四十八話 砂鯨の唄
「あっぶな!」
前方にヘッドスライディングする。
そのすぐ後に、巨大な砂柱が立つ。
砂が降り注ぎ、視界が塞がれる。
目に砂が入り、思わず目を瞑る。
「痛った!目がぁぁぁぁ!」
目を押さえて転げ回る。
オォォォォォ…
内臓まで震える重低音が地の底から響く。
すかさずその場から飛び退くと、巨大な鯨が砂中から飛び出してくる。
「チッ!馬鹿でけぇから攻撃通んねえし!クソが!」
避ける際に炎を飛ばしているが、そのブ厚い皮膚に塞がれてしまい、全く攻撃が効いている様には見えない。
「ダメだ!早く解決策を見つけねぇと!」
このままではいずれ此方の体力が切れてしまう。
そうなれば、あの巨大な身体で地面のシミと化すだろう。
意を決して立ち止まり、後ろを振り返る。
腰に差した刀の鞘を握り、居合いの型をとる。
鞘から炎が漏れ出す程に圧縮させ、力を込める。
「フゥゥゥ…」
息を吐き、集中力を極限まで高める。
遠すぎてはダメだ。
少しでも力をスピードに乗せ、最大限の力を持って切り裂く。
静かに目を瞑り、視界の情報を断つ。
気配を、如何に気配を察知するかが大切だ。
視界ではなく、気配で。
嗅覚、聴覚、触覚…
そして…視界。
遮られていた光が、情報が目に飛び込んでくる。
一瞬だけ、普段よりも格段に上昇した視覚能力。
飛び込んで来たのは巨大な鯨。
不安を唆るその目と目が合った。
時がゆっくりに感じる。
身体をゆったりと引き締め、ゆっくりと解放する。
鞘から放たれる刃の刃紋までもがしっかり視認出来た。
刃がゆっくりと鯨の上顎と下顎の境目に滑り込む。
溢れ出る鮮血。
一滴一滴が太陽に照らされ、ルビーの様に輝く。
そして…時は…認識は通常に戻る。
鯨の背後、素早く刃を鞘に収めて残心する。
第三者からは刀を抜いていない様に見えただろう。
砂を巻き上げ、絶叫が木霊する。
地獄の底から響いたかの様な異様な重低音。
のたうつ鯨は砂を裂いて砂中に逃げる。
「………」
辺りが何事もなかったかの様に鎮まりかえる。
俺は静かに膝を突き、刀の柄頭を地面につける。
炎も出さず、目を瞑り、呼吸音だけが響く。
集中…集中…集中…
ふと、地面から鯨の唸り声が響く。
それから少しして、俺の少し後方から鯨が大きく飛び出して来た。
巨大な身体を空に投げ出し、ゆっくりと弧を描きながら堕ちてくる。
これも間近で迎撃してやろうと振り返る勢いを利用して抜刀すると、視界に少女が飛び込んで来た。
一瞬思考が停止した。
今までそこに居た筈の巨大な鯨が一瞬にして消えて、代わりに小さな女の子が殴りかかろうと拳を引いて堕ちて来る。
しかし、直ぐに思考を取り戻し、刀を振り抜く。
刀と拳が交じるが、拳らしからぬ音が鳴る。
拮抗している刀と拳。
均衡を崩して刀を逸らし、半身だけになって落下してくる少女を避ける。
地面を殴った少女だが、直ぐさま空いている左手でアッパーを放って来る。
その攻撃も刀で逸らし、ガラ空きの腹に柄頭を叩き込む。
更に底を中心に刀を回転させて上段から切りつける。
柄頭を叩き込んだ事で、上段からの切り下ろしが綺麗に決まる。
しかし、人間の物とは思えない程に硬い骨で防がれ、皮膚が軽く切れる程度に収まってしまった。
思わず硬直してしまい、その際に足払いをされ転倒してしまう。
倒れてる途中に左フックが頬に入り、倒れる勢いと合わさってかなりの衝撃が襲ってくる。
左フックで軌道が右に逸れ、右手のアッパーカットが刺さる。
あまりの強さに身体が持ち上がり、追撃の回し蹴りで前方に吹き飛ぶ。
かなりダメージが蓄積されて、ヨロヨロと立ち上がる。
「痛えじゃねぇかお前。しかもなんでそんなちっこいんだ?鯨だったろ?」
疑問をぶつけてみる。
すると、少女はワナワナと震えてる。
なんか悪い事言っちゃったかな?ちっこいって言ったのが悪かったのかな。
「…ちっこくない。私デカいもん。デカいもん!」
少女は、少女らしい怒り方で地団駄を踏みながら抗議する。
「あぁ…確かにデカかった。あんなにデケえ鯨は見たことねえ。」
そう言ってやると、明らかに目を輝かせて此方を見る。
「そうでしょ!そうでしょ!だけどね、みんな私の事小さいって言ってくるの。なんでかなぁ?」
可愛らしく頭をかしげる姿は敵意を忘れさせてくる。
確かに大きいけど小さいな…可愛い。
「それで…なんでお前は襲って来たんだ?」
そう問うと、急に俯いて何処か恐怖するように身体が震えている。
「そう…だった…やらないと…お仕置きが…やめて…痛い…私は…ママ…助けて」
言葉を押し出しながら呟く様は、明らかになにか酷い事をされているのがわかる。
「おい、大丈夫か?お前…助けて欲しいのか?」
そうやって話けると、少女は顔をあげ、希望を見つけたかの様な表情で此方を見つめる。
「助けて…お兄ちゃん…私を助け」
そこで言葉は途切れた。
呻き声を上げて首を押さえて倒れ込む。
その首には首輪が付いており、首にキツく食い込んでいた。
「大丈夫か!」
走り出そうと足に力を入れる。
「すみませんね。僕のペットが迷惑をかけて」
すると、少女の背後から声が聞こえる。
少女の背後からは白衣を着た痩せた男が現れた。
「ほら、立ちなさい。すみませんね。ちゃんと躾けますから」
そう言って少女の首輪を強く引っ張る。
少女はえづき、ふらつきながら立つ。
「では、自己紹介を一つ。魔王が四天王、レニードと…ホラ!自己紹介をしろ!」
急に怒鳴り、少女を殴りつける。
「うぅ…わ…私は…エール…です…」
力なく話す少女…エールは見るに耐えない程にふらつき、涙を浮かべている。
「良くできました!と、言うわけで、貴方のお名前は?」
レニードがヘラヘラと笑いながら俺の名前を求めてくる。
怒りが沸々と湧いてくる。
あんないたいけない小さな女の子を物の様に雑に扱い、ヘラヘラと笑う様は、誰が見ても苛立ちを覚えるだろう。
俺の身体からは自然と炎が漏れ出す。
「お名前はなんです?教えてくださいよぉ」
レニードはヘラヘラとしている。
俺は俯き、力を、怒りに任せて力をひたすらに拳に込める。
絶対に後悔する程、泣く程、死を望む程の地獄を見せてやる。
「助けて!お兄ちゃん!」
エールのその叫びを合図に俺は飛び出す。
炎を置いてけぼりにして、相手からしたら瞬間移動した様に見える程の速さで近づき、力を込めた右手で奴を殴り飛ばす。
「テメェに教える名前はねぇよゲスが!地獄を見せてやる」
鬼の様な形相は、少女には希望と安堵を覚えさせた。
閻魔の鉄槌が今、外道を裁く。
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