第13話 王家の秘匿
王城の中に在る高い塔の見晴らしは良く、美しい街並みの王都を一望できる。
遠くには、聖域と呼ばれる霊剣山と麓には樹海が広がっているのが見える。
そこにレインとハルトが、立っていた。
「中々良い眺めじゃねぇか。」
レインが、陽光の下でそよ風に髪を靡かせながら景色を楽しんでいた。
「ここが、この国で一番眺めが良い場所なんですよ…あの子達も…この場所が好きだった…」
ハルトが、遠い目をしながら呟いていた。
少し間を置き、レインが口を開く…
「…何があった?
サクヤとライコウには、特別な『魔力』を持って生れて来たんだろ…?
だが、それなら迫害されるどころか…重宝されていた筈だ…
『魔力』を持たない種族の中に生まれた希少な存在だからな…にも拘らず、国を追われたのは何故だ?」
レインが、隠さずに本題を聞くと、ハルトの眼が驚きで見開かれた。
「レイン殿…貴方は、一体何者なのですか?
王族しか知らない秘匿されている事情をそこまでご存じとは…
不思議な方ですね…『悪魔の王』だと言われても信じてしまいそうですよ。」
「俺の古い知人から話を聞いたんでな…機会があったら話を聞いてみたかっただけだ。」
「古い知人…ですか…
貴方には、隠しても仕方ないのかもしれませんね…
少し長くなりますが、御話しましょう…これは、王族にとって恥ずべき話…」
「あぁ…時間はあるからな…聞かせて貰おう。」
レインは、頂きを雲で覆われた霊剣山を見ていた。
「先ずは、我等王族の話からしなくてはなりませんね…
…先王陛下…我等の父には、3人の息子…長兄ゼノン・次兄ガシン…そして末弟の私が居ました。
長兄は、父からの信頼も厚く、優れた才覚を持ち、国民にも慕われた…正に次期国王と噂される程の才量を持ち合わせていた…次兄も私も長兄が次代の王になる事に何の異議もありませんでした…
心から尊敬すべき兄だったのです…」
「ほう…良い兄貴だったようだな…ん?
そういや…お前等王族は、歴代一子世襲制だったよな?
確か…初代の王が、身内同士の争いを嫌って男児は2人以上設ける事を禁じていたんじゃなかったか?」
「ほんとによくご存じですね…確かにその通りです。
第一子が男児の場合、二子目迄しか子を設ける事は禁じられてました…第一子が女児の場合のみ男児が生まれるまで子を増やせる…
この教えを歴代の王は、忠実に守って来た…だからこそ、この数千年の間…王族内での覇権争いも無く平穏に世襲してこれたのです…」
「じゃあ…何故、お前が生まれたんだ?」
レインが、疑問を口にした。
「…今回は特例だったのです…長兄は生まれつき身体が弱く…医師には20歳まで生きられないと宣告されていました。だから、先王は苦悩の末…私を生ませたのです。
後継者は常に2人でなくてはならない…そのうちのどちらか優秀な者が次期国王となる為に…」
「成る程な…体の弱く短命だと…
だとしたら、そのお前の兄ちゃんは…何か特別な力を持っていたんじゃないのか?
例えば…生まれつき『魔力』を持っていたとかな…?」
ハルトが、またしても目を見開く…
「何故それを…?」
「体が弱く…短命な者達は、その身の内に大いなる力を宿している事が多いんでな…
なんとなくだ…それにその兄ちゃんが、サクヤとライコウの父親なんだろう?
それなら…あいつ等に『特別な魔力』が宿っている事も理解できる…」
レインの見識は的確過ぎた…その並外れた思考や洞察力…
そして、何より『魔力』への忌避も無い…そんな人族などいない。
「もう驚きません…貴方は、やはり我々とは違う世界で生きておられる方の様ですね…
それに…どこかであの子達に会ったのでしょう?
あり得ない話ですが…貴方の話し振りはそれを肯定している…
ですが、あの子達に会える人間などいる筈がないのです…
何故なら、かつて人族が崇め奉っていた『聖域の主』へ預けて居るのですから…」
「…『虚無の王』か…
あのバカ、数千年ぶりに会いに行ってやったのに…厄介事を俺様に押し付けやがって…
可笑しいだろう?お前等から預かったのは、アイツだろ…
それを面倒臭ぇからて俺に預けやがって…ったく、あのバカ昔っから我儘なんだよ…」
レインを視る眼が更に丸くなるハルトだった。
(…『虚無の王』は、創世期の7王の一人…
位階序列1位の『太古の神々』と同等とされる神王達…その『虚無の王』に対して…
ま、まさか…この御方は…)
「申し訳ありません…これまでの無礼の数をお許しください。」
そう言って、ハルトがレインに対し跪いた。
「…礼を尽くす必要は無いぜ?俺はお前等の神でも無けりゃ王でもねぇからな。
それに…この国に来たのだって、ちょっとした好奇心からだしよ…
お前が、傅くような男じゃねぇってこった…どっちにしろ素性は明かせないんだが…
ただの不審人物って事でこれまで通り接してくれよ?」
何とも身勝手な言い方だが…ハルトは、立ち上がると了承したのだった。
「畏まりました…レイン様のなされるがままに…」
一礼しながらそう答える。
「悪いな…ハルト。
それで…話が逸れたが、なぜ『虚無の王』に預ける事になったのかその経緯を詳しく聞かせてくれないか?」
レインが、話の続きを催促すると…
ハルトは、遠くに見える聖域を静かに見つめながら、
「長兄は、隣国の姫と恋に落ち、早くにして結婚し…
程無くして、サクヤとライコウが生まれ…幸せな日々を過ごしていました。
しかし…あの日から少しずつ、あの子達の運命の歯車が狂い始めたのです…」
5年前…
先代の王が流行り病により、早くにしてこの世を去った…サクヤ6歳、ライコウ4歳の春の事である。
病弱な長兄は国王になる事を拒み、弟のガシンを国王として即位させたのである。
即位したガシンは、その才能をフルに発揮し数年で『賢王』と称えられるほどの功績を遺す事になる。
その頃、年々体力を失っていくゼノンの病状は思わしくなく…王宮から外へ出る事が無くなっていた。
それでも王宮内は笑いに溢れ、幸せに満ち満ちていた。
そして…ハルトは、兄王ガシンを陰から支える為に王国騎士団の団長となった。
最下位種族であるが為に他種族に資源豊かな領土を奪われ続けて来た、国力も財力も低く…王国は貧しかった。
しかし、即位式の式典が行われている王都エレノイアは、いま活気に溢れていた。
玉座に座った新国王に取り入ろうと辺境区の領主、近隣諸国の統治者や上流階級の貴族達が、我先に謁見しようと列を成していた。
しかし、
その中に一際異彩を放っている人物が混じっていた。
白髪で豊かな白髭を蓄え、縁無しの眼鏡を掛け、白衣のコートと黒い杖を手に持った男性が目を引いた。
一見、普通の領主の様だが、何処か異質な…
眼鏡の奥の瞳が、深い知性を感じさせる光を持っていた。
王国騎士団として、護衛にあたっていたハルトが、その男性に気付いた。
(…初めて見る顔だ。
何処かの新しい領主だろうか…其れにしても何と知的な雰囲気を持っている方なのだろうか…さぞや、名のある方なのかも知れないな。)
その眼鏡を掛けた白髭の男性の謁見の番になった様だ。
国王へ静かに挨拶をし、二言三言話を交わすとゆっくり一礼をし、立ち去って行った。
ガシンが、その後姿を目で少し追ったのをハルトは見逃さなかった…そんな行為を国王がしたのは、その男性だけだったのだ。
ハルトには、印象的に脳裏に残った。
後で分かった事だが、その男性が『東方聖櫃教団』の最高位教皇その人だったのだ。
ハルトは気付いていなかったのだが、
ガシン国王は、謁見中にロマネクス教皇から贈り物を受け取っていた。
そして、ガシンが国王に即位して半年後…あの事件が起こった。
…運命の歪みは…あの即位式の時から始まっていた…
小さい頃から慕っていたゼノン長兄の見舞いに、毎日王宮に赴いていたガシンだったが、国王としての職務に追われその頻度が徐々に減っていった。
ハルトも兄や姪達に会うために時間があれば、通うようにしていた。
そんなある日…
王宮の庭にあるテラスで長兄親子が、暖かな日差しを楽しんでいた。
走り回っているサクヤとライコウを温かい目で見つめる。
すると、サクヤがゼノンの方へ走り寄って来た。
「ねぇ、お父様…お外の世界ってどんなところなのですか?」
7歳になったばかりのサクヤが、父に質問していた。
ゼノンの隣に座っていたゼノンの妻…であり、サクヤ達の母であるトキネが、代わりに答える。
「サクヤは、お外の世界に興味があるのね?」
「えぇ、そうですわ…お母様。
この間、ハルト叔父様がお外の世界の御話をしてくださったの。
そこには、森や川や湖があって色んな生き物が一杯居るんですって!
それに…街に行けば、見た事も無い様ないろんな物があるって言ってたわ。」
サクヤが、キラキラした瞳で話していた。
「そうねぇ…貴女もライコウもお外へは、一度も言った事は無かったわね…」
トキネは、優しく笑っていたが…少し悲し気な瞳をしていた。
そのトキネの肩に優しく手を置き、ゼノンがサクヤに優しく話し掛けた。
「すまないな…サクヤ、お前達には不自由を掛ける…」
「お父様…?」
キョトンとするサクヤの頭に手を置き優しく髪を撫でるゼノンが、口を開く。
「不甲斐ない私の所為で…お前達を王宮の外へ連れ出してあげる事も出来ぬ父を許してくれ…」
父の哀しそうな瞳にサクヤがハッとなる…
大好きな父に哀しいかを押させてしまった…軽率な発言だったと思ったのだろう…
「も、申し訳ありません…お父様。
お父様を悲しませるつもりは…ワガママばかり言ってしまって…」
今にも泣きだしそうなサクヤの髪をくしゃくしゃに撫でながら、
「優しいサクヤ、気にしなくていいんだよ…お前の言葉で悲しんでいる訳ではないのだから…
父が悲しいのは…お前達を外の世界に連れて行ってあげられない理由があるからだ。」
「理由ですか…?」
サクヤの後ろにいつの間にかライコウも走ってきていた。
ゼノンが、ライコウの頭も一緒に撫でる…
「…お前達の…その身の内には『大いなる力』が宿っている…のは、前にお話ししてあげただろう?」
「はい…王家に伝わる伝承は…唯一神様の『予言』の御話ですよね…?
確か…
《人族の王家には、唯一神の『御力』を授かりし者がいつか生まれ…
その『大いなる力』にて世界を『無』へと導き…そして新たなる世界を『創世』する》
でしたわよね?」
「うむ、偉いぞぉ…よく覚えていたな、サクヤ。
…そう、その唯一神様の力の一端…『大いなる力』をお前達はその内に秘めている…
それが、何故お前達に宿ったのか…それを話さなくてならない時期に来たのかもしれないね…」
ゼノンが、胸を押さえながらテラスの方へゆっくり歩いて行く。
トキネが、傍らに付き添う様にゼノンの腕を支えていた。
ゆっくりと椅子に座り、息を吐く…そして、
「父さんは、生まれつき身体が弱かった…15歳までは生きられないって言われてたんだよ。
…でも、代わりに…神様から『不思議な力』を与えられていたんだ。
それが『次代を紡ぎし力』…無尽蔵に溢れ出す内なるエネルギーを他者へ譲渡する力だった…
何故、こんな力を持って生れて来たのか…」
ゼノンはトキネの手を握り、
「ある時『唯一神』様が、私の夢に現れ…そして、啓示を受けた…その時、全てを理解した…
私の『内なる力』は、我が子達…『次代の運命』を担う…お前達の為にあるのだという事を…」
「お父様…御話が難し過ぎて…」
サクヤが、困ったような顔をしている。
「そうだね…分かりやすく言うと…お前達の未来は、お前達が創っていかなくてはならない…
世界を変える『大いなる力』と共に歩んでいきなさい。」
ゼノンが、優しく微笑みながらサクヤとライコウへ諭すように話し掛けると、
その言葉を継いでトキネも優しく話し掛けた。
「そう…未来を創るのは、貴方達…子供の特権なのだから…
サクヤもライコウも外の世界に興味があるのでしょう?
それは、とても良い事よ…
今は無理かもしれないけれど…いつか、世界を見て回れる時が訪れます。
森羅万象を見て回るのです…そして、世界の理を学びなさい…」
微笑んでいるトキネの瞳は、少し悲し気だった。
「今にして思えば…兄の『不思議な力』は、あの子達へ受け継がれる為に授かったのかもしれない…
『次代を担う』子供達の進む道を示す為に…それが、唯一神様の意志なのかもしれません…」
そう呟き、遠い目をしながら、ハルトは過去を思い出していた。
(…『唯一神』の恩恵を受けていた王家に病弱な男児が生まれる事などある筈がない…んだがな…
まぁ、何にせよ…その不特定因子が原因で『始まりの力』を顕現させちまったってところだろうな…
偶然か…それとも…)
レインが、少し間を置き話し掛ける。
「…それから、どうなった?サクヤが6歳の頃だって事は…
お前の兄貴は、徐々に病状が悪化し始めた筈だ…
そして…ライコウが7歳になる頃、亡くなったんじゃないのか?」
「何故それを…?
いいえ…もう驚きません…貴方様には、お見通しの様ですから…」
ハルトは、微笑んでみせた。
「買い被りだな…俺様は、全能の創聖神じゃねぇんだ…全てが分かる訳じゃない…ただの洞察と推理だ…
サクヤとライコウが、7歳を迎える時…お前の兄貴の魂に宿ていた力が弱くなり、そして兄の生命力が尽きた…
その引き換えにサクヤ達の中に『大いなる力』が発現したんじゃねぇか?」
「えぇ…レイン様の仰る通りでした。
生気を失っていくように…兄は日に日に弱って行きました…そして…サクヤ達に力が現れ始めたんです。」
ガシン次兄が国王へ即位してまもなく、活気に溢れる王国に新たな神への信仰が布教し始め…
『知識の神』を崇め敬う者達が、『東方聖櫃教団』と言う新興宗教の組織を創り、国中に布教していった。
それが…半年も経たず、瞬く間に国教にまでなっていったのである。
その頃、王宮で幸せに暮らしていたサクヤ達にも暗い影が、忍び寄っていた事に…
まだ誰も気付いてはいなかった。
新国王が、即位して1年程経ったある日…
病床で寝ているゼノンに呼ばれ、ハルトが王宮を訪れた。
「兄上が、直々に私をお呼びになるとは…どうなされました?
それに…いつにもまして顔色がよろしいようですが…何か良い事でもありましたか?」
ドアをノックし、中に入って来たハルトが、病室のゼノンに優しく微笑みながら話し掛けていた。
ベッドの上で上半身を起こしながらゼノンが、ハルトに手を上げて見せた。
トキネが、ゼノンの体を支えていた。
「ハルト…すまないな、騎士団長は忙しいだろうに…急な呼び出しをしてしまって…」
「ゼノン兄様、気にする必要はありません。
私にとって…騎士団の仕事も大切ですが、兄上に謁見できる事の方がもっと大事なんです!」
胸を張ってそう答えるハルトに微笑みかけながら、
「騎士団の仕事をないがしろにするような発言は、胸を張って言う事ではないぞ?」
「あっ…まぁ、その…それはそうなのですが…」
「意地悪は、その位にしてあげないとハルトさんがお可哀そうですよ。」
トキネが、助け船を出してくれた。
「分かっている、騎士団の団長がどれほど忙しいのか私も知っている。
それ程多忙なのに態々会いに来てくれた優しい弟を少しからかってみたくなったのだ。」
嬉しそうに優しい弟に微笑んで見せた。
「兄上…お人が悪い、私をからかったのですね。」
そう言いながら、ハルトは心から慕う兄にしかめっ面をして見せた。
「そうしかめっ面をするな、お前が来てくれて嬉しいのだよ。」
「それよりも…どうなされたのです?
いつもは面会の日程をあらかじめ決めておられたのに…急に私をお呼びになるとは…?」
ハルトが、以前よりも痩せ細った兄に質問してみた。
ゼノンは、少しだけ窓の外を見詰めハルトの方へ顔を向けると話し始めた。
「ハルト…勇敢で優しい我が弟に聞いてもらいたい頼みがあってな…
忙しいお前には悪いが、私の我儘で此処へ来てもらったのだ。」
「兄上が…私に頼み事とは珍しいですね…?
…ですが、改まって仰らなくても兄上の頼み事ならいつでもお聞きいたします。」
ハルトの言葉に少し間をおいて…
「そうだな…お前ならそう言ってくれると思っていた…ありがとう…ハルト。
だが…此れから話す事を最後まで聞いた後で決断して欲しい…
そして、どちらを決断しても…話は他言無用にしてくれないか?」
「…分かりました。」
兄のいつになく神妙な顔つきにハルトも少し緊張した面持ちになる。
「…俺の命の灯は、後数日で消える。」
「あ…兄上…?何を…」
「最後まで聞いてくれ…
15歳まで生きられない筈だった俺が、30歳迄生きて来られたのは、俺の中に唯一神様から授かった『魔力』が存在していたからだ。
だが、その力は俺の為に授かった訳では無く…次世代を紡ぐ者達へ受け継がせる力…
そう…サクヤとライコウに紡がれるべき力だった。
そう思うようになったのは…
俺の力が徐々に弱まるに従い、サクヤとライコウに『魔力』が顕著に表れ始めた事…
まるで俺の『内なる力』を吸収して成長していくかのように…そして、それは確信に変わった。」
ゼノンが、息を整える。
「そ…それは…いや、しかし…そんな事が在り得るのですか?
兄上の力が、子供達へ…」
ハルトが、呟いていた。
「信じられない話だが…事実だ。
しかし…問題は、そこじゃない…『魔力』を持たない種族である我等人族にも、
極稀にだが、何らかの『魔力』を持って生まれてくる者も居た。
彼等は、英雄や賢者として歴史に刻まれる程偉大な功績を残し…尊敬され、敬われてきた。
…だが、俺の中に在った力は…彼等の者とはまるで違う…別物だった。
今、サクヤとライコウの内にある力を世に出せば…秩序が崩壊し…混沌へと向かう未来が訪れるだろう…
それは絶対避けなければならない…この事は、王家の秘匿とし、すべてを隠し通さなくてはならない。」
「兄上…その力とは、一体…」
「…この力は、ただの『魔力』では無かった…
この世界を創世した唯一神様の『御力』の一部…『世界を滅する力』と『創世する力』だ。」
それは、衝撃の事実だった。
ハルトは、血相を変え、兄へ問い質した。
「な…まさか…そんな…
それは…創世の時代より全ての種族に語り継がれてきた『流転伝承記』の中に描かれている『力』ではありませんか?!
何故…兄上にそんな力が…それをサクヤやライコウが持っていると言うのですか?
もし、それが…真実なら…あの子達は間違いなく…迫害される。」
ゼノンが、ハルトの眼を見ながら
「…既にその事に感づいている者が…この城に居る。
そして…サクヤ達を危険分子として排除しようと目論んでいるという事も…」
「な…一体だれが…」
「…『東方聖櫃教団』教皇パルーナ…そして…国王陛下だ。」
ハルトは自分の耳を疑った…ゼノン長兄の口から国王陛下の名が出たのだ。
「ま…まさか…ガシン兄…国王陛下が…?そんな筈はありません!
あのガシン…国王陛下が…兄上をあれ程慕っておられる次兄が…そんな謀など…する筈が…」
ハルトが、必死に否定しようとするが…ゼノンは、哀しい瞳でハルトへ語る。
「ああ…俺も信じ難いのは同じだ…だが、即位して1年の間にアイツは…どこか様子が変わってしまった。
何が変わったかと聞かれれば、説明はしにくいんだが…何かが違う…時折見せる表情や仕草が…まるで別人のような…
違和感を感じたのは、何時からだったか…あの『東方聖櫃教団』を国教とした頃か…
いや、即位式のあの日…あのパルーナと言う男が、ガシンに謁見した日からだったのかもしれん…」
「…では…『東方聖櫃教団』が、国王陛下を…?」
首を横に振るゼノン…
「それは…分からない。俺の話も憶測に過ぎない…確信があるわけではないんだよ…
だが…何らかの繋がりがあるのは間違いない。
…私が生きているうちは、彼等も表立って手は出せない様だが、もう時間が残されていない…」
「兄上…それはどういう意味ですか?」
「俺の命は…後数日で消えてしまう。」
「まさか…そんな冗談は…」
「…冗談ではない…あと数日で、俺の中に在る『内なる力』は全て消え去るだろう…
そして俺の命も…消えてしまう…まぁ、この世を去る事に恐れはない…
俺は、幸せだったよ…愛する妻や二人の子供達を持つ事が出来た…
それに大好きな弟達と共に同じ時代を生きる事も出来た。
短い人生だったが、今日まで幸せな日々を過ごす事が出来た…俺の人生に悔いはない…。」
「兄上…」
「悔いはない…んだが、このままでは…安心して逝く事が出来ん…
私の目の黒いうちは、あの『監視者』共は行動を潜めている様だが、俺がこの世を去った後…
奴等は間違いなく俺の愛する妻と子供達を迫害する…危険に晒されるのも時間の問題だろう…
だが、何としてもそれは阻止したい…」
「…では、兄上の頼み事とは…姉上と甥っ子達を…」
「あぁ…子供達を守って欲しい…この城に信頼できる者は、お前しか居ないんだ、ハルト。
あの『監視者』達の気配は感じるのだが、姿を現す事が無い…どのくらいの人数で誰なのかも解らない…
そんな正体も解らぬ相手に妻や子供達を護るのは、この国最強の近衛騎士団団長と言えど、かなり難しいだろう…そこでだ…
奴等の手の届かぬ場所…この国で最も安全な場所…聖域の守護者様の処へ送り届けてはくれないだろうか?
それが、俺の頼みだ…自分勝手な頼み事である事は重々承知している…
…強制する気は無いんだ…お前の意志で決めて欲しい…嫌なら…気兼ね無く断ってくれ…」
「聖域の守護者様の元へ送り届ける…?
それは…余りに無謀なのではありませんか?あの御方は『創世の王』の一人…下賤な人族如きに…」
ハルトのもっともな問いにゼノンが即答した。
「その心配は要らないんだ、ハルト。
昨晩、啓示を受けた…これは、唯一神様によって、前もって決められていた運命の様だ…
サクヤとライコウは『聖域の守護者』様の元へ行かなくてならない。」
「…定められた運命…ですか。
…なら、私がサクヤ達を連れて行くのも運命なのでしょうね…」
ハルトは己自身へ向けて呟く。
「ハルト…あぁ、そうだな…その選択も…お前の運命なのかもしれないな…
ありがとう…心からお前には感謝する。これで俺は心置きなく逝けるよ…」
病床のベッドの上で優しく…そして、満ち足りた微笑を浮かべるゼノン。
高い塔の上で優しい風に髪を靡かせながらハルトは話し終えた。
「その数日後に兄は亡くなりました…
そして、兄の言葉通り…サクヤ達を拘束する命が下り、私は、サクヤとライコウを連れて『聖域の守護者』様の元へ向かったのですが、道中…追手を欺く為に姉は自らの命を賭して囮になり…命を落とした…皆を守ると約束したのに…
私は、兄の頼みを聞き届けてやれなかった…」
苦悩の表情で話をするハルトに、
「そいつは、お前が…気にする事じゃ無ぇんじゃねぇか?
お前ならサクヤ達をナーガの元へ送り届けてくれると信頼して、お前に託したんだろ…?だから、命を賭して囮になった…彼女は、望んでそうした筈だぜ。
…それに、命を賭したって言っても現世での『肉体』が無くなっただけで『精神体』は次世へと流転してるんだ…
そんだけ家族を愛してたんなら…きっと向こうの世界でもまた旦那に出会ってイチャイチャしてんじゃねぇか。」
「…現世での思いが強ければ、次世でも巡り合える…『生々流転』ですか…万物は限りなく生まれ変わるなんてただの迷信です…
今世で生を終えれば、肉体は土に還り命は消えてなくなる…来世などありはしない…」
「…まぁ、種としての寿命が短いお前達人族には…絵空事に聞こえるかもしれないがな…
次の世へ生まれ変わるってのは…事実だぜ?
肉体を離れた高次元生命エネルギー…いわゆる魂って奴は、全て輪廻の輪へと導かれる…現世の柵から解放し…そこで魂が洗練される…そして、次世へと転生する。
あの辛気臭ぇ場所には、輪廻の管理者が居るんだが…融通が利かねぇ頑固爺だが、道理はしっかり弁えてやがるって言うか…俺…あの爺さん苦手なんだよな…」
ちょっと嫌そうな顔をするレインを見ながら、
「し、信じられません…本当に来世へと生まれ変われるんですか…?
レイン様が…言われるなら、それが事実なのでしょうが…」
ハルトは、半信半疑の様な顔をしていた。
来世への転生など夢物語でしか聞いた事が無かったのだから仕方がない。
「…まぁ…偶に輪廻の輪から外れてる奴も居るんだが…」
鼻の頭を掻きながらレインは話題を変えた。
「それより、お前がサクヤとライコウをナーガの元へ送り届けやがった張本人だったのか?…ったく、余計なことしやがって…
大体、何で俺様が、こんな面倒ごとに巻き込まれてんだよ?」
(まてよ…そういや、フェイトの奴が…俺の運命がどうのって言ってやがったな…
こうなる事は予めあの野郎に決められてたって事か…)
「も、申し訳ありません。
てっきり、今でも『聖域の守護者』様の処へいるものと…
まさか、サクヤとライコウが…レイン様の処でお世話になっているなど…思いも寄らず…
それに、あの時…『聖域の守護者』様が…
《王家の血を引く者よ、心配は要らぬ後の事は儂が全て面倒を見ようではないか…
その代わり…年に一度お前達が捧げておる我への供物を倍にするという事で手を打ってやる!》
と、快く引き受けてくださったと思っていたのですが…」
(あの野郎…『守護者』としての約定は蔑ろにして、見返り目当てに安請け合いしやがったのか?!
今度会ったら、二度と地の底から這い上がれねぇように、ぶっ飛ばしてやる!!)
レインは、手で頭を抱えながら、地団太を踏んでいた。
「…なんとなく…『流れ』が見えた気がする。
まぁ…とりあえず、抗うのも疲れるし…暫くこのまま身を任せる事にするわ…
面倒臭くなってきたら放り出して逃げっちまうかも知んねぇけどな…」
「…それは、どういう…」
レインの言葉の意味が理解できなかったようだ。
レインは、陽が落ちかかっている紫とオレンジ色の空を見上げて不敵な笑みを浮かべていた。