四十七話 狼
「お兄ちゃん!」
『了解!』
少女の合図にジョンが応える。
『ぶっ放してやるぜぇ!』
ジョンが周囲に弾丸を乱射しながら特攻してくる。
「そんな豆鉄砲!効かない!」
弾丸はホムラを襲うが、その全てが纏った炎によって燃やされる。
『まだまだァ!』
ジョンが拳をホムラに向ける。
「そんな甘い拳なんて、焼き尽くす!」
ホムラの炎を纏った拳とジョンの拳が交わる。
ジョンの拳が灰と化し、崩れる。
「これで終わり!」
ホムラが追撃を加えようと左拳に力を加える。
しかし、ホムラの背中に衝撃が走る。
ホムラは呻き声をあげ、衝撃によって前方に突き飛ばされる。
転けずに耐えたが、その大きな隙を許してくれる筈が無く、容赦の無い攻撃がホムラを襲う。
『ハ!嬢ちゃん、背後にまで気を配らないとな!』
ホムラは炎を纏っていた筈だが、腕に炎を集中させた際に炎に穴が空いたのだ。
炎を再度纏おうとするが、壁の様に大量に放たれる弾丸によってかき消されてしまう。
必死に弾丸を避けようとするが、あまりの密度に避けられずに被弾してしまう。
ホムラが苦戦している時、ホムラは気がついていないが、少女が魔力を込める。
どんどんと高まる魔力が少女の胸に集まる。
「さあ、病魔よ放たれなさい。霊魔法•霊虚ノ病」
少女を中心に放射状に光が放たれる。
その光は全てを投下して消えていった。
ホムラの様子がおかしい。
急によろめき膝をつく。
しかし、その間にも容赦無く弾丸がホムラを襲う。
「『アハハハハ!身体が鈍いでしょ!私の魔法が貴方の身体を病の様に蝕んでいるのよ!』」
その言葉がホムラに聞こえているかどうかはわからないが、ホムラはいきなりその場から飛び退く。
着地の際にふらつき、弾丸に襲われてふらつき…
それはもう酷い有様だった。
『お嬢ちゃん、悪いが何をしても無駄だよ』
ホムラは呻き声をあげて倒れ込み、頭を守って蹲る。
「アハ!滑稽ね」
少女は歪んだ笑顔でホムラに近づく。
その右手には鈍く光る鎖が握られている。
「お兄ちゃん、魔法止めて」
少女の命令によって弾丸が降り止む。
しかし、ホムラは立ち上がらない。
弾丸により消耗し、更にそこへ魔法によって身体を内側から蝕まれる。
「酷い有様ね…立ちなさい!」
少女が怒鳴り、ホムラを蹴り飛ばす。
ホムラは蹴り飛ばされても反撃せず、只々苦しそうに呻き声をあげるだけだった。
「立ちなさいって言ってるの。ホラ!ホラ!」
そこに少女が容赦無く鎖を打ちつけられる。
「そんなに立たないなら…憑依しなさい、霊よ」
倒れるホムラに半透明の煙の様なものが入り込む。
するとホムラが急に立ち上がる。
「貴方が立たないから強制的に立たしてあげたわ。どう?辛い?苦しい?」
少女はホムラを煽る様に言葉を投げかける。
ホムラは肩で息をし、今にも倒れそうな怠い身体を無理矢理立たせられ意識が朦朧とする。
「どうだって聞いているのよ!」
少女は怒鳴ってホムラをビンタする。
それでも強制的に立たせられているホムラは僅かに仰反るだけで動かない。
「フフ…魔法を使おうとしてるみたいだけど、生憎私の魔法は相手の魔法を片っ端から消滅させるの。残念ね」
少女は狂気的な笑みを浮かべながら踵を返す。
「じゃ、お兄ちゃん。後は好きにして良いよ」
『了解』
ジョンがホムラに近づく。
『お嬢ちゃん、辛いか?悪いがこれは仕事なんだ。死んでくれ』
ホムラは俯いてピクリとも動かない。
ジョンはホムラの額に人差し指を突きつける。
『最期に遺言はあるかい?』
せめてもの慈悲なのか、ジョンはホムラに遺言を求める。
今までピクリとも動かなかったホムラがここで僅かに反応する。
少しの間の後、ホムラは蚊の鳴くような声で話し始める。
「炎に…炎に水をかけると消えてしまう…だけど…より強い炎を絶え間なく燃やし続けると…炎は水に打ち勝つ…」
話している最中、ホムラの魔力が高まってゆく。
それは小さな火種が風によって徐々に強さを増す様に小さな上昇だが、それでも確実に魔力は、火は確かに燃えている。
それに気がついたのか、ジョンと少女は慌て出す。
「魔力が…お兄ちゃん!早く!そいつを殺して!」
少女の絶叫。
『わかってる!これはヤベエぜ気配が!』
ジョンの指先が光り、一発の弾丸が放たれる。
『終わりだ!』
その弾丸は吸い込まれる様にホムラの眉間を貫く。
ホムラは仰け反り、地に倒れ伏す。
『ハァ…ハァ…なんだったんだ…あの魔力の昂りは…』
今のホムラからは魔力の欠片も感じられない。
眉間から血を流し、陶器の様に冷たく白くなった肌からはまるで生命力を感じられ無い。
「…もう、殺したから…終わり良ければ全て良しよ。お兄ちゃん」
『そうだな…』
二人は死体一瞥してから踵を返し、後ろを気にしながら歩き去る。
例え死んだとしても、あの死に際に燃え上がった魔力の火種は警戒に値するものだった。
ジョンがチラリとホムラを見る。
相変わらず変わりは無かった。
見た時はまだ。
『!? オイオイオイ!』
ジョンが突然声を上げる。
ジョンの視線の先、倒れるホムラからチロチロと炎が見える。
それは小さな小さな、炭火に付いた炎の様だが、それから発せられる光は力強いものだ。
『クソが!』
ジョンが悪態をながら弾丸を放つ。
その弾丸はホムラを確実に貫く弾道をしていた。
しかし、その弾丸は外側に外れてしまう。
『なッ!? 確実に貫く弾道だったのに!』
全く予想とは違う結果に動揺を隠せない。
そんなジョンを少女が叱りつける。
「ちょっと!何してるの!早く打って!早く!」
ヒステリックに叫ぶ少女、それに反論するジョン。
『お前今の見てねえのかよ!弾道が明らかに曲がっただろ!』
「じゃあもっと打てばいいじゃない!」
醜い争いをよそに、ホムラの炎は確実に大きくなる。
炭火の様な大きさから、人の背丈程の大きさにまで成長した炎。
その炎を纏うホムラは、ゆっくりと起き上がる。
その起き上がり方は不自然なもので、まるで踵が張り付いているかの様に起き上がる。
ホムラが起き上がったかと思うと、ゆっくりと足裏が地面から離れる。
ゆっくりと宙に浮かぶホムラ。
炎の羽衣をその身に纏い、その耳と尻尾が炎と化し、それだけでなく眉も髪も炎と化してメラメラの燃え盛っている。
「『………』」
喧嘩をしていた二人は目を丸くしてホムラを凝視する。
二人を見下ろすホムラは神の様に厳かで美しく、そして虫ケラを見るような目を向けている。
「な…なんなのよ!…この圧は…」
その神の如き圧に、思わず立ち竦む。
ゆっくりと瞬きした後、その唇がこれまたゆっくりと開く。
『我は焔の御魂、大神ぞ。我が清き身を穢そうとするうつけ者には、魂をも焦がす焔罰を下してやろう』
ホムラとは思えない、冷たく威圧的な口調は聞くものを畏怖させる。
『さあ、懲罰の焔よ、全てを燃やし尽くしなさい』
ゆっくりと前に腕が突き出されると、周囲に無数の小さな炎の竜巻が生まれる。
声を上げる前に竜巻に飲み込まれた二人は、霊体だろうと限りなく燃やす神の焔に身を焦がされる。
辺りに響く絶叫。
地獄の底の様な光景。
壁が燃え、地が溶けて沸き立つ。
「ア…ア…アァ…」
小刻みに痙攣し、壊れた機械の様に呻き声を上げる黒焦げの少女は、ゆっくりと意識を手放した。
(お兄ちゃん…私も…)
天に昇る二つの白い靄は、何処か安心した様な雰囲気だった。
『ダメだ。お前らは昇れない。墜ちろ』
ホムラが伸ばした手を下に下ろすと、白い靄が発火し沸き立つ地面に吸い込まれる。
先程までの安堵の雰囲気とは違い、絶望の感情が渦巻いていた。
(ヤダ、ヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダ…イヤダァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!)
堕ちてゆく二人は、何を思うか。
神はそんな事は考えもせず、己の愛する者達を追いかけていった…
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