第7話 女聖機士と傭兵志願者
人族の王城は、高い城壁に囲まれ、天にも届きそうな3つの塔が合わさっているのが印象的だ。
城内は広く、王宮や騎士団の寄宿舎、大庭園や回廊もある。
塔の奥に見える建物は、石造りが主体のこの国では異質な流線型をしていた。
古くから下級位階種族が信仰する神は、運命の女神フェイトゥナリル神だけであったが、人族も例外では無く信仰心が深い事でも有名であった。
だが、近年新しい神を信仰する者達が現れ、その勢力を増し、瞬く間に人族の中に布教していった。
そして、あの異質な建物は、その新しい信仰のシンボルである教会と呼ばれる建造物だった。
東方聖櫃教団…彼等の信仰する神は、知識の神プロマテウス神だと言う。
政界にも影響力があり、この教団の大司教は、国政に携わる程の権力すら持っている…
重要な情報としては、聖櫃教団直属の兵達は、聖機士団と呼ばれ、教団からの知識…『科学技術』を有する王国最強の兵団と言うものがあるらしい。
この数日で、レインが得た情報だ。
(まぁ、国の内情は粗方理解できたが…肝心の『科学力』とやらに関しては、余り情報を得られんな…
国家機密って事かな…詳しい事は城内の者すら分かっていない様だ。
だとすれば、遠回しに情報を得ても何も得られんだろう…直接話を聞きに行くか?)
至高を巡らせながら王城内の白亜の大回廊を一人歩くレインの前から白いローブを纏った初老の男性が、お供を連れて歩いて来る。
横を通り過ぎて行こうとするレインの背後から声を掛けられた。
「…お待ちなさい、見かけない顔ですね?
それに…貴方の纏っている気配は、これまで感じた事のないものですが…何者なのでしょう?」
柔かな笑顔で問い掛ける初老の男に、
「…あぁん?何だオッサン?なんか用かよ?」
レインが、振り返り口汚く返事をする。
「…口の聞き方を知らない様ですね?
自分よりも年上の者には、敬意を払うものですよ。」
細目の初老の男は、諭す様な話し方だった。
レインは、鼻をポリポリ掻きながら、
「年上ねぇ…んじゃあ、オマエが俺様に敬意を払うべきだぜ!」
親指を自分に指しながら見下すように舌を出す。
初老の男の笑顔が、少し引き攣る…
「大司教様、この者は確か…王弟殿下の客人とか言う、北方域辺境区出身の田舎者ではありませんか?」
お供の男が、耳打ちをする。
「…成る程、貴方が…噂の…そうでしたか。
北の辺境区の更に最果ての地から来られたとか?それでは、礼義など知りようがありませんでしたね。」
笑顔で淡々と話す大司教。
(…確かに、そんな設定なんだが…なんか、このオッサンに言われると腹が立つな…)
「…何だオッサン…もしかして、喧嘩売ってんのか?」
レインが、突っ掛かろうとした矢先、背後から声を掛けられた。
「あら、こんな所で何をしているのです…レインさん?
また、騒ぎを起こすおつもりですか?
其れに…ザスト大司教殿は、此れから国王陛下との謁見ではありませんでしたか?」
「おぉ、此れはエリュシナ宰相ではありませんか。
ご機嫌麗しゅうございますな…ゆるりと話をしたいところですが、
国王陛下をお待たせしている身なれば、急ぎ向かわねばなりませんので、これで失礼致します。」
そう言って、軽く頭を下げつつ立ち去って行くザスト大司教とお供の者達を無言で見送るレインとエリュシナ宰相だった。
「…狸が…」
「おやぁ…?意見が合うじゃねぇか、エリュシナ。
あのオッサン…なんか胡散クセェんだよなぁ…どう思う?」
「…無名だった東方聖櫃教団が、この数年で国教にまでとりあげられたのだ…その大司教にまで上り詰めた男だぞ…叩けば幾らでも埃がで…る?
馴れ馴れしいわね?何故、私がそんな事まで話さなくてはいけないのよ?」
(何なのよ、この男は…なんか調子が狂うのよね…
無意識に抗えない雰囲気があると言うか…)
「何だよ、良いじゃねぇか…俺様達の仲だろう?」
「ど、どんな仲よ?!
そ、そんな事より…貴方こんな所で何をしているのかしら?
まさかとは思うけど…この先へは行けないわよ?貴方達部外者は立ち入り禁止です。」
キツい口調になるエリュシナに、
「…あぁ、其れならハルトから聞いてるぜ?…だがよぉ、俺様が俺様以外の奴に従う訳ねぇだろう?
まったく、俺様を誰だと思ってやがる…この魔…」
「魔?」
エリュシナが訊き返す。
(ヤバっ…忘れてたぜ…)
「あ…えっと…そのぉ…魔…摩訶不思議なお茶目さん?」
馬鹿を見る様な目でレインを凝視するエリュシナ。
「…何言ってるの…バカなの?」
冷静な声にレインが真っ赤になり取り乱す。
「や、やめろぉ…そんな目で俺様を、み、見るなぁ!」
「貴方が、馬鹿なのは最初からわかってましたけど…
そんな事より…貴方に用があって探していたのです。」
冷静な声のシュレイナに冷静さを取り戻したレインが訊き返す。
「…宰相のお前さんが、俺様にどんな用事があるんだよ?」
「今日は『魔鋼騎士団』の戴冠式があるのです…その式典に貴方を招待する様にハルト殿下から仰せつかって来たのよ。
… 私は反対したのだけれど…」
「…『魔鋼騎士団』ねぇ…そいつも『科学技術』って奴で造り上げた新しい兵器かなんかか?」
エリュシナは、少し間を置いて返事を返す。
「…そうです。」
(…何故ハルトは、こんな素性も分からぬ男を招き入れ…
種族の秘匿すら明かそうとしているのかしら…)
思考を巡らせていたエリュシナに、回廊を戻って行くレインが、声を掛けた。
「おーい、エリュシナちゃん。
ボーッとしてたら置いてっちまうぞぉ?」
「なっ?!…だ、誰が、エリュシナちゃんですか!!
ち、ちゃんとエリュシナ宰相様とお呼びなさい!」
「へいへい…」
後ろ向きに手を振りながら回廊を戻って行くレイン。
「ち、ちょっと、待ちなさいよ!」
慌てて、追い掛ける様にエリュシナが走り出した。
王国聖機士団の寄宿舎。
今や下位種族の中でも最強の軍事力を持つ兵士達が、集い暮らして居る場所である。
修練場が隣接しており、最新『科学技術』の兵装での試戦や改良された武器を使い激しい戦闘訓練が、連日行われていた。
レインと逸れた有尾族のザッハードと亜人族のグリムは、『幻惑』の魔法を掛けられ、今は人族の姿に見えているのだが…
訓練所には、呆然と立ち尽くす、2人の姿があった。
「俺達…何で、こんな所に…」
人族にしては、人目を引く程ガッチリとした体格のザッハード。
「…わ、解らん…」
長身でスラッとした体格、手足が長い印象を受けるグリム。
そのザッハードとグリムが、呟いていた…
そんな2人へ怒声が響いて来た。
「こらぁー!!そこの2人、何をやっている?!
貴様達は、傭兵団の志願者では無いのか?
他の者達は、既に受付を終わらせ会場に向かっているぞ!」
2人に指を差して怒っている騎士は、
兜で顔は見えないが、背格好と声から小柄な女性の騎士だと分かる。
「あ、あんた…確か、昨日の…此れって、どう言う事なんだ…何で俺達が、人族の傭兵団の志願者になってるんだ…」
「そうだ…せ、説明して貰いたい?!
昨日酒場で飲み過ぎた所までは覚えているんだが…
気が付いたらこんな所に…まさか、敵軍の真っ只中に…」
「敵軍?」
「あ、い、いや…」
(マズイ…不用意に口に出てしまった…)
「…もしかして、まだ酔ってるの?
まぁ、あんなに浴びる様に飲んでたんだから無理もないわね…
大切な…御方様?だっけ…に、逃げられてヤケ酒飲んでたんだったわね。」
(…な、なにぃ〜っ?!よ、酔った勢いで…全部話しちゃったんじゃ…俺達が密偵だってバレて…)
「お、俺達の素性を…」
「ええ、聞いたわ…確か…西方辺境区の出身だったわよね?
田舎から出て来て無職だって言ってたから、此処を紹介してあげたんじゃない。腕っ節には自信があるって豪語してたでしょ?
其れも覚えてないの?」
(まったく、覚えてねぇ…
だが、ここは…話をあわせておくべきか…)
「お、おう、腕っ節だけは、自信があるぜ!
有尾族の中でも俺に勝てる者など居ないからな!」
「ザッハード!」
「へぇ、強化装備も無く…人の身で有尾族よりも強いって言うの?ふ〜ん、それは楽しみねぇ…」
「マルス聖機士長殿、お急ぎ下さい。
もうすぐ、傭兵団の選定試験が始まります。」
闘技場の門から伝令の騎士が、女騎士に声を掛けた。
「分かっています。
さぁ、貴方達は急ぎなさい…遅れれば、失格になりますよ。
それに傭兵団に入れれば、その御方様を探すのも容易になるかもしれないわよ?」
「何、本当か?!
そう言う事ならこうしてはおれん…急ぐぞ、ザッハード!」
言うなり、一目散に駆け出して行くグリム。
「あ、おい、待ってくれよ、グリム!」
「見てて飽きないわぁ…ほんと面白い連中ね…
なんか今回の試験は、楽しめそうじゃない…」
慌ててグリムの後を追って行くザッハードの背中を見ながら、マルス聖機士長が、笑みを浮かべながら呟いていた。
王城内にある石造の壁に囲まれた闘技場には、海千山千の傭兵志願者が大勢集まっていた。
この数千年の間、最下位の種族として全ての種族から蔑まれ、その汚名に堪えて来た…しかし、今や人族は、他の下級位階種族を制し、その頂点へと上り詰めようとしていた。
人族の軍である騎士団は、家柄の良い貴族が多く、その数は少ない…『科学力』により新たな兵装や武器を創り出してもそれを扱う者達の絶対数が足りていないのが現状だ。
かと言って、貴族院の反発もあり、平民や農民を騎士に召し上げる事も出来ない…
そこで、必然的に戦闘に慣れている傭兵や荒くれ者を徴兵する事になったのだが、これまで敗戦続きであった王国へ傭兵として雇われるものは少なかった。
しかし、期せずして他種族を圧倒する軍事力を持ち活気づいている王国には、多くの傭兵が各地から続々と詰め掛けていた。
試験会場となっている闘技場の控え室では、多くの傭兵が選定試験を受けるために集まっていた。
「…選定試験受ける奴が、こんなに居るのかよ…」
背中に大剣を背負った左の頬から胸にかけて3本の鉤爪の傷痕を持つ青年が、控え室に居るたくさんの志願者を見回していた。
そして、一際大柄な体格の良い男と隣に立つ長身の男に目が留まった。
(…あん人達だけ、な〜んか、雰囲気が違うんなぁ…)
「おぃ、お前等…傭兵じゃねぇだろう?見掛けねぇ面だ…辺境区出身者か?」
数人の傭兵に囲まれる。
「…俺達に話し掛けているのか?」
大柄な男が、振り返る。
纏う気配が立ち上っているかの様な圧倒的な存在感かあった。
何気無い視線の動きだけで、傭兵達が後退ったが、なんとか踏み止まり、
「お、おぉよ…お前とそっちの背の高い兄ちゃんに話し掛けてんだよ!」
気圧されながらも何とか気力を振り絞った。
(すっごい、威圧感だげ…
まるで、有尾族の戦士…いんやそれ以上だぁ…けんど、あれは、いくらなんでも多勢に無勢だ…)
成り行きを見ていた青年にも格の違いは分かるが、相手は、歴戦の傭兵が5人だ。
「…何か用があるのか?脆弱なる者共よ。」
体格の良い男が、上から目線で男達の神経を逆撫でする…本人は無自覚の様だが…
「ぜ、脆弱?!だあ?ん何だとぉ、こらっ?!」
熱り立つ男達が、得物に手を掛ける…まさに、一触即発状態だった。
「何をやっているザッハード、この様な下賤な下等生物相手に関わって揉め事など起こしては、御方様探索の障害になるではないか!」
輪をかけて相手を怒らせる長身の男は、異常に長い手脚が印象的だ。
男達は、完全にブチギレていた。
手にした得物を抜き放ち、殺気立っている。
「待ったぁ、ちょっと待っでぐれ!
こげなところで、争い事なんで起こしちまったら選定試験が失格になっちまうだよ?!」
青年が、間に割って入る。
「何だこのガキは?!
テメェも見ねぇ面だが、どこの辺境区のバカだ?
身も知らねえ奴等を庇うなんてお人好しは…傭兵なんか務まらんぞ?
長生きしたきゃあ、田舎に帰って畑でも耕しとけや!」
タチの悪い傭兵が、蔑んだ目で青年を見ながら嘲っていた。
青年は、しばらくキョトンとしていたが口を開き、
「…違うど、オラが庇ってんはあんた等の方だげ?あんた等が束ぁになってもこん人1人にも敵いやせんで…怪我ぁすん前に止めちゃろう思うて…」
「なっ?!き、貴様ぁ…俺達が負けるって言ってやがんのか?!」
傭兵の言葉を遮る様にザッハードが、青年に話し掛ける。
「ほう…ほう、お主…その若さで相手の力量を推し量れる程の手練れとはのぉ…
そこの小煩い小者共とは比べ物にならぬ様だな…」
「所詮…人族は、他種族に比べ『魔力』も持たず、膂力も弱い非力な種族として蔑まれて来たが…中には、お主の様な戦士も居るんだな…」
グリムも感心する様に青年を凝視していた。
「あんさん等ぁ、スンゲェ強えんだろなぁ?
達人クラスの匂いが、プンプンするど…」
「そう言うお主も…良い気を持ってる様だ…
我が名は、ザッハード…そっちの奴は、グリムだ。我等は、西方域辺境区から来た旅の戦士だ。
其方の名を聞かせてはもらえぬか?若き戦士よ。」
「オラの名は、カシムだよ。
南部域辺境区のナハトっちゅう田舎から来たんだ。」
傭兵達を他所に話を続けようとする青年に業を煮やし、
「田舎者の分際で、俺達を無視するとは良い度胸じゃねぇか!」
傭兵達は、各々の武器を構え、まさに襲い掛かろうとした時だった。
「貴方達何をしているのかしら?」
背後から声を掛けられ振り返るとマルス聖機士長が、御供を伴い歩み寄って来るところだった。
「此処が選定試験会場である事を忘れているようですね?
控室であろうと志願者同士の私闘は、禁じられています。試験前で気が立っているのは理解できますが…見過ごす事は出来ませんね。」
「か、勘違いされては困りますぞ。
私闘などとするはずも無いではありませんか。」
禿げ上がった頭を撫でながら傭兵が、弁明した。
「貴方は…確か、大鷲の旅団団長でしたね?」
「お見知り置き頂いておるとは、有難い。
俺は、大鷲の団長をしているギルモアって者です。
此奴等は、傭兵の礼儀を知らぬ田舎者だったんでちょいと教えといてやろうとしていただけで…」
マルス聖機士長が、少し間を置き、
「…そうですか…であれば、礼儀は闘技場で教える事をお勧めします。
今回だけは不問にします…さぁ、解散なさい。」
マルス聖機士長が、告げると傭兵達はザッハード達を睨みつけながら立ち去って行った。
「貴方達も闘技場へ移動しなさい。
もうすぐ試験が始まりますよ?」
マルス聖機士長が、振り返り和かに話し掛ける。
「御手を煩わせてしまった様だ。
我等も目立った行動を取るつもりはなかったのだが…」
「どう見ても、貴方達が目立たないのは無理でしょ?
愉しみにしてるんだから期待を裏切らないでね。」
そう言ってマルス聖機士長は、手を振りながら立ち去って行った。
「あんた等ぁ、どう言う人達なんだば?
今ん人は、王国最強の聖機士の中で女性にして初めて機士長になった人だば、そんな有名人に期待されちゅうは、凄か事でねか?」
カシムが目をまん丸くしていた。
「あの女は、そんなに有名な奴なのか?
酒場で知り合ったんだが、彼奴に飲み比べで負けたんだが…何故か此処を紹介して貰ったんだが…」
「酒…場で飲み比べて負けた?!」
もう一度、立ち去って行く聖機士長の後ろ姿をマジマジと見つめていた。