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戦闘狂世界を渡る。  作者: 南十字
4章 [魔王]
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四十九話 不自由の首輪

「いだぁぁぁぁぁぁい!何をするんだぁ!」


 砂の上で泣き喚くレニード。

 押さえた頬は赤く腫れている。


「どうしてくれるの!歯が…歯が取れたぁぁぁ!」


 うだうだと喚くレニードだが、お前がエールにして来た仕打ちに比べれば軽い、軽すぎるものだろう。

 歯の一本や二本で騒ぎすぎだ。



 冷ややかで、怒りの篭った目をレニードに向ける。


「うぅ…その目をやめろ!行け!クソ鯨が!」


 レニードがおもむろに何かのスイッチを取り出すと、親指でスイッチを押し込んだ。

 その途端、エールが頭を押さえて蹲り出した。


「どうした!?」


 すぐさま駆け寄るが、頭を押さえて苦しそうにしているだけだ。



 俺があたふたしていると、レニードが口を開く。


「随分とそのクズに肩入れしてる様だけど、それは僕のペットだ。ボタン一つで操れる。僕を殴った事を後悔させてあげる」


 俺がレニードを怒鳴ろうとした瞬間、頬に強い衝撃が走る。

 地面を転がり、勢いが弱まった所で膝をつく。



 視線を上げると、拳を振り切って残心するエールが居た。


「ヒャハハハハ!殴られる気持ちがわかったか!行け!クソ鯨!奴をスクラップにしちまえ!ヒャハハハハ!」


 気持ち悪く笑うレニード。


「ヤダ!やめて…ごめんなさい…」


 それとは反対に泣きそうな顔で謝りながら此方に向かってくるエール。



 襲ってくるエールの拳を手で受け流す。

 最小限の動きで逸らす。


「エール、大丈夫だ。必ずお前を助け出す」


 顔を近づけそう話すと、泣きそうな顔になる。


「ごめんなさい…ごんべんなざいぃ…」


 とうとう泣き出してしまった。



 それでも攻撃は止まらない。止められない。


「オイ!ナニをグズグズしてる!早く殺せ!」


 レニードが怒りを露わにする。


「黙れ!クソ野郎。待っていろ。直ぐ殺しに行ってやる」


 イラッと来たのでそう返す。



 そう言ってみたが、思ったよりもエールの攻撃が苛烈で反撃が出来ない。

 反撃自体は出来るのだが、それだとエールに傷をつけてしまうかもしれない。



 俺が躊躇っていると、エールが微笑んで語りかけて来た。


「私を切って。大丈夫。私の皮は分厚いから」


 未だに涙の浮かぶその瞳には、覚悟と優しさが篭っていた。



 確かに皮膚が厚い事はわかっている。

 だけれど、手加減した状態でも切れてしまうのだから、本気でやれば大惨事なんてものじゃない。

 実はあの時に加減をしていたのだ。

 少女を全力で切れる訳がない。



 恐らくだが、俺の本気は鉄も来れるもしれない。

 いくら硬い骨であろうと、鉄には及ぶまい。


「ダメだ!そんな事をすれば死ぬかもしれねぇ!」


 半ば怒鳴る様に言うが、それでもエールの瞳は強く此方を見つめる。

 言葉を発するでも無く。

 ただ、此方を見つめるだけだった。


「切って」


 幼い子から出るとは思えない覚悟の決まった声は、只者ではない圧があった。



 互いに言葉を発さない時間が流れる。

 拳の空気を切る音。

 それを避ける音。

 それだけが響いていた。



 しかし、その沈黙を破る者がいた。

 例のクズ野郎だ。


「もういい!死ね!」


 クズで、クソな野郎がボタンを捻る。



 すると、エールの動きが一瞬止まった後、更に攻撃が素早く、苛烈になった。



 恐らく限界を超えた強制的な動き。

 それは身体を酷使する。

 節々からミシミシと音が鳴る。

 激痛が走ったのだろう、悲痛な呻き声を上げる。

 顔を涙と涎、鼻水でぐしゃぐしゃにし、半ば気を失った状態で殴り続けるエールのは見るに耐えない姿だった。


「………すまん」


 一言だけ発し、攻撃を避けるとともに素早く居合いの形をとる。



 低くなった姿勢、それは背の低いエールよりと同じか、それ以下になる。



 ガラ空きの首。



 エールが拳を突き出してくる。



 それを左に避け、すぐさま踏み込む。



 鞘から飛び出す紫色の刃は、沸々と湧く俺の怒りを体現した様な、しかし悲劇の少女を憐れむ様な色合いを持っていた。



 紫の刃が首元を掠める。



 一拍、首輪が切れてパサリと砂の上に落ちる。



 膝を突いて崩れるエール。

 少女の意識は闇の中に沈んでいた。

 しかし、息はまだある。



 上着を地面に敷いてやり、そこに寝かせる。



 立ち上がり、ゆっくりと振り向く。



 怒りを、憤怒を、憤懣をぶつける為に。


「制裁を加えよう。幼子を痛めつけ、涙を流させた。その罪は重いぞ。覚悟しろ蛆虫が!」


 俺の殺意の篭った声に、レニードが震える。


「ぁあ!ごめんなさい!許して!」


 レニードが謝罪を口にする。

 しかし、その顔からは笑顔が滲み出ていた。



 まだ笑うか、まだ嘲るか、まだ見下すか!

 刀を右手に持ち、切っ先を下に向けて奴に近づく。


「ヒィィィ!なんで!謝ったでしょ!」


 ふざけた事を喚くレニード。

 とんだ馬鹿野郎だ。


「謝った?命乞いをした?それでもいたいけない少女を痛めつけたのはどこの誰だ!一生後悔するといい!」


「桜火乱舞•地獄ノ桜!」


 高速で幾重にも刻む。

 急所を外し、しかし深く大きく。



 傷がつき、それを炎が焼き爛れさす。

 それにより、血が止まる。

 更に激しい痛みを与える。


「アァァァァ!イダイ゛ィィィィィィ!」


 叫んでも止まらない斬撃。

 それは地獄の責め苦の様。



 飛び散る血液とうねる炎は、まるで地獄の桜の様。



 散る花びらは美しくとも、触れれば一瞬で切り裂かれる。



 その桜の根元には、幾千幾万の罪人が眠っていると言う。



 今日も地獄に絶叫が響き渡る。

 読んで頂きありがとうございます。

誤字脱字などがありましたら教えて頂ければ幸いです。

評価や感想などもお待ちしてます。

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