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戦闘狂世界を渡る。  作者: 南十字
5章 [復讐の一歩]
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五十二話 崩壊

(起きて…エンジ…起きて)


 意識が覚醒し、視界に光が入り込む。



 辺りを見回すと、瓦礫の山と崩れかけの建物。


「これは…ぐあぁ!」


 焼き付く様な痛みに顔を顰め、右腕を見る。

 しかし、そこには腕が無かった。

 肉が抉れて折れた骨が見える。


「あ…腕が…うあぁぁぁぁぁ!」


 激しい痛みと喪失感に悶え苦しむ。



 痛い!痛い痛い痛い痛い!



 どれくらい苦しんだだろうか?痛みが麻痺して来た。



 凄まじい喪失感を抑え、痛む身体を起こし立ち上がる。


「そうだ…ホムラ…皆…」


 仲間を探し、辺りを探す。



 瓦礫の下に居ないか、覗き込んで探す。

 だが、中々見つからない。



 三十分程探しただろうか。

 焦りながら探していると、細い腕が瓦礫から飛び出している。


「ッ!」


 生きている事を信じる期待と死んでいたらどうしようと言う恐怖を浮かべながら瓦礫をひっくり返す。


「あ…あぁ…うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 そこに見えるは美しかったホムラ。

 しかし、もうそれは喪抜けの殻だ。

 安らかに眠っている。


「起きてくれ…頼むからぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 辺りに悲しい慟哭が響く。

 愛する者を失い、信頼する者を失い。

 俺にはもう、何も残っていない。


「あぁ…死にたい」


 そう呟くも、所詮は上辺だけの考えで、いざ行動に移すと恐怖が湧いて来た。

 いや、多分これは恐怖だけでは無い。

 佐藤への復讐心か、はたまたホムラが阻止してくれたのかわからないが、俺は思い留まる事が出来た。


「ホムラ…ルージュ…クロウ…必ず奴を倒すからな…」


 二人の遺体を燃やし、そう約束する。

 必ず倒す。

 それは復讐の為。

 虚無になった心を埋める為。

 そうでもしないと俺自身を許せなくなる。

 奴に復讐をする…それを目標とする事で己を正当化し、壊れない為。



 俺は歩き出す。

 懐に二人の遺灰を包み。

 二人と共に…








 どれだけ歩いただろうか?

 見覚えのある、開けた場所に出た。



 青々と茂る木の葉。

 そこは、消えた狐の隠れ里。


「ホムラ…クロウ…安らかに…」


 その青々と茂る桜の木の根元に遺灰を埋め、ぼろぼろになった刀を突き刺す。

 簡易的な墓標が出来た。


「復讐が出来たらしっかりと墓を作る。それまで見守ってくれ」


 旅に出るそれは始まりとは違い、寂しい旅。

 唯一同じなのは一人ということ…



 そんな皮肉を思いついたが笑えない。

 これっぽっちも。



 悲しみに沈み、心までもが凍ってしまった。

 例え怒りの炎でも溶かせない。

 そんな氷が俺を蝕んでいる…



 霧に満ちる森の中、奥から一匹のオークが現れる。

 そのオークは酷く痩せており、何処か悲しげであった。


「同じ…なのか」


 俺の呟きは静寂に溶けてゆく。



 オークは俺を殴ろうと拳に力を入れて突く。



 それは予備動作が多く、簡単に対処出来るものだった。



 カウンターを決めようと炎を纏う。

 しかし、炎が出てこない。

 それどころか胸が強く痛む。



 突然の事に気を抜いていると、オークの拳が到達する。



 俺はその大きな拳で身体を殴られて吹き飛ぶ。

 前の俺ならこんなの屁でも無い。

 しかし、肺が圧縮されて空気が全て無くなり、全身が痛い。



 必死に息をしようともがいていると、オークに掴まれる。



 俺なら余裕で抜け出せる筈だが、一ミリも身体が動かない。



 おかしい。

 普段の動きが出来ないどころか炎すら出せない。



 目の前にオークの大きく開いた口が見える。

 このまま頭から食われるのだろうか。

 残酷な現実は刻一刻と迫る。



 あぁ…死ぬんだ…今行くよ…



 目を瞑って覚悟を決める。

 後はその時を待つだけだ。


「…ちゃん…おにーちゃぁぁぁぁん!」


 不意に響く高く可愛らしい少女の声。

 目を開くと、岩に貫かれたオーク。

 オークの力が緩み、自由落下する。

 地面に叩きつけられる前に小さな影に抱えられる。


「お兄ちゃん!」


 見上げると、満面の笑みを浮かべた少女。


「エール!エール…ありがとう…」


 久しぶりの…別れの後の人の子に、何故か安堵し涙が溢れる。


「お兄ちゃん?悲しいの?」


 エールが心配してくれた…


「うぅ…」


「お兄ちゃん!どうしなの!?」


 優しさに触れて涙が止まらない。


「違うんだ…嬉しくて…嬉しくて…」


 青年が小さな少女に泣きつく。

 恥ずかしげもなく。

 それでも止められない。

 まるで母親に抱かれる子供の様な懐かしく、心から安堵出来る気持ちが湧き上がる。


「よしよし、いい子いい子」


 エールがその小さな手で頭を撫でてくれる。

 心の氷が少し溶けた様な気がした。



 暫く、このままでいたい…優しさに満ちた空間に。










「おい、急に走り出すな…」


 懐かしい…優しい空間を突き破る声が響く。

 薮から一人の男が出てくる。

 その顔は懐かしいものだった。


「エンジさん!?」


 俺の名を呼び、阿保みたいな顔で停止する男。


「ジェール…久しぶりだな…」


 その男の名を呼ぶと、男は泣き出しそうな顔をする。


「どうしたんすか、その髪の毛。腕はどうしたんですか。仲間は…すみません…」


 そこまで言うと、気まずそうに俯く。


「いや…大丈夫だ」


「大丈夫じゃ無いですよ!女の子に縋って泣くなんて、何か無ければそうなりませんよ!」


 ジェールは必死に捲し立てる。

 確かにそうだ。

 ジェールの言っていることは正しい。


「…すまん。実は…」


 何故俺がこうなったかの説明をする。


「…と、言うわけだ」


 ジェールに説明する。

 説明の途中に思わず涙が溢れ、ジェールがハンカチを差し出してくれた。


「なんでお兄ちゃんはオークに捕まってたの?」


 エールの一言でジェールが唖然とする。


「エンジさんオークに捕まったんスか!?」


「あぁ…我ながら情けないが、何故か炎が使えねえ。それに力も常人並みかそれ以下になっちまった…」


 幻肢痛なのか、痛む右腕をさすりながら話す。



 ジェールは憐れみの籠った目を俺に向ける。


「エールちゃんから聞きました。エンジさん…アンタは立派な人だ。兄貴と呼ばせてくれ」


「立派じゃねえ。我欲に突っ走って仲間を失い。未練タラタラで生き延びる。俺は悪人だ…」


 重苦しい空気が流れる。



 沈黙が重くのしかかる。


「…兄貴。実は俺も仲間を失ったんです。あの二人を…ランクが上がってすぐ…俺達は浮かれていた。だから強い奴に挑んで倒してやろうと思った。俺達は最強だと思っていた。だけど…大誤算だった。ヒドラに叩きのめされたんです」


 そう言いながら鎧を脱ぎ、腹を見せる。

 そこには大きな傷跡が複数あった。

 噛まれた様な跡、切られた様な跡、殴られた様な跡、火炙りにされた様な跡…

 それは凄惨な現場を生々しく幻視させた。


「生傷は冒険者の勲章と言う人も居ます…ですが…心が…持ちそうに無い…俺は…弱い」


 ジェールは涙を零し、強く握った拳からは血が滲み出ていた。


「……」


 何も言わず背中を、半ば抱きつく様にさすってやる。



 傷ついた三人。

 傷を舐め合い、泣いて泣いて泣き続ける。



 ある者はこれからの明るい未来の為。



 ある者は後悔し、自らを戒め続ける為。



 ある者は自らを罰し、復讐を果たす為。



 前を向けるのかは分からない。

 しかし、今だけは前を向ける気がした。


「俺は旅に出る。始まりに向かって旅をする…一緒に来てくれるか?」


 俺は二人に向かって手を差し出す。


「当たり前です。お供させてください!」


「お兄ちゃんと一緒!」


 俺達はゆっくりと、新たな一歩を踏み出し始めた。


「待ってろ…佐藤!殺す殺してやる」


「再び、過ちを犯させないために!」


「少しでも沢山、おにーちゃん達と過ごす。今まで失った日々を取り戻す!」


 爽やかな風が吹く。

 夏の初めの薫風。



 風は俺達を優しく押し出してくれた様に感じた…


(負けちゃダメよ…我が愛弟子よ…)


 風の囁きは木々に溶けてゆく…

 読んで頂きありがとうございます。

誤字脱字などがありましたら教えて頂ければ幸いです。

評価や感想などもお待ちしてます。

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