エキストラ……それってつまりモブですよね?
◇◇◇
「っえ? エキストラ……ですか?」
俺は、天使に問い返す。
「はい、エキストラです。有り体に言えば、世界の進行を左右しない、フレーバーテキストのような存在……端役、つまり──“モブ”。などと、申した所ですかね? それであの……お気づきかどうかはわかりませんが、萌文様は前の人生でもエキストラだったんですよ?」
「え?」
──皆んなが自分の人生の主役なんだぞ。だから、自分の人生を悔いることのない様、立派に生きてくれ──
中学校時代の担任が、卒業式後のHRで言ったそんな言葉を覚えている。なんだ、アレは嘘だったのか。やっと自分の惨めな人生が腑に落ちた気がした。
碌なことがない人生だった。こんなのが主役じゃあ、興行収支は大赤字だろう。じゃあ、俺以外は? 妹は? 両親は? エルフは? 皆んなはエキストラ──だったのだろうか?
「あ〜、お考えになっている事はだいたいわかります。えっと、順番に説明いたしましょう」
ラブリエルはくるくると指を回しながら、空中にピラミッドの様なものを描き始める。
「一般的にこの世に存在する魂には、大きく分類して3つの階級──いわば、期待される宿命の大きさのようなものが存在しているのです」
彼女はそれを3つのエリアに切り分けると、一番上で輝く小さなエリアを指して続ける。
「第一に主役級、彼等は世界に直接的に干渉し、その行く末を左右することを期待されている魂であり、最も多くのリソースを持って生まれてきます。あ、リソースっていうのは、その人の願いを叶える力の事です。物事の習熟は早く、容姿も淡麗で、人を惹きつける魅力を有しています。例外はありますが、歴史上に名を残すような英雄は、ほぼスターです」
次に彼女は、先程より少し大きめの、真ん中のエリアを指して続ける。
「次に準主役級、彼等はスターに強く影響を与える魂として、基本的にスターにやや劣る程度のリソースを持っていて、彼等の直ぐ近くで生きています。スポーツで例えれば、スター選手の学生時代のライバルとか、一軍と二軍を行ったり来たりしてるような人達は、殆どがキャストになりますね」
最後に彼女は、ピラミッドの中でも一番大きなエリア、最下段のエリアを指して言う。
「最後に端役、殆どの方々がこの階級に属します。はっきりと申し上げてしまえば、スターやキャストの踏み台のような存在です。“生産人口”とか呼ばれて一括りに扱われていたりするような人々ですね。リソースが小さいので、必然的に消去法で物事を選択し、環境に流されるまま行動します。極稀に、階級を超えて世の中に重要な役割を果たす方もおりますが──今生の萌文様がそれに当たりますかね」
「……重要な役割?」
俺は、湧き出た疑問をそのまま口にする。
「はい。萌文様は、2つのスターの生涯において多大な功績を残されました。1つ目は貴方様の妹君、萌香様の人生においてです」
「萌香が? 何かをしてやった覚えはありませんけど」
俺は頭を捻るが、本当に何も思い浮かばない。
「萌文様は、萌香様と最期に交わした会話を覚えてらっしゃいますか? 萌文様はひどい嵐の中、人助けをすると言って家を立ち、その後亡くなられました。この体験は萌香様の将来性を決定付け、後に“気象学分野”に置いての第一人者と呼ばれるまでに、彼女の才能を引き出したのです」
それを聞いて、妹が、萌香が俺の死をそこまで真剣に受け止めてくれたことが嬉しかった。
思えば兄らしいことは何一つしてやれなかったが、それが却って良かったのかもしれない。俺の生前最期にとった行動が、彼女にとって深く印象づけられたのだから。
「2つ目は?」
全く見当もつかないが、まだあるのだから聞いておこう。俺はそんな気持ちでラブリエルに問いかけた。
「2つ目は、ある盲目のピアニストの人生においてです。これは少し、間接的な貢献にはなりますけれども。貴方の助けようとしていた子猫……確か、エルフでしたね。あの子猫は嵐を生き延びて、ある盲目のピアニストに拾われたのです。彼女は妻を失って折れかけていたピアニストの心の傷を癒やし、後に彼が世に数々の名曲を送り出すきっかけとなりました」
「そっか……エルフも……」
それを聞いて、萌文はゆっくりと目を閉じる。
俺の人生は、俺の死は決して無駄ではなかった。
確かに自分で何かを成すことはできなかったが、こうして俺の命が多くの人のために役立ったということがわかったいま、心には満足感しか残されていない。
「わかった、もう十分です。ありがとう教えてくれて。これで安心して逝けます」
「ちょちょちょ!! ちょっと待って下さい!! 成仏されては困ります!!」
ラブリエルはわたわたと手を振りながら声を上げた。
◇◇◇




