四十四話 仕える者として
まるで真夏の日の光の様な真っ白で強烈な光が視界を埋め尽くし、思わず目が眩む。
次第に目が慣れてきて視界がしっかりと見える様になる。
「お待ちしておりました」
柔らかそうな声が正面から響く。
正面には大きな屋敷が建っており、その前に、珍しい白い燕尾服を着た男が立っていた。
「ようこそ、私、魔王様の四天王兼執事、アルバート•レイ•ドーベルと申します」
男は一礼して自己紹介をした。
「貴方様の事は話に聞いています。クロウ•サーバット様ですね?」
アルバートは続ける。
「貴方様方は、主様の野望への道を塞ぐ障害物ですので、私としては貴方を殺したい所存です」
一気に空気が凍りつく。
ここでクロウが口を開く。
「そう言われましても我々には目的がありますので、それを妨害しようとするのなら此方としても抵抗しなければなりません」
「目的、ですか。それはどんな目的で?」
アルバートの質問に対し、クロウが答える。
「それは…エンジ様と其方の魔王とやらを合間見えさせる事です」
「成程、もし我が主様に害を及ぼすのであれば食い止めなければいけません…」
アルバートの眉間に皺がよる。
「エンジ様が貴方の主を殺したいとの事なので、勿論危害は加えますよ」
クロウが言い終えた所で、光の矢尻が高速で襲って来た。
身体を捻り躱すが、あまりの速さに少し掠ってしまった。
「そうですか、なら死んでください」
間髪入れずに何発も何発も、高速で襲い掛かって来る。
一発一発は軽いが、それでも鋭く速いのでまともに当たれば致命的だ。
クロウは避けるが避けきれずに切り傷が出来てしまう。
小さな切り傷だが、それも馬鹿に出来ない。
このままではやがて失血死をしてしまう。死ぬまではいかずとも、貧血で倒れてその隙に殺されてしまうかもしれない。
クロウは賭けに出た。
それは、至って普通に闇で防ぐ事だが、今回避に集中していて被弾しているのだから、闇を伸ばす事に神経を裂けば被弾が増え、致命傷になるの確率も上がってしまう。
「闇魔法•影武者!」
避けながらクロウが魔法を唱える。
クロウが黒く染まっていき、やがて全身が闇と化す。
その闇が本体と分裂し、飛んでくる光の矢尻をその身を持って防いでゆく。
「これで大分余裕が出て来ましたね…」
影武者が防いでくれているお陰で余裕が出て来たが、それでも攻撃が飛んで来ない訳では無い。
更に、影武者も永遠では無い。影が光に侵され、光が影に侵される。やがて影武者すべてが侵されてしまう。
「影で防ぎましたか…しかし、その影も永遠では無いでしょう。闇と光は互いに弱点。より強い物が大きく勝る様になっているのですから、私と貴方の力比べといきましょうか!」
アルバートの顔に笑顔が生まれる。
その笑顔は、口角が少し上がった小さなものだが、奴を殺してやろうという感情が張り付いていた。
「行きますよ!光天の使者!」
光が集まり、やがて羽根の生えた光の天使を形作った。
「…全力を出さなければなりませんね。夜叉の現身」
クロウの身体が変化する。
骨が外に現れ、筋肉が強化にされ、影の衣が身を包む。
「ふう…私は魔族の血が流れる者。影武者は私の姿の写し、これで影武者も強化されました。行きなさい!影武者…いえ、影夜叉よ!」
影夜叉がクロウの前に出て構えを作る。
光天の使者も前に出る。
闇と光の拳が交差する。
お互いノーガードの殴り合い。
殴る拳と殴られた箇所にヒビが入り砕ける。
「ほう、ほぼ互角。これは…なかなか…」
殴り、殴られ、殴り合う。
拳が崩壊しても頬が砕け落ちても、足を使ってでも攻撃をやめず、やがて胴体だけになり崩壊する。
「クソ!」
クロウが悪態をつく。
それもそのはず、影夜叉の強さは己の純粋な強さ。
つまり、クロウとアルバートの強さはほぼ互角と言う事だ。
「ふふ…面白い!」
アルバートの興奮が最高潮に達する。
「御光の聖剣!」
光が集まり大剣を形造る。
クロウは静かに手を前に突き出す。
やがて影が波打つ。
影から棒状の物が現れ、クロウがそれを掴む。
ゆっくり引き抜くと、身長ほどもある大鎌がその凶悪な刃を表す。
ゆっくりと動かし、刃を地面に下ろす様に構える。
互いに見つめ合う。
その間にある感情は、一方は好敵手を見つけた事による、恋人に向ける様な恍惚としたもの。
もう一方は蛇に睨まれた蛙のように、恐怖と生への渇望を孕んだもの。
光と闇、悦びと恐怖、真逆とも取れるそれが今、ぶつかる。
クロウが大鎌を低く構えて突貫する。
その鋭く細い切先を真上から振り下ろす。
それをアルバートが後ろに下がって避ける。
まるで後ろに下がって避ける事を知っていたかのように切先を地面スレスレで自らの方に返して、一回転する様に二発目を放つ。
アルバートは反応出来ずに両断される。
しかし、断面がおかしい。
断面が光っているのだ。
次第に崩れ去る。
クロウは唐突に身体を捻りながら鎌を振るう。
クロウの横には上半身を切り裂かれて両断されたアルバート。
大剣を持っている事から、クロウを薪のように両断しようとしたのだろう。
またしても崩れ去る。
「凄い…あれを避けるとは、どれだけ私を悦ばせてくれるのだい!」
背後から拍手をしながらアルバートが現れる。
「貴方なら分かるでしょう?あれは私の偽物……では!本物の私はどれでしょう!」
アルバートが分裂し、五人に増える。
五人全員が大剣を持ち、一人一人が別の動きをする。
だが、その動き自体はアルバートの仕草を真似ており、誰が本物かわからない。
「「「「「ふふ…誰が本物かわかるかな?そして、この乱撃を捌けるかな?」」」」」
五人全員が一斉に襲って来る。
振り下ろされた大剣をサイドステップで避けると、その地点を予想して別の大剣が振り下ろされ、広範囲の攻撃をしようとするが一斉掃射で闇が照らされてしまう。
ジリ貧だ。果敢に大鎌を振るが、その鎌も闇で出来ているので徐々に小さく崩壊している。
「…仕方ない。これは消耗が激しいのだが、使うしか無いな」
クロウは身体を縮める様に力を込める。
クロウの周りの影から闇が伸びて渦巻く。
まるで真っ黒な竜巻の様。
危険を感じたのか、アルバートが焦ってクロウに飛びかかる。
しかしもう遅い。
力を解放し、闇が弾け飛ぶ。
その衝撃で分身もろとも吹き飛ばされたアルバートは、壁に激突して本体のみとなった。
闇の中から現れたクロウは黒い般若の様なお面を被り、闇の外套に身を包んだ禍々しい姿だった。
その四肢に闇を纏わせ、獣の様な前傾姿勢になる。
「憤怒の餓鬼、狂獣の如し」
地面スレスレで走り出したクロウ。
それは野獣の如し。
壁に激突し、その痛みに耐えながら立ち上がるアルバートに襲い掛かる。
「一気に形勢逆転ですね…ですが!来い!御光の聖剣!」
聖剣を下段から振り上げる。
飛びかかろうとして跳んだクロウに逃げ場は無い。
(取った!慢心が死を招いたな!)
勝利を確信し、全力で振り上げる。避けられてしまった後事も考えずに。
刃がクロウに当たる。
クロウが真っ二つに切り裂かれる…
筈だった。
クロウに触れた刃は、闇に侵食されてしまった。
真っ二つになったのはクロウでは無く大剣だった。
「!?なんで!私の大剣がァ!」
クロウは闇を纏った拳でアルバートを壁と共に殴る。
普通、クロウの拳では壁にヒビを刻むだけだったが、纏わせた闇により質量が上がった拳は壁を砕いて貫く程のパワーを見せる。
砕けた壁の奥にアルバートが倒れる。
「ぐぅ…何なのですかこの力は…ダメージが身体の中から蝕む様な…」
アルバートがヨロヨロと立ち上がる。
弱ったアルバートに、クロウが容赦なく追撃を加える。
反応出来ないかと思われたアルバートだが、その追撃をしっかりと身体で受け止めた。
いや、反応は出来ていないのかもしれない。
身体中の魔力を消費し、その寿命すらも魔力に変える。
その魔力の奔流は、辺りの物を全て破壊した。
外に吹き飛ばされるクロウ。
吹き飛ばされて尚、外さなかった視線の先にはまるで女神の様な立派な光の翼を生やしたアルバートがいた。
魔力の力なのか、羽ばたく事なく浮いている。
「私の…魔王様の邪魔立ては…一切させません!この命に変えてでも…貴方を…滅ぼします!!」
アルバートの翼から無数の羽根の弾幕が放たれる。
それが着弾する前にクロウは自らの影に落ちる様に逃げ込む。
アルバートの背後に闇が広がり、クロウが現れる。
すぐさま反応してクロウを真っ二つに切り裂くが、それは闇となって溶けてしまった。
不意を突かれたアルバートは、前方…いや、全方から襲い掛かるクロウの影武者に反応出来なかった。
影武者達に殴られ、吹き飛ばされ、着地地点にいる影武者にまた吹き飛ばされ…一方的な暴力、それは酷い有様だった。
上空に打ち上げれたアルバート、その更に上にはクロウが居た。
影武者達が全て闇へと戻り、クロウの元に還ってゆく。
掲げられたその右手には、今まで影武者だったものの集まった球があった。
邪神様
その球には更に闇が足され、途方もない黒さとなった。
クロウは、その闇を握り、砕き、その腕に纏わせた。
「深月!」
全身に纏っていた闇も、自らが出せる全ての闇も、その右手に託し、右手に力を込めて自由落下と共にアルバートを襲う。
「私はこんな所では終われない!魔王様…―邪神様!」
アルバートも只では終われない。
自らに降り注ぐ太陽の光も使い、燃え尽きる寿命も使い…
「極光•神罰の滅破砲!」
極太の光のレーザーが放たれる。
「私はご主人様の為!エンジ様の為に!」
クロウの拳が光のレーザーと衝突する。
互いに、絶叫ともとれるような魂の叫びを上げる。
拮抗していたが、その均衡は直ぐに傾いた。
光のレーザーの中を黒い流星が走る。
「まだ!まだ!ワタクシはこんなところで!!!!」
その流星は、アルバートに着弾する。
クロウは叫ぶ、己を、己の力を鼓舞するため。
流星は光を侵しながら地面へと落下する。
その落下の衝撃は辺りの木々を吹き飛ばし、地を闇に変える程だった。
巨大で真っ黒なクレーターの真ん中で、燃え尽きる灯火の様に光が一つ消えた。
残ったのは闇だけだ。
クロウは自らの勝利に叫び、倒れた。
倒れた筈のクロウはそこには無かった。
只、闇だけが残っていた。
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