に裏切られて妻子を失って以降、悪魔信奉を始め、最期は降臨の儀に失敗して命を落とした。
儀式の際、悪魔の依代となる筈だった人形にはアシェルの怨霊が宿り、叶わなかった悪魔降臨を果たすべく、いまも生贄を求めて現世を彷徨っている。
◇◇◇
(やっべー……マジもんじゃねえかよッ!!)
ヒヤリとした汗が俺の頬を伝ったとき、突然サンディが人形を掴み、陶酔しきった様子で叫ぶ。
「さあ、この獣人の娘を依代として……今こそ降臨されるのです! 我が主人、デュモス様ぁあ!!」
突如、魔法陣が怪しく光り始めた──
◇◇◇




