四十六話 女王として
今回は二話連続投稿しました。
どうしても話を一旦区切ってから書き分けたかったので…
宙を舞う生首、泣き別れた胴体。
かつて美しかったそれは、常人が見れば恐怖と嫌悪感を覚えるような見た目になっていた。
力なく、前方に倒れ伏す胴体。
鈍く生々しい音を立てて落ちるだろう生首。
それは確実に起こる未来だ。
しかし、その結果は訪れなかった。
人の色をしていた死体は真っ赤に染まり、途端に血となって溶けてしまった。
ドラキュラは驚く。
確かに先程…いや、殺す前までは生物だったのだから。
「私はまだ生きたい」
ドラキュラの背後から声が聞こえてくる。
「私は死を、見たの。それは吸血鬼の本質でもある。死。それは終わりであり、始まりでもある」
「本質を見たからと言って我に勝てるわけがなかろう」
ドラキュラは静かに切りかかる。
ルージュは霧となり霧散する。
「私達は何にでもなれる。本質を見ぬけば」
ドラキュラの足元に広がる血液から深紅の棘が伸びる。
「ぐぬぅぅぅ…」
鋭い痛みに思わず呻く。
「私達は不老という死に最も遠い性質を持つ。そして、生命全てに流れる、生に最も近い、生命の源となる血液を啜り死をもたらす」
ドラキュラが血液を操作し、ルージュに血の兵を向ける。
ルージュが右手を突き出すと、襲ってきた兵が液体となって消える。
「な!?我の権限を書き換えただと!?」
目を見開いて驚くドラキュラを横目に、ルージュは続ける。
「生と死、その矛盾する二つの性質を扱う私達。だけど貴方は生に取り憑かれているのね…」
まるで憐れみを持った様な目をドラキュラに向ける。
「我は!我こそは!ヴァンパイアの帝王ぞ!そんな目を我に向けるなっ!」
ドラキュラは激昂する。
血液が竜巻の様にドラキュラを取り巻く。
ドラキュラが咆哮を上げると、血液の竜巻が弾ける。
ドラキュラは、変化していた。
身体が膨れ、筋肉がより膨張していた。
「何が本質だ!我はそんなもの知らない!それでも帝王と呼ばれているのだ!」
ドラキュラの姿が消え、気付けば目の前に居た。
「死ね!」
ドラキュラの右腕がルージュを穿つ。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね…死ね!」
目にも止まらぬ速さの連打。
しかし、ルージュは動かない。
「どうした!本質を見抜いたんだろ!」
ドラキュラは殴り続ける。
すると、ルージュの殴られている箇所が次第に血液と化していく。
終いには全てが血液と化して消えてしまった。
「この!何処へ消えた!」
取り乱すドラキュラ。
「無様ね。初めはあんなに厳かで怖かったのに」
ルージュの嘲笑の篭った声が背後から聞こえる。
「貴様っ!」
振り向きざまに血液の剣を創り出して放つ。
ルージュは真っ赤な霧と化して消え、また背後に現れる。
「あら、こんなのも良いわね」
女王様は血液では無く霧と化した事でご満悦だ。
「なめてるのか!」
ドラキュラから意識を外していた事で、自らを馬鹿にしているのかと怒る。
「あら、ごめんなさい」
ルージュは嘲笑を崩さずに血の棘を放つ。
「グッ!く、クソ!」
身体に刺さった棘を抜きながら悪態をつく。
「棘を抜く暇はないわよ」
ルージュはドラキュラに接近する。
手に持った剣を下段から切り上げる。
ドラキュラはそれを半身になりながら剣で受け流す。
「ッフ!剣の腕は無いみたいだな!」
ドラキュラは横薙ぎに剣を振るう。
もう少しでルージュを真っ二つに出来る。
その時、ドラキュラの動きが止まった。
「残念ね。背後に気をつけて無いと」
ドラキュラの胸を貫通する深紅の剣。
ドラキュラの背後に立つはもう一人のルージュ。
「血液は生命の源。それを操る事が出来る。貴方もその片鱗を使っているじゃ無い?
彼女は私自身であって私では無い。自我を持つ分身」
背後のルージュが剣を引き抜く。
「貴方が使うのは、貴方が操作する兵。対して私は、自我を持つ私。より簡単で精密なのはどちら?」
ルージュの背後から迫っていた血の兵が新たなルージュにバラバラにされる。
3人のルージュがドラキュラの前に立つ。
「「「一人一人は弱体化するけど、この数を捌けるかしら?」」」
そう言って何人にも分裂する。
ルージュが空間を埋め尽くす。
「ハッ!ハハハハハ!フハハハハ!」
ドラキュラが笑い、立ち上がる。
「一人一人が弱体化するのなら!悪手だったな!女王よ!」
ドラキュラの足元から血液が広がる。
「我が血の領域は!何人も逆らえん!」
ドラキュラが叫ぶ。
しかし、何も起こらない。
「何故だ!我が領域を広げた筈!」
「ざぁーんねぇーん。私は下克上を果たした様ねぇ」
ルージュは馬鹿にする様に言う。
「あら!分からない?私の分身は私自身。例え分身しても総量は変わらない。つまり!貴方より私の方が強いのよぉ。一個体として曖昧な分身。強さの定義も曖昧となって私本来の強さとなるみたいね」
ドラキュラは顔を真っ赤に染め、血が出るほど強く唇を噛む。
「さあ!皆で美しいお庭を作りましょう!紅血の薔薇園」
血液から薔薇の蔓が伸び、広がる。
それだけでなく分身も血液に溶け込む。
気付けば辺りが、真っ赤な花園が生まれる。
血液の滴る薔薇の蔓は鋭利に成っており、触れただけで皮膚が裂ける様だ。
「これは…素晴らしい造形だが!こんな雑草如きでこの我を止められると思ったか!」
ルージュに攻撃しようと、蔓を引きちぎろうとするドラキュラ。
しかし、それは迂闊な行動だった。
「甘いわね」
蔓を掴むドラキュラだが、掴んだ瞬間薔薇の蔓が腕に巻きつき、皮膚を裂きながら、締めつきながら腕を登ってゆき、あっという間に全身を拘束してしまった。
「グウッ!こんなモノ…こんなモノ!」
蔓から逃れようと力を込めるドラキュラだが、力を込めれば込める程棘が身体を切り裂く。
「我はこんなモノで無様に死ね無いのだ!ウオォォォォォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛!」
ドラキュラの叫びはどんどんと醜く、まるで飢えた獣の様に無様に変わる。
「ワ゛レ゛ハシナ゛ヌ゛…」
ドラキュラの肉体がより膨張し、皮膚がギチギチと悲鳴を上げる。
いたるところから血が噴き出し、とうとう筋肉が身体から溢れ出した。
全身が醜く歪み、筋肉が身体を取り込んでゆく。
『ア゛ァァァァァァ…』
出来上がった怪物は、筋肉と骨が剥き出しで、それぞれ不揃いの六本足を蠢かせる。
背中にはボロボロのコウモリの様な一体の翼を生やしている。
しかし、その翼は関節がやたら多く、ウネウネとくねらせている。
「より醜くなったわね。帝王と言われてもわからないわ」
顔は二つあり、絶叫している様な憤怒している様な顔をしており、醜いという言葉がこれ程まで合うモノは無い。
ドラキュラだった怪物は翼を前方に防御するように突き出しルージュに突進する。
「防ぎなさい薔薇の壁。血を啜る生垣」
血液の薔薇が集まり、怪物の突進を受け止める。
「飲み込みなさい」
ルージュの声に応える様に薔薇が怪物を飲み込む。
怪物を飲み込んだ薔薇の塊は、怪物の足掻きによって動く。
「さあ、これで終わりよ…」
ルージュの背後に全ての血液が集う。
当然、怪物を飲み込んだ血の薔薇もなくなり、怪物はルージュを殺そうと攻撃する。
その翼を地面に突き刺し、双頭に血液を蓄える。
血液を飛ばす為なのか首が縮まり、筋肉がボコボコと湧き立つ。
そして…巨大な血液の塊が放たれる。
それは魔法でも種族的な能力でも無く、己の血液を力で押し出したものである。
しかし、それでも力は凄まじい。
地面を削り、抉りながら迫ってくる。
「さあ、貫きなさい。真•死神の真紅を誇る闘槍」
集まり、紅玉と化した血液がレーザーの様に放たれる。
只のレーザーでは無く、その周りを血液が渦巻き、阻む物全てを消滅させる。
勿論、血液も例外ではない。
巨大な血液の塊。
その中心を一瞬で貫いたかと思うと、血液の塊が霧散し、怪物の身体を貫いた。
声も上げずに倒れる怪物。
最期は呆気ないものだった。
「貴方は生に拘り過ぎて、醜い肉体と弱さを手に入れてしまったのね…」
ルージュは踵を返す。
「帝王の座は貰っとくわ。私が今日から帝王…紅血の女帝、ルージュ•カーディナルよ」
ルージュが一歩踏み出す。
そこには怪物の死体が静かに眠るだけだった…
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