第5話 姉弟
樹海の森の側にレインの野営地が設営されてから数日が経ったある日。
野営地の西側にある拓けた場所でザッハード達…5種族最強の戦士達と狂戦士ザムドが、激しい戦闘を繰り広げていた。
「まだまだぁ!!」
ザッハードが、吹き飛ばされてから空中で体勢を立て直し、着地と同時にザムドの方へ弾ける様にすっ飛んで行く。
ハルバードの斬撃を躱しながら懐に潜り込み、一撃を放とうとするが。ザムドの蹴りが目の前に飛んできて、再度吹き飛ばされる…それと同時に天空よりハイマールが急降下で鉤爪のついた足を振り下ろす。
ザムドの左拳が、超スピードで天空へ突き上げられハイマールは、その巨大な拳で巻き起こった突風に吹き飛ばされた。
「よそ見してんじゃねぇぞ!」
ザムドの背後からザッハードが体当たりをした。
意表を突かれたザムドの体勢が崩れ、片膝をついた。
いつの間にかザムドの頭上に飛んでいたシュレイナが、その隙を逃さず細剣を突き出した。
「貰ったわよ!」
体勢を崩したザムドが、それでも右手のハルバードを振り上げようと力を込めていた腕に
身体をスライムの様に変形させたグリムが、纏わり付いた。
「?!」
「油断したんじゃないか?ザムド!」
「…良…い…連携だ…が…」
ザムドがそう言ってニヤリと笑う。
襲い掛かる細剣の一撃…まさに貫こうとした瞬間、ザムドの凄まじい闘気が爆発し、細剣を弾き返したのだ。
「うぉっ?!」
闘気に吹き飛ばされるグリムとシュレイナ。
地面に激突する寸前一回転し何とか着地するシュレイナ、
「まったく…闘気だけで吹き飛ばせるなんて…なんて化け物なのよ?」
細剣を鞘に戻しながら愚痴っていた。
「巨人種…ティターン神族の末裔ってのは、やっぱバケモンだな…
元々神族だったんだからしゃーないっちゃしゃーないんだが…
これだけ手も足も出ないんじゃ…種族最強の誇りが傷つくよなぁ…」
ザッハードも立ち上がり、埃を払いながらブツブツ言っている。
「俺達の力不足だな…まだまだ修行が足りないという事だ。
いつかはアイツを超えてやるさ…いや、越えなければ…亜人族最強の戦士と名乗る事も出来んからな…」
グリムが、自分に言い聞かせるように呟く。
「そういや、グリムも同じ種族だったよな?
…問う事はお前もティターン神族の末裔とかなのかよ?」
ガルムが、ふと疑問に思ったことを口にした。
「そんな訳ないだろう?…お前は阿保か?俺の何処をみて巨人種と同じだと言ってるんだ?
大体…亜人族ってのは、異能を持つあらゆる種の寄席集まりに過ぎんのだ…
外見も能力も違う者達ばかりだからな…俺の様な流体種もいれば、ザムドの様な巨人種もいると言う訳だ。」
グリムが自分の種族の概要を話してくれた。
「他の種族の事なんてあんまり知らないからなぁ…?あ…いま阿保って言いやがったな!」
ガルムが、気付いたところで、
「今日の訓練は終わりか?…ったくお前等毎日飽きないねぇ。」
黒い皮のコートにスラックス姿の黒髪の青年が、赤毛のエルフの女の子と濃灰の人狼の少年を連れて歩いて来た。
「レイン様、どうしたんですか?サクヤとライコウ連れてお出かけですかい?」
ガルムが、黒いコートの青年に声を掛けた。
「お出かけじゃねぇよ…ちょっと気になる事があってな…
こいつ等の魔法特性を確認しておこうかと思って、人目につかない広い場所を探してたんだが、この辺りが良さそうなんでな。
まぁ、ついでにお前等の魔力の強化もやっとこうかと思ってな。」
「…魔法特性ですか?」
「あぁ…こいつ等の潜在魔力量は少し異常だ。
早目に自分の特性を認知させておかなければ、いずれ身を滅ぼす事になるからな…」
レインの説明を聞き、
「…まだ、時期尚早ではないかしら?
人族は『魔力』を持たない種族…この子達は、魔力を持って生れてきた所為で迫害を受け、追放され…『彷徨いし者』となった…そのトラウマは、未だこの子達の中に残ってる…其の心情を鑑みれば、『魔力』を使わせるべきではないと思いますけど?」
シュレイナが、レインへ意見する。
「…そうだな、お前の言う事にも一理ある…
今後も人族として生きて行くのであれば…『魔力』を封印してやる事も出来るがな…
もし、種族を見限り俺達と共に生きる道を選ぶと言うのなら…『魔力』の使い方を学ぶ必要がある…
どちらにするか…こいつ等に『選択』させる…」
振り返ったレインの子供達が、キョトンとした表情でみあげている。
その頭へレインが優しく手を置く。
「サクヤ、ライコウ。
…お前達は、まだ幼くこれから話す事を理解できぬかもしれぬが、お前達は選ばねばならない。
お前達が選ぶ道は2つに1つ…
お前達の中に在る『魔力』を封印し、親しい者達の待つ人族として種族へ戻るか?
忌み嫌う…『魔力』を恐れず、我等と共に生きる道を選ぶか…決めるのはお前達だ。」
レインの話が終わるとサクヤとライコウが、お互いに顔を見合わせる。
少し肯くとサクヤが話し始めた。
「レイン様…私達に戻れるところはありません…
大好きなお父様もお母様も…もうこの世にはいないんです…」
小さな手をきつく握りしめて今にも泣きだしそうな哀しい表情をしていた。
「あぁ…お前達の身の上は、ナーガから聞いている…
人族の中でも身分の高い王族の生まれだという事…お前達を逃がす為に樹海へやって来たが、追撃部隊によって両親は命を落としている…
元々樹海は、ナーガの霊力が漏れてる所為で魔の森と化していたのが幸いし、お前達は追ってから逃れる事が出来た…そして、彷徨っていたお前達はナーガに導かれ、奴の元で保護されてたんだったな…」
(あのバカ、最初は興味本位で導いた癖に手に余って俺に押し付けやがったんだからな…
今度会ったら代償を払って貰わないと割に合わんな…)
「はい、森で彷徨い死を待つしかなかった私達を助けていただいて、ナーガ様には感謝しています…
それに私達の『魔力』の事もお聞きしました…」
「貴方達の『魔力』の事…?私達のと何かが違うんですか?レイン様。」
シュレイナが、レインへ問い掛ける。
「…確かに、こいつらの持つ『魔力』はお前達が、潜在的に持つ『魔力』とは違うものだ。
『魔力』と言ってもその種類は多様に存在するのは知っているだろう?」
「ええ…それは知っています。
例えば、我々はよく使う己の中に秘めた魔素を使用する『魔力』や自然界にある魔素を利用し『魔力』として用いる事も…魔素ではなく元素を用いる『魔力』もありますね…
他にも精霊の使う『精霊力』や神族の使う『神霊力』も『魔力』の一種です。」
シュレイナが、魔力の種類を説明した。
「そう…そして魔族の使う『魔霊力』ってのもあるんだが…
こいつ等の秘めてる『魔力』は…俺やナーガの『創神力』とよく似ているんだよ…」
「…『創神力』…ですか?初めて聞きますけど…」
「そうだろうな…今はもう知る者もそれを使える者も殆どいない…創世の時代に存在した『魔力』だからな…まぁ、あの時代でも使えたのは…世界を創造した唯一神と原初の神々…そして7人の王と虚無の大蛇だけだからな…」
「…神話の時代の力…ですが、なぜそんな力が…この子達に宿ったと言うのですか?
他の種族ならまだしも…何の魔力も持たない人族の子供に…」
「…まぁ、その辺は…今の処俺にも分らんが…
現にこの子達には、その『魔力』が存在しているのは事実だ…そして、その力は危険すぎるんだよ…
制御を失い暴走すれば…世界を崩壊させる程の『魔力』となる…
俺様としては…こんな退屈な世界どうなろうが知った事ではないんだが…」
レインが、少し間をおいて話す。
「ち、ちょっと待って下さい!
…世界を崩壊させるなんて…次元の違いすぎる『魔力』を…
こんな年端も行かない子供達が、保有しているって言うんですか?!」
ハイマールは、話の大きさについて行けないと言った感じだ。
「そう言う事だ…こいつ等の『選択』いかんでは…世界は消滅する事になるかもな?
…で、どうするサクヤ?
親しい者も身寄りも居ない人族には戻らず、俺等と共に歩んでいくか?」
レインに問われ、サクヤは、暫く考えていたが…弟の手を強く握り。
「いいえ、私達は人族へ戻ります…」
「…ほぅ、その『選択』をするのか…?お前達を忌み嫌い…剰え殺そうとした人族へ戻ると?
戻れば…間違いなく殺されるのは分かってるだろう?」
レインが、まだ幼いサクヤの決意した顔を見る。
「…レイン様は、先程仰っておられましたよね?
私達の『魔力』を封印できると…」
「ん?…あぁ、出来るぜ。
俺様は、お前等の『魔力』を封印する方法を知っているぜ?」
「…私は、この力が大っ嫌いです!この力の所為でお父様もお母様も…そして、人族の人達も…
…グレジャ・ナーガ様に私と弟の力は、世界を滅ぼしてしまうと聞いた時…とても怖かったんです。
…でも、レイン様ならその力を封印して頂ける…」
「サクヤ、ちゃんと分かって言っているの?
郷に戻れば、貴方達は間違い無く殺されるのですよ?」
シュレイナが、諭す様にサクヤに語りかける。
「はい…分かっています。
『魔力』を封印して戻っても受け入れてなどくれないでしょう…でも、私達が死ねば…この恐ろしい力も共にこの世界から消滅する。」
サクヤは、しっかりとした意志を示した。
「貴方達…」
シュレイナが、悲しそうなそれでいて優しい目でサクヤ達を見つめた。
そして優しく二人を抱きしめる。
「偉いわね…サクヤ、ライコウ。
…でもね、貴方達は、未だ幼いのだからもっと素直に我儘を言って良いのですよ?
父も母も頼れる者も無く…寂しかったでしょう…
その身の内にある恐ろしい力に怯えながら泣きたくとも泣けず、辛く苦しかったでしょう…」
サクヤもライコウも必死に涙を堪えていた。
自分達の所為で両親が亡くなった事への自責の念と
いつ世界を滅ぼすか分からないプレッシャーの中で…死ねば楽になれると考えていたのだ。
「だけど、もう貴方達は孤独では無いのよ?
此処には、貴方達を疎ましく思う者など一人も居ないわ。」
「そうだぜ、サクヤ。
種族の違いなんて関係ねぇ、俺等を頼れば良いんだよ。」
「…でも、私達には恐ろしい力が…」
「そんな些細な事は、気にしなくて良いわ。
大体、貴方達の力より何千倍も危険な人物が間近に居るんだし…一々気にしてたらこっちの身がもたないわ。」
レインは、シュレイナがチラッと此方を見たのに気付き、苦笑いしながら頭を掻いていた。
「…サクヤ、ライコウ。
お前達の『魔力』は、世界を崩壊する程の力を秘めている…だがな…別に制御出来ない訳じゃないぜ?
使い方によっちゃあ、世界を滅ぼすんじゃなく救う力にもなるって事だ。」
「…世界を救う…?…それじゃあ、死ななくても…いいの?」
「…そうよ、貴方達が死ぬ必要なんか無い。」
サクヤが、ライコウの小さな手をしっかりと握り絞めると
二人共ポロポロと泣き始めた。
シュレイナは、そんな子供達を優しく包み込むように抱きしめた。
「サクヤ、ライコウ…改めて聞こう、お前達が選ぶのは…人族へ戻る道か…俺達と歩む未来か…」
レインが、魔神王とは思えない程優しい声で、もう一度サクヤ達に問う。
サクヤとライコウが、シュレイナの腕から離れ跪く。
「レイン様…私達は…皆様と共に居ても良いのでしょうか…
こんなに良くして頂いた方々に迷惑が掛かってしまうかもしれません…」
心配そうな顔でレインを見上げるサクヤに、
「サクヤ、お前は他人を気遣い過ぎだぜ?
子供なんだからよ、そこは自分のやりたいようににやれば良いんじゃねぇか?
もっと我儘を言って、こいつ等を困らせてやれば良いんだよ。
俺様はいつだってそうしてるぜ?」
そう言って、サクヤ達にウィンクして見せた。
不安そうだったサクヤとライコウが、晴れやかな表情になる。
「はい!
…面倒やご迷惑をお掛けするかも知れません…
でも、皆様と共に歩んでいきたいです。」
レインの口元に笑みが浮かんでいた。
「よっしゃー!お前等、今日から俺達の『仲間』だ…って言うより妹と弟だな!
どんどん頼って来いよぉ!」
ガルムが、大きく胸を叩いて見せる。
「…種族連合の方へは、孤児として話を通しておこう。
分かってるだろうが…人族であることは、我等だけの秘密だ…他言する事ない様に…
特に、ガルム。お前は口が軽いからな、十分気を付けろよ?」
ザッハードが、ガルムに釘を刺す。
「わ、分かってるって!」
「オデに…妹と弟が…出来た…!」
ザムドが、サクヤとライコウをその巨大な手ですくい上げ、自分の頭の上に置く。
「うわぁ、高ぁ~い!あんなに遠くまで見える!」
サクヤは楽しそうに笑い、ライコウは大きく目を開きその広大な光景に魅入っていた。
それをしばらく眺めていたレインが、
「さてと…暫くあいつ等の事は、お前達に任せる。」
「レイン様…どこか行かれるのですか?」
グリムが、レインへ問い掛けた。
レインは、ザムドの頭で楽しそうに笑っているサクヤとライコウを見ながら、
「…子供って奴は、あんなに無邪気に笑うんだなぁ…
あの笑顔を暗い哀しみの顔に変えた奴等には…それなりの代償を払って貰わなければ…
俺様の気が…治まらねぇ…」
燃えるように紅く光る瞳…口元が吊り上がり、邪悪な笑みを浮かべ…レインの顔が、悪鬼の様な形相に代わっていた。
ザッハードが慌ててレインへ進言する。
「ちょ、ちょっと待ってください…
まさか、これから人族と戦おうなんて思ってないですよね?!」
「…」
「あら…思ったより激情家だったみたいね…?
意外だわ…貴方の様な男が、他人へ…サクヤ達の為に『怒り』の感情が…抑えきれないなんて…
でも…少し頭を冷やしてくれないかしら?
人族の使う『科学力』とやらの実態もまだ何も分かっていない…
そんな状況で、戦いを挑んだ処で、此方の有利に事が進められるとは思えないんだけど?」
シュレイナが、頭に血が上っているレインに対し冷たく言い放つ…
そうする事により、レインへ冷静さを取り戻させようとしたのだ。
「…ったく、相変わらず冷たい言い方しやがるなぁ…
俺様にだって、その位の事は分かってるさ…」
レインの表情が元に戻っていた。
「ふ~ん…単細胞バカの癖に何か考えがあるって言うのかしら?」
シュレイナの冷たい視線が、突き刺さる。
「お、俺様もソロソロ本腰を上げねぇと、お前等の族長達にどやされそうだからなぁ…って事で…
今から敵状視察に行ってくるわ!」
「はぁ?!」
ザッハード達が、目を丸くする。
「な、な、何と?!
ま、まさか…お一人で行くつもりでは無いのですよね?!」
ザッハードが、動揺しながら聞き返した。
「あ…あぁ、も、勿論だぜ!
お、俺様が、一人で行くつもり…なんて事は考えてないぞ?!」
(どもってるよ…嘘吐くの下手過ぎ…じゃね?
やっぱり、一人で乗り込むつもりだったんじゃないか…何考えてんだこの人は?)
「留守の間…サクヤとライコウの面倒は、シュレイナとガルムに任せる…
それと…戦況の悪化している最終防衛線には、ハイマールとザムド…お前達の力が必要になる。
…あのままだと、後数日で種族連合は…大敗する…
お前達には悪いが…俺達が戻るまで何とか持ちこたえてくれ…」
「御意のままに…」
ハイマールとザムドが、跪き…胸に拳を当てる姿勢を取った。
ザッハードが、レインへ口を開いた。
「それでは、私とグリムが…レイン様と共に人族へ潜入し、敵状視察をするという事ですか?!
グリムはともかく…私が隠密行動など出来るとは思えませんが…」
「…まぁ、心配すんなって…何とかなるだろう?
『幻惑』の魔術は施しておくから…そう簡単に素性がばれる事は無いだろうし…
今回の潜入の目的は、人族の『科学力』の実態調査がメインだが…
そいつを解明しない限り、間違いなく5種族連合軍は負ける…お前等種族の命運は此の潜入如何に掛かってるって事だ。」
「えぇ?!ち、ちょっと待ってください!
そんな重大な任務にほんとに俺で大丈夫ですか?!
有尾族は、膂力や強靭な鱗で覆われた体皮の硬度には自信がありますが…
隠密行動には、不向きじゃないですか…?全く自信が無いんですけど…
それなら『森の隠者』とまで言われる妖霊族の方が適任ではないでしょうか…?」
ザッハードが、超嫌がっている。
彼が言う様に、有尾族は『隠密』などとは程遠い種族である。
重厚感はあるが、機敏性は無く…闘気圧が強過ぎて他の部族より存在感が大きい…
その上、高硬度の鱗は歩く度に音が鳴り、潜入するには不向きと言わざる負えない。
「…お前だから選んだんだよ、ザッハード。
んじゃ、面倒臭ぇけど…オッサン達の処へ話しに行ってくるわ。」
レインが、狼狽えて居るザッハードの肩を叩き、いたずらっ子の様な笑みを浮かべる。
(…な、何を考えてるんだ…この御方は?!…すっごく嫌な予感がするんだが…)
ザッハードの不安を他所に、レインは族長達の元へ歩き去って行った。