第1話 創世流転の始まり
虚無から生まれた…広大なる深淵の世界…無数の煌く星々が…闇黒の空に浮かんでいる…その中で一際輝く蒼き星…
この美しき地球が、宇宙に誕生してから46億年の時が流れ、
地表の7割が蒼き海に覆われており、7つの大陸が点在している。
この地球の生態系の頂点に君臨する『人』と言う種族が、『種』としての栄華を誇りっていたのだが…今や衰退し滅びへの道を歩み始めていた。
しかし、46億年の星の歴史に比べれば、人の歴史などほんの一瞬の出来事である…
そして、我々の知らない様々な文明の栄華と衰退の歴史が、この星には刻まれて来たのだ…
過去だけでなく、此れから進む未来の歴史もこの星は刻んでいくのある。
この蒼き星に刻まれて行く歴史の変遷…その移り行く『流転禄』について語ろう。
物語は…遥か昔…まだ星々が生まれて間もなかった頃から始まる…
その時代…この星には、大海原と広大な大陸が1つだけ存在していた。
流転し続ける終焉と創世の物語は、その超大陸『パンゲア』で起こった種族同士の戦争から動き始める…
昏く冷たい黒雲が、超大陸全土を覆い尽くしていた。
凍てつく風が吹き荒れ、大地を焦がす稲妻が、数限りなく降り注ぎその猛威を奮っていた。
神聖暦3048年、様々な種族が生きる超大陸の一角で起こった小さな争いが…かつてない未曽有の戦乱を巻き起こす事になる。
その小さな争いとは…
人類VS5種族
何の前触れも無く、人族が獣人族、有翼族、有尾族、妖霊族、亜人族の下位位階5種族に対し、一方的に戦争を仕掛けた…とは言え、『人族』は高々位階序列最下位の『非力な種族』である。
どの種族も人族が勝手に起こした戦争など相手にもしていなかった。
だが、開戦より数ヶ月経った現在も戦争が沈静化するどころか…激化の一途を辿っていた。
これまでも人族と異種族間の争いは何度か起こったが、人族軍はいつも一蹴され敗退して来た…
しかし、今回の人族軍は違っていた…
彼等が使う見慣れない兵器…それを生み出す人族の『科学力』という得体の知れない力…
勇猛果敢で知られる獣人族や有尾族5種族の屈強な戦士達が、為す術無く敗退し続けたのだ。
5種族は連合を組み応戦したが…人族の『新たなる力』に大敗したのだった。
なんとか、サラヤ国にある最前線で踏みとどまっているが、ジリ貧状態であった…
種族の滅亡を危惧した族長達は、他種族への援軍を求める事にしたのだ。
其々の種族の中で『最強の戦士』と謳われる者達を選抜し、北方域の更に北に位置する闇の大国…
凶悪な『魔族』の国へ遣わしたのである。
魔族とは…
彼等は、他種族には一切関心を持たず、殆ど自分達の国から出る事も無いと云う…
超大陸の中でも一番険しい山々に囲まれた最北域に住む異形…噂や伝承でしか見聞きする事が無い者達。
魔物や悪魔達の持つその強大な魔力は『神族』にも匹敵するとも言われている…
そんな力を持った得体の知れない種族は他種族にとっては…『恐怖』でしかない…
…『魔族』に近付き交流を持とうとする種族など居る筈も無い。
しかし、そんな得体の知れない『魔族』にすら縋らなくてはならない程…
『人族の力』は彼等にとって『脅威』だったのである。
各種族最強の5人の戦士達が、使者として選ばれた。
大陸の極北域に位置する『魔族の国』へ辿り着くには、行く手を阻む険しい山々を超え、極寒に耐えなくてなならない…その過酷を極める険しい道のりを踏破できる者達が必要だった…その為の屈強な戦士達。
そして、5人の屈強な戦士達は、期待通り『魔王』の住まう城へと辿り着く。
しかし、試練はこれで終わりではない…此処から始る…
謁見の間
四方数百メートル、綺麗に敷き詰められた白石畳の床、高さ数十メートルもある天蓋は『透過の魔法』が掛けられているのか美しい夜空が謁見の間を淡く照らしている。
其処へ5種族の戦士達は案内された。
その桁外れの広間の中央横並びで傅戦士達の表情はどれも強張っていた。
その遥か前方に荘厳な玉座がある。
玉座を挟む様に両脇には、男女の魔族が立っていて…2人共先端が鎌の様な形状をした槍を地に突き立てている。
凄まじい『魔力』をその内に秘めた彼等の身に纏う気配は、尋常では無かった…
しかし…それ以上に…中央に座る男が放つ気配は異常だっだ…前の二人を遥かに凌駕していた…
感覚がマヒする程の膨大な『魔力』…
その波動に充てられ、冷や汗を流し続ける5種族の戦士達を尻目に、不意に女魔族が話し始めた。
「下賤の者達よ…私は、四大魔王が一人…エリス。」
「?!」
(魔…魔王エリス?!)
5種族の戦士達が聞き覚えのある名前に驚愕した。
魔王エリスとは、神話に出て来る恐ろしい『悪魔』の名だったのである。
寝物語にすら語られる程、知らぬ者など居ない大悪魔…
その逸話は多く、古の大国を一息で滅ぼし、生きとし生ける者の生命を吸い取ると云われる『不和と争い』の魔王の名であった。
「全く…不本意ですけれど、何故かお前達の『我が君』への謁見が許されました。
たかが下位種族を代表する『使者』如きに…時間を割かないといけないなんて…
さぁ…要件をさっさと述べなさい!」
魔王エリスが、美しくよく通る声で5種族の使者達に声を掛ける…凄い嫌悪感を抱いている様だった。
しかし、誰一人動かない…
目の前の大魔王に対する『恐怖』もある…がそれだけではない…
壮麗で巨大な玉座に気怠そうに座る男が纏っている非常識な程桁外れな気配…
その凄まじい威圧感に屈強な戦士達が、冷や汗を流し微動だにせず、床に縫い留めていたのだ。
(…格が違う…いや、そんな次元の問題じゃない…あれが…あの男が『魔神王』…)
獣人族の戦士が驚嘆していた。
エリスの言葉に反応せず、動く気配を見せない5種族の使者達を一瞥しながら
「…何故、話さないのかしら?
ここまで来ておいて黙り込むなんて…『我が君』の貴重な時間を無駄にするつもりかしら?」
暫く沈黙が流れ…それでも誰も動けない…
しびれを切らしたエリスが苛々した表情をしている。
「…少しイラついて来たわ…
態々『我が君』が貴重な御時間を割いて拝謁してくださっているのよ…
寛大な『我が君』をお待たせするとは…無礼にも程があるわ!
そもそも、貴様等下位位階の下賤な害虫風情が、土足で我が主君の城に上がり込み、剰え『至高なる我が君』へ頼み事をするなど…厚かましいにも程があるわ!」
凄まじい『怒気』が、エリスから立ち昇り…同時に床に突き立てていた槍が石畳を割る。
バギィンッ!!
「自分達の所業を悔い改め、此処にお前達の『命』を置いて行きなさい!!」
エリスから叩きつけられる強烈な怒気…
しかし、5種族の戦士達は金縛りにあったかのように身動きできない…抗う術がないのだ。
その刻…天空より突如声が聞こえた。
「そんなに意地悪をしないであげて、エリス。
彼等は、話したくても話せないんじゃないかなぁ…
そもそも『魔力』への耐性が低い下位位階種族の方達と対面するって言うのに…
アイツが、面倒臭がって『魔瘴気』を抑えもしないで無闇に垂れ流してるのだから無理もないでしょう?
可哀想に…彼等は、声を出すどころか息すら出来ない筈よ。」
平伏した戦士達の前に、純白の美しい翼を広げた女性が舞い降り、彼等に優しく手を翳す…
暖かい光が放たれると5種族の戦士達の呪縛が解けていた。呼気を荒げ冷や汗にまみれた顔を上げ、目の前に降り立った美しい女性を見た。
(な…何だ…?さっきまでの威圧感が消えた…?!こ、これは…?!)
優しく微笑み、彼等を慈しむように見つめる女性は、神々しく…
その姿を見て、魔王エリスが溜息を吐く。
「フェイト様…来られるなり『我が君』を中傷されるとは…余りにも不敬な物言いではありませんか?
…大体、何をしにいらしたのですか?此方へ御越しになられるとは聞いておりませんが?
それに見ての通り今は、この者達との謁見中…『我が君』は多忙ですので、お引き取り頂けませんでしょうか?」
言葉は丁寧だが、あからさまに目の前の白き翼を持つ女性を嫌がっているのが分かる…
エリスがそのフェイトと呼ばれる女性をなんとか追い返そうとするが、
「…そぉかしら?彼処で頭を掻きながら大欠伸してる『怠け者』がいるんだけど…
あれじゃあ、多忙って言うより…どう見ても面倒臭くてやる気の無い愚か者にしか見えないわよ、エリス?」
「そ、そんな事はありません…『我が君』はああ見えて…」
反論しながら玉座を振り返り、『御方様』の姿を見る…魔王エリスが、言葉を詰まらせた。
そのやり取りを見ていた5種族の戦士達の一人、有尾族の戦士が内心で呟いていた。
(あ…あり得ん…あの魔王エリスが…あしらわれてる…?
…魔神王以外にそんな事の出来る者が居るなど…考えられん…
そんな事が出来る者がいるとすれば…)
有尾族の戦士がもう一度彼女を見上げ、ある事に気付いた。
(ま、まさか…そんな筈は無い…此処は『魔王の城』だぞ…?!そんな場所にあの御方が居る訳が…)
「おーい、何やってんの?なんか話があるんじゃなかったっけ?
昨日、YOASOBIし過ぎて徹夜だったんで眠いんだよねぇ、なんでも良いから早くしてくんないかなぁ。
面倒臭い事はさっさと終わらせたいんだよなぁ~」
頭を掻きながら欠伸をしている玉座の男が、声を掛けてきた。
まるで緊張感の無い声に周りが静まり返る…
「聞き捨てならないわね?彼等が、息吐く事もできず、喋れないのは…誰の所為だと思ってるのかしら?」
そう言って、いつの間にか魔神王の側に立っていたフェイトが、魔神王の耳を摘み上げる。
「あ、ちょ…イテテテ…」
母親に怒られている子供の様な反応だ。
「フェ、フェイト様?!御方様になんて事を…?!!」
魔王エリスが狼狽えている。
その滑稽な光景を5種族の戦士達は、唖然としながら眺めるしかなかった。
其れにしても…魔神王の隣に控えている男の方は、微動だにしていない…静観している様だ。
しかし、醸し出す雰囲気は…魔王エリスに匹敵するかそれ以上の『圧力』を感じる…
間違いなくあの男も有名な大魔王の一人なのだろう…
「耳が千切れちゃうだろ?!はぁ〜痛ったいなぁ…
なんだよフェイト、大体お前が、今回の戦争には関わるなって言ったんじゃねぇか!
今更なんでコイツ等の話を聴いてやらないといけねぇんだよ?」
魔神王が摘まれていた耳を摩りながらブツクサと文句を言っている。
「…人族と5種族の争いに貴方が介入なんかすれば…流れる『因果律』に大きく影響してしまうでしょう?
其れでは、本来在るべき『運命』を変えてしまいかねないのよ…」
「『運命』ねぇ…そりゃあ、お前さんの得意分野だろうから口出しする気はねぇ…
だがよ、こんな楽しそうな戦争に参加しようとしてたのを止めさせたのはお前だぜ、フェイト?
なのになんで今更…こいつ等を助けてやらなきゃなんねぇんだっつうの?
大体、昔っからフェイトゥナリルは我儘過ぎんだよ…付き合わされるこっちの身にもなれってんだ…」
ブツブツと呟きながらまるで子供の様に不貞腐れる魔神王にも驚きだが…
5種族の戦士達は、魔神王の口から出た名前の方に心底驚いていた。
(フェ…フェイ…?!…フェイトゥナリル…?!)
5種族の戦士達が、皆一様に目を見開き驚愕していた。
(ま、まさか…あ…あの女性が、『運命の女神』様なのか…?!
…我等が下位種族が唯一信仰する太古の女神…だってのかよ…?!)
(あ、あり得ないわよ…こんな場所に女神様がいらっしゃる筈が無いわ…?!)
(これって…どういう事だ?何故、神族が…魔族の…其れも魔神王の城に居るんだよ?)
(おぉ…か、神よ…)
目の前に全霊を捧げ、信仰する女神が降臨したのである…神々への反逆者達の城へ。
…5種族の戦士達には、とても信じられない光景だ…疑問だらけに違いない。
『太古の神族』と『魔族』の関係…
創世期よりも遥か遠い昔…まだ『世界』は存在せず何も無い…『虚無』だった頃…
先ず、偉大なる創造神が誕生し…尊き者達が誕生した…それが原初の12神王達…
6人の神と6人の王…彼等は創造神と共にこの世界を創世したと言われている。
しかし、神々の生誕から数億年が過ぎたある日…『闇の王』が創造神に反逆し、異界へと追放され『魔族』となったと記されている。《創世紀伝 八界生誕録の一説》
共に強大な力を持つ『神族』と『魔族』は…創世期から数千億年の長きに渡り、お互いに反目し合っていて…相入れる事などあろう筈も無い…
其れなのに『神と悪魔』が目の前でやりとりしている仲睦まじい光景が、理解出来ないのだ。
しかも、『太古の神族』は、滅多に天上界から降臨する事はない…
何故なら…
創造神により他種族への…地上における事象には一切干渉しないという『制約』が課せられているからだ。
…にも拘らず、目の前には12人の『太古の神族』の一人である『運命の女神』が地上へ降臨し…その上、『魔族』と仲良くしているなどと…どう理解しろと言うのか…
呆けた顔の5種族の戦士達を他所に、
「…そうなのよね。あの時、貴方に介入しない様に進言したのは確かなんだけどねぇ…
今回の件は、何かすごく違和感があるのよねぇ…
未来の因子が少し変って言うか…因果律が変化してる様な…何て言っていいか分からないんだけど…別の何かに影響されてるみたいな…とにかく、一度彼等の話を聞いてみたいのよねぇ。」
フェイトゥナリルは、何か思案を巡らせている様だった。
「おいおい、フェイト…何をわけわからん事言ってんだよ?
俺様が介入してねぇんだから因果律には影響ねぇだろう?
なんだよ、その違和感って…もしかして、またお前の取り越し苦労って奴じゃねぇだろうなぁ?
…ったく、振り回されっぱなしだぜ…面倒臭いなぁ…」
頭を掻きながらボソッと漏らす魔神王。
その声が耳に入り、一睨みするフェイトゥナリルに気付き、慌てて姿勢を正す。
「はっ?面倒臭い?…あんたの我儘にいつも振り回されてるのは、私の方なんですけど?
まぁ、いいわ…彼等に話を聞く方が先だし…
それより、アンタがその無暗に垂れ流している『魔瘴気』はちゃんと抑えてあげなさいよ。
『魔族』や『太古の神族』ならともかく、序列種族には耐えられないわ…
下手したら『生命の灯』が消えて『輪廻の輪』に戻っちゃうわよ。」
「あ…ああ、そうだったな、ここ数千年気にもしてなかったから忘れてたぜ…」
そう言って、魔神王は面倒臭そうに立ち上がると陽炎の様に姿が掻き消えてしまった。
驚く間も無く、5種族の戦士の背後から声がした。
次の瞬間、
「おーい、何処を向いてやがんだ、若造共?こっちだ、こっち…何呆けた顔してんだよ?
そういや、お前等…種族を代表する『使者』だって言ってたな…
なんか俺様に頼み事があって来たんだよな?」
突如背後に現れた『魔神王』は、高圧的な話し方だったが、先程の様な威圧感に縛れる事は無かった…あれ程凄まじい『魔瘴気』が全く感じられなかった。
「近くまで来てやったんだ、言いたい事が在るなら手短に話せよ。
面倒臭ぇのは嫌いだし、長話は退屈すっからもっと嫌ぇなんだよ…」
振り返った5種族の戦士達は、片膝をつき恭しく礼をとる。
有尾族の戦士が、口上を切り出す。
「も、申し訳ありません、我々の様な下位の種族如きに御手間を取らせまして…
こ、この度は…ま、魔神王様におかれましては…」
「あ?おいおい…ちょっと待て、お前等勘違いしてるぜ?
俺は『魔神王』なんて大した肩書なんて持っちゃあいないぜ?」
戦士達は動揺した…間違いなく魔神王だと思っていた男が、自ら否定したのだ。
「えっ…ち、ちょっと待ってくださいよ…
そ、それは、どう言う…あの大魔王エリス様に『我が君』と呼ばれておられたし…
フェイトゥナリル様と対等に話しておられた。
それにあの凄まじい『魔瘴気…どれを取っても貴方様が…『魔神王』様だと指し示しています…
そ、それが違うと言うんですかい?!」
獣人族のガルムが、驚いて声を上げていた。
「あのよぉ…犬コロ…俺は『魔神王』でもなけりゃあ『魔王』でもない…
そいつは、お前等の勝手な思い込みって奴だ…
じゃあ聞くが、エリスが俺の事を『魔神王』と呼んでたか?一度も呼んでねぇだろ?
まぁ、エリスが『魔王』ってのは事実だし…そいつは、間違っちゃいねぇ…
アイツは魔王でも…俺様はただの悪魔って訳だ…嘘だと思うならそこの女にでも聞いてみたらどうだ?」
そう言って、フェイトゥナリルの方を指さす。
一斉に振り返る5種族の戦士達へ
「…えぇ…そうね。言ってる事は嘘じゃないわね…
彼は、『魔神王』でも『魔王』でもないわね…そうねぇ、言うなれば…ただの『怠け者』かしら?」
「な…怠け者ですか?」
5種族の戦士達は、言葉を反芻する事しか出来ず…キョトンとしていた。
「おい、おーい、それって酷くない?
もうちょっと、言い方ってもんがあんだろう…ったく、まぁいつもの事だから良いけどよ…
改めて名乗ってやるよ、俺の名は…レイフォールド。
大層な肩書は持っちゃいねぇ、ただの『怠け者』だ…じゃなかった『悪魔』だ。」
そう言って胸を張って親指を立てる。
「…ただの『悪魔』だと…云われるのですか…?」
「で、では、レイフォールド様の御『階級』は何になられるのでしょうか?
…魔族には『魔階級』があるとお聞きしました…」
「ンン…あぁ、そういやそんなのあったな…
俺様の『階級』ねぇ…そんなの考えた事も無かったが…
どうやって『階級』って決めてあんだっけ…?強さだったか…軍団の数だったか?
俺専属の軍団なんて持ってねぇし…
『魔大公』や『魔伯爵』は軍団持ってたな…って事はそれより下か?
となると…『魔騎士爵』?…ってガラじゃねぇか…と言う事は…『下級悪魔』って事じゃね?!」
結論に達した様だった。
「えぇぇぇ…?!」
「そんなの可笑しいでしょ…『下級悪魔』だと言われても納得いかないわよ?!」
妖霊族の女戦士が反論した。
「お前等がどう思おうが、俺様が『下級悪魔』だって事に変わりはねぇんだって。」
「で、ですが…」
混乱している戦士達を見ながら。
「良かったじゃねぇか、『下級悪魔』に畏まる必要なんてねぇからな。」
反論など出来そうにない笑みを浮かべるレイフォールドに更に驚く戦士達へ
「そんじゃ、理解してもらったところで、さっさと本題に入ろうぜ…
ここ迄やってこないといけない程…切羽詰まってるって事だよな?
それ程『人族』が力をつけてるって事なのか?
この数千年一度も上位種族に勝ったことのない…位階序列最下位の種族だぜ?」
レイフォールドが、本題を切り出すと戦士達の顔が険しくなる。
片膝をつきながら有尾族の戦士が口を開く。
「我等も最初はいつもの様に人族など取るに足らぬ下位種族だと高を括っておりました…
ですが、此度の戦は…奴等は、いつもとは全く違っていたのです。」
「ほう?人族がねぇ…何がどう違っていたんだ?」
レイフォールドが、何かに興味を持ったように訊き返す。
「それが…奴等は、これ迄見た事のない武器や装備を身に付け、我等と同等以上の力を持つようになっていたのです。しかも『魔力』など殆ど持っていない種族の筈なのに凄まじい威力の攻撃を繰り出してくる…状況が理解できず、我等は困惑しました…
奴等の力を脅威に感じ、連合を組みましたが、5種族で団結してもなお太刀打ちできず…
それどころか、壊滅状態寸前にまで陥ってしまっているのです。」
「…おかしくねぇか?急にそんな力を身に付けたってのか?
何か予兆や前触れみたいな事は無かったのかよ?」
「わかりません…何せ余りにも突然でしたので…
それに、そんな噂や兆候があれば、前もって我等の情報網に必ず引っ掛かる筈なのですが…」
「お前等の情報網はどうか知らんが…」
考え込む様な仕草をするレイフォールドに続けて話す。
「人族の使う不思議な力は『科学力』と言うらしいのです…」
「…『科学力』ねぇ…」
(…何の兆候も無く、急に力が芽生えるなんて事がある訳が無ぇ…
となると、やはり…)
妖霊族の女戦士が口を開く。
「畏れながら…あの『科学力』と言う得体の知れぬ力は…我等では計り知れません。
どんな種族の力とも違い、異質で聞いた事も無い『未知なる力』で御座いました。
もしかすれば、魔族や神族の御力に匹敵するやもしれません…」
「はぁ?!聞き捨てなりませんね…虚言も大概にしなさい!
下級位階種族の中でも最弱であった人族の如き下賤な種族が、我等に匹敵する力を持つって言うの?
ふん…笑わせてくれるわね?
そもそもお前達の力不足の所為で非力な人族などに負けただけじゃないのかしら!
その尻拭きを我等押し付けようなどと…御門違いも甚だしい、さっさと帰るが良い!」
全身から『魔瘴気』を噴出し、魔王エリスが怒鳴り声をあげる。
「まぁ、待てエリス。
お前が憤慨するのも解るが…その短気は直せって言ってるだろう?
もうお前も『魔王』なんだからよぉ、ちったぁ大人になれって…
それに…今は俺が話してんだ…お前が口を挟んで良いところじゃねぇぜ?」
(エリスの奴…相変わらずキレやすいなぁ…)
レイフォールドが、静かにエリスを制すと
「も、申し訳ありません、出過ぎた口をしました。」
後ろに下がり、エリスが『下級悪魔』に傅き恭しく頭を下げる。
「それで…その…俺等に匹敵する力って…
その『科学力』とやらだが…どうやってそんな『力』を手に入れたんだよ?
全種族中最下位の人族が、自ら生み出したのか…?それとも…
この数千年の間…そんな兆候は無かった筈だ…
そんな『力』がありゃあ…俺達『魔族』が全世界に張り巡らせてる『探索網』に引っ掛からないわけないんだが…」
(…『魔力』『霊力』『瘴気』『覇気』…この地上にある全ての『霊子力』は、
我等『魔族』に探知できない訳が無いんだが…)
少し考え事をしているレイフォールドの隣へ女神フェイトゥナリルが歩み寄った。
「…ん?何だよ、フェイト?
もしかして、お前迄話の邪魔をしようってのかよ…?」
「やっぱり変ね…
この子達が語っている言葉に虚栄も虚偽もないわ…
それに…それ程の『力』を『魔族』が見逃すはずがない…
だとすると…『魔族』でも探知出来ない…『何か』…が在るのかもね…
神魔の力に匹敵する…『科学力』…』
「…何が言いたい…?
『魔族』に探知できない奴等なんざ…?!
ちょっと待て、お前…もしかして…」
「…ええ、もしかしたらって思ってるわ…可能性が無い訳じゃないでしょ?それに…
最近感じていた不安が的中したって感じかしらね…
私が管理している『運命の流れ』に違和感があったのよね…
世界の創生から終焉迄…定められた『運命の流れ』に影響を与えるなんて…普通はあり得無いでしょう?」
「…おい、それじゃあ…」
広間に張り詰めたような緊張感が漂っている。
その緊張感を破る様に予想だにしない声が掛けられた。
「話してるとこすんません…あのぉ…
もしや貴方様は、あの『運命の女神』…フェイトゥナリル神様では…」
獣人族の戦士が、恐るゝ意を決したように問い掛けた。
傍から見れば、何やら重苦しい雰囲気で話す2人の間に割って入る空気の読めない奴にしか見えないのだが…
本人にしてみれば驚天動地の事態だったのだ…目の前に心から信仰している女神が現れたのだ。
フェイトゥナリルは、驚愕の顔をしている戦士の問いに優しく微笑み返してくれた。
「…えぇ、正解よ。
私は、フェイトゥナリル…12神王の一人で…『世界の運命』を司ってるわ。
貴方達がいつも私を真摯に信仰してくれているのは、知ってるわ…いつもありがとう。」
「礼など…な、何と畏れ多い…」
「勿体ない御言葉です。」
「我等は、身勝手にも…貴方様を尊敬し、敬い崇めさせて頂いている身なれば…」
5種族の戦士達が一斉に平伏する。
彼等の女神に対する日頃の信仰心が窺える。
優しく微笑むフェイトゥナリルにレインが嫌そうな声を出す。
「フェイト、やっぱさぁ…俺辞めとくわ。
なんか色々と面倒臭い事になりそうだし…もしも…アイツが絡んでるんだったらなおさら面倒臭い事になるのは間違いないからな…
ああ、そうだ…『契約』したいんだったら適当な『魔王』を紹介してやっから…」
そう言って、さっさと立ち去って行くレイフォールドを振り返らず、フェイトは戦士達と話を続ける。
誰も気付いてはいないが、女神の口元がいたずらっ子のそれになっていた。
「あぁ、そうそう…私ちょっと気になってた事があるのよねぇ…
普通は貴方達の様に高位種族なんかに信仰を求めたりするんだけど、人族の方々の信仰って、天界でもあまり聞いた事が無いのよ…太陽や山なんかを崇める『自然信仰』なのかしら?
それとも、私達『神族』やアイツみたいな『魔族』の事を崇めてたりするのかしら?
その辺りの事って、どう思ってるのか知ってる?」
有尾族の戦士が、思い返す様に話す。
「申し訳ありません…人族とは、ほとんど交流が無かったもので…
戦争が始まってから集めた彼等の情報では、そこまで詳しくは…ですが、それらしきことを戦場からの敗走中に耳にしたことが…」
「あら、どうでした?
ちゃんと敬っているようでしたか?」
興味深そうにフェイトゥナリルが、レイフォールドを一瞥しつつ訊き返す。
「あ…いや…あの…そ、其れが…申し上げ難いのですが…
恰も自分達が、『神』であるかの様な言動と態度でして…」
それを聞いた魔王エリスの耳がピクッと動いた。
「私の戦った戦場では、神や悪魔ですら人族の足元にひれ伏すと…高らかに叫んでいる者が居ました…
彼等にしてみれば、『科学力』が造り出す兵器の威力は…それ程に凄まじかったのです…
あれ程の力を持てば慢心もするのでしょう…」
妖霊族の女戦士が、呟くように話した。
それを聞いた魔王エリスが動くのを見てクスリと口元に笑みがこぼれる。
レインが足を止める。
「そう言えば…俺も『悪魔』など取るに足りない…下等種族だと言っていたのを…聞いた事が…」
亜人種の戦士の一言が、エリスの自尊心に止めを刺した様だ。
「ちょっと、待て!!我等を『下等種族』と言いやがったのか?!?!
糞虫共が…『神族』を愚弄するだけならまだしも…
あろうことか、この最も偉大にして高貴なる我等『魔族』を愚弄するだとっ!!
…『科学力』などと言う、自分達の微々たる力を慢心しおって!
目に余る不遜な態度…どうやら知能の足りぬ下等な生命体には、解らせてやる必要があるようですね…
尊き『魔族』の恐ろしさを奴等の骨身に染み込ませ…二度とそんな口がきけぬよう…
思い知らせて差し上げましょう!!」
(あ~ぁ…ブチ切れちまいやがった…あぁなったら手が付け欄ねぇぞ…
…ったく、エリスの奴まんまと乗せられてんじゃん…
こんな見え透いた手に引っ掛かりやがって…あからさまにフェイトの策略だってわかりそうなもんだろう…って言っても無理か、エリスってば…マジもんの単純バカだった…)
後ろで歯ぎしりしている『単純バカ』を見ながら頭を抱えるレイフォールドが、
「あのぉ…エリスさん、もう少し冷静になって…」
「レイフォールド様、これは急を要する由々しき事態です!!
気高き『魔族』の尊さが分からぬ下等な種族をお仕置きしなくてはならなくなしました。
戦の準備をして参りますゆえ、少しお待ちください。」
そう言って、魔王エリスは踵を返し、さっさと広間を後にした。
(ちょっと、待てぇーい!)
「あらあら、相変わらず短気ですわねぇ、エリスさんってば…」
「まったく…あの性格分かってて、煽ったんだろ?
お前の方がよっぽど『悪魔』らしいぜ…女神にしとくのが勿体ないな。」
「お褒めに戴き光栄ですわ、『御方様』。」
そう言って優雅に一礼する、フェイトだった。
「どうしてくれんだよ…ああなっちまったらもうエリスは誰にも止められねぇんだぞ…
こいつは…事が大きくなる前に逃げ出した方が良さそうだ…
なぁ、フェイト…最初からこうなるって分かってたんじゃねぇのか?
…ったく、此れが俺の『運命』ってか…まぁ、どっちでも良いけどよ。」
「あら、心外だわ…いくら私でも、アンタの因果律には関与出来ないわよぉ?ウフフ…」
「…まぁ、そう言う事にしといてやるよ。さぁ、それじゃあ…」
レインフォールドが、未だ傅いている5種族の戦士達に声を掛ける。
「おいおい、お前達いつまで這いつくばってやがんだよ?
…ったく、この危険な状況を察しろっての…
エリスが戻ってきたら面倒臭い事になるんだって…俺様が手ェ貸してやるから、
さっさと立って俺様を案内しやがれ、ウスノロ共!『魔王』が暴れ出すとこなんて見たくねぇだろう?」
魔王が暴れる姿を想像した5種族の戦士達はそのあまりにも恐ろしい光景に身震いした。
そんな事は無視して、レイフォールドはサッサと歩いて行ってしまう所だった…
「お、お待ち下さい。そ、それでは…我等に御力添えをして頂けるのですか?」
有尾族の戦士ザッハードが、信じられないと言った表情で口を開いた。
目の前の男は、自分は『下級悪魔』だと…『魔神王』などではないと否定した…
だが、その言葉を5種族の戦士達には信じられなかったのだ…
何しろ、あの『不和と争い』の魔王エリスに『主君』と言わさしめている存在であり、
その上、12神王である『運命の女神』と古くからの知り合いだと言う…
そしてなにより、あの『魔瘴気』は、一介の『下級悪魔』が纏えるものではない…
それ程に超越した力だったのだ…そのどれをとっても目の前の男が『下級悪魔』などではないという事を示していた。
『魔神王』ではなくとも…それなりの地位にある『悪魔』である事は間違いない…
その男が、なんともあっさり力を貸すというのだ…戦士達が呆気にとられるのも無理はなかった。
何故なら、彼等は…死を賭して…この居城へ来たのだ。
どの様な対価を払おうとも『魔族』の力を…借りなければならない…例え、己が命を差し出したとしてもだ…それ程の覚悟を持って臨んでいたのだ…それなのに…
「何度も言わせんなよ…
そんな事より、早く此処から逃げださねぇと『魔王エリス』が戻ってきちまうだろ!
グズグズしてる暇はねぇんだよ!!あいつに捕まっちまったら…取り返しのつかない事になっちまうぞ…!」
冷たい汗を掻きながら出口へ向かうレイフォールドの引き攣った顔を見た5種族の戦士達は、先ほど想像した光景を思い出したのか…何かに気圧されるかのように急いで後を追っていく。
「あっ!」
何かを思い出したのか…突然立ち止まり、玉座の方を振り返る。
5種族の戦士達も立ち止まり、つられて振り返った。
玉座の横に居るもう一人の屈強な男は、今もなお微動だにせず魔槍を手に立ち尽くしていた。
静かに立つその男から伝わる気配は、尋常ではない…間違いなく名だたる『魔王』のそれだった…
「お~い、アスモダイオスぅ~。
暫く外出するからよぉ~、留守番頼んどくわ~!」
(ア、ア…アスモダイオス?!
あ、あれが…伝説の『怒りと破壊』の魔王…?!
一度動けば、憤怒の炎は地上界のみならず、天上界すら焼き尽くし、その際限なき力は世界を破壊し尽くすとまで云われる…『魔王の中の魔王』…じゃないか…)
その名に5種族の戦士達が固唾をのみ込む…
だが…レイフォールドが声を掛けたにも関わらず…何の反応も無い…?
「…ありゃあ…アイツ寝てやがんな?
…って事は、最初からずっと寝てやがったんだな…動かねぇからおかしいとは思ってたが…」
(~~~~寝てんのかよっ?!)
レイフォールドが、何の前触れも…詠唱すら無く…左手に巨大な水球を発生させると、力を抑え込む様に圧縮していく…そして、その高密度に圧縮された水球をアスモダイオス目掛け、弾丸の如く解き放った。
天地が震える程に圧縮された『魔力弾』の凄まじさに屈強な戦士達が目を剥く。
放たれた超高密度の水球は、水龍へと形を変えアスモダイオスへ襲い掛かった…が、アスモダイオスは何事もなかったように微動だにせず…鼾を掻いていた。
「な…うぉっ?!」
(何だあの力は…何と言う出鱈目な密度の『魔力』だ…然もあれ程の『超高等魔法』を無詠唱だと…)
(あっちはあっちで規格外すぎるだろ…あれを食らって無傷どころか…まだ寝てんじゃねぇか?!)
(魔…魔族…ってな、こんなバケモンばっかなのかよ…)
戦士達が、内心舌を巻く中、諦めたような声が聞こえた。
「はぁ~~~っ、ああなっちまったらあいつは起きないんだよなぁ…全くどいつもこいつも…
世話の焼ける奴ばっかりだぜ…」
レイフォールドは頭を掻きながら大きな溜息を吐く。
(この悪魔…どっちも化け物ね…)
「…レ、レイフォールド殿…」
恐るゝ5種族の戦士達が声を掛ける…少し間があり…レイフォールドが振り返った。
お手上げと言わんばかりに両手を胸の前で広げて見せる。
「もういいや…アイツを起こすのも面倒臭ぇし…
こんな所で手間取ってたら『魔王エリス』も戻ってきちまうからなぁ。
それに…人族の使う『科学力』ってヤツも見てみてぇし…」
クシャクシャと頭を掻きながらも…少し口元が上がっていた。