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モブ転生〜ザコで影薄くてトラブル体質だけど、種族値ボーナスと鑑定あるから何とかなるかもしれん〜  作者: やご八郎


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20/62

閑話……ぼっちのウサギ

モブとはぐれ苔ウサギの対決前日譚です。ウサギ視点です。

 ◇◆◇


 わたし──はぐれ苔ウサギは苛立っていた。


(何なの!? もう、何なのよ!)


 ──グギャォオオオオオゥ……


 谷の奥から、今までよりも一際大きな()()()の咆哮が聞こえる。


(いい加減諦めて、さっさとこの谷を出て行きなさいよ!!)


 苛立ちの原因は、もう暫く味わっていなかった『狩られる』ことに対する恐怖だ。


 もう何日も、まともに眠れていなかった。


 わたしは随分と前からこの谷底に住んでいるが、こんな恐怖を味わったのは“あの人間”に出会って以来のことだ。蛇から逃げつつ、わたしはその時のことを思い出すのであった。


 ◇◇◇


 ──その人間はある日突然わたし等の棲家へと現れて、わたしと仲間の苔ウサギ達を連れ去ると、黒い大きな岩と一緒にこの地の裂け目へと放り込んだ。


 苔ウサギは基本的に自我の薄い生き物だ。その性質は、動物というより植物に近い。

 唯一あるものといえば僅かな食欲と、繁殖期に高まる性欲のみだ。


 強烈な“死”への恐怖──それが、わたしに初めて芽生えた()()と呼べるものだった。


 暗い地の裂け目へと落ちていく時間の中、わたしは死を強く意識した。きっと自分はここで死ぬのだと、本能的にそう思った。


 でも──その直感は誤りだった。

 苔ウサギの中でも一握りの()()()()()が強く死の危険を感じた時、それは稀に上位種(はぐれ苔ウサギ)に進化することがあると、聞いたことがある。

 

 谷底で目を覚ました時、既にわたしは《はぐれ苔ウサギ》へ進化を果たしていた。


(……あれ? なんで、わたし……)


 頭の霧が晴れたかの様に、意識がはっきりしている。自分が何か別の生き物に変容していることを、わたしは(おぼろ)げに理解した。


 顔を上げれば空は高く、両側にそびえる切り立った崖は、どう考えても苔ウサギ達(わたしたち)がこの谷底から抜け出すことを許してくれそうにない。


(どこよ……ここ?)


 大地を何か強大な力で引き裂いた跡のようにも見えるこの狭谷は、日当たりは悪いが地熱のせいで少し蒸し暑く、わたし等以外に生き物の影は見当たらない。


 所々からガスが噴き出している様は、さながら《死の谷》とでも表現すればいいのだろうか。


 だが、それは苔ウサギ達にとってむしろ好都合であった。


 わたし達の主食である苔は、幸いにもこうした環境でもしっかりと自生していたからである。


 それ以来、わたしはこの谷で一度も天敵と呼べる存在に出会ったことがない。


 あの人間さえ、再びここに顔を現したことはなかった。


 けどわたしは、他の苔ウサギ達が目覚めることのなかった感情──恐怖を忘れることだけは出来なかった。


 わたしの胸中には、いつまでも消えないある疑問が残る。


(あの人間はどうしてわたし達をここへ放り込んだの? いったいここに、何があるというの?)


 いくら考えても、その答えはわからなかった。


 アイツが目の前に現れるまでは……


 ◇◇◇


 その夜、わたしは何かが弾け飛ぶような、大きな“爆発音”を聴いた。

 不吉な予感が、胸を締め付ける。


(ッ!? 何よ今の音はッ!?)


 いったい何の音だろうか? またあの人間が帰ってきたのだろうか? 逡巡が、判断を遅らせた。


 慌てて《聴覚強化》を発動させ耳を研ぎ澄ませるも、既に音は何度も壁で反響し、発生源はわからない。


 …………



 ……



 しばらくすると峡谷はいつもの通り、静寂と闇に包まれていた。


 どこかの崖が崩れたのだろうか? 今までにないほどの大きな音ではあったが、わたしは意識的に何事もないと思うことにした。

 そうしないと、怖くてどうにかなってしまいそうだったから。


 しかし、不吉な予感は的中した。


 翌朝、岩陰で苔を食んでいたわたしは、背後からの異様な圧を感じとる。


 振り返れば、そこに居たのは“漆黒の大蛇”だった。アイツはこちらを値踏みするかの様に、じっとわたしを見つめていた。


(は……はは。こんにちは〜〜)


 ──ッバ!!


 わたしは一目散にその場から逃走した。


(やばいやつ居たやばいやつ居たやばいやつ居たやばいやつ居た絶ッッッ対にやばいやつ居た!! 何アレ本当に蛇!? めっちゃデカかったんですけど!?)

 

 岩陰から岩陰へと何度も移動を繰り返し、大蛇との距離を十分に取る。そして、どうやらうまく逃げ切れたことを確認してから、物陰に隠れてその動きを観察する。


 どうやら大蛇はわたしを探しているらしい。スルスルと地を這いながら、辺りを徘徊している。


(もしかしなくても、あれって絶対わたしを探してるよね?)


 しばらくして大蛇は、辺りに転がる岩の中に、擬態した苔ウサギがいることに気がついた様だ。


 大蛇は口を開けてその一つに噛み付いた。……が、牙が折れてしまった。


 恨めしそうに苔ウサギ達を睨みつけた後、大蛇はスルスルとその場を去っていった。


(えッ!? えッ!? あんな小さな苔ウサギ、なんで一呑みにしないの!? え、硬さを調べたかっただけ?? なになになに、わからない!? ひぇぇえええええ〜〜〜!! めっちゃ怖いいい〜〜〜〜!!)


 わたしには、アイツの行動が全く理解できなかった。


 だがその日から、アイツ──大蛇から逃げ回るわたしの日々は始まった。


 ◇◇◇


 次にわたしが大蛇を見つけた時、蛇は他の苔ウサギ達を丸呑みにしていた。やはり、アイツは苔ウサギのことを“餌“だと思っているらしい。


 わたしは他の苔ウサギ達に対して既に仲間意識を感じていなかった。それもそのはず。会話も出来ず、ただ食事と生殖行為にしか興味を示さない生き物(モブウサギ)と、自我の芽生えたわたしは明らかに違っていたのだから。


 だが、アイツから見れば同じウサギだろう。 そんなことは、ウサギである自分が一番よくわかっていた。


(だけどそう簡単に、食べられてたまるもんですか!)


 生態が垣間見えたことで、わたしは改めて大蛇を敵であると認識した。


 ◇◇◇


 数日後、わたしはシュロロロロ……という物音を聞いた。

 止まないその音は、次第にこちらへ近づいているようだった。


(これ! 絶ッ対アイツじゃん! やっばい!)


 わたしは音から遠ざかる様に動き回るが、音は彼女の動きを正確に追いかけて、ずっと着いてくる。


(ひぇえええ〜!! これ完全にわたし狙いじゃない!?)


 そう思っていると、音の近づく速度が急激に速くなった。


(う、ウソでしょッ!? もう、いい加減にしてよ!)


 それから数時間、見えない相手との追いかけっこが繰り広げられた。


 ◇◇◇


 ゼェ……ゼェ……


 息も絶え絶えになりつつ、わたしは最初にあの大蛇と出会った暗がりまで逃げてきた。 


 大蛇と出会ってからというもの、本能的にそこを避けるようになっていたわたしは、そこで“恐ろしいもの”を見つけてしまう。


 わたし達と一緒にこの地の底へと投げ入れられた、あの“黒い大岩"が割れていたのだ。


 大岩の中心は空洞のようになっており、それが何かの()であったのだということを、わたしはついに理解した。


(こ、これって……)


 それを目にしたとき、わたしは思わず言葉を失った。

 一瞬、ガクリと膝から力が抜ける。


(苔ウサギは……いえ、わたし達は……)


 そう。最初から、わたし達はアイツの“餌”だったのだ。


 いつか産まれてくるあの大蛇のために、何年も前からわたし達は()()されていたのである。


(は、はは……)


 “アイツ”は外からやって来たのではない。

 わたし達がここに投げ込まれた時から、ずっとそこにいて──この時を待っていたのだ。


(でも……、それでも……!!)


 わたしは再度、膝に力を入れて立ち上がる。


(わたし達は……いえ、わたしはアンタの餌にはならないッ!!)


 はぐれ苔ウサギの瞳には、闘志の炎が燃えていた。


 ◇◆◇

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