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モブはゴミのように逝く


「もう一度新しい生を得てやり直せるとすれば、貴方は何に生まれ変わりたいですか?」



「え、マジすか?」



「ええ、大真面目です」



 目の前に現れた天使はコクコクと頷き、真剣な眼差しでこちらを見つめている。彼女はコチラに「転生先確定チケット」なるものを差し出して、俺に再び問いかける。



「貴方は何に生まれ変わりたいですか?」





 ◇◇◇◇◇





 俺こと唯野萌文(ただのもえふみ)は、今しがたトラックに轢かれて死んだ。

 俺を轢いたトラックは、俺が居たことにすら気づかないままどこかへ走り去っていった。



 仕方ないことなのかもしれない。

 唯野萌文(ただのモブ)。いつしかそんなあだ名でさえ呼ばれなくなるほどに、俺の影は薄かったから。


 特徴と言えば、額を横一文字に走る傷と、死んだ魚の様な灰色の目くらい。小さな頃に転んで頭を打った時からそうで、昔はこの傷と目の色のせいでよく虐められたものだ。



 思えば、誰かから一度だって求められたことのない人生だった。



 享年16、この歳まで一度も彼女は出来たことがなく、両親は2つ歳下の妹を溺愛し過ぎていて、俺のことなど全く眼中にない。


 クラスにも馴染めず、挨拶を交わす友人もいない。俺が数日消息を絶ったとて、家族を含めてそれに直ぐ気がつく人間など恐らく居ないだろう。とは言え、今回ばかりは流石に気がついてくれるとは思うが……まあ、あまり期待はしていない。




 ただ一つ、心残りがあるとすれば


 それは、通学路の脇にある路地裏に捨てられていた子猫に、里親を見つけてやれなかったことだ。


 俺の住んでいるアパートは動物の飼育が禁じられていたので、俺は子猫(そいつ)に出会って以降、ずっとその路地裏に通い、エサをあげて育てていたのだ。



 俺はそいつを「エルフ」と呼んでいた。昔読んだ絵本に出てきた、大きな片足のダチョウの名前からとった。



 エルフは真っ白な身体をしていて、片方の耳の先が噛みちぎられたように欠けていた。そして、いつも右脚を引き摺っていた。



 出会った日のエルフは段ボール箱の中で小さく震えていて、その身体はびっくりするくらい冷たかった。俺はコンビニで買ったミルクを温めて与え、朝までエルフを抱きかかえたまま、一緒に路地裏で眠った。


 その日は家に帰らなかったが、家族は気づきもしなかった。




 俺が死んだ日──というか今日だが……



 今日は酷い嵐のため、学校は休みだった。

 ニュースでは、近くの川が氾濫しており、床下浸水の恐れがあると言っていた。エルフは脚が悪いから、きっとこの雨では流されてしまう。俺はタオルとレインコートを手に階段を駆け降りた。



 大急ぎで階段を駆け降りた俺は、廊下で妹とぶつかった。


 

「に、兄さん!? どうしたのそんなに慌てて」



萌香(もえか)すまんが、説明している時間はない……助けてやらないといけないヤツがいるんだ」


 殆ど部屋から出ない俺に驚く妹に事情を語らないまま、俺は家を出る。




 ◇◆◇


 

 ──バタンッ


 吹き込む風のせいで勢いよく閉まった扉の前で、萌香(もえか)は口を尖らせて呟いた。



「何なのよアイツ……かっこつけちゃってさ」



 その呟きを萌文が拾うことはなかった。



 ◇◆◇




 土砂降りの雨と吹きつける風で前も見えない。道脇の側溝はゴボゴボと音を立てて雨を飲み込んでいるが、溢れ出すのは時間の問題だろう。俺は風に逆らうようにしながら、エルフの元へと急いだ。



 朝の駅前の飲食街は軒並みシャッターを下ろしているが、前日の夜に出されたであろうゴミ袋は路肩の収集BOXから溢れ出すほど積まれている。


 こんな嵐の日に、ゴミ収集車など動けるはずもない。


 幾つかの袋はゴロゴロと道路上に転がっており、それを元の場所に戻す程の善意を持ち合わせた人間はいない。というより、そもそもこんな嵐の日に外に出ているのは、よほど嵐が好きなやつか俺くらいだろう。



 いよいよ風が強く吹き、中々前に進めなくなっていた時だ。



 俺は潰れたゴミ袋からはみ出した残飯に足を取られて転倒した。何てついていないのだろう。そう思って顔を上げると──




 俺の眼の前に大きなトラックが迫っていた。




 運転手は、俺をゴミ袋か何かだと思っているのだろう。全くブレーキを踏むそぶりさえない。




 ああ、本当に……




「……ゴミのような人生だった」




 そんな台詞を最期に、俺はゴミと一緒に踏まれて死んだ。




 ◇◇◇



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