第10話 暴走と寝物語
壇上が、半分ほど吹き飛んでいた。
ユリウス隊長の乗った『魔鋼機士』が、腰の大剣を抜き放ち突然斬り付けたのだ。
一振りで石造りの国賓席を半分以上吹き飛ばす程の威力だった。
「ユリウス…」
ゆっくりと立ち上がる国王陛下にザスト大司教が、
「国王陛下、此処は一旦御下がり下さい!
此処は危険ですぞ、『魔鋼機士』が暴走しておる…此のままでは…」
大司教とお供の者が、国王陛下の方へ駆け寄って行った。
幸いにして、国王陛下と側近は難を逃れていたが、一部の貴族と近衛騎士団が巻き込まれていた。
国賓席の壇上は大惨事となっている。
「何をしておる!国王陛下を早くお連れせぬか!!」
ハルトが、側近の近衛兵達に檄を飛ばす。
ハッとした側近達が、国王を誘い庇いつつ退席して行く。
「何事ですか?!ユリウス殿!」
エリュシナが、壇上でユリウスの機体へ叫んでいた。
しかし、答える代わりにユリウスの機体が、小刻みに震えるような動きをしている…
「騎士団の者は、招待客の方々を連れて退避だ!」
ハルトの指示が会場中に響き渡る。
その横では、マルス聖機士長が残りの『魔鋼機士』に指示を飛ばした。
「ゼナン副隊長とカシム機はユリウス隊長機を取り押さえなさい!
他の者は援護体勢で待機!」
「了解!」
小刻みに震えるユリウス機を2機の魔鋼機士が両脇から抱えるように押さえ、
動きを抑制しようとした瞬間、
ユリウス機が、弾ける様に2機の魔鋼機士を吹き飛ばした。
「うわあぁっ!」
「なんだぁ?!」
カシム機は何とか持ちこたえると体勢を立て直しユリウス機に突進していく。
ゼナン機は、地面に叩きつけられ駆動系が停止してしまった。
「ユリウス隊長!どうしたんですか?!応答して下さい!」
暴れるユリウス機を抑えつつカシムが、叫んでいた。
しかし、ユリウス機からの返答は無く、代わりに大剣がカシム機に向け振り回された。
辛うじて盾で受けつつ跳ね飛ばされるカシム。
他の2機も大剣で吹き飛ばされ、動かなくなった。
「た、隊長…」
ユリウス機が、壇上のエリュシナの方へ向きを変え突進して行く。
大剣を振りかぶり、凄まじいスピードで振り下ろした。
エリュシナは、声も出ずその場に立ち尽くしている…
誰の眼にもエリュシナが、引き潰される光景が容易に予想出来た。
しかし、その予想は叶わなかった…
あの膨大な質量を持った巨大な大剣を片手で受け止め…
尚且つ平然と微笑を浮かべる青年がエリュシナの前に立っていたのだ。
「よぉ、何やってんだよ?逃げ遅れたのか、エリュシナ?」
「レ、レイン…?」
目の前にある大剣を見ながらエリュシナは、その場に崩れるように尻餅をついた。
魔鋼機士が足掻くように大剣を動かそうとして駆動音が響き渡っている。
しかし、レインの掴んでいる大剣はピクリとも動かなかった。
「あの人…何だば…?!魔鋼機士の力は、巨人種や竜種にも匹敵する程なんだで?!
そ、それを…片手で…バ、バケモンじゃねえだか…
あんじゃあ、ザッハードさんやグリムさん以上の怪物んじゃなかな…」
魔鋼機士の操縦席でカシムが驚愕していた。
「どうなってるの…あの男があの大剣を止めた…?!」
(…そんな筈は無いわね、幾らなんでもアレを生身で止められる人間はいないわ…偶々かしら…?)
一瞬動きが止まったマルス聖機士長が、気を取り直し矢継ぎ早に指示を出す。
「カシム!何をやっているのです?ユリウス機の動きが、止まっています!!
…理由は判りませんが、今の内に早く捕縛しなさい。
ケリー機は、エリュシナ様を保護、ダイナム機は、カシムの援護に回りなさい!」
「了解です!」
「おい、女…邪魔すんじゃねぇ…
こいつは、俺様の愉しみなんだ…横から手を出すんじゃねぇよ。」
レインが、マルス聖機士長に冷たい視線を向ける。
「なっ…何を言って…?!」
そう言って、レインは大剣を掴んだ腕を軽く振り回すと
ユリウスの機体が軽々と持ち上がり、走り込んできたカシムとダイナムの機体の方へ投げ飛ばした。
「?!」
(う…そぉ…?!な、何なのよ?!
あの男…魔鋼機士が何tあると思ってるの?!それを軽々と投げ飛ばすとか得ないでしょ?!)
吹き飛んできた魔鋼機士にダイナム期は吹き飛ばされ、カシム機がかろうじて受け止めたが、その衝撃に耐えきれず倒れ込んだ。
ユリウス機が、小刻みに震え続けながら放出する『魔力』が増大していく…
そのユリウスの機体の上にいつの間にか立っているレインが、機体に手を触れる。
(…凄ぇ魔力量だ…こいつは『魔錬石』の暴走が原因だろうな…操縦者の魔力を無限増に放出させてやがるな…急激にこれ程の『魔力』を放出しちまったら…中の奴は…
それに、さっきの妙な魔力…やっぱアイツの仕業の様だな…)
その時、ユリウス機が跳ね起きた。
レインが弾け飛ばされるが、少し離れた場所へ音も無く優雅に着地していた。
暴走したユリウス機が、レインを標的に選んだようだ…排除すべき敵と認識したのだろう。
取り押さえようとした魔鋼機士達を跳ね除け、凄まじいスピードでレインとの距離を詰めて来た…
その突進力に加え、その長大な大剣の重量と速力…振りかぶった大剣の威力を考えるとマルス聖機士長は青褪める他無かった。
しかし、レインの反応は全く違っていた。
不敵な笑みを浮かべていたが、深紅に光る眼には『憤怒』が宿っていた…
(…下級位階の種族にまで干渉しやがって…何を考えてやがる?あのクソ野郎…)
それは、一瞬だった…
貴族達の避難を終え、ハルトが戻って来た時それは起こった。
その場に居た全てが、凍り付いたかのような静寂…
身動きする者は、一切なく目の前で起こった事が理解できなかったのだ。
人は余りにも現実離れした物事を見た時、動きが止まり…息をする事すら無意識に忘れてしまうのだ。
その時何が起こったのか…その場に居合わせた者達は、後に語っている。
人外の者…あれは、まるで伝説に聞く『悪魔の王』の如き強さを持った者だったと…
そこには、無残に破壊されたユリウス機が在った…
大地にめり込んだ機体…その肢体は、千切れ飛び…胸部の操縦席の装甲が剥ぎ取られていた。
魔鋼機士だったモノの側には、燃える様な紅い瞳…左手には、魔鋼機士から捥ぎ取った腕を持った闇よりも深い黒色の男が立っていた。
「レ…レイン殿…」
その惨状を見ていたハルトが、青褪めた顔でレインの名を呟いていた。
その呟きが、マルス聖機士長にも聞こえた様だ。
「ハルト様…あの者をご存じなのですか?何者なのです…あれは…あの力は異常過ぎます…
あれが同じ人間だとは…とても信じられない…?」
「…あの姿はまるで…伝承の…いや、もしかしたら…レイン殿は…」
在る伝承を思い出したハルトは、目を大きく見開き…独り言を呟いていた。
「ハルト様…?」
捥ぎ取った腕を投げ捨て、レインがゆっくりと魔鋼機士の操縦席へ歩いて行った。
中には、ミイラの様に干からびてしまったユリウス隊長の成れの果てが座っていた…
歩みを進めようとした瞬間、チリの様にユリウスの肉体は朽ち果ててしまった。
「…成る程、彼奴らしいやり方だ…己が為に『命』を弄ぶ…
何千年経っても変わらねぇな、あのクソ野郎は…ムカつき過ぎて吐き気がする…」
レインの黒髪が逆立ち、全身から湧き上がる気配が膨れ上が程く…周りが闇に包まれていくような錯覚…
燃え上がる様な紅い瞳…
触れてはならない…この世ならざる者の近寄り難い雰囲気を醸し出していた。
ハルトは、生唾を呑み込みながら竦む足を一歩前に踏み出し、
「レイン殿…」
声を掛けてみた…その声に反応したのか、先程までの異様な気配は消え…レインが、振り向いた。
その瞳は、普通に戻っていた…
「よぉ、ハルト…ちっと聞きてぇんだが…」
レインが唐突に質問したが、
「ちょっと待って、聞きたい事があるのは、此方もよ!」
マルス聖機士長が、レインの間に割って入った。
「おい、姉ちゃん…先に聞いてんのはこっちだろ?また邪魔しようってのか…ったく、何なんだよお前…
なぁ、ハルトぉ、この姉ちゃん誰だよ…お前の付き人か何かか?」
(ハルト王弟陛下にタメ口…ていうか上から目線じゃない?!)
「あ、あぁ、すまない。紹介が遅れた様だね…
彼女は、王国最強と言われる聖機士団のマルス=クレハノール団長様だ。
代々王家に仕える旧家クレハノール家の当主でね、かなり有能な女性なんだが…」
ハルトが簡潔にマルスの紹介をする。
「へぇ、こんな細ぇ腕してんのに…聖機士団の団長が務まんのか…ん?」
「ば、馬鹿にしているのしら?機士団の団長が女の私には務まらないとでも…?
良い機会です…貴女の事も少し興味がありますからね…試してみますか…?」
マルスが、腰の剣に手を掛ける…
鋭い刃先の様な『剣気』を漂わせている。
「ほぉ…心地良い『闘気』だな…
立合ってやっても良いが…今はそんな事をしている時間はねぇんだわ。
そんな事より聖機士団って言ったな?…って事は、東方何とかって言う教団と関りが在んのか?」
「…聖機士団は、国王陛下の騎士団でもあるけど…東方聖櫃教団直属の騎士団として編成されたのよ。
それが、どうかしたのかしら?」
「じゃあ、ちょうど良い。俺様をそこへ連れて行ってくんねぇか?」
レインが、機体から離れ彼等の側に歩いて来る。
「レイン殿、教団に何か用でも有るのかな?」
ハルトが、マルスの代わりに質問した。
「まぁな…
お前達、あの魔鋼機士に何が起きていたか分かるか?」
マルスが答える。
「…分からないわね。あの魔鋼機士は教団で研究を重ね完成させたのよ…『魔練石』の製法は国王陛下から賜った技術だし…
其れに、何度も繰り返し試乗テストを重ねてきたわ…
あの様に暴走するなど一度も無かったのに…あんな事になるなんて…」
「…あれは、偶発的に起こった事故じゃ無かったって事だ。
故意に仕掛けられた『暴走』って奴だ…」
「まさか…」
マルスとハルトが目を剥く、
それを尻目にレインが、説明を始めた。
「あの機体の『魔練石』には、予め細工が施されていた…
あの場で感じた違和感…アレは『意思』を込めた微量な魔力を機体へ向けて放った波動…其れが『魔練石』に響鳴し、暴走を発動させたってところだろう…
多分、その瞬間…中に居た操縦者は、命の源である『魔力』を全て吸い取られ絶命した筈だ…」
「そんな…其れでは、ユリウス殿は最初から…
しかし、其れでは…魔鋼騎士が操縦者無しで勝手に行動していた事に…」
「さっきも言ったが、『意思』を込めた『魔力』が起因している…高度な術式が必要だが…その『魔力』に単純な思考性を持たせる事も可能なんだぜ。
大方、身近な者を攻撃する様に仕込まれてたんじゃねぇか?
暴走直後、一番近くに居たエリュシナを標的にしていたが、俺様が割って入ったら簡単に俺の方へターゲットを切り替えやがったからな…」
「…しかし、一体誰がそんな事を?
『魔錬石』の技術も『魔鋼機士』の性能技術も全て極秘裏に行われていた筈…
5種族に漏洩していたとはとても思えない…」
「視野が狭いな?…別に5種族だけが、お前等の敵じゃねぇって事だ…ったく面倒臭ぇ事になったもんだ。」
頭を掻きながらレインが、露骨に嫌そうな顔をしていた。
「…何か知っているの?その口振りだと…貴方、何かに気付いている様ね?
それより…貴方は、一体何者なのかしら?
『魔鋼機士』を生身で倒すなんて…普通ではあり得ないわ…それに貴方の紅い瞳…」
マルスが、疑問を口にしていた。
目の前の人物は、どこから見ても余りにも異常なのだ…
「レイン殿を見ていると…幼き頃、寝所で母に聞かされた寝物語の中に貴方によく似た…
とても恐ろしい種族の王が出て来たのを思い出しました。」
「…」
「その御話なら私も幼き頃よく聞いていたので覚えています。
確か、その御話は…」
《王国が建国されるより遥か昔、人が『魔力』を持っていた時代があったのです。
その時代では、昏き種族と人は仲良く暮らしていました。
その昏き種族は、人とよく似ていました。
一つ大きく違っていたのは…彼等は、神をも超える絶大な『魔力』を持っていたのです。
その種族の王は闇よりも尚昏く…黒く美しい翼を持ち…
全ての種族に…いいえ、全ての命ある者に対し優しく…大きな『慈愛』を与えていました。
…ですが、優しく微笑む王様の瞳は、紅く…いつも悲しげでした。
そして…ある日、突然それは起こりました。
彼等の大いなる『魔力』を妬んだ者が、人々を先導し…昏き種族を弾劾したのです。
沢山の昏き種族は殺されてしまいました…
しかし、昏き種族の王は、どんなに迫害されようと人に恨みを持たなかった。
それどころか、種族を率いて南の樹海のさらに奥に在る霊剣山へと移住し、遠くから人を見守る様になったのです。
何処までも『慈愛』に満ちたその王は、人に災いが迫っている事に気付いていたのです。
他種族や他の生き物を踏み躙り…栄華を極めた人の傲慢さと強欲さに『太古の神々』の裁きが下り、天より巨大な火球が降り注ぎました…人と言う種族は、此のパンゲア大陸から消滅する…筈だったのです。
その時、虐げられ…蔑まれてきた昏き種族の王が人々の前に現れたのです。
彼は言いました…
「人族の友よ…この世界に生きとし生ける者達よ…其方達も大切な『生命』であることに変わりはない。
例え道を踏み外したとしても…それを無為に奪う事など許される事ではない…
種族の存亡が掛かっているこの窮地を打破する為に…共に戦い…困難に立ち向かは無ければならない。」
しかし、猜疑心に満ち溢れ、切迫した危機に瀕し混乱していた人は彼の言う事に耳を貸さず、
剰え石を投げる行為をしたのです。
それでも昏き種族の王は、人を見捨てませんでした。
哀し気な紅き瞳で人を見回し、一人迫りくる巨大な火球へ向かいました。
そして…見事火球を破壊し『太古の神々』を退けたのです。
人は歓喜しました。
救済してくれた昏き種族の王に感謝する事も無く…
彼等は余りにも傲慢で身勝手でした…昏き種族の王にした仕打ちも忘れ、更に迫害したのです。
そして、軍隊を集め、退いた『太古の神々』へ復讐しようとしたのです。
神をも恐れぬ冒涜…
昏き種族の王は、人の前に立ち塞がりました。
紅い瞳に哀しみを浮かべ…
「…無為に『生命』を奪う事は許されない…」
そう言って、燃える様な紅き瞳と闇よりも昏き力を纏い…
人の軍隊を全て虐殺してしまいました…その姿は正に悪鬼の如く凶暴にして残虐…
全身を鮮血に染め、血の涙を流しながら…
そして全てが終わった時、血に染まった荒野で暁の光に照らされた昏き種族の王が、一人立ち尽くしていると彼の前に人族への『神罰』を与える為に唯一神が現れました。
昏き種族の王は、唯一神に人族の救済を頼み出ました…すると、唯一神は、それを聞き入れる為の条件を出したのです。その条件は2つ…
一つは、唯一神に代わり昏き種族の王が、人族へ『契約』する事。
もう一つは、昏き種族を位階序列から外す事。
昏き種族の王は、唯一神の条件を承諾し人族に『契約』を与えました。
そして、位階序列から外れた彼等はパンゲア大陸の北部に広がる山脈の更に北へと姿を消して行ったのです。
…後に軍隊を全滅させた姿が目に焼き付いていた者達は、
昏き種族の王を、残虐な『悪魔』として『闇の魔神王』と呼ぶ様に成り、昏き種族は『魔族』と呼ばれるようになったのです。》
マルス聖機士長が、掻い摘んで寝物語を話してくれた。
「私も寝る時によくこの御話を聞かされました。
それに人族の子供達は、悪戯をすると魔神王がやって来るぞと叱られるんです。」
ハルトが、付け加える。
「…」
「貴方のその紅い瞳とその纏っている気配が似てるのよねぇ…
まぁ、『魔神王』なんて御伽噺なんでしょうけど、貴方の素性には興味があるわ…
巨人種以上の膂力に竜種よりも固い装甲を有している『魔鋼機士』を素手で倒すなんて…どう考えても人の力じゃないでしょう…レイン殿?」
マルスが、疑わしい者を視る様な目でレインを見回している。
「…な、何だよ?お、俺様はれっきとした…」
かなり慌てふためいている挙動不審なレインを見て。
吹き出しそうになるマルスは、何とか堪えつつ、
「れっきとした?…何?」
ハルトも黙って成り行きを見ている。
此の気不味い雰囲気に耐えられなくなったレインが、大きく溜息を吐き、
「だぁ~~分かったよ…話ゃあ良いんだろ?…ったく後でアイツ等にどやされんだろうなぁ…」
頭をガシガシ掻きながらブツブツ呟いている。
(アイツ等…?ひょっとして…)
「ああ…、お前の言う通り、俺様は人間じゃねぇぜ?
さっきの御伽噺に出て来た『悪魔」って奴だ。」
レインが、面倒臭くなってぶっちゃけてしまった。
「レイン殿に初めて会った時…高貴な者に相対したような…不思議な雰囲気を感じました。
まるで別次元の存在の様な…ですが、その回答は流石に信じ難いですね…
『悪魔』と云うのは、伝承や御伽噺でしか知る事の出来ない種族…
それに御伽噺に出てくる『悪魔』は絶大な魔力を有しているんです。その『魔力』が、レイン殿には全く感じられない…と言うより有りませんよね?」
「そうよねぇ、私も『悪魔』なんて居ないと思ってるわ。
確かに貴方の力は異常だけど…『魔力』が無いんじゃねぇ…」
ハルトもマルスもレインが『悪魔』だという告白を信じていない様だ。
(…『魔力』が無いから『悪魔』じゃない…か。)
「な、何だよぉ…お前等が、話せって言うから答えてやったんだろ…ったくなんだよ信じないって…
それによぉ…俺様に今『魔力』が無ぇってのは…」
レインが、左手のガントレット…を突き出して見せた。
「この…『封神魔霊の腕輪』の所為なんだぜぇ。
こいつの所為で俺様の膨大な『魔力』は完全に無力化してんだよ。」
「膨大な魔力ねぇ…そう言えば、我々にも内に魔力を秘めてるってエリュシナ様が言ってたわね…
内なる力を信じ、修練に励み極める…私達の『武技』や『錬技』なんかも『魔力』なのかも知れないわねぇ…
まぁ貴方ほどの腕があれば、自分が『悪魔』だと自惚れるのも仕方が無いわよね。」
「確かに…『悪魔』の様に強いという意味では、否定出来ないですね…
それと…その腕輪が『封神魔霊の腕輪』と言うのも信じられない。
古の文献によれば…その腕輪は、天界の名工が創りし神々の秘宝…位階序列1位の種族のみが、その所有を認められる…そんな代物を貴方が持っているとは、とても思えない…」
すっごい疑いの視線をレインに向ける、ハルト。
「え…いや、ちょっと待て…コイツは本物の…」
「あらら…どこで買ったか知らないけど…
どうせ、よく似せただけのレプリカかなんかを掴まされたんじゃないの?
最近そう言うバッタ物が出回ってるって噂だし…」
(…何だこれ?こいつ等…『悪魔』なんて最初っから信じちゃいな…
いや違うな…それも『契約』の一部だったな…人族にもある筈の『魔力』の存在も俺達『魔族』の事も認知できない…だから御伽噺や伝承でしか知り得ないと…)
「…レイン殿を5種族の密偵かとも考えたのですが…
これ程あからさまに下手な言い訳をする者もいないでしょうし…
その強さの秘密は、また違う理由なのでしょう…我々には話せない類の秘技みたいなものなのでしょうね。」
(何か勝手に完結させてるが…全く違ってるぞ…)
「そうよね…それなら納得がいくわ。
先日の傭兵志願者の中にも貴方みたいな…異常に強いんだけどあからさまに…?」
マルスが張るとの意見に賛同している途中何かを思い出し、レインをまじまじと見つめだした。
「な、何だよ?なんでそんなに俺様をみるんだ…なんか付いてんのか?」
「貴方…もしかして『御方様』…?』
「なんだそれ?」
「貴方、もしかして…ザッハードとグリムって人に心当たりはないかしら?」
目の前の聖機士長からその名前が出るとは思っていなかったのでレインは仰天していた。
「なっ?!なんで、お前があいつらを知ってるんだ?!」
「やっぱり…御方様って言うくらいだからあの人達の師匠かなんかなんでしょうね?
だったらその強さも理解できるわ…あの二人の強さも人の領域を超えてたし…」
(ちょっ…何が、ど…どうなってんだ?あいつ等…傭兵になったのか?!
何やってんだアイツ等…)
混乱しているレインを他所に、
「レイン殿の素性はひとまず置いておくとして…
今回の事件について何か心当たりがある様に見受けられましたが…まさか、教団が絡んでいると…」
ハルトが話題を元に戻した。
「あ…あぁ、そうだった。こんなことをしてる場合じゃなかったな…急いで教団とやらへ出向かなければならん…」
「…やはり、この事件の裏に教団が絡んでいる…と?」
「そんな筈はありません!
教団は『魔鋼機士』の研究開発に尽力してくれた上に無償で技術ノウハウを提供してくれたのですよ?
それなのに『暴走』させて教団を貶める様な事件を引き起こすメリットがありません。」
「…別に教団がどうのと言ってる訳じゃねぇ…簡単な話さ。
あの時、壇上から『意思を持った魔力』が放たれたんだぜ?…って事は、あの場に居た誰かが容疑者って事になる…」
「ふむ…となると、命の危険に晒されたエリュシナ宰相と国王陛下は除外される…
疑わしいのは、あの場に居た近衛兵かザスト大司教や他の教団の者達…後は、上流貴族の方々と言う訳ですか。」
「…あぁ、それを確かめに行く。そして、裏で動いている奴を炙り出す!」
「…裏で動いている…?」
「…今何が起きているのか…いずれ分かる。
ほら、行くぞお前等!もたもたしてんじゃねぇぞ!」
そう言って、さっさと歩いて行ってしまうレインの後を追いかけるマルスとハルトだった。
「…ったく、面倒臭ぇ事になっちまったぜ。」
頭を掻きながら歩いて行くレインは、深紅の瞳を光らせていた。