五十五話 始まりの大地
「兄貴!やりましたね!」
「おにーちゃん凄い!」
ドラゴンを仕留めた俺に二人が抱きついてくる。
嬉しさが溢れてくる。
これで復讐が果たせる。
ホムラ…
少し前までは喜びをホムラと共に分かち合っていた。
この世界に来てずっと…
そう考えが浮かび、目頭が熱くなる。
思ったよりも心の傷は深く深くに及んでいる様だ。
涙を拭い、前を向く。
「復讐の鬼となろう」
溌剌とした声で言う様な言葉では無いと分かっている。
だが、何故だろうか、明るい気持ちでないといけない気がした。
明るい気持ちで談笑をする。
偶にはいいだろう。
そんな事をしていると、空が真っ黒く染まる。
星一つない染みつく様な空。
その空には見覚えがあった。
憎悪が心の底から湧き上がる。
「テメェ!何しに来やがった!」
俺は真っ黒な空に怒鳴る。
「そうかっかしないでくださいよ」
一見無感情な響きの声だが、その奥には嘲笑が含まれている。
空に浮かぶ佐藤。
まるで自分が王とでも言うようにマントを羽織り、冠を被り、ニヤニヤと俺達を見下していた。
「何が面白え!この野郎!」
黒炎を佐藤に放つが、黒い球に吸い込まれて消えてしまう。
「まあ、怒らずに私の話を聞いてください」
そう言われてもこの怒りは止められない。
炎を放ちまくる。
すると、佐藤が少しイラついた様に手を振り下ろす。
「頭が高い!」
その途端、俺達は地面に押し付けられてしまった。
くそ!炎を纏っていればよかった!しくった!
「ふう…では、延治さん…私はこれから貴方の初めて訪れた国に行きます。さぞ、世話になったでしょう?貴方は第二の故郷を守れるでしょうかね?」
そう言ってクスクスと笑い、もう一度俺を睨む。
「私の長い長い人生の序章を、鮮やかに色付けてくださいね…では」
佐藤は闇に包まれて消えた。
あの黒い空も消えて、青空が戻る。
「俺はこれからまた旅に出る。二人はどうする」
怒りを必死に押さえつけながら二人に問う。
「兄貴…俺は…」
ジェールは喉から言葉を搾り出す。
「俺…実はここに残ろうと思うんです。街は殆ど消えてしまいましたが、ここにくるまでに考えてたんです。それに、見てしまったんです。生き残った子供達を」
ジェールは空気感に押しつぶされそうになっていた。
空気の読めない発言。
悪く思われるかも知れない…それでも心に決めたのだ。
その気持ちを強く握りしめて言う。
「なので…兄貴!お達者で!」
ジェールは顔をあげる。
決意に満ちた笑顔。
こちらまで柔らかな顔になる様な笑顔。
「わかった。お前の考えはよくわかったぞ。お前の道を歩め。だけど無理はダメだ。俺は必ず生き残る。だから連絡してくれ」
そう伝えると、ジェールの頬を涙が伝う。
「ありがとうございます…必ず…必ず生き残ってください!そしたら、またこの街に来てください!一緒に酒を飲みましょう!」
「ハハハッ、こりゃ絶対に生き残らないとな。楽しみにしてるよ」
生きる理由が出来てしまっては、相討ちなんてぬるい事は言えない。
気を引き締めねば。
「ところで、エールはどうするんだ?」
そうエールに問うと、首を傾げて言う。
「わかんないけど…なんだかここに居た方が良いと思うの…だから!だからね…おにーちゃんは絶対に戻ってきてね!私はジェールのお手伝いをするから!戻ってきたら褒めて!」
ぴょこぴょこと跳ねながら言うエール。
逞しくなったな…親では無いが、親心が湧いて来て目頭が熱くなる。
ここの所涙脆いのは何でかな…
「よし!じゃあ…俺は行く…必ず…必ず顔を出しに戻る!だから…待っていてくれ!今度は笑顔の再会だ!」
二人はうん、と頷くと、俺に後ろを向く様促す。
俺が後ろを向くと、二人の掌がそっと俺を押す。
「行ってきてください!くれぐれも死んじゃダメですよ!」
「頑張れ!おにーちゃん!」
俺は歩き出す。
振り返らない様に、涙が、溢れる涙がバレ無い様に…
―――――――――――――
あれから寝ずに歩き続け、朝日が昇る時間帯になった。
歩く、と言うのは語弊かも知れない。
膨大な体力を生かし、半ば全速力で走り続けた。
やっと森を抜け、草原に出た。
草原とは色の違う街道を只走る。
懐かしいあの城壁を目指して。
俺の旅も終わる。
これは確実に終わる。
それは本能的なものかはわからない。只、終わるのだ。
どんな結果かは知らない。わからない。
力の限りを尽くすだけだ。
門が目前に迫った時、異変は起こった。
空が真っ黒に染まる。
これは奴がいると言う証拠だ。
「チッ!もう来たのかよ!」
門をくぐり、街中を爆走する。
門を通過する際に衛兵が騒いでいたが、それどころでは無い。
奴は領主邸の上空にいるはずだ。
あの服装から推測しただけなのだが…合っててくれ。
領主邸の前の大通りに差し掛かると、何やら人の群れが出来ている。
仕方がないので屋根を伝って行く。
やはり、佐藤は領主邸の上空に居た。
屋根から跳び、奴に殴りかかる。
佐藤は片手で受け止めて俺を見る。
「来ましたか、では…」
そう言って俺を吹き飛ばし、佐藤は手を振り下ろす。
すると、集まっていた人を含めた全てのものが地面に押し付けられ、大地と化す。
悲鳴も上げられぬ一瞬の出来事。
その一瞬で数千の人が亡くなった。
「…お前…許さねえ…何で…」
頭に感情が押し寄せ、言葉が渦を巻く。
思考がぐちゃぐちゃになり、言葉がうまく出て来てくれない。
そんな光景を佐藤は残念そうに眺めていた。
「う〜ん、やっぱり一瞬で殺すのはつまらないですね。もう少し悲鳴が聞きたかったのですが、仕方ない。戦いの場を整えるためですから」
佐藤はうんうんと頷く。
そして、ゆっくりと降りてくる。
「延治さん、改めまして私の名は佐藤、この世の王…頂点となる男です。以後お見知りおきを」
丁寧にお辞儀をする。
「ふざけた事言ってんじゃねえよ…テメェの所為で何千と死んだんだぞ…ホムラも…ルージュも…クロウも…お前が殺したんだ!その代償、払って貰うぞ」
纏う黒炎が大きく噴き上がる。
「その片手で、どう払わせると言うのです?世界は強い人でないと生きてゆけない。私は日本では優秀な社会人でしたよ。有名な大学を出て、有名な会社に勤めた。
だけれど、上司はそんな私を罵った。アホだのクズだの、それはまあ散々なものでしたよ、私よりも劣った馬鹿が私を罵る。意味もなく罵る。私は上に言いましたよ、パワハラを受けていると、だけども上は取り合ってくれない。
私は気付きました」
佐藤は歪んだ笑みを浮かべた。
「社会に必要なのは頭でも決断力でも無い、必要なのは自己中心的な考えと地位!
生まれつき弱者の意見は誰の耳にも届かない。なので私は殺しました。上司を。
そしたらどうです?気分が空いたじゃないですか!社会など容易いと思いましたよ。気に入らない奴を殺し、死体を隠し、平然と生きる。それだけで良いのですよ!だけれどもそれを勘繰った愚か者が居たんです…弱者のくせに偏った正義を振り撒いて、本質に気がつかない。彼のせいで警察に追われる日々、まあ、彼のお陰でこの世界に来られたのですけどね」
つまり…と佐藤は付け足す。
「この世は弱肉強食!自然の摂理に何を怒るのです?滑稽ですね」
佐藤はクスクスと笑う。
「…テメェ…人を馬鹿にして楽しいか?…自然の摂理だと?人間の世には自然もクソも無えんだよ。人には人の生き方がある。テメェの好きな自然の摂理風に言うなら、群れに従って生きる。それが生物としての人間の生き方だ!」
佐藤の言葉に反論をする。
佐藤は人を馬鹿にする様な笑みを絶やさない。
「その摂理に反したテメェを…制裁してやるよ。片手で充分、ハンデだ…」
静寂が俺と佐藤の間に生まれる。
少しでも隙を見せれば死ぬ。それがありありと感じられた。
「!!」
「時空神ノ鍵錠!」
佐藤が時を止めて肉薄してくる。
時を止めても俺には効かないのだが、何故だろうか?
止めた空間の中、俺と佐藤がぶつかり合う。
佐藤は四方八方に黒い魔弾を生み出しながら俺の攻撃を捌く。
下段から中段に、流れる様な蹴りを入れるが、何なく防がれる。
それどころか反撃をしてくるので思う様に攻撃が出来ない。
佐藤の闇を纏った重い拳をタックルで中断させ、逆手に持ったナイフで首を掻っ切る。
佐藤は倒れ落ちる前に霧と化して距離を取る。
肉薄しようとするが、何か違和感がある。
すぐさま背後に跳ぶと、俺の居た地点に黒い魔弾が放たれていた。
危なかったと安堵した瞬間、俺の身体に幾つもの魔弾がぶつかる。
吹き飛ばされた先にある魔弾にも弾かれ、まるでピンボールかの様に弾かれる。
「甘いですなぁ、私が何故魔弾を空中に待機させたのかを考え、警戒して動かないと」
地面に倒れ伏す俺に佐藤がヘラヘラと語りかける。
「クソが…」
悪態を吐きながら立ち上がる。
まだ身体は動く、大丈夫だ。
「さあ、次は何が来るでしょうか、よく考えてくださいね」
佐藤は俺に向かって巨大な魔弾を放つ。
しかし、闇魔法なので速度が遅く、簡単に避ける事が出来たが、避けた先に佐藤が移動しており、俺を強く吹き飛ばした。
吹き飛ばされた先に魔弾があり、それに弾かれて佐藤の元に戻る。
佐藤は弾かれて勢いのある俺を蹴り上げ、流れる様に俺の胴体に回し蹴りを叩き込む。
そしてまた魔弾の元に弾かれる。
しかし、今回は魔弾を燃やして消滅させたので惨事にはならなかった。
「おや、つまらないですねぇ〜」
佐藤は残念そうにしながら笑う。
「俺の…ターンだ」
俺は炎を纏い直し、左手に炎を創り出す。
佐藤に飛び蹴りを放つが、避けられる。
それを読んで左手の炎を佐藤に押し付ける。
佐藤は霧と化して避ける。
「まだだ!」
佐藤の頭上から巨大な炎の塊を落とす。
「無駄なものを…」
佐藤の呟きが聞こえた瞬間、炎は弾け飛ぶ。
「なッ!?」
あまりの衝撃に思考が停止する。
「隙だらけですよ」
いつの間に接近してきた佐藤の攻撃を反射的に避ける。
しかし、体制が崩れて防戦一方だ。
このままではマズいので、佐藤の攻撃を喰らうのを覚悟で炎を放つ。
放たれた炎は佐藤の顔面にクリーンヒットした。
炎の煙幕で視界が埋まる。
すると、炎の中から燃えた佐藤が現れた。
咄嗟の判断でそれを蹴り、炎で吹き飛ばす。
炎が晴れたと思ったら、佐藤が幾人にも分身していた。
佐藤の分身は一斉に俺に飛びかかってくる。
俺は地に手を付け、地面から炎を噴き出させる。
佐藤の分身は全て消滅した。
最後の本体が上空から襲いかかってくる。
全身に闇魔法を纏い、自由落下の勢いを利用して重い一撃が放たれる。
咄嗟に手の平で防ぎ受け流す。
着地した佐藤はバネの様に身体を伸ばしてアッパーを放つ。
少し後ろに下がって避け、ガラ空きの腹に拳を放つ。
佐藤は霧と化して消える。
『いいですね!とてもとても、楽しいですよ』
何処からか声が聞こえる。
ふと地面を見ると大きな陰が。
すぐさま上空を見上げれば、そこには巨大な球がある。
その球は第二の月のように光輝いている。
嫌な予感がし、背中に汗が伝う。
「見せてあげよう、これが神の一撃だ。 満月」
佐藤はその球を俺に向かって放つ。
巨大な球は視界を埋め尽くし、逃れる事は出来ないだろう。
思わず舌打ちをする。
だが、状況は変わらない。このままでは辺り一帯消し飛ぶだろう。
「何が神の一撃だこの野郎!ぶっ壊してやるよ!」
そう吐き捨て、力を溜める。
「うおぉぉぉぉ!」
黒炎が奔流となって辺りを燃やし溶かす。
その間も刻一刻と迫る月。
「紅月!」
炎を月に向かって放つ。
月と炎が触れる瞬間、炎が爆ぜて紅に染まる。
前の炎とは違う深紅の炎は、月を飲み込み燃やす。
しかし、それでも月は止まらない。
「クソ!」
大地に月が堕ちる。
月は爆ぜ、冷気を放ち、地を隆起させ、空には閃光が走る。
闇と光に染まる。闇は濃く、光は強く。
混沌の生まれた大地は、とても生命が生きられる様な地では無かった。
延治は月の爆発で吹き飛ばされ、地を転がり、壊れた民家の壁に叩きつけられた。
壁は砕け、延治は瓦礫埋まる。
「フフ…フハハハハ!延治さん、貴方はまた埋まり、何もできずに負ける!愚か!愚かですね!ハハハハハ!」
佐藤は一通り笑った後、壊れた椅子を見つけそれに座る。
「さあ、終わりの大地に支配者の誕生だ」
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