四十九話 不自由の首輪
「いだぁぁぁぁぁぁい!何をするんだぁ!」
砂の上で泣き喚くレニード。
押さえた頬は赤く腫れている。
「どうしてくれるの!歯が…歯が取れたぁぁぁ!」
うだうだと喚くレニードだが、お前がエールにして来た仕打ちに比べれば軽い、軽すぎるものだろう。
歯の一本や二本で騒ぎすぎだ。
冷ややかで、怒りの篭った目をレニードに向ける。
「うぅ…その目をやめろ!行け!クソ鯨が!」
レニードがおもむろに何かのスイッチを取り出すと、親指でスイッチを押し込んだ。
その途端、エールが頭を押さえて蹲り出した。
「どうした!?」
すぐさま駆け寄るが、頭を押さえて苦しそうにしているだけだ。
俺があたふたしていると、レニードが口を開く。
「随分とそのクズに肩入れしてる様だけど、それは僕のペットだ。ボタン一つで操れる。僕を殴った事を後悔させてあげる」
俺がレニードを怒鳴ろうとした瞬間、頬に強い衝撃が走る。
地面を転がり、勢いが弱まった所で膝をつく。
視線を上げると、拳を振り切って残心するエールが居た。
「ヒャハハハハ!殴られる気持ちがわかったか!行け!クソ鯨!奴をスクラップにしちまえ!ヒャハハハハ!」
気持ち悪く笑うレニード。
「ヤダ!やめて…ごめんなさい…」
それとは反対に泣きそうな顔で謝りながら此方に向かってくるエール。
襲ってくるエールの拳を手で受け流す。
最小限の動きで逸らす。
「エール、大丈夫だ。必ずお前を助け出す」
顔を近づけそう話すと、泣きそうな顔になる。
「ごめんなさい…ごんべんなざいぃ…」
とうとう泣き出してしまった。
それでも攻撃は止まらない。止められない。
「オイ!ナニをグズグズしてる!早く殺せ!」
レニードが怒りを露わにする。
「黙れ!クソ野郎。待っていろ。直ぐ殺しに行ってやる」
イラッと来たのでそう返す。
そう言ってみたが、思ったよりもエールの攻撃が苛烈で反撃が出来ない。
反撃自体は出来るのだが、それだとエールに傷をつけてしまうかもしれない。
俺が躊躇っていると、エールが微笑んで語りかけて来た。
「私を切って。大丈夫。私の皮は分厚いから」
未だに涙の浮かぶその瞳には、覚悟と優しさが篭っていた。
確かに皮膚が厚い事はわかっている。
だけれど、手加減した状態でも切れてしまうのだから、本気でやれば大惨事なんてものじゃない。
実はあの時に加減をしていたのだ。
少女を全力で切れる訳がない。
恐らくだが、俺の本気は鉄も来れるもしれない。
いくら硬い骨であろうと、鉄には及ぶまい。
「ダメだ!そんな事をすれば死ぬかもしれねぇ!」
半ば怒鳴る様に言うが、それでもエールの瞳は強く此方を見つめる。
言葉を発するでも無く。
ただ、此方を見つめるだけだった。
「切って」
幼い子から出るとは思えない覚悟の決まった声は、只者ではない圧があった。
互いに言葉を発さない時間が流れる。
拳の空気を切る音。
それを避ける音。
それだけが響いていた。
しかし、その沈黙を破る者がいた。
例のクズ野郎だ。
「もういい!死ね!」
クズで、クソな野郎がボタンを捻る。
すると、エールの動きが一瞬止まった後、更に攻撃が素早く、苛烈になった。
恐らく限界を超えた強制的な動き。
それは身体を酷使する。
節々からミシミシと音が鳴る。
激痛が走ったのだろう、悲痛な呻き声を上げる。
顔を涙と涎、鼻水でぐしゃぐしゃにし、半ば気を失った状態で殴り続けるエールのは見るに耐えない姿だった。
「………すまん」
一言だけ発し、攻撃を避けるとともに素早く居合いの形をとる。
低くなった姿勢、それは背の低いエールよりと同じか、それ以下になる。
ガラ空きの首。
エールが拳を突き出してくる。
それを左に避け、すぐさま踏み込む。
鞘から飛び出す紫色の刃は、沸々と湧く俺の怒りを体現した様な、しかし悲劇の少女を憐れむ様な色合いを持っていた。
紫の刃が首元を掠める。
一拍、首輪が切れてパサリと砂の上に落ちる。
膝を突いて崩れるエール。
少女の意識は闇の中に沈んでいた。
しかし、息はまだある。
上着を地面に敷いてやり、そこに寝かせる。
立ち上がり、ゆっくりと振り向く。
怒りを、憤怒を、憤懣をぶつける為に。
「制裁を加えよう。幼子を痛めつけ、涙を流させた。その罪は重いぞ。覚悟しろ蛆虫が!」
俺の殺意の篭った声に、レニードが震える。
「ぁあ!ごめんなさい!許して!」
レニードが謝罪を口にする。
しかし、その顔からは笑顔が滲み出ていた。
まだ笑うか、まだ嘲るか、まだ見下すか!
刀を右手に持ち、切っ先を下に向けて奴に近づく。
「ヒィィィ!なんで!謝ったでしょ!」
ふざけた事を喚くレニード。
とんだ馬鹿野郎だ。
「謝った?命乞いをした?それでもいたいけない少女を痛めつけたのはどこの誰だ!一生後悔するといい!」
「桜火乱舞•地獄ノ桜!」
高速で幾重にも刻む。
急所を外し、しかし深く大きく。
傷がつき、それを炎が焼き爛れさす。
それにより、血が止まる。
更に激しい痛みを与える。
「アァァァァ!イダイ゛ィィィィィィ!」
叫んでも止まらない斬撃。
それは地獄の責め苦の様。
飛び散る血液とうねる炎は、まるで地獄の桜の様。
散る花びらは美しくとも、触れれば一瞬で切り裂かれる。
その桜の根元には、幾千幾万の罪人が眠っていると言う。
今日も地獄に絶叫が響き渡る。
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