第6話 王都潜入
パンゲア大陸の東方域にある人族の王都は、南西部に広がる樹海の近くに建国していた。
王都エレノイアは、人口5万人程、中央に王城が建っており、幾重にも重なる城壁が、その堅牢さを物語っていた。
東側は大洋が広がり、南西部は『真宵の森』と呼ばれる樹海が広がっている。北側には、万年雪を頂く山脈が連なっており、竜種が棲息している。
どの方面からも侵入するのは容易では無く、天然の要塞の様な地形になっており、外界との交流は唯一北西部の街道のみである。
しかし…其れ程有利な立地条件の土地に建国しても、魔力を持たない人族は、唯一神の定めた位階序列の最下位にランク付けされ、他種族から蔑まれて生きてきたのだった。
序列に納得のいかない者も多く…唯一神は、100年に1度『位階序列杯トーナメント』を開催し、序列順位を決定する事にしたのだが…
一度も人族が、勝利した事は無かった。
そんな人族が、数ヶ月前…他種族に対し宣戦布告したのだ。然も1種族ではなく多種族…下級位階の5種族全てに対し、戦争を始めたのだ。
当初、どの種族も鼻で笑い、相手にすらしなかった。
万年最下位の種族が、戦争を起こしたとしてもどうなるものでも無いと思われていた。
…其れを5種族相手に戦いを起こすなど愚の骨頂、愚か者の戯言だと一笑されていた。
しかし、いざ開戦してみれば…劣勢だと思われていた人族の圧倒的な戦力の前に、5種族は尽く負け続けていた…種族の存亡に危機感覚えた5種族は、連合を組んだが…
数ヶ月で、人族の方が優勢になりつつある。…
まるで、上級位階種族並みの力を人族が保持しているとしか思えぬ程の強さだった…
王都の中央広場、
石畳が綺麗に敷き詰められ、街灯が整備された街路、
建造物も中世のヨーロッパを思わせる造りをしている。
レイン達が、目を見張ったのは…馬車とは違い、見た事もない乗り物に人が乗り、街を走り回っている光景だった。
「此れが、人族の国かぁ…
あの走り回ってるのも『科学力』って奴か!」
好奇心でキラキラした目をしながらあちこち見て回るレインに、
「レイン様、余り目立つ行動は控えた方が…」
『幻惑』の魔法で人族の戦士になっているザッハードは、かなり大柄で筋肉質の体型に長髪でゴツい感じの顔立ちになっていた。
「何だよ、ザッハード。
せっかく人族の国に来たんだし、楽しんだ方が良いじゃねぇか?それに…もう少し気楽にしねぇと、逆に怪しまれるぜ?」
短髪でスラっと痩せたイケメン風のグリムが、
「レイン様は、はしゃぎ過ぎなんです!
私達の目的は偵察だと言う事をお忘れなく…」
グリムにも釘を刺され、嫌そうな顔でレインは頭を掻きながら、
「ホントお前等は、真面目だよなぁ…
たまには、ハメを外した方が良いんじゃね?」
「レイン様が、ハメを外し過ぎなんですよ!
なんで、いつもそうなんですか?
今回の任務がどれ程重要なモノなのか分かっておられますよね?失敗は許されないんです!
何としても『科学力』とやらの解明をし、対抗策を練らなければ、種族の存亡にも関わる事案なんです!
其れを気楽にだとか、楽しむだとか、もっと真面目に取り組むべきです!
そもそも…クドクド……………」
(うへぇ、グリムの奴…物静かな性格なんかと思ってたが…ホントは説教野郎だったのかよ?!)
説教を続けるグリムの背後をコッソリと逃げ出すレイン…が、いない事に気付いたのは、半刻以上後だった。
「なぁ、グリム…レイン様居ないぞ?」
「なっ?!レイン様ぁ!!」
王都の空にグリムの絶叫が響き渡った。
逃げ出したレインは、王都の様子を見て回っていた。
全種族中最下位の種族でありながら、高度な社会文明を築き上げ、国民の生活水準も他種族に比べかなり高いようだ。
(…人族は、この千年の間…衰退し続けていた筈だが…
そういやぁ…サクヤが言ってたな…新しい王になってから国が、変わったって…この栄華ぶりはそいつのお陰って事か…)
王都の中央に建つ荘厳な城の濠の前に立ち、
「あれが、王城だな…
俺様の城には劣るが、中々立派じゃねぇか?
王の名は…ガシン=ツキノミヤって言ったか…たった数年で此処まで変革させるとは…な。
…おっ?なんか気になるなぁ…あの奥の建物…」
王城の奥に違和感のある建造物が、建立されていた。
王城や王都の街並みは、どれも石造りで無骨な物ばかりだったが…
その建物は、流線形の美しいフォルムをしており、材質は不明だった。
(…何処と無く、機械神族の建物に似ているな…)
その建物に視線を注いでいるレインが、振り返る。
其処には、戦地から戻った数百騎の騎馬隊が、王城へ戻って来たところだった。
先頭の指揮官らしき騎士が、馬を止め馬上からレインへ声を掛けた。
「そこの者、変わった格好をしているな…
此処エレノイアのものでは無いようだが…何者だ?」
「何だ?…近頃の騎士は、礼儀を重んじなくなったようだな…
人に物を尋ねる時は…まず、馬から降り、自分から名乗るってのが、お前等にとっちゃ最低限の礼儀なんじゃなかったか?
其れとも何か…数千年振りに他種族に勝てそうだからって天狗になってんの?王国の騎士ってのは、そんなに偉ぇてのかよ?」
レインらしく難癖をつける。
「…」
「黙れ!貴様の様な地方出身の下賤な輩が、お声を掛けて頂けるだけでも有難いと思うが良い!
この御方は、現国王の王弟にして遠征軍総司令官ハルト=ツキノミヤ様だ!
分かったらさっさと跪け、下郎が!」
側近の第一分隊長ダージが、腰の剣に手を掛け、怒鳴り散らしている。
「…俺様に…跪けだ…と?」
レインの瞳が、深紅に染まっていくのに比例し、右手の封印の腕輪が淡く輝いている。
全身から立ち昇る気配は、周りの者を後退去らせる程の圧迫感を放っていた。
「な、何だ…貴様、て、手向かう気か!
我等は、王国最強の騎士団だぞ…」
ダージは、何とか後退るのを堪えていた。
ゆっくり歩いて来る、レイン。
「御託は良いから掛かって来いよ?
…おや、震えてんのか?王国最強の騎士さんよぉ…一人じゃ怖えんなら…コイツ等全員でも良いぜぇ。」
不敵な笑みを浮かべるレインの顔が、悪魔の様に残忍な形相に変わる。
「…何だ…あの者は…」
その顔を見たハルトが、呟いていた。
「馬鹿が、大口を叩きおって!
我等王国騎士に対し横柄な態度をとった事を後悔するが良い!
手加減はいらん、やれっ!」
ダージの号令で騎馬隊がレインを取り囲む。
「ほう、良い動きだ…
さぁ、いつでも良いぜ…掛かって来いよ。」
レインが手招きしてみせる。
其れを合図に騎馬隊が、一斉に攻撃を仕掛けて来た。
レインは、襲い来る幾本もの槍を難なく躱し、黒鳥の様に黒いコートを靡かせて天空へ舞い上がった。
「?!」
見上げる騎士達が、そのまま落馬していく…
「な、何だ?!何をした…」
何が起きているのか…ダージには、理解出来ていなかった。
しかし、ハルトには見えていた…
(…あれ程の動きが、出来る者がいるのか…
獣人族でもあれ程の瞬発力は、持つ者は居なかったぞ…)
上空でコートを翻しながら、騎乗のハルトを見る。
(…あの男には、俺様の動きが見えていた様だな…
サクヤ達と同じ王族か…成る程な…)
音も無く着地した瞬間、レインは地面を蹴りダージの方へ弾ける。
人の目に見えるスピードを遥かに超えていた。
目の前に突如現れたレインが、
「よぉ…歯ァ食い縛れぇ!」
ダージにおもいっきりグーパンチを叩き込んだ。
物凄いスピードで飛んで行き、残っていた騎馬隊達に激突し、騎馬隊達も一緒になって吹き飛び、
隊列を組んでいた騎馬隊が、瓦解してしまった。
「おいおい、こんなもんじゃねぇんだろ?
他の種族相手に圧勝し続けてるって話だったが…
ちょっと撫でてやった位で吹っ飛んじまうとはなぁ…なんか、かなり期待外れだ。
下級位階種族最強って言うのも眉唾もんだなぁ?」
(…今のが、撫でただけだと言うのか…
なんと言う力だ…あの身のこなしと言い…人の領域を超えている…まさか、他種族の者…)
ハルトが、馬上から観察している中、
レインが、馬鹿にした目線で何とか立ち上がったダージ達を蔑む様に見ている。
「ふ、ふざけおって…ど、同族相手で油断していたが…き、貴様こそ…一体何者なんだ?!ば、化け物並みの力を持っているな…
ならば、手加減はせん!全力で相手してやる!!」
ダージが、腰のスイッチの様な物を押す…と、機械音がし始め、騎士の鎧が変形していく。
(…ほぅ、『科学力』って奴が見れるか…)
「もう良い、双方引くが良い。
此処は、王城の目と鼻の先…この様な場所で騒ぎを起こしては、兄王に申し訳が立たぬ。」
ダージ達が、一斉に膝を突き、
「も、申し訳ありません…」
首を垂れて謝罪している。
「…ちぇっ、つまらんなぁ…
せっかく今から面白くなるところだっんだがなぁ…」
ハルトは、馬上から降り…兜を外しながらレインの方へ歩んで来た。
兜の下の素顔は、濃灰色の瞳と髪に端正な顔立ちをしていたが、左眼に刀傷があり、その瞳に光は無かった。
微笑んでいるハルトが、レインの側まで歩いて行き、
「すまんな、貴殿に声を掛けたばかりに迷惑をかけてしまった様だ…」
「へ、陛下…陛下が、謝られる必要などありません!
そもそも、此奴の口の利き方が…」
ダージの反論を片手を上げて静止すると、
「如何だろう…償いと言ってはなんだが、貴殿を城に招きたいのだが、謝罪を受けて貰えぬだろうか?」
「ん?…俺様を城へ入れるって言ってんのか?
こんな得体のしれねぇ奴を招待するってのはどう言う了見だ…もしかしたら、他種族のスパイとかかも知れねぇんだぜ?」
「…いや、其れは無いだろう。
君の力が、目を見張る程常人離れし過ぎていて…初めは疑いもしたけど…君には『魔力』が無い。
人族以外の種族は、例外無く魔力を有している…『魔力』を持たないのは、我等人族だけだからな。」
レインは、右手首に付けている『封魔の腕輪』に目をやった。
(…忘れてたぜ、此れ付けてたんだった。
然も、此処くる時『門』に『魔力』使っちまったから全く残って無かったんだな…)
「…なんで、『魔力』が無いって分かるんだ?」
「そうか…君は、何処かの辺境区出身なのかな?
国の情勢を知らないかもしれないが…
王都では、今科学技術が発達していてね…その技術のお陰で色々な事が出来る様になったんだ。」
「…その『科学技術』って奴で、『魔力』が無い事も分かるってのか?」
(…『魔力』を使わず『魔力感知』が、出来んのか?)
「そう…其れに魔力の有無だけじゃ無い、その大きさや性質も分かる。」
「…『科学技術』…か」
「フフ…興味がある様だね?
謝罪の代わりに最先端の科学技術を研究している施設を案内してあげられれば良いのだが…国家機密なので、それは無理なんだ。」
(…そりゃ、そうだろうなぁ。そして其れが、あの建物…って事か。)
レインが、城の奥にある建物に目を遣り…ハルトへ振り返る。
「そういや、名を名乗って無かったな…
俺様の名は、レインだ。」
「私は、ハルト=ツキノミヤだ。
…レインか…やはり聞き覚えの無い名だ…だが、あれ程の力を持っていれば、噂くらいは耳にしている筈だが…」
ハルトが、記憶を探る様に顎を手で触りながら頭を捻っていた。
レインが慌てて、
「お、おう…俺様の住んでた所は、北の辺境の更に田舎だったからじゃねぇか?!」
「ふむ…まぁ、こうして知り合いになれたのだ…俺も君には興味があるし、此れから君の事を知っていけば良いさ…
宜しくな、レイン。」
ハルトがレインへ右手を差し出す。
「あぁ…」
そう言って、差し出された手を握る。
其処へ
上空から飛来して来た円盤が、降りて来た。
円盤には、文官らしい女性が乗っていた。
「ハルト様、御迎えにあがりました。」
円盤から降りて来た女性は、ハルトの前で一礼すると道を譲る様に一歩下がる。
「エリュシナか…お前が迎えに来るとは、珍しいな…
兄上が…国王が、俺に用事でもあるのか?」
ハルトが、エリュシナに睨む様な視線を送る。
「はい…殲滅兵器の試作機が完成致しましたので、そのご報告を兼ねて陛下よりお話があるとの事で、ハルト様をお呼びする様に仰せつかっております。」
意に介した風もなく、無表情で告げる。
「…そうか、分かった。遠征から戻ったばかりなのでな…汗臭いまま会うのは失礼だろう…着替えてから謁見しよう。」
そう言いながら円盤に乗り、振り返ってレインへ手を伸ばし、
「どうかな…レイン殿も一緒に来ないか?
もし良ければ、だけど…君の興味を満足させられる物が、色々在ると思うんだけど…ね。」
「おぉっ?!一緒に行って良いのか?」
「勿論だ、君を招待すると言ったはずだよ。
彼処には、人族の未来がある…其れを君が見たいのならね。」
「…ハルト様、そちらの方は…王都の民ではない様ですが…
まさか、王城へ招かれるおつもりですか?」
エリュシナが、咎める様な口調でハルトに問う。
「そのつもりだよ…彼は、僕の大切な客人だ。
何か問題があるのかい?エリュシナ。」
ハルトは、平然と言って退けた。
戦時下において、王都に現れたレインは見るからに怪しい人物だ。
そんな不審人物を、王が住まう城に招き入れるなど考えられない状況だ。しかし…
「問題が無いと仰るのですか…まぁ、良いでしょう。
ハルト様が、一切の責任を負うと言うのであれば…入場を許可しましょう。」
エリュシナが、王弟であるハルトへ許可を出す。
「あ?ちょっと待てよ、女…どんだけ上から目線だおい…仮にも国王の弟に《許可する》ってのかよ…こんな女にそんな権限があんのかよ?」
レインの目がエリュシナに注がれていた。
エリュシナが、裾の長い服をはためかせ、蒼く長い髪を後ろで束ねつつ、
「痴れ者が…誰に対し、その様な口を聞いている?」
長い袖と裾を捲し上げながらエリュシナが、背刀を抜き放つ。
ハルトが、やれやれと言った表情で、
「…手荒なマネは止めてくれないかな、エリュシナ?
相変わらず、君は短気だな…」
ハルトの冷たい視線が、エリュシナの動きを止めた。
「レイン殿には、紹介しておこう…
彼女は、エリュシナ=クロハドウ…科学技術庁長官にして、我が国の宰相を勤めている女性だ…まぁ、実質この国のNo2なんだが…」
「…ほう?
こんな華奢で綺麗な女が、重責を背負って国を動かしている宰相なんてやってんだ?
スッゲェ美人なのに…勿体ねぇなぁ…」
まじまじと見つめるレイン。
何故か、エリュシナの顔が真っ赤に染まった。
「さ、さっさとお乗りなさい!国王をお待たせしているのですよ!」
エリュシナが、照れ隠しに捲し立てている。
その様子を見て、意地悪く声を掛ける。
「…どうかしたのかい、エリュシナ?顔が赤い様だが…
熱でもあるんじゃ無いか?」
「う、煩いわね!何でもありません。日差しが少し暑いだけです!
無駄話はいいから早くなさい!」
エリュシナが、キレ気味に声を荒げた。
「そんじゃあ、お言葉に甘えて…」
そう言って、円盤に乗り込んだ。
「そういや…コイツは、空を飛んで来たんだったな…」
(…『魔力』が使われた形跡は無いが…魔力に似た何か…が在るな…前にも何処かで感じたことのある違和感…)
レインの記憶を辿る様な視線を無視してハルトが、
「此れも…我等が、手に入れた『科学技術』の一つだよ。」
「…ふむ、こんな鉄の塊がなぁ…
魔力無しで、空に浮かぶ…のか…?」
レインの独り言の様な呟きと同時に円盤は浮き上がり、高速で王城の方へ飛んでい行った。
ダージ達騎士団が、跪き傅いたまま見送っていた。