第9話 魔鋼機士団観兵式
雲一つない晴天、澄んだ空気が場内を駈け抜けて行く。
国城の綺麗に手入れされた中庭では、大規模な式典が行われようとしていた。
会場には、王族や貴族も列席しており、東方聖柩教団の各地の大司教や神父も多く呼ばれている様だった。、王政の重要人物も殆ど集まっていた…これ程の要人が、一堂に介する式典はめったにない事である。
式典の警備体制もかなり厳重だった…
城外の警護は、第1隊から第5隊迄の騎士団がこれに当たり、王族の警護は近衛騎士団が受け持っている。それ以外にも強化装甲を装備した聖機士団、傭兵団、王国警備隊が待機しており、庭園内の警護に当たっていた。
騎士団長達は、既に席に着き待機している。
玉座に近い方から主席に近衛騎士団団長ハルト=ツキノミヤ、第2席聖機士団団長マルス=クレハノール、第3席に王国騎士団大団長ワイマール=セキヤ、以下に傭兵団団長や王国警備隊隊長、それぞれの副団長や師団長が座っていた。
「ハルト王弟殿下、この警備体制はあっかんですなぁ。
此れ程の警備は、国王陛下の即位式以来ではないでしょうか?」
銀の鎧を身に付けた近衛騎士団のダージ師団長が、少し興奮気味に話し掛けた。
警護の陣頭指揮を執っている金色の鎧を身に付けたハルト近衛騎士団長が振り向かず答える。
「そうだな…今回の式典はそれほど重要だという事だ。
この式典には、我等人族の未来が掛かっている…
この数千年の間、衰退し続けた結果、人族に残された国は此の王国のみ…このままでは、近い将来…我等種族は、このパンゲア大陸から消える運命だろう…
何としても最下位種族というレッテルを打ち破り、下級位階種族1位の座に返り咲かなければならない。」
ハルトが、険しい表情で語った。
ダージも神妙な顔つきになり、
「我等の窮状は、理解しております。
このパンゲア大陸で上位種族に次ぎ栄華を誇っていた我等人族が、数千年前のあの刻…『魔力』が無いというだけで最下位種族として位置づけられ、虐げられてきた…
その忌まわしい歴史を覆す為の第一歩が、他種族への宣戦布告…」
「そう…この戦争が、世界に我等の存在をアピールした結果となったが、それだけでは足りないのだ…
このパンゲア大陸に人族ありと『力』を誇示する必要がある。
…我等の『科学力』を…上位種族にも匹敵する『力』を全種族に知らしめ見せつけなくてはならない…
その為にも…」
「…盛大に式典を行い、圧倒的な武力の差を他種族に見せつけるってところだろうな?」
突然背後から話に入って来た声の主の方へ振り返るハルトとダージ。
「お、お前は!あの時の…」
ダージが驚いた声を出す。
そこに立っていたのは、タキシード姿のレインだった。
「お?…おっさんは確か…っと、誰だっけ?どっかで会った事があったか?」
真剣に考える風に首をかしげながらレインが呟く。
「き、貴様!馬鹿にしている…」
「レイン殿、ダージをいじめるのは勘弁してやってくれないか?
実直な性格だから冗談が通じないのだよ?」
ハルトが追い打ちを掛けた。
「ハ、ハルト様迄…」
哀しげな表情になるダージを見て、
「すまぬな、冗談だダージ。」
ハルトが、薄く笑みを浮かべながらダージを見た後視線をレインの方へ動かした。
「…唯一神が定めた『位階序列』は『魔力』の大きさに比例して決められてるんだったな。
まぁ、不平不満が出ない様…5年に1度『位階序列トーナメント』が行われているが、この数千年序列が変動する事は無かったと思うが…『魔力』が無くとも他種族を上回る『力』…か。」
「そう…『魔力』が無くても関係ない。
人族には、他種族にも負けない『智慧』と『努力』がある…『科学力』は、どの位種族も…上位種族すら上回る事が出来る人類の『力』だ。」
ハルトが、力強く説明する。
「…王国の発展ぶりは、確かに驚かされたよ。
公共施設から生活必需品に至るまで様々な知恵が詰まっていたからな…『魔力』が無くてもこれ程の事が出来るとは…称賛するより他は無いが…」
「なんだ、貴様…何が言いたい?」
ダージが、レインに突っかかる。
「…いや、何…お前等の着込んでいるその変わった兵装も『科学力』って奴なんだろうが、その程度の兵装では、使用者の膂力が数倍にはなっても…やっと他種族と同等程度…見せつける程圧倒する事は出来ねぇんじゃねぇのか?」
「…」
「き、貴様ぁ、い、言わしておけば…」
ダージが、レインに噛みつこうとしたが、ハルトが先に話し始める。
「見ただけで良く判りますね…?この『強化装甲』を見るのは、数度…然も装甲を起動させているところは見た事も無かった筈ですけど…?」
「あぁ、そりゃあ…『機械神族』の兵装に似ていたから…ほぼ憶測だが、
アイツ等も個体の能力を引き上げる事が出来る兵装を使用してたしな…」
昔の記憶を探る様に顎に指を掛けながら話すレインを不思議そうに見るハルトが、
「…『機械神族』の事を良く知っている口振りですね?
ここ数百年は、見た者すら殆ど居ない筈ですが…」
ハルトが、疑問を口にした瞬間、レインがハッとした顔になった。
「え?…あぁ…えっと何かの書物で読んだんだよ?こ、古文書だったかなぁ…?」
(やべぇー、つい忘れちまってた…
素性隠してたんだっけ…)
焦ってアタフタと言い訳をするレインを見ながら、
「…そうですか、確かにレイン殿の言う様にこの兵装は『力』を数倍に引き上げる事が出来る。
…先日、試作型を前線で使用したのですが、貴方の言う通りやっと互角に戦える程度でした。
それ程に『魔力』を持つ種族と人族との間には、その『武力』に開きがあったという事でしょう…」
ハルトは、少し落胆した様な声音だった。
「そりゃあ、仕方ねぇさ。アイツ等は、下位種族とは言え…上位種族をも凌駕する程に『武』には長けている…序列最下位の非力な種族に勝てる道理はない…それは、自覚してんだろう?」
「…そうですね、人族はどんなに足掻こうと『武』で他種族に勝ることは出来ない…
それは、認めざる負えない事実です…」
「…だが、そんな非力な最下位の種族にも拘らず、これ迄5種族連合軍には勝ち続けてるってんだから
訊きたい事だらけなんだが…
まぁ…下級位階の種族の奴等ってのは、行き当たりばったりだし、何の戦略もねぇし、ただ闇雲に力押ししか出来ない馬鹿ばっかだからなぁ。
それを考えれば…同程度の『力』さえあれば、『智慧』のある種族が、勝つのは当たり前なんだが…」
(…その『智慧』を何処から手に入れたのか…そいつが問題なんだよな…)
「その推測は、あながち間違ってはいません…我等人族の唯一の武器は『智慧』です。
それに戦略に関しては、どの種族にも負けない自信がありましたからね…
何しろ…今の国王は、『賢王』と呼ばれる程の『智慧』を有している…
ただこれまでは、それを実践出来る程の『武力』を我等が持ち得なかったというだけの事…」
「その『智慧』とやらは…」
「…その『智慧』から生まれた『科学力』というものの一端を見る事が出来ますよ。
それを見て頂いたほうが、口で説明するよりも解り易いでしょう…
その為に貴方を此処へ招待したのですから…」
レインが言葉を終える前にハルトが言葉を被せた。
「一つ聞いて良いか?…何でそこまで俺様を信用出来るんだ?
お前等からすれば、明らかに不振人物だぞ?
其れに今は戦時下だろ、都にどれだけの密偵が居るか分かりゃしねぇ…」
レインのもっともな疑問だった。
戦時下で緊迫した情勢の中、何の疑いもなく城に招き入れるなど有り得ない事だ。
しかし、ハルトは柔かに笑みを浮かべ、
「…だから、貴方は信用出来るんですよ。」
「はぁ?そりゃあ…」
「言ってはなんですけど…レイン殿は、どう見ても不審者にしか見えない。然も其れを隠そうともしないし、私が王弟であることが分かっても態度も変えず、傲岸不遜な立ち居振る舞い…明らかに怪し過ぎます。」
「な…何だとぉ…」
「…ですが、他種族の密偵にそんな不審な者など居ませんよ?
其れとも本当は密偵なのでしょうか?」
「あ…い、いやぁ…そんな訳な、無いじゃないか…」
しどろもどろに受け答えするレインに、
「であれば、何も問題は無いでしょう。
レイン殿のその常人離れした『武』は、他種族に匹敵する…
貴殿は、人族にとって貴重な人材だ。
出来れば我が団に引入れたいと思っているのですよ。」
「そ、そう言う話なら理解出来るな…
ま、まぁ、お前の団に入るかは考えておくとするか…」
「フフ…良い返事をお待ちしておきますね。」
丁度良いタイミングでファンファーレが鳴った。
式典が始まる様だ。
ハルトの兄である国王陛下が、壇上に姿を表した。
ガシン=ツキノミヤ国王陛下…威厳のある黒髭を蓄え、ハルトと同じく綺麗な黒髪で背は高いのだが、猫背でどこか脆弱さを感じさせる雰囲気を持っていた。伏し目がちなのがそう思わせるのかもしれない…
その後ろから宰相のエリュシナと近衛騎士が2名付き従い、続いて東方聖櫃教団のザスト大司教とお供の者達が、入って来た。
(あれが、人族の王か…『賢王』って噂話耳にしていたが…思ってたのと違うな…
覇気が感じられん…冴えないおっさんって感じの奴だな…
あっちは、エリュシナとあの回廊で出会したオッサンだな?…確か、大司教とか言ってやがったな…)
壇上に用意された椅子に国王陛下が腰を下ろし、左手に持った錫杖を軽く振り上げると宰相のエリュシナが、軽く頷き前に出た。
「其れでは、此れより『魔鋼機士団観兵式』を行います。」
エリュシナの言葉でその場に居たすべての者が一斉に敬礼をした。
一呼吸おいて、エリュシナが話し始める。
「我等は、過去数千年の間…位階序列最下位に位置付けられてきました。
しかし、他種族から蔑まれ続けた歴史も今日をもって終わりを告げる事になるでしょう…
我等人族の『叡智の結晶』とも言うべき最新鋭の兵装が完成したのです。
それが、『魔鋼機士』です!」
そう言って、後方の兵門を指し示すと皆が振り返った。
兵門が開き、機械音が鳴り響く地響きと共に全高4メートル程の人型の機械が現れた。
大きな剣を腰に帯刀している姿は、正に騎士の様だった。
中庭に居た者達からどよめきが起こる。
その中央をゆっくりと行進して行く機械の騎士。
5体の魔鋼機士が、国王陛下の座す壇上の前に整列し、騎士の礼をするかの様に跪いた。
(…ありゃあ、機械神族の…いや、似ているが根本的に違うようだ。
こいつ等には…機械神族特有の『神核』が無い…この人形を動かしているのは…)
「これが、最新の科学力を極めた最強兵団…『魔鋼機士団』です。
これまでの『強化装甲』を遥かに凌ぐ性能を有し、大型の種族に対しても対抗出来る設計になっています。
…これ迄は、鎧の様に着る兵装でした…しかし、それでは巨人種などの大型種に対し苦戦を強いられていました。そこで開発されたのが、この『魔鋼機士』なのです。」
「凄いですな…亜人族の巨人種や有尾族の竜種には、いつも苦戦していましたからな。」
ダージが、感嘆していた。
「確かに…彼等は強い…あの巨体から繰り出される膂力は脅威だ。
我等の強化装甲をもってしても倒す事は難しい…それ程の敵だからな…」
ハルトも魔鋼機士を見ながら呟いていた。
「そうかぁ?あいつ等ただの単細胞のでか物だぜ?
お前等の戦略って奴で倒せない敵じゃねぇだろう…」
レインの呟きにハルトが視線だけを向けた。
(…って事は、こいつ等が見据えてるのは…5種族連合の先…か。)
エリュシナが更に話を進めた。
「この『魔鋼機士』の性能は、騎馬よりも早く移動できる機動力を持ち、分厚い装甲はいかな物理攻撃も通さず、『魔力』への耐性も備えています。
如何に5種族連合といえど、『魔鋼機士』の敵ではありません。」
(…成る程な…そして、アレを動かしている原動力が…)
「この機械の兵士の動力…それが、『魔錬石』です。」
会場中がまたしてもどよめいた。
「な、何とッ?!あれに『魔錬石』を使っていると?!これは一体…ハ、ハルト様…」
ダージが、驚愕しハルトの方へ振り返る。
ハルトは、眼を細めながら兄である壇上の国王を見ていた。
(…まさか、『魔錬石』を…どういうおつもりですか…兄上…)
「皆さんもご存じでしょう…『魔錬石』とは、唯一神より賜った王家に伝わる秘石です。
此の魔石は、『魔力』に共鳴し力を増幅すると言うもの…
王家よりお借りした『魔錬石』を研究し造った『人造魔石』が、『魔鋼機士』に使われています。そして、搭乗する操縦者の『魔力』に共鳴し動力に変えるのです。」
「お待ちください、エリュシナ殿。操縦者の魔力とはどういう事なのでしょうか?
我等人族には『魔力』が無いのですよ?
その石が、動力と言うのならその機械の兵士は動かないのではないですか?」
騎士の中から疑問が出た。
無理もない事である、数千年の間『魔力』を持たない種族だと蔑まれてきたのだ。
「人族が『魔力』を持たないって?…そりゃあ、間違ってるなぁ。」
レインの呟きが、ダージにも聞こえた様だ。
「はぁ?貴様、何を言っているのだ。人族の何処に『魔力』を持った者がおると言うのだ?!」
「はぁ?人族の何処に『魔力』を持たぬ者が居ると言うのだ?!」
レインが、馬鹿にしたようにダージの真似をする。
「ば、馬鹿にしているのか、貴様ぁ!」
「レイン殿…それはどういう事なのでしょうか?
このパンゲア大陸に棲息する種族の中で唯一『魔力』無き者…それが、人という種族なのです…
極稀に魔力を持って生れてくる者や突然発現する者は居ましたが…
『魔力』を持たない種族である事実に変わりは無い…」
数千年の長き間、突き付けられて来た不偏の事実を…目の前の青年は簡単に否定したのだ。
世界の情勢を知らぬ田舎者であろうとそれはあり得ない事だった。
目の前の青年は一体何者なのか…不思議な感覚にハルトが、レインへ訊き返していた。
「…そう言えば、それがお前達への…『種の制約』だったな。」
何かを思い出したような口振りでレインが呟いていた。
ガヤガヤとした会場を静かに壇上から見ていたエリュシナが、
「静まりなさい、国王陛下の御前ですよ!」
一括され静まり返る会場を見回し、エリュシナが話を再開する。
「…貴方達の疑問は…もっともです。
これ迄…そうこの数千年間、私達は『魔力』を持たない種族だと思って生きてきました…
しかし、それは間違いでした…私達には『魔力』が無いのではない…
其れがどういう物なのかを理解していなかった…そして、その使い方が分からないだけなのだという事を…」
再び会場中が騒めいた。
(…?!エリュシナの奴…『種の制約』の効力が切れてるじゃねぇか…?ん?ちょっと待てよ、そういやぁ…こいつ等は…どうなってんだ?効果のある奴とない奴が居る…?種族に掛けられた誓約の筈だが…)
「…何故なら『魔力』は身近に存在しているからです。私達は、それに気付いていないだけ…
そう…例えば、想っていた事が現実になったり、思いも依らない事が起きた事はありませんか?
戦場で急に力が増したり、急に早く走れる様になったり…ふとした時に日常と違う違和感を感じた事は?
其れは、私達が無意識に放出している『魔力』の影響なのです。」
「そんなモノが『魔力』だと…」
会場からざわめきと反論の声が聞こえた。
「理解するのは難しいことかもしれません。私達は元来目に見えないモノを信じない傾向にありますからね…ですが、操縦者の『魔力』を動力として『魔鋼機士』は動いています。
そして、その機体を操縦している者は、我等人族の普通の兵士です。」
跪いている5体のうち、中央の『魔鋼機士』の背部ハッチが開き、中から兵士が現れた。
手を振り上げ、挨拶をしている。
「彼は、ユリウス=コーリング侯爵、この『魔鋼機士団』の団長であり、元は辺境域警備隊の隊長でもあります。」
会場から更なるどよめきが起こった。
「…有名人かなんかなのか?」
レインがダージへ質問していた。
ダージが少し怒ったような口調で説明する。
「どれだけ田舎者なのだお前は?ユリウス様を知らんとは…
かの御仁は、古くから王家に仕えられている侯爵家の嫡男にして、ハルト王弟殿下の御学友でもあられる高貴なる御方だ。容姿端麗才色兼備…全てを兼ね備えておられる。
特に剣術は、天才と言われる程の腕前をお持ちなのだ、剣の達人と称される者達でさえユリウス様の足元にも及ばぬと言われている。
国内外で彼の御仁を知らぬ者がおるとは…呆れた田舎者だ。」
「ほう…それ程、知名度の高い有名人を機体に乗せれば、否が応でも信じざる負えない…か。
エリュシナも中々の策士の様だな…」
(…だが、そんな事をしても『種の制約』がある限り『魔力』の存在は潜在意識の中から消える筈…
だが、消える気配はない…)
レインが、思考を巡らせていると、
エリュシナが、ユリウスに向け指示を出し進行を進める。
「それでは、ユリウス団長。『魔鋼機士』の性能を披露していただけますか?」
「了解した。」
そう言って、国王陛下の方へ一礼をし、機体へ乗り込んでいく。
背部のハッチが閉まり、機械の駆動音が鳴り始め、ゆっくりとした動きで立ち上がろうとした…
一瞬動きが止まったように見えたが、問題なく立ち上がると他の機体もそれに続いた。
(一瞬…『魔力』が…何だ…?!)
レインが、壇上の方を振り返る。
レインの位置からでは、左にエリュシナ、右に大司教とお供の連中、奥側に国王と側近が見える。
(あの中に…『魔力』を使った奴が居る…しかも今の気配は…)
その時、突然会場から爆音が鳴り響いた。