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モブ転生〜ザコで影薄くてトラブル体質だけど、種族値ボーナスと鑑定あるから何とかなるかもしれん〜  作者: やご八郎


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モブと大樹と小さな背中

 ◇◇◇


「じゃあ、早速行こうか」


「うん! ……なんだか緊張するね!」


「なんだ、やっぱり残る?」


「絶対ヤダッ! トモエの意地悪!」


 俺たちは軽口を叩きあいながら、セレーネを頭に乗せてスルスルと崖を登っていく。


「うわわ……すごい、もうこんなに高くまで」


「おっとッ……! ちょっとセレーネ、急に身体を乗り出すと危ないぜ?」


「あ、ごめんごめん」


 初めて谷底を出ることになるセレーネはやっぱり落ち着かない様子で、(せわ)しなく視線を彷徨わせているみたいだ。


(ああ、頭が揺れてなんだか気持ち悪い……早く慣れてもらわないと、毎回これはちょっとキツいかな……)


 そんなことを考えていると、セレーネが話しかけてくる。


「ねぇトモエ? 外に出たら何からやろっか??」


「そうだな〜、昨日セレーネが聞いた音の正体を確かめたいから、まずはキャラバンの野営地(キャンプ)を調べに行こう。もちろん、よく安全を確認してからね」


 少し考えてから、俺はセレーネの問いに応える。


「う……うん、わかった」


 彼女の声は少し震えていた。


 キャラバンに近づくということは当然、セレーネが苦手な“ヒト種”と接触することになる。そういえば、キャラバンの隊員達は獣人族だった。同じ獣仲間ってことで少しは苦手意識がなくなればいいんだが……


「セレーネ、人が怖いって言っていたけど、相手が獣人でも怖いのか?」


「え? あ、そうだね。うう〜ん。やっぱりちょっと……でも、わかんない。トモエが私の方が強いって言ってくれたから、頑張ってみる!!」


「そっか、今回は安全を確認しないといけないから仕方ないけれど、人間にはちょっとずつ慣れていけばいいと思うから、精神的に無理そうなら早めに言ってね!」


「わかった。ありがとうトモエ」


「ほらセレーネ、そろそろ到着するよ?」


「うん!」


 ◇◇◇


 崖を登り切れると、俺達の視界が一気に拡がる。

 急に眩しさを増した太陽に、一瞬だけ目が眩んだ。


「……眩しッ」


 セレーネが小さく呟く。


「ついたよ? ほらほら、目を閉じてちゃもったいないぜ?」


「──〜〜ッ、うん」


 彼女は俺の頭から飛び降りて、そっと目を開いた。

 

 空はどこまでも高くて、谷底から見ていた色を変えるだけの細長い天井とは全然違う。

 

 丘を吹き抜ける風は、草原に自生する様々な植物の香りを運んでくる。谷底で浴びた陰気なガスの臭いなんて、あっという間にかき消えてしまった。


「わああ……」


 セレーネの口から思わず声が漏れた。


「さぁ、周りを見てごらんよ」


「う、うん」


 俺の言葉に従うように、セレーネはぐるりと辺りを見回している。だがその視線があるところへ差し掛かると、こくんと息を呑んでその動きを止めた。

 

 彼女の見つめる方に目を遣れば、そこにあったのは天まで届かんと真っ直ぐに伸びる大樹であった。


 空を遮る新緑の隙間から、金色の陽が差し込み木陰を照らしている。太い幹から幾本も伸びた立派な枝の上で、風に揺れる葉音に合わせて鳥達が歌っている。


 その光景は、生命の営みが全く感じられない《死の谷》の底とは、何もかもが違い過ぎていた。


 セレーネはそれを見つめたまま、茫然として立ち尽くしている。


「どう? 来てよかっ……」


 俺はその背中に向かって声をかけようとして、やっぱりやめておいた。


 セレーネは泣いていた。ポロポロと、その大きな目から涙を流していた。


 どうして泣くのだろう。


 いったいどんな思いで、彼女はここに立つことを決めたのだろう。


 俺と出会ったことで友情を、そして孤独を知ったと彼女は言っていた。では、生まれて初めて谷底を飛び出し、外の世界に触れた彼女の胸には、いまどんな感情が溢れているのだろう?


「あ……あれ? どうして、わた……あれ?」


「いいんだ。セレーネ、大丈夫だから」


 そう、大丈夫だ。

 その気持ちをいますぐ、急いで言葉にしなくたって良い。


 話したくなったらいつでも聴くぜ、友よ。俺たちはこれからいつだって、側にいるんだから。


 願わくば、この涙が彼女にとっての“呪い”ではなく、これから始まる素晴らしい旅への“祝福”でありますように。


 心の中でそう祈りながら、俺はセレーネの小さな背中に寄り沿うようにして、二人でしばらく大樹を眺めていた。

 

 ◇◇◇

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― 新着の感想 ―
[良い点] 謎、伏線、設定、ワクワクします。 一気読みしてしまいました。 流石のやご八郎さんクオリティ。 どんなお話になって行くのか楽しみです [一言] 毎日投稿と言うことで正直もっとライトな物を…
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