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魔女は墜落しない  作者: わたぼう
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一九三九年

▼一九三九年


 空を飛んでいると、思考さえも羽を得てどこかへと飛んで行こうとするので、私は私を押しとどめないといけない。それはあくまでも錯覚であり、私は鳥ではなく人間で、ただの魔女なのだ。そのうえ軍曹でもある。自由とは程遠い生き物、それが私だ。

 勘違いしてはいけないのは、飛べるからと言ってもどこにでも行けるわけではないということ。これは肝に銘じておかないと、万が一ということがある。

 空に希望があるなどということは、決して考えてはいけない。

 叶わぬ希望が、私を殺すのだ。



 夏も終わろうとしていた九月一日の昼間。基地を出発したのが午後一時三十分ごろだったはずだ。太陽がまだ真上にあるから、いまは三時を少し過ぎたあたりだろうか。そろそろ見えてくるはずだ。進路は北にとっている。

 眠る前に目をつぶって空想するあの美しい海原のように、空は真っ青だ。雲ははるか遠くにかすかにあるばかりで、ほとんど塗りつぶしたように青一色に染まっている。

 飛んでいるのは私とエミリアの二人だけだった。他にはだれもいない。二人きりのフライト。

 基地を出発して一路北に進路をとった。しばらく真っすぐ飛ぶと、目印の牧草地帯が見えて西に転進。国境線に沿って南下し、マジノ線のひときわ大きな要塞建造物があるところで今度は東に舵を切った。のんびりと黒い要塞の上を飛び、頃合いを見計らって北に方向転換、いまに至る。いつもと同じ飛行経路。

 基地上空に戻る頃には、日焼けした顔がひりひりと痛んでいた。二時間の任務はようやく終わろうとしているが、吹きつける風を受けているだけで肌が火傷したように赤くなっていることがわかり、顔の筋肉ひとつ動かせない状態になっていた。それもこれも、帽子をかぶっていないせいだ。

 だが、あの飛行帽だけは絶対にかぶりたくなかった。

 私たちは航空歩兵だ。風防に守られ、鉄の棺桶に乗り込んで飛ぶパイロットたちとは訳がちがう。

 私には私なりの、自負がある。ささやかでつまらない自尊心だ。もちろん、承知している。

 上空八〇〇メートルが、私の仕事場だ。

 上空八〇〇メートルとは何か。雲が近い、地上の雑音が遠い、景色は広い。聞こえるのは風切り音と、ジャケットがはためくバタバタとした音のみ。いっしょにいる相方の声もときたま聞こえる。エミリアの声は甲高いのでまたよく聞こえる。

 それ以外は静寂に包まれている。太陽が肌を焦がす音すら聞こえてきそうだ。

 そういう空が私たちの仕事場だ。地上には仕事はない。けれど私は地上に帰る。そこで羽を休める鳥のように、狭いベッドで眠るのだ。疲れた体に沁みるビールは格別に美味しい。ニコラたちが待ち切れずにとっくにはじめているかもしれない。ああ、待ち遠しい黄金色のドイツの至宝。

 ふと見上げると、まぶしさに目がくらんだ。慣れてくると大きな白い塊がいくつも、もっと高い空に浮かんでいるのがわかる。この空を飛んでもう二年になるが、あの高さ、大きなわた雲が浮かんでいる高度までは飛んだことがない。あそこはおおよそ二〇〇〇メートル、通常任務では飛ぶことのない空域だ。私にとっての最高到達点はあくまでも八〇〇メートル。

 一概に雲と言っても、高さや天候によって大きさも形も様々で、つまりは、よく知らない。八〇〇メートルまでの空しか私は知らないから。

 あの白い塊はいったいどんな感触をしているのだろう。冷たいのだろうか熱いのだろうか。それとも何も感じないのだろうか。巡航高度の雲はもやみたいで、そんなに冷たくもなく、触れれば散ってしまうばかりであまりおもしろくない。ロマンがないニコラあたりは「どれもただの水蒸気の塊よ」くらい言うかもしれない。

 そんなことを考えて気を紛らわしながら、帰るべき基地を目指していた。やがて基地施設と滑走路がおぼろげながら見えたので振り返ると、エミリアがうつむきながらふらふらしていた。

 私は少し速度を落として彼女に近づいた。

「エミリア、だいじょうぶ?」

「たいちょう……」

 エミリアはまだここに配属されて一年足らずの十七歳で、まだ女の子女の子している。長時間飛行に慣れていない新人の彼女に、夏の飛行は酷だろう。夏の任務は紫外線と脱水症状との戦いだ。

「もうすぐ基地だから、あと少しだけがんばって」

「はぁい……」

 エミリアは虚ろな目で私を見て、静かに笑った。右に左に小刻みに揺れ、なんだか飛び方も危なっかしい。本当にだいじょうぶだろうか。

 はるか前方に滑走路。ゆっくりと高度を下げていく。着陸体勢。

 高度が下がっていくと、暑さが徐々に増していった。地面の照り返しで地上の方が暑かったりする。空の方がずっと快適なのは、温度のおかげだけではないかもしれない。

 嫌なしがらみが空にはない。

 手が届かなくとも、空は地上よりもずっと天国に近いから。お父さんがむかし言っていた。死んだら人はみんな天国に行くのだ。

 空の中を飛んでいるだけで幸福に似た感覚がどこからか湧きあがる。胸の奥にじわりと沁み出す蜂蜜のように甘くて粘ついた何か。それはきっと喜びの黄色をしているだろう。けれどそれはほんのひとときだけで、いつか空はすべてを奪い去る。だから空を飛ぶときは気をつけなさい。お父さんの言葉。はっきりと覚えている。私にそう教えてくれたお父さんは、もういないけれど、言葉だけは思い出の中で生きている。

 高度がじわじわと下がって、見える景色が遠い山の稜線から無数の木々に変われば、思い出ともさよならしていまに帰る。

 南西の空から、もみなどの針葉樹が生育する森を越えて基地の上空へと入る。滑走路の左手に灰色の建物群を見ることができる。箒の切っ先を北に向け、南北に伸びる滑走路の南側からゆったりとランディングを開始する。

 私たちの飛行に難しいことは何もない。特殊技能も必要ない。訓練もたった三ヶ月だ。

 適性はただひとつ。

 飛べるか飛べないか。それだけ。

 ずっと小さい頃から飛べる子もいるし、学校を卒業するくらいに突然飛べるようになる子もいる。人によってちがう、としか言いようがない。

 飛ぶことだけが、いまや魔女に残された唯一の能力。私を生かすものであり、私を殺すものだ。



 黒いアスファルトでびっしり舗装された滑走路が目の前に迫る。長さ一二〇〇メートルもの鈍くて長い板が反射する紫外線は、ほとんど生身で任務にあたる私たち飛行隊員の体力と気力を最後に根こそぎ剥ぎ取っていく。何もそこまでしなくてもと思うほど、徹底的に。週に三度の日光浴。

 着陸自体はそんなに難しいことじゃない。体は勝手に動いて、機械のような愚直さで地上へと下りていく。

 地上すれすれ。徐々に滑走路の質感が現実味を帯びてくると、地表にたむろしていた熱気が体を包みこむ。

 そんな外気、外敵から私を守ってくれるものは何もない。生身で空を飛ぶ私たちに、航空機のキャノピーみたいな便利なものはない。箒はどこまでいっても箒だ。付けられるものなんて何もない。さすがに日傘を持って飛ぶわけにもいかないし。

 ななめにゆっくりと降りていく。進入角度はだいたい四〇度。

 この、徐々に地面が近づいてきて、滑走路に等間隔に記された白線が後ろに流れていく光景が私は好きだ。

 それは実に一般的な航空機の着陸方法と似ているから。理由はただそれだけ。『着陸』という言葉を当てはめるのに少しの違和感もない。傍から見ていても、生身で箒に跨っている点以外では、私たちが魔女であるということを感じさせないはずだ。残念ながら、隊員たちからは不評だ。魔女らしくないというのがその理由だ。その魔女らしさというやつを私は排除したいのだけれど、彼女らには理解されないだろう。

 基地上空に入ってから、ブーツの裏側がアスファルトに接地するまでの数分間の視線は、きっと飛行機のパイロットのそれと限りなく同じだろう。私は飛行機の操縦席に乗ったことがないから、その想像が正確かはわからない。今後も乗ることはないだろう。

 魔女はパイロットにはなれない。たとえ男であろうと、魔女の家系のものは空を飛ぶことを許されていない。そんなのはきっと、おこがましいことなのだ。

 私たちは嫌われ者なのだ。そんな思いが、常に頭の中にはある。自覚していなければならない。その事実はここだろうが、ベルリンだろうが、変わらない。この国どころかヨーロッパ中で私たちは嫌われている。

 だって魔女だから。他になんと説明すればいい。魔女とユダヤ人は、ヨーロッパのどこに行ったって嫌われているのだ、悲しいことに。歴史がそうさせている。歴史を選ぶことはできない。

 そんなことを考えていると、アスファルトはもう目の前に迫っていた。

 地上数十センチ、もう足が地面につきそうだ。鼻から肺いっぱいに空気を吸い込んで、息を止める。息を止めている間に地面に足の裏をそっと下ろして、両脚で体をちゃんと支えて、体を包み込む反重力の加護がなくなったら、肺に溜めておいた空気を吐き出す。

 それで終わり。着陸成功。

 私たちの飛ぶ姿は、あまりにも魔的だ。箒に跨って空に飛び立つ、重力なんて関係なく縦横無尽に飛びまわる。そういった光景は現代人には刺激が強すぎる。私はなるべく、自分たちの一般的に不自然な振る舞いを他人に見せたくない。世間体ってやつだ。

 魔法は私たちに生きる術を与えてくれる。でも同時に、生きることを否定される材料にもなりうる。

 銃が人の命を守り、また人の命を奪う道具でもあるように、杖や箒やとんがり帽子が私の生と死を司っている。

 むかしは、そういう格好をしていたがために火あぶりにされた人たちがいたのだ。それを忘れてはいけない。

 ブーツ越しに触れるアスファルトの硬い感触。箒を握る手のひらはじっとりと汗をかいている。

 今日も美しい着陸だった。満足感が体の中でかすかに湧きあがる。

 自由な空から、束縛と侮蔑に支配された地上への帰還。今日も無事に降り立つことができた、この息苦しい大地へ。だから私はめいっぱい空気を吐いては吸い込む。そうすることで、この地上で生きるための勇気も少しは吸い込めるような気がする。

 心の中で着陸の美しい軌跡を自画自賛しながら、深呼吸。すると途端に体は重力を感じるようになって、全身の装備品が一気に重たく感じられる。腰のベルトにぶら下げた双眼鏡、水筒、ホルスターには自動式拳銃ルガーP08と弾丸がおさまっている。空では感じないものが、この地上では感じる。地上に立っていると、圧迫感がひしひしと頭から押し潰そうとしてくる。

 ゴーグルを外すと、額の汗が飛び散ってアスファルトに落ちる。灰色の地面を黒く染めた数滴の汗。私が飛んだ証拠のように見えた。痕跡はすぐに水蒸気になって消えてしまった。

 青草が活発に呼吸と光合成を繰り返しているのだろう、滑走路の周囲に生えた雑草の青臭いにおいと、その下の水をたっぷりと蓄えた土のにおいが滑走路を覆っている。

 これもベルリンにいた頃には考えられなかった風景だ。基地の敷地の向こうには森、そして雄大な山々。大自然に囲まれた田舎基地。街までは車で三十分はかかる。

「たーいちょう!」

 声に振りかえると、すぐ後ろにエミリアが着陸していた。汗に濡れた額にブロンドの髪を貼りつかせて、片手で顔を扇いでいる。胸元のボタンはだらしなく開けられて、白い首と鎖骨が覗いている。その下ではぺったりと汗を吸ったシャツが肌に貼りついて豊満な胸を強調している。圧倒的な存在感だ。あの山のように。

 声の調子がいつもの彼女に戻っている。表情も明るい。地上に戻って安心したのかもしれない。

 エミリアは手に、ついさっきまで跨っていた箒を握っている。柄の先の方を肩にかけて、そこにゴーグルを引っ掛けている。

 疲れていつもよりいっそうだらけた顔はもうおもしろいくらいに腑抜けだ。

 口は半開きで、白い歯と赤い舌が見えている。長い髪の毛はぐしゃぐしゃになって、飛行服はあちこちに薄く汗染みができている。せっかくの美人が台無しだった。

 滑走路上に私と彼女しかいないからまだいいが、その格好はいささか刺激的というか、扇情的というか。彼女に悪気はないのだろうし、自覚もないのだろうが、緊張感や自意識というものがやっぱり著しく欠けているようだ。まだ十七歳の彼女に意識しろと言うべきかどうか悩む。私が十七歳のときにどうだったかは覚えていないし、そもそも彼女ほど女性的魅力にあふれていたわけではなかったから……。

 十七歳は大人なのか、子どもなのか。大人と子どもの境界はあいまいだ。私は大人だ! と胸を張って言う自信はない。

 けれどもエミリアには気をつけてほしい。基地には男性兵士の方が多い。

 彼女は魅力的だが、魔女を妻として迎えたがる男は国中を探してもほとんどいないだろう。

 そんなことを考えていると、建物の方からだれかがこちらに駆けてくるのが見えた。人影はまだ小さく、男か女かも判別できない。

「シャワーを浴びに行くことを提案します!」

 私の心配をよそに、エミリアが元気よく挙手して言った。私も箒から降りる。

「ダメです」

 すると、エミリアははっきりと頬を膨らませた。私は上官なのに……。彼女には軍隊という完璧な縦社会の組織に身を置いている自覚がほとんどないらしい。小娘め。

「なぜですか!」

「司令部に報告をしてからです」

「副司令のところ、ですよね……」

 晴れやかだったエミリアの表情が突如として曇った。その理由を私はよく知っている。

 副司令が好きな隊員など、私の隊にはひとりとしていない。もしかしたら基地中を探してもいないかも。

「すぐに終わらせるから。あなたは私のそばで黙って立っているだけでいいわ」

「そんなの、後で、隊長がひとりで行けばいいじゃないですか!」

 ……懲罰房に入れてやろうかしらこの小娘。そんな権限私にはないけど。

 豊満な体を揺らしながらフランス女は馬鹿を言う。小隊長の仕事を何か勘違いしているのではないだろうか。私も親切心だけで彼女の面倒を見ているわけではない。

「あなたも任務に参加したんだからついてきなさい。報告をするまでがお仕事です」

 エミリアが唇を尖らして抗議するのを無視して、回れ左。灰色の建物の方へ足を向ける。

 エミリアが文句を言うのを聞き流していると、基地の方から駆けてきた少年が私たちの前で立ち止まった。息を弾ませながらピッと背筋を伸ばして敬礼をする少年の頬はりんごのように赤く染まっている。一目見てまだ子どもだということが分かる。エミリアよりも色味の薄い、くるくると曲がった金髪が陽光を浴びて眩しい。

「シャーロット軍曹! エミリア一等兵! 司令より伝言です!」

「ヴェルテ!」

 エミリアが叫んだかと思うと、彼女は私を追い抜き、両手を広げて少年を抱きしめた。たちまち少年の顔は彼女の大きな胸の中に埋まる。

「エ、エミリアさん離してください!」

「ヴェルテヴェルテ! 今日もかわいいなァ!」

 エミリアは少年の反論もかまわず頬ずりをするので、少年は揉みくちゃになる。

 少年は迷惑そうに、だが心底嫌がっているわけでもなく、非常に困っている。エミリアはそういう意味では大変魅力的なのだから……。私は自分の体の線を確かめ、顔を上げる。

「エミリアさんいい加減に……」

「そろそろいいでしょ、離してやって」

 首根っこをつかんで引っ張るとようやくエミリアは少年――名をエグモント・ヴェルテという――から離れた。エミリアは名残惜しいのか子どものように手足をバタつかせている。年の割に落ち着いた雰囲気の彼と、体ばかり成長して頭が追いつかないエミリア。これではどちらが子どもかわかったものではない。

「あ~ん! ヴェルテ~!」

「ごめんねヴェルテくん。この子の汗ついちゃったでしょ」

 私が言うと彼は前髪を直しながら、

「いえ、それは別に、気にしませんが……」

 解放された安堵感と、どことなく不満そうな表情を見せる。まんざらでもなさそうだ。

「それで、伝言とは?」

 それで思い出したとばかりに、ヴェルテは両手を太ももにつけるように真っすぐにして姿勢を正して気をつけの姿勢。

「司令より伝言です! 任務報告、小休憩の後に司令室に顔を出すように、とのことです!」

 司令からの呼び出し。たぶん愉快なことではないだろう。

「シャーロット・アップルトン軍曹、了解しました。汗を流したらすぐに行きます」

 私は返礼をして彼に応え、エミリアから手を離す。

「私は?」

「エミリアさんには特にありません」

「エミリア・ベルジェ一等兵、了解しましたー!」

「それじゃあ、面倒だけど報告に参りますか」

 肩に手を当てて首を曲げると、骨がばきばきと鳴った。

「それが済んだらシャワーですね! ヴェルテいっしょに浴びようか!」

「な、なんでですか!? 意味がわかりません!」

「照れるな少年! こんな美人のお姉さんと直に触れ合えるチャンスはめったにないぞぉ?」

「照れてません!」

 エミリアとヴェルテはそんなやりとりをしながら建物の方へ駆けていく。二人の甲高い声が大地の上を跳ねまわり、夏の唸りの中に消えていく。自分のことを屈託なく美人と言えるのが彼女らしい。

 私も箒とゴーグルを手に持って、太陽光線が跳ねまわる滑走路から、建物が密集して大きな影をつくっている基地施設群の方に歩く。

 滑走路の西側にはコンクリート造りの大きな建物が数棟密集している。そこから少し離れて滑走路に沿うように建っている細長いのが管制塔だ。

 歩くと滴り落ちる汗。熱を帯びたアスファルト。グレーのよれた軍服。照りつける太陽の日差し。青草と土のにおい。天へと伸びる森の木々。そして空を睨む何基かの対空砲。

 ふと箒を見ると、ずいぶんと傷んでいる。薄茶色の箒の柄には無数の傷ができ、穂先は元々荒い目がさらに荒くなっている。そろそろ替え時かもしれない。ここに来る前からずっと使っている私にとっての一番箒。

 私は、ここで三度目の夏を迎えた。ドイツ南西の辺境地。首都ベルリンから六〇〇キロも離れた田舎の基地で。

 ドイツ空軍シュランベルク航空基地所属、第33飛行小隊。いわゆる魔女部隊の夏がここにある。いまは一九三九年九月一日。終わりかけの夏の気配が私たちを包んでいる。

 その頃、ドイツの空に魔女がいた。



 シュランベルク航空基地は、槍のように尖った葉をもつ針葉樹の森を切り開いてつくられた小規模な航空基地だ。ドイツ南西部に位置するシュランベルクの町から南東に自動車で二十分ほど走ると見えてくる。基地の周囲にはマツやスギなどの巨大な針葉樹の森が広がっていて、外から見るとそれが天然の城壁のようになっている。

 街道から逸れて基地に入る一本道には検問所があって、通行するすべての車両はそこを通らなければ基地の敷地内には入れない。と言っても、辺境の基地なので訪問者は日にいくらもなく、物資を運搬するトラックが定期的にやってくるくらいだ。

 空から見ると、基地の施設群と滑走路の周りだけ木々が剥げてしまったみたいになっている。

 駐留しているのはドイツ国防軍第3航空艦隊所属の飛行中隊がひとつと、歩兵、対空砲を中心とした陸軍の小規模な地対空部隊。それと私たち第33飛行小隊だ。系統上は私たちも飛行中隊の指揮下に入っているが、実際は司令直轄の独立した部隊となっている。機械化された航空部隊とは物理的にも心情的にも、連携をとることは難しい。向こうには同僚とすら思われていないかもしれない。

 銀色の屋根をした格納庫の前では飛行中隊のメッサーシュミットが黙って出番を待っている。格納庫は全部で六棟ある。

 メッサーシュミットは空軍の主力戦闘機のひとつで、中隊には全部で十二機が配備されている。それがこの基地の航空戦力のすべてだ。私たちは厳密には歩兵扱いなので、この基地の航空戦力は十二機だけということになる。ここでの運用能力の最大だ。

 私たちは空軍の歩兵だ。第33飛行小隊に歩兵はいても航空機はない。女の子が十二人、箒と杖が十二本あるだけ。

 滑走路の西側に同じような建築物がいくつも並んでいる。管制塔が少し離れて今日も暇そうに立っている。細長く伸びたその塔を横目に見ながら通り過ぎて、施設の中でもひときわ大きな五階建ての、いかにも実直で陰気そうな灰色の建物の前でじゃれ合っているヴェルテとエミリアと合流して中に入った。

 この建物の二階が基地の心臓部。基地でいちばん大きな部屋があって、そこがシュランベルク航空基地の総合指揮所になっている。

 廊下からガラス越しに部屋の中が見える。壁一面にはソビエトからアフリカ北部まで網羅したヨーロッパ全域の巨大な地図が貼られ、国の境目で色分けされて勢力図を描いている。濃い青が自国ドイツ領、薄い青が同盟国、緑はイタリアをはじめとした友好国。赤がそれ以外の国、つまり敵国を示している。同大陸上にありながら地図の上には線が複雑に伸びている。ヨーロッパは大むかしから戦争をくり返してきたので、線が複雑に引かれている。紀元前から続けられてきた戦争による傷跡がいまの国境線を作っている。

 数多の国があるヨーロッパの色は、数えるまでもなく赤が占める割合が圧倒的に多い。青と対立する赤。赤い大陸の中にポツンとある青い水たまり。

 指揮所の中では、多くの通信兵たちが仕事をしている。昼過ぎの空気はけだるい。

 ヴェルテと部屋の前で別れて、私たちは指揮所の扉をくぐった。

 指揮所の中に入ると、部屋中の視線が一斉に私とエミリアに集中した。飛行していたときの格好のままだったのでいくらか汗をかいていて、向けられた視線は好奇と嫌悪が半々くらいか。

 箒を持った飛行服姿の魔女が二人、ぬるい汗を床に落としながら奥に進んでいく。他の基地では異様かもしれないが、少なくともここでは当たり前の光景だ。

 注目されるのは仕方がないにしても、夏場に何時間も飛べば汗をかくのは当たり前だから、そんなに見ないでほしい。こっちだって好きで床を汚してるわけじゃないし……。胸の中で言い訳を並べながら彼らを無視して急ぎ足で奥まった個室へ向かう。

 個室は広い指揮所の隅にそこだけ出っ張りのようにせり出していて、私やエミリアが生活している宿舎の部屋よりも一回り広い。

 扉の前で立ち止まって、エミリアの胸元を指差して上着のボタンを留めさせ、扉を叩く。

「どうぞ」

 陽気な声がして部屋に入ると、中には対照的な二人の姿があった。一人は赤髪の若い通信兵で、彼女は執務机の前で振り返ってこちらを見ている。その顔には安堵が浮かんでいる。

 もう一人、豪奢な革張りの椅子に座る初老の男性は、扉を開けて入ってきた私たちの顔を見るなり露骨に表情を曇らした。さっきまでの笑顔は隠れ、眉間にしわが寄り、口元はへの字に曲がっている。拗ねた子供みたいだ。

「なんだ君たちは、そんなナリで。暑苦しくてかなわんぞ」

 彼こそシュランベルク航空基地の副司令、嫌味を言わせたら西ドイツ一と言っても過言ではないエックハルト少佐だ。ワックスで固められた黒い短髪に、髭の一本もない細い顔と尖った顎。切れ長の目はジャーマン・シェパードを彷彿とさせるが、中身は良いとこダックスフントだ。小さい犬ほどよく吠える。全体的に細めの体形で四十過ぎの年齢の割にはしなやかな体つきをしている。たぶんナルシストだからだろう、そうにちがいない。

 オーダーメイドと思われるグレーの襟高の将校服を細い体躯できっちり着こなしている。襟章はドッペルリッツェン――ダークグリーン地に並行した二本線のデザイン――をつけ、右の胸ポケットの上にはこちらもダークグリーンの台布に銀モールで鷲章が刺繍されている。鷲の下にはナチスドイツの象徴ハーケンクロイツ。どこからどう見ても典型的なドイツ国防陸軍の中級将校がそこにいる。

 まさにナチスな男、それがエックハルトだ。

 しかし彼はあくまで陸軍所属の軍人で、親衛隊(SS)ではない。格好だけだ。

 指揮所内では主に陸軍の制服を着た職員が仕事をしているけど、管制塔や格納庫にいるのは空軍の人間だ。陸軍と空軍が同じ基地内にいるシュランベルクならではの光景だ。私たちは空軍所属ということになっている。

「床が汚れるじゃないか」

 エックハルトは迷惑そうにぼやいた。私は聞こえなかったふりをした。

「33飛行小隊シャーロット軍曹、エミリア一等兵。ただいま定期哨戒任務より帰還し報告に参りました」

 私とエミリアが並んで敬礼をしたその隙に、赤髪の若い通信兵はエックハルトの個室からそそくさと出ていった。去り際に彼女は私に向かって、エックハルトには見えない角度で軽く頭を下げた。

「お邪魔でしたか」

 副司令は私の言葉を無視してその後ろ姿を目で追っていたが、赤い髪が見えなくなると、ようやく私たちの方を見た。これ見よがしに大きなため息を一つ吐いて、少し沈黙してから、低く威圧するような声を出す。この男はいちいち芝居がかっているのだ。

「……ふん、ご苦労。異常はないか?」

 いつも通りの冷淡さで、そんな定型句を投げかける。私も定型句でそれに答える。

「はい、異常ありません」

「よろしい。すぐに下がって休息を取れ。……そんな格好でおられたら暑苦しくてかなわん。サウナじゃあるまいし、汗を撒き散らすのは外で頼むよ」

 虫でも見るような蔑んだ目からは、侮蔑的な感情が無遠慮に浴びせられる。よくあることだけど、なかなか慣れない。

「失礼します」

「――待ちたまえ」

 手早く敬礼を済ませ、個室から出ようと背を向けたところで呼び止められた。わざとらしい咳払いが聞こえた。足を止めた拍子に額の汗が数滴床に落ちた。もっと汚れればいい。

 後ろで立ち上がる気配。

「いやいや、暑いなかご苦労だった。君たちの働きにはいつも感謝しているよ」

 さもいま思いついたように上機嫌な声でエックハルトが言った。

 さっきまでとまったく毛色のちがう声に、背筋がぞわっとした。決して振り返らずその場にじっとしていると、こつこつと足音が近づいてくる。

「この陽気だ、宿舎は暑いだろう。それにくらべてここはずいぶんと涼しい。しばらく休んでいってくれてもいい。君たちは我が基地の中でももっとも過酷な仕事に従事している、模範的な兵士だからね。それくらいの褒美があってもいいだろう」

 口をつぐんだ私たちとは対照的に、エックハルトは台詞を読み上げる舞台役者のように朗々と喋る。

 また始まった。私は内心うんざりしていた。

 横目で見ると、エミリアの目が据わっていた。親の仇でも見るようにただ前だけを見つめている。ガラスの向こうにいる若い兵士が視線に気づいて驚いている。

 エミリアは胸だけでなくお尻もでかい。――つまりは、そういうこと。

 エックハルトはしばらく私たちを称賛する文句をつらつらと並べ立てていたが、私はまともに聞いていなかった。エミリアもきっと同じ。彼女は苛立ちを必死で押さえていた。エミリアはこういう下種な根性が大嫌いなのだ。

 エックハルトの好みというのは、さっきの赤毛の子といい、エミリアといい、一見おっとりしていそうな、やわらかそうな雰囲気の子なのだろう。それでグラマーならなお良し。

 つまり凹凸に乏しく目つきが鋭いような私なんて眼中にないってこと。はたしてそれが良いのか悪いのか。

 彼の評判はすこぶる悪い。女性には特に嫌われている。

「特に、そちらのブロンドの彼女は、ゆっくりしていってくれてかまわないよ」

 ほらこれだ。露骨すぎて言葉も出ない。

 直接見なくてもエックハルトがどんな顔をしているのかわかる。エミリアに興味津々なスケベづらを隠そうと紳士的に微笑しようと試みていることだろう。

 足音がすぐ後ろで止まった。空気が動く。細長い腕が、エミリアの方へ伸びる。

 目くばせするとエミリアは小さくうなずいた。

 私は振り返る。予想通りに微笑を浮かべて、いまにもエミリアの肩に触れようと手を伸ばす副司令は、突然振り返った私に驚いて動きを止めた。

 エミリアも慣れたもので、私と同時にその場でくるっと回れ右をした。エックハルトと向き合うと、完璧な作り笑いを浮かべる。無言のまま、それはそれは綺麗な敬礼をした。そうかと思うと、何も言わずに彼に背を向ける。

「お、おい、ちょっと」

 手を伸ばすエックハルトを華麗に無視して、パレードで行進する近衛兵みたいに両手足を交互に動かしながら個室から出ていった。

「申し訳ありません副司令。彼女はまだ新人なもので、任務で疲れて体調がすぐれないようなんです。ここで倒れてもご迷惑ですので、お暇させていただきます」

 私はそれだけを一気にまくしたてて、敬礼をさっさと済ませた。すぐにエックハルトに背を向けてエミリアを追って個室、次いで指揮所を脱出する。

 副司令は私が指揮所を出るまで呆然とその場で立ち尽くしていた。獲物を取り逃がした小犬のように。

 指揮所を出るとエミリアが廊下で待っていた。彼女と無言でうなずき合って、階段を下りると一階のシャワールームに直行した。



「あのスケベオヤジはどうにかならないんですかね!」

 脱衣所で汗を吸ったシャツを脱ぎながら、エミリアがいつも通りの愚痴をこぼした。任務から帰るたびに毎回のようにくり返される展開に私は苦笑するしかない。

 シャツを脱いで下着姿になると、濡れた巨大な胸部が窓から射し込む陽光を浴びて光り輝く。圧倒的重量感のそれは、同性の私でも息を飲むほどだ。

「マルティナだって嫌がってたじゃないですか! 乙女心のわからないオヤジですよ!」

「マルティナって?」

「副司令につかまってた通信兵ですよ。赤毛の背の低い……」

 申し訳なさそうな表情をした少女の姿が脳裏に浮かんだ。赤毛で幼い顔立ちをしていた。

「友だちなの?」

「彼女はわたしと同期ですよ。同じ日にここに配属されてその日のうちに友だちになりました!」

 胸を張るエミリア。なお存在感を増す胸部。

 天真爛漫なエミリアと、いかにも気の弱そうな赤毛の彼女――マルティナとではずいぶんと性格がちがう気もする。二人がどんなふうに話をするのか想像しにくい。

 エミリアはマルティナのことに限らず、交遊範囲が広い。基地のあちこちで陸軍空軍、老若男女の区別なくだれかと話しているところをよく見かける。彼女に限って言えば、魔女も何も関係ないのだろう。

 彼女の周りにはいつもだれかがいる。私とちがって。

 自分の社交性のなさが情けなくなってくる。

「エミリア、もしかしてあなた友だち多いの?」

 気になったので率直に訊いてみた。

「多いのかはわかりませんけど、隊長よりは確実にたくさんいると思いますよ」

 エミリアは何気ない調子で言ったが、胸に鋭く突き刺さる一言だ。

 たしかに友だちと呼べる人間が少ないことは、自分でも自覚しているけれど……。

「別にそんなに気にすることじゃないと思いますけど。数を競うものじゃないでしょ」

 エミリアはズボンをかごに入れながら言う。

「それはそうだけど、隊長たるもの人望というものも必要で……」

「人望では友だちはできませんよ。できるのは部下です」

 彼女は脱いだ下着を脱衣かごに入れている。意外な言葉の連続にエミリアを見ると、彼女は自分の胸を手で隠して、

「……なんですか? 隊長も私の胸ですか?」

「エミリア、あなた、意外に頭がいいの?」

「バカにしてますね隊長」

 むしろ感心している。

 エミリアはにかっと笑って体ごと私に向き直った。

「バカだと思っていた人間がかしこそうなことを言うと、頭のいい人がかしこそうなことを言うより何倍もかしこく見えるでしょう!」

「自分がバカだという自覚はあるのね」

「もちろんです!」

 そこで胸を張るな。栄養ぜんぶそこにもっていかれてるんじゃないかしら。

「だれかと仲良くするためには、共通の敵をつくると楽ですよ」

 ……共通の、敵、ねえ……。

「たとえば副司令とか。指揮所の全員から嫌われてますから、副司令の悪口だけでいくらでもビールが飲めますよ」

「そうね……」

 エミリアの提案にあいまいに頷いて、私は思考の海に足を浸かり始める。

 共通の敵。なんて、辛い言葉。その言葉が当てはまるのは、いったいどういう人たちだろう。

 真っ先に思いついたのは、たとえば私たち。産革移民、なかでも魔女はヨーロッパ中から嫌われているつまはじき者。ユダヤ人も同じだろう。見た目で私や彼らと、欧州の人々との間に差異はない。色素の薄い肌と髪。目の色、話す言語、食べるもの……。

 ちがいがあるのは歴史、思想、中身だ。

 副司令の場合は自業自得だけれど、私たちは――?

 この国はあの大戦争からまだ二十年と少ししか経っていないのに、もう再軍備をはじめている。もしかしたらまた戦争をする気なのかもしれない。いがみ合う国と国の間で、それでも一致しているのは、私たち魔法使いが異端だということ。

「そういう風に考えられたら楽なんでしょうけど……」

 頭の中をぐるぐると、良くない空想が回っている。敵っていったいだれのことなんだろう。ドイツに生まれて、ドイツで育って、けれど純血ドイツ人ではない私の敵とは。

 私の部隊にドイツ人は一人もいない。イギリス系とフランス系だけ。けど周りはみんなドイツ人だ。民族的な意味で、私たちは異種なのだろう。

 みんな基本的にはドイツ語を喋る。私を含めたいていのイギリス系の子は英語を話せるし、フランス系の子はフランス語も堪能だ。それは自分たちの根源を忘れないためだ。

 でも私の隊のだれも、ドイツの外に出たことがない。真の故郷を知らない。

 それじゃあ、私の祖国はどこなんだろう。

「……隊長?」

 顔を上げて振り返ると、エミリアが心配そうに私を見ていた。耳元にかかったブロンドの髪が、薄暗い脱衣所の中で輝いている。

 エミリアの顔を見ると、何故だかほっとする。彼女の無邪気で、底抜けに明るい相貌は少女の愛らしさの塊で、癒しの魔術でもかかっているのかもしれない。それにくらべて体はもう女神のように艶めかしい。大きな胸にくびれた腰、引き締まったお尻にしなやかな筋肉と脂肪に覆われた太もも。女の魅力が凝縮されている。魅惑の魔法を具現化したような体形だ。

 そんな都合のいい魔法、私は知らないけれど。魔法で人に好かれるのなら苦労はしない。

「なんでもない、気にしないで」

「そうですか?」

 もちろん私もわかっている。エミリアが本当はよく気のつく、空気の読める賢い子だということは。

 女だけ――それも魔女だけ――の部隊で、いちばん年下で、そういう役割を演じられるだけの器量があるってことは、彼女には人に愛される才能と、それに甘んじない知性があるってこと。私だったらたぶん同じようにはできない。彼女には柔軟さがある。

「とにかく、副司令のことはどうにかなりませんか?」

 目下のところ考えるべき問題はそれだった。苦情はエミリア以外の一部の隊員――スタイルの良い子ばかり――からも寄せられているので、放置するわけにはいかない、いかないのだけど――。

「しばらくは我慢してちょうだい」

「我慢ですかぁ」

「なんだかんだ言っても、直接手は出されていないわけだし」

 いまのところは、だけど。

「そうは言いますけど、私そのうち殴っちゃうかもしれませんよ?」

 全裸になったエミリアは、汗に濡れた金髪を振り乱しながら左右交互にジャブを打って、シャドーボクシングをしている。その過剰すぎる胸の肉は、上下左右縦横無尽に、目を見張る軌道で揺れている。フランス人とはこういう民族なのだろうか。いや、隊にはほかにも何人かフランス系の隊員がいるけど、ここまでではないはずだ。エミリアだけが特別なのだろう。

 私は壁に掛かった背の高い鏡で自分の姿を見た。背中まである黒く長い髪は母親譲り。目は小さいし、唇は乾燥して指で触れるとひび割れている。胸もそれほど大きくないし体は痩せて木の棒みたいだ。お尻も足も細いだけで頼りない。

「才能ね……」

 思わずそうつぶやいていた。エミリアが動きを止めて不思議そうにこちらを見る。

「何か言いました?」

 頭を振って劣等感を追い出してから、エミリアに向き直る。

「いいえ。……本当に何かされそうになったら言いなさい。とりあえず司令にはあとで伝えておくから。司令ならきっとなんとかしてくれるでしょう」

「……わかりました。いざとなったらそうします」

 エミリアはしぶしぶ納得したといった表情だが、背中を丸めて少しうつむいてしまった。

 彼女も女の子なのだ。それを忘れてはいけない。隊のだれもがそうだ。私が守らないといけない大切な仲間。軍人であり、魔女であり、少女なのだ。

 肩を落とす姿がいつものエミリアらしくなくて、私はどう励ましていいのかわからずに、

「しっかりしなさい!」

 つい渾身の力で背中に思い切り平手を打ってしまった。ひやぁあああ、とエミリアのつんざくような悲鳴が脱衣所に響き渡る。手のひらにはヒリヒリと心地よい痺れ。体の痛みは生きている何よりの実感だ。

 それにくらべて、心の痛みはあまりに苦しい。エミリアのそんな姿は見たくない。

 シャワールームには青色のタイルが壁と床一面に敷き詰められていて、足を踏み入れると冷たい感触を足の裏に感じる。中は白い板で区切られた個室がいくつも並んでいる。個室の並ぶ壁の上方には子どもでも通れないような幅の狭い窓がついていて、そこから陽の欠片が入りこんでシャワールームを幻想的に彩っている。

 まるで水槽の中にいるみたいだ。タイルの上に残った水滴と陽光の反射できらきらと輝く青い密室。

 水槽、あるいは水葬。海の中から空を見上げるとこんな風に綺麗なのだろうか。もしそうなら私は海で死にたい。陸でも空でもなく。陸は暑いし、空には一瞬しか留まることはできないから。この国は海に面していないので、私は海を見たことがない。

 海が見たい。唐突にそう思った。空も陸も、山も森も街もたくさん見てきた。見ていないのは海だけだ。

 いつか海を見よう。そして海を越えた向こうにあるあの国へ、いつか降り立つんだ。写真でしか見たことのないイギリスの街並みをこの目で。箒に跨って海の上を飛んでいると近づいてくる巨大な島。ゆっくりと降下して土を踏む。いつか、きっといつか。そこがきっと、私の祖国だから。

 ここは私のいるべき場所ではない。そんな思いは子どもの頃からずっとある。

 個室の一つに入りノズルを捻ると、ぬるい水が頭に降り注ぐ。ぶるっと反射的に身ぶるいした。温かくなるまでしばらくかかるのでそのまま浴びていると、隣の個室からも水の落ちる音が聞こえてきた。

「つめたい!」

 エミリアの甲高い悲鳴が、無機質な空間に響いて消える。

 汗や涙、抜けたまつげに頭皮の脂、髪の毛。治りかけた傷口の薄い皮や指のささくれをゆるい水圧のぬるい水が洗い流していく。水は夏の猛烈な日射しに温められて、高窓から湿気を含んだ土のにおい。夏のにおいがする。

 両手を壁について脚を開く。全身を洗い流すように流水を受け止める。汚れをぬぐった水は体を伝って流れ、ごぼごぼと音をたてながら排水溝に飲み込まれていく。その音を聞きながら今日見た風景を思い出す。

 大地に太い幹の木々が所狭しと並び立ち、林や森の間を縫うように走る街道は極端に人通りが少ない。国境線沿いの道路に人の姿は影も形もなく、国境の向こう側には蛇の胴のように長々と連なる太い壁が見えた。黙って私たちを睨んでいる要塞。マジノ線は今日も静かだった。

 国の境目は地上でははっきりと見える。空からはもっとくっきりとしている。地図の上で見るとあんなに現実感がないのに。

「あつい! 隊長が叩いたとこヒリヒリするんですけど!」

 ……うるさいなぁ。

 エミリアがわめくと頭が痛くなってくる。でも同時に安心もする。能天気な彼女の叫びは私の悩みをかんたんに吹き飛ばしてくれる。彼女がいるおかげで、張り詰めた空気がちょうどよくゆるむのを実感するときがある。ゆるみすぎているときもあるのでそれは問題だけれど。

 エミリアのことが好きだ。彼女は33小隊の清涼剤で、魔女という滅びゆく種族にとっての希望だ。これからの時代、魔女の有用性はいよいよ減っていくだろう。生き残る道をどうにかして確保しないといけない。

 そのための希望が彼女だ。彼女は、他人に愛される才能を持っている。きっと彼女のような人が、魔女の生きる道を切り開いてくれるのだろう。そんな特別なものを持っていない私は、せめて彼女を守ることで、自分の生きた意義を残したい。

「隊長」

 しばらくの沈黙のあとで、エミリアが薄い板越しに私に話しかけてきた。

「なに? 叩いたことなら謝るから……」

「基地のみんなが噂してますけど、……戦争が始まるって、本当ですか?」

 まるで知らないだれかの声のようだった。隣にいるのは本当にエミリアだろうか。あの能天気な響きとは似ても似つかぬ真剣そのもので、不安に押しつぶされそうになっているのをなんとか耐えている低い声。

 耳の中で、彼女の言葉が反響する。滴り落ちる水音だけが、シャワールームの内にさびしく響いている。

「……どこで聞いたの?」

 意識して声を低くし、ゆっくりと彼女の質問に質問で返した。質問してから、まずはとにかく否定するべきだったと後悔した。とっさのことに頭が回っていなかった。

 この鼓動を落ち着かせる必要がある。時間を稼がなければならない。彼女に私の動揺を察知されてはならない。絶対に、絶対に。

「どこって、基地のみんなが……」

「みんなとはだれのこと?」

 会話の主導権を握るために、わざと彼女の言葉を遮る。胸がちくりと痛む。こんな言い方、エミリアにはしたくない。高圧的でまるで憲兵だ。

「それは……」

 エミリアは言い淀んだが、だれが言っていたのかは聞くまでもなくわかっていた。だれかでもあるし、だれでもない。この手の噂話は、ある日突然、まるで以前からそこにあったみたいに、いつの間にかみんなが知っている。けれどだれも言いだしっぺを知らない。

 噂話とは本来無害なものだ。それがいつしか様々な感情と混ざり合って、体をむしばむ悪いものに変化したりする。病気のようなものだ。早いうちに排除しないと面倒なことになる。いまみたいに。

「その噂は、私も知ってるわ。けど、発生源の分からない情報は信用しないようにと、前に教えたでしょ」

「……はい、すいません」

 冷たく厳しい声で言い切ると、エミリアは尻すぼみするように声を小さくして黙ってしまった。

 噂に惑わされてはいけない。警戒しないと。利用しようとする者たちに、それが真実かどうかは関係ない。

 十二世紀から数百年続いた魔女狩り。

 一九三四年の長いナイフの(ナハト・デア・ランゲン・メッサー)事件。

 過去にいくらだって、噂が膨張して死んだ人がいたんだから。

 規律意識の低下だけは、なんとしても避けなければならない。ただでさえ私の小隊は危うい立ち位置にいるのだから。

「……噂話は冗談半分にしか信じないようにしなさい。あやふやな話を真に受けることほど馬鹿馬鹿しいことはないわ」

「……そうですね、気をつけます」

 エミリアにはそう言って会話を終わらせたが、私は内心そんな風に自分を納得させることができなかった。

 ――戦争。もっとも考えたくない出来事。平和なときでさえ、些細なことで崩れ落ちそうな脆い足場の上に私は立っている。年季の入ったつぎはぎだらけの脆い足場だ。

 戦争などという激震を受ければ、それはいともかんたんに崩れ落ち、支えを失った私は暗い闇の底に、真っ逆さまに落ちていってしまうだろう。隊のみんなもいっしょに。

 恐ろしいことだから、これまではなるべく見ないふりをしてきた。

 自分から軍人になったのに、戦争を恐れている私は憶病者なのかもしれない。

 でも、臆病でもいい。みんなを守れるならそれでいい。

 大戦争が終結してから二十年。いつ戦争が始まってもおかしくない。

 ただ、最近の任務に特に変わったことがないのも事実だ。

 シュランベルク基地はフランス国境まで五十キロのところに位置している。日々の哨戒飛行では、フランス国境すれすれまで飛ぶ。

 毎日の出撃は、メッサーシュミットを擁する中隊と私たちの33小隊が、午前と午後にそれぞれ行うことになっている。いまのところこれといった変化があるわけではない。基地の兵力が増強されることもなく、フランス側にも特別な動きがあるようには見えない。

 ドイツとフランスの国境線上には、フランスが建設したマジノ線と呼ばれる長大な要塞地帯がある。国境に沿うようにつくられた総延長四百キロに及ぶ巨大な壁。それが双方にとっての抑止力となっている、らしい。大戦争後につくられたので、まだ一度も効果を発揮していない。

 それはいつ見てもただの分厚い黒い壁でしかなかった。フランス兵たちがいつも屋根の上に登って煙草を吸ったり酒を飲んだりくつろいでいるのを上から眺めていた。彼らは上空の私たちに笑顔で手を振ってくれた。あまりに緊張感がないので、エミリアなんかは手を振り返していた。

 いつも通りの日々だった。私の想像する戦争像とはあまりにちがっている。戦争の現実感、目に見える質感のようなものを感じない。

 不安になる材料は何もない。疑り深いのは私の悪い癖だ。物事を悪い方へ考えてしまうようになったのは、たぶん両親が死んでからだろう。

 心のどこかで根も葉もない噂が息づいていた。目に見えぬ病毒のように私を苛む予感があった。戦争という言葉、戦争という響き、戦争の足音、戦争、戦争、戦争……。

 いやな言葉だ。口にすればするほど、言葉の輪郭がはっきりとしていく気がする。言葉にすればするほど、私の中の不安が実体を持っていくような。

「……隊長、……隊長!」

 声に振り返ると、エミリアが個室の入り口に立っていた。彼女は裸のまま、怪訝な顔で私の様子をうかがっている。

「私もう出ますけど……、あんまり浴びていると風邪ひきますよ?」

「……ええ、私も出るわ」

 降り注ぐ水はいつの間にか熱湯に変わっていて擦り傷にしみる。私はどれくらい考え事をしていたのだろう。汗はすっかり流れ落ちて、髪の毛は温水をたっぷりと吸って重たくなっている。

「隊長?」

「大丈夫。戦争なんて起きない、起きるはずがない」

 目を見据えて強い口調で言ったが、エミリアはやっぱり不安げな顔をしている。彼女にはそういう心配事とは無縁でいてほしい。

 不安は伝染する。隊長は、常に余裕を持って毅然とした態度をとらなければならない。部下の良き模範となるのも重要な仕事の一つだ。少なくとも私はそう思っている。

「大丈夫。噂はあくまで噂、気にすることなんてない。戦争なんて起きるはずないんだから」

 エミリアの濡れたブロンドの髪を撫でる。日に焼けて傷んだ髪がかわいそうだ。前の大きな戦争や、産業革命がなければ。そもそも魔法もなければ、こんな風にならずに済んだのではないか。何もなければ、彼女も私も、ただの町娘として暮らせたかもしれない。

 平和な世界。魔女が差別されない社会。恋をする私。だれかと手を繋いで歩くエミリア。

 どれもうまく想像できない。

 そんなのは絵空事だと、私はよく知っている。

 エミリアは、やはり不安そうにうつむいている。これではいけない。任務に支障が出るかもしれない。

 だから。

「エミリア」

「はい……、はい?」

 だから、とりあえずエミリアの胸を揉んでおいた。否、揉みしだいておいた。ぐにぐにと。

 これも隊長の仕事だ。緊張緩和、スキンシップ、すべすべ。女同士だからなんの問題もない。むにむに。

 手のひらから伝わってくる柔らかさと心地のよい温もり、たしかにこれはいいものだとわかる。人並みだと自負している私には縁のない重量感。副司令のすけべ心も少しは理解できる気がする。手のひらにのせて持ち上げてみると拳銃なんかよりもずっと重い。ちょっとした砲弾くらいはあるかもしれない。こんなのを始終ぶら下げていて肩が凝らないんだろうか。

「ぐうっ……!」

 そんなことを考えていたら、強烈なボディブローを喰らった。腰が入った重い拳が私のへその下を穿った。息が詰まって崩れ落ちそうになるのを、脚に力を込めて必死に支えた。珍しくエミリアは無言だった。無表情だったが、顔が少し赤かった。

 私は彼女の胸から手を離して、痛む腹をかばいながら彼女の肩を叩いた。ナイスブロー。そしてよろめきながら更衣室に戻った。

 上官に対する暴行ではあったけど、処罰することを私は露とも考えなかった。なんだかこちらにも非があるような気がして。いやきっとある。絶対ある。

 私は何か、色々と間違えた。どうにもコミュニケーションというものは難しい。

 ――戦争。きっとそんなことは起きないと自分に言い聞かせ、それでも一抹の不安を抱えて、下腹部を押さえながら自室に帰った。エミリアのパンチは思いのほか重く、ひりひりする腹部の熱は、私が生きていることを実感させてくれているような、そんな気がした。

 手のひらには、あの感触がいつまでも鮮明に残っていた。



「昨日未明、我が軍百五十万の将兵がポーランドに侵攻したよ。……さて、どうしたものかな」

 司令は自分が言ったことにいかにも興味なさげに、机の上の木でできたおもちゃを指ではじいたりしている。机に並べられた手のひらサイズのレシプロ機。子ども用のおもちゃだ。

 午後四時過ぎ。エミリアに誓った私の思いは、一時間ともたずに打ち砕かれてしまった。どうしてこうなったのか。彼女に語った希望はやっぱり私の希望的観測に過ぎなかったのか。あとで彼女に謝らないといけない。

 戦争は始まってしまった。よりにもよって、今日。

 部屋の中には私が嫌いな、苦く、無遠慮に鼻孔をくすぐるコーヒーのにおいが充満している。司令はコーヒー依存症だ。私たちがビール依存症なように。

 私が立っているのは中央棟三階の司令室だ。総合指揮所のちょうど真上にあたる。広い司令室の窓際に置かれた重厚な焦げ茶色のデスク、その質素かつ格式高そうなデスクとセットになっている、背もたれのしっかりとした革張りの椅子に基地司令のフランツ大佐が腰かけている。私はデスクを挟んで真正面に直立して、胸を張って姿勢を正している。

 部屋は私にあてがわれている個室よりも優に三、四倍は広いだろうか。床には灰色の絨毯が隙間なく敷き詰められていて、やわらかい感触が足の裏から伝わる。

 大きな窓を背にして、黒い革の光沢が美しい椅子に体を預けている司令は、綺麗に染まった白髪頭に、同じく白いささやかな口ひげを蓄えている。ベテランの風格を漂わせているフランツ大佐は私の反応を待っていたようだが、私が何も言わないので静かな口調で話し始めた。

「開戦したよ、軍曹。――どうする?」

「どうする、と申されましても」

 答える立場にないので私が黙っていると、

「我が軍とポーランド軍との戦力差は歴然だよ。ベルリンの情報筋の話だとワルシャワの陥落は時間の問題だそうだ。兵の士気も高く、数日中にもポーランドの大部分を掌握できる見込みらしい。まあポーランドにてこずっているようではお話にならないからね、ある意味当然だろう。これからどんどん激しくなっていくよ、この戦いは」

 司令はそこまで言って、道化のように両手を広げておどけてみせた。

「だがまあ、どうせなるようにしかならないだろうから、私は考えることを放棄するよ、軍曹殿」

「そうですね、司令殿はそういうお方です」

 司令はやれやれと肩をすくめた。老練な雰囲気は消え、かわりに軽薄な空気が彼を包む。

「所詮一介の基地司令にできることなんて何もないんだよ。こいつはあまりにでかすぎる。これからもっともっと膨らんでいくさ」

「戦域は中央ヨーロッパでは留まらないと?」

 私の言葉に司令はうなずいた。

「そりゃ、そうだろうね。総統閣下はそんなところでは満足しないだろう。彼は狂っているから」

 ――ドイツ帝国総統アドルフ・ヒトラー。

 私は彼を知っている。

 父は彼のせいで死んだのだから。

「問題は、だ。君たちのことだよ」

 司令は諭すような口調になった。

「私たち、ですか」

「昨年に起きた水晶の夜事件(クリスタル・ナハト)は知っているか?」

「ええ、一応は。……ひどいものだったと」

「人ごとではないよ、お嬢さん」

 お嬢さん。司令は、私も含めて33小隊員のことをそう呼ぶ。

 その呼び方が、どこか幼い響きを含んでいるようで以前から嫌だった。

 私たちは自立した大人なのに。少なくとも自分ではそう自負している。

「君たちはユダヤ人と同じだ。あの暴動で攻撃されたのはドイツ国籍を持つユダヤ人たちだ。君たちはドイツ国籍のイギリス人やフランス人ばかりだろう? ルーツをたどればそうなる。それも、魔女だ。いわゆる産革移民というやつだ」

 産革移民――十八世紀にヨーロッパに訪れた産業革命の大波による工業発展で居場所を失い、祖国から他国に移り住んだ者のこと。特に多くの魔女が十八世紀末から十九世紀初頭にかけて祖国を追われた。うちの隊員はみんなその末裔。革命で魔法は価値を失った。科学は魔法を凌駕し、魔法使いの持つ特権をすべて奪った。

「口実はいくらでもある」

「おあつらえ向きですね」

 ため息が漏れた。材料があまりに揃いすぎている。一つでも致命的なのに、こういくつもあっては。

 すると司令は急に真剣な表情になって私の目を真正面から見つめた。私は一瞬ひるんだ。司令の眼光は弾丸のように鈍く光っていた。私の心を射抜かんとしているように。

「いいか軍曹。くれぐれも気をつけることだ。連中は君たちを狙っている。決して見逃してはくれない。やつらはどこにだっている。目を光らせ鼻をひくつかせ、息を殺して聞き耳を立てている」

「……ご忠告どうもありがとうございます」

 表情は険しいが、司令がいつも私たちを気にかけてくれていることは知っている。それがどうしてかはわからない。聞いても教えてくれないだろう。彼はそういう人だ。秘密主義の大人、私が嫌いな人種。

 退屈で、冗談がつまらなくて、コーヒーばかり飲んで、それでいて立派な大人。

「シェイクスピアを読んだことがあるかね? 君の故国の大作家だよ」

 司令は唐突にそう言った。

「いえ、ありません」

「ああ、読まなくていい。彼の話は暗い。最後はみんな死んでしまう。いくらイギリス人だからって、そんなところは真似しなくていい」

 私はドイツ人ですと言おうとしてやめた。司令にそんな方便は無意味だ。

「生きなければ意味がない。人生は途中で終わらせてしまっては意味がない」

 それには同感だった。

 司令はマグカップのコーヒーを啜る。そうして思い出したように白い器を差し出して、

「飲むかね? 飲むなら誰かに淹れさせるけど」

「けっこうです。コーヒーは苦手です」

「そう、こんなに美味しいのにな」

 眉尻を下げる。好々爺と呼ぶにはいささか渋過ぎる。

「それで、用件はなんでしょうか。もうこれ以上ないのなら戻りたいのですが」

 あまり長居するとよもやま話にいつまでも付き合わされかねない。

 私がそう切り出すと、司令はああ……、とつぶやいて天井を仰いだ。

「そうだった。用件はちゃんとある。何も老人の説教を聞かすために君を呼んだのではない」

 司令はそう言うとデスクのいちばん上の引き出しを開けて中を探った。

「おめでとう、シャーロット・アップルトン曹長。開戦に伴い、君は軍曹から曹長に昇進だ」

 司令はそう言うと階級章を机の上に置いた。輝くような黄色の台布の上に銀色の翼が刺繍されている。

「君の昇進にあわせて、副官のニコラ・ベイカー先任伍長も軍曹に格上げとなる。彼女にもあとで来てもらうが、まずは君に伝えておこうと思ってね。おめでとう」

「……ありがとうございます」

 思いがけず階級章を受け取ってしまったが、素直には喜べなかった。これが与えられたということは、本当に戦争が始まってしまったということだ。

「開戦したからといって、君たちにやってもらうことは今までと変わりはないから、そこは安心してほしい。哨戒飛行は今まで通り日に二度、午前と午後に、第14飛行中隊と交代で。報告は副司令に」

 そこで私はエミリアに言ったことを思い出した。

「その副司令のことなんですが」

 司令は何かを察したのか、表情を曇らした。

「また、問題でも?」

「うちの隊員から苦情が来ています。体を触られたり、いやらしい目で見られたりしたと」

 主にエミリアから。あとはニコラ、ジェシカ、クリスティーヌあたりからも。

 私のことはほとんど見なかったくせに。

「…………うーん、まあ、その、なんだね」

 司令は考えごとをするように目をつぶって腕組みをしていたが、少ししてから、

「とりあえずは我慢してくれる?」

 理解を求めるようにそう言った。思わずため息が漏れる。

「そう言われると思っていました」

「彼はあの見た目通りの男だから、それ以上のことをしようなんて勇気はないと思うけれど、もし何かされそうになったら申し出て。そのときはこちらで対処しよう」

「手を出されてからでは遅いんですが」

「そう言わずに頼むよ。彼の扱いには私も困っているんだ。彼の叔父上は陸軍少将で、党ともつながりがあるもんだから、下手をすればこちらの首が飛ぶ」

 司令は首を切るジェスチャーをしてみせる。

「つまり手を出してくるまでは耐えろ、と?」

「まあ、そういうことだね。君ならできるでしょ?」

「……わかりました。他に用件は?」

 司令は首をふる。私は背筋を伸ばして敬礼をした。それから回れ右をしようとして、

「ああ、ちょっと」

 呼び止められたのでふたたび司令に向き直った。枯れ草のような口髭を触るのは彼が緊張、というか気を使っているときの癖だ。その癖を見るたびに、私は自分でもよくわからずに不安な気分になる。

 妙な居心地の悪さ。理由はなんだろう。

「シャーロット」

「なんでしょうか」

「まだ基地には慣れないかね」

「二年もいれば、ここは我が家同然ですが」

「その割にはくつろげていないように見えるけれど」

「気にかけていただきありがとうございます。ご心配には及びません」

「充分に眠れているか?」

「今朝を除けば」

「食事はどうかね」

「不満はありません」

「嗜好の方は? 酒や煙草は?」

「煙草は吸いません。ビールを酒と呼ばないのなら、酒も飲みません」

 酒盛りは少なくとも週に三回。多いときは毎日。それくらいしか楽しみがない。幸い、ビールだけは腐るほどある。

「友だちはどうかね?」

「……は?」

 思わず素っ頓狂な声が出た。司令はいたって真面目な顔つきをしている。

「友だちはできたか、と訊いたんだ」

 司令はなおも続ける。私は子どもか……!

 声を荒げたくなる気持ちを抑えて訊き返した。

「質問の意味がわかりません。ここで友だちを作る必要が?」

「言い方を変えようか。信頼できる者を見つけたか?」

「その質問にいったいなんの意味があるんですか?」

 意図がまったくわからないのでごまかしようもない。

「いいから答えて」

 司令が頑固にそう言うので、私はしばらく考えたうえで、

「いません」

 と正直に言うと、司令は残念そうな表情をした。癇に障る仕草だ。

「……君には社交的でないところがあるよね」

「そうかもしれません。さっきもエミリアに似たようなことを言われました」

 自覚も少しはある。そしてそれがどうしようもないことも。

「心を閉ざしている? いや、開き方がわからないのかな」

 司令は顎に手を当てて考える姿勢。まるで教師のようで気に入らない。司令はそういう頭でっかちの大人ではないはずだ。

「分析をされるのは勝手ですが、この性格は変えようがないと思います」

「それはなぜ?」

 司令は首をかしげる。私は少し考えてから、

「気がついたときにはこうでしたから」

 物心ついたときにはすでに父はおらず、母も私が五歳のときに死んでしまった。私は父の弟の家に引き取られた。同じベルリン市内の外国人街に居を構える叔父の家は、まだ若い叔父夫婦と、私の三つ年下の一人娘と、年老いたおばあさんの四人家族だった。

 叔父は私の父とはちがい、魔法を嫌悪していた。自分の中に流れる魔の系統を忌み嫌っていた。たとえ魔法が使えなくても、そういう出自は彼の人生を苦難に満ちたものにしたのだろう。私の父が血統に誇りを持っていたことも嫌悪する理由の一つだったかもしれない。

 私は彼らに引き取られ、軍に入隊するまでの十一年間をその家で過ごした。その間、私の話し相手はおばあさんと、近所にたむろしている野良猫やドブネズミや、小鳥だけだった。

 もちろん、動物と話せたわけではない。使い魔なんてものは、もう何百年も前に廃れてしまっている。二十世紀の魔法使いにはそんな初歩的な魔法を行使する力もなくなっていた。

 私とおばあさんは、家の中ではごく希薄な存在だった。限りなく透明に近い。叔父夫婦とその娘は極力私とおばあさんに話しかけてこなかった。私も彼らをまるで赤の他人のように思っていた。魔法が使えない魔法使いほど惨めなものはないと、その頃の私は思っていた。

 彼らは私と同じ境遇にありながら、他の多くの人のように私を見下していた。私が空を飛べたから。

 いま思えば、あの家はひどくいびつだった。

 叔父はドイツに住む産革移民――それも魔女――の家庭にありがちな貧乏暮しで、夫婦で小さな雑貨屋を細々と営んでいた。主な客は同じ移民や、ユダヤ人や、ドイツの社会から除け者にされた人々だけで、純粋なドイツ人は決して足を踏み入れようとしなかった。

 ドイツ人たちは店の前を通り過ぎていくだけ。汚いものを見るように店を一瞥するか、そもそも視界に入れようとしないかのどちらか。

 店にはいつも陰気な空気が滞っていた。私は学校から帰ってくると叔父に言われて店番をしたが、店内に魔法に使う道具など何一つ置いていなかった。木でできた子ども用のミニカーや飛行機、パンを入れるバスケット、ビールジョッキ、チェスセットやトランプ、小動物を入れることのできるかご、料理用の計量器、紳士用ライター。そういうものが所狭しと置かれていた。陰気な以外は、どこにでもあるような雑貨屋と変わりなかった。

 薄暗い店内にいると、気分はどんどん滅入ってくる。客はほとんど来ず、たまに来ても会計を済ますと逃げるようにそそくさと出ていってしまう。会話はなく、空も見えず、いつも天井の隅に張った蜘蛛の巣をじっと眺めていた。

 私はカウンターに頬杖をつきながら空想することで時間をやり過ごしていた。空想は決まって空を飛ぶことだ。

 空想は回数を重ねるごとに細部がはっきりとしていく。雨が降って地面が固まるように、妄想も強化されていく。

 季節は初夏。真っ青な空高く、切れ切れの雲の間を私は飛んでいる。太陽は私の背後で煌々と燃えている。

 私は鍔の広い真っ黒な魔女帽子をかぶっている。新品のように綺麗で身の丈よりも長い立派な草箒に腰かけて、紺色のローブを肩からかけている。腰のベルトには細長いセイヨウトネリコでできた杖がささっている。どこからどう見ても魔女にしか見えない。

 外見は子どもの私よりずっと年上に見える。二十歳前後、つまりいま現在の私くらいだ。その頃の私が、大人だと思っていた年齢の私。グラマーな体つきは、いまの私とは似ても似つかない。エミリアを縦に伸ばしたような体つきだった。いまの私とは大ちがいだ。

 箒に乗って私はどこまでも昇っていく。雲は少しずつ後ろに飛び去っていく。次第に日が傾きはじめた空をどこまでも。決して振り返らない。ただ前だけを見つめて。いくつもの雲を越えて、その先へ。

 その先に何があるのか。私は知らなかったし、いまでも知らない。空想の中には果てなんてなくて、どこまでも空と雲しかなかったのだから。天気はいつも晴れで季節は決まって初夏。飛ぶのはひとり。空想はいつも私に都合がいい設定になっている。

 素晴らしい風景。

 大人の私。

 箒と杖とローブと帽子。魔女の定番スタイル。

 同じ年頃の魔女の友だちなんていなかったから、いつもひとり。

 学校から帰ると店番をして、外に遊びに行くことはなかった。友だちはいなかったし、遊ぶと言っても何をしていいのかわからなかった。

 魔法使いの真似ごとは厳しく禁止されていた。箒も杖も部屋のベッドの下で埃をかぶっていた。

 杖を振ること。

 箒にまたがること。

 魔女の格好をすること。

 どれも絶対にしてはならないと叔父夫婦から言われていた。周りにだれもそんなことをする人はいなかったし、しようものなら警察がすっ飛んできて、お前も俺たちも終わりだと言われていた。

 いつも店番が終わると急いで学校の勉強を終わらせた。晩御飯を済ませると、おばあさんのところへ行って話をした。おばあさんはたいてい部屋で縫物をしていた。何を縫っていたのかは覚えていない。おばあさんは嫌な顔ひとつせずにいつも笑顔で私の相手をしてくれた。彼女の実の孫娘はおばあさんに近寄ろうともしない。

 おばあさんは魔女だった。叔父も、その奥さんもその娘も魔女の血統ではあったが、彼らはそれを恥だと思っていたし、実際に空を飛んだこともないはずだ。彼らにはその能力がなかった。そんなの、魔女とは呼べない。

 おばあさんは年齢不詳だった。七十歳にも見えたし、百歳と言われても不思議ではなかった。髪は一本残さず真っ白に染まっていて、顔には深いしわが年輪のようにたくさん刻まれていた。腕も足も枯れ木のように細く乾燥していたが、目だけはいつでも深みのある緑色に輝いていた。

 おばあさんはむかし話をたくさんしてくれた。私にとってそれは学校で教わるどんな物語よりも楽しく胸躍るもので、彼女の話を聞くことだけが私の日々の楽しみだった。

 たいていはおばあさんが若いときの話。箒で空を飛んでいると竜を見た、雷神様を見た、分厚く空を覆う雲の合間から円盤状の物体が降りてきた。そんな夢物語。

 いま考えれば嘘だとわかるような話ばかりだ。竜も神様もいるわけがない。

 この世には魔法と科学しかないのだから。

 結婚したときの話もしてくれた。おばあさんはむかし郵便配達をしていたそうだ。おばあさんが若かった頃は郵便配達と言えば魔女の仕事だったという。おばあさんが若い時代って、いつくらいだろうか。想像もつかない。

 私が子どもの頃にはもう郵便配達は魔女の仕事ではなくなっていた。長距離は飛行機に、短距離は自転車や自動車に取って代わられていた。

 おばあさんが毎週手紙を届ける家があった。大きな屋敷で、庭は噴水があるほど広く、使用人も大勢いるような家だった。そこには毎週たくさんの手紙が届く。彼女は郵便カバンに手紙をいっぱい入れてそれを届ける。

 ある日彼女がいつものように配達にやって来た。玄関先に着陸しようと降りはじめると、二階のテラスにだれかいるのが見えた。茶色い髪の少年が彼女を見ていた。まだ幼さの残る顔立ちだったが、中性的で整っていた。使用人に聞いてみると、この屋敷の三男坊だということがわかった。

「それが私の旦那様だよ」

 おばあさんは笑ってそう言った。

 来る日も来る日も彼女は手紙を届けた。雨の日も晴れの日も風の強い日も。熱が出ても仕事は休めない。怪我をしても仕事は休めない。三男坊は毎週テラスから、庭の隅から、開け放った玄関の向こう側から彼女を見ていた。

 手紙を届け続けて五年目の春。三男坊から熱烈に求婚された。少年は十八歳に、彼女は二十三歳になっていた。それまで一度も話したことのない彼からプロポーズされて、彼女は面食らってしまった。当時はいまとくらべても魔女への風当たりが弱かったとは言えない。しかも三男坊とはいえ相手は名家の家柄である。

 その場にいた少年の両親は当然のことながら猛反対。三男坊は認めてくれなければ家を出ると反撃し、彼女そっちのけで大喧嘩が始まってしまった。

「愛は偉大だよ。魔法だって愛には敵わないさ」

 おばあさんはまた笑った。

 私はおばあさんが大好きだった。

 彼女は、私が十三歳の冬に死んだ。やっぱり死因はよくわからない。でも結局、最後は心臓が止まって死ぬのだ。それだけは、魔女もユダヤ人もドイツ人も変わらない。

 人間はいつか死ぬということを、私は思い出した。

 私はそれで、本当にひとりぼっちになった。

 それからの三年間。私はろくに人と話をしなかった。軍の訓練初日に教官に叩きのめされるまで。私はいじけた孤独な子どもを気取っていた。教官にその殻をめためたに破壊されて、また生まれた。



「ひとりでは戦えないんだよシャーロット」

 司令がやさしく言った。まるで子どもを諭すみたいな言い方だった。

「だれもひとりでは戦えない」

「そのための部隊です」

「部下と仲間はちがうよ」

 えぐるように、諭すように、慈しむように、私を射抜く、三日月のような目。

 しばらく私たちは見つめ合っていたが、司令は不意に視線を落とすとデスクのいちばん上の引き出しを静かに開けた。中から一丁の拳銃を取り出してデスクの上に置くと、金属の無骨な重みを感じさせる音がした。モーゼルHSc、将校に与えられる軍用自動拳銃、装填数は七発。銃身が鈍く輝く、一見すると地味なデザインだ。

 護身用に支給された拳銃。私もちがう種類のを腰に一丁下げている。

「たとえばこいつを預けられるような相手は見つかったかね?」

 司令はそう言うと不敵に笑った。

 ――基地司令フランツ・マイヤー大佐。軍歴三十二年のベテラン将校。南部歩兵科連隊小隊長からキャリアをスタートさせて、以降は第112歩兵中隊、第6軍51突撃隊の隊長を歴任。その後は首都防衛大隊の大隊長補佐にまでなった。キャリアから考えれば将官への昇進は確実のはずだったが、未だに大佐。

 出世街道を外れたように、いまではこんな小航空基地の司令におさまっている。それも、彼が築いてきた陸軍のキャリアとは無縁とも思える、魔女のいるような田舎基地だ。

 だれが見ても輝かしいキャリアを持つ大佐が、なぜこのような戦略的に重要でもない小基地――もっとも、開戦してしまった今ではフランスとの国境に最も近い基地のひとつにはなったが――の司令におさまっているのかは前から不思議だった。

 ナチスに反対的だから、作戦で重大なミスを犯したから、若い女性兵士とのスキャンダルなどなど、彼の左遷の理由についての噂は絶えない。しかしあくまで噂は噂だ。司令本人から真実を聞いた人間は一人もいない。

 真実はどうであれ、彼のときおり鋭くなる眼光が三十二年のキャリアが伊達ではないことを証明している。あれはまぎれもない軍人の目だ。ベルリンではあまり出会わなかった種類の目。ふだんの柔和な、人をからかうときの彼と同一人物だとは思えないが、まぎれもなく彼の本質だ。

 机の上の拳銃は司令の手を離れ、さびしそうに横たわっている。人類が発明したもっとも手軽に人を殺すことのできる武器、それが銃。自分のためにだれかを殺す。かつて石や斧や木の棒で、多大な筋力と労力を必要としてきたことが、小指並に小さな弾丸ひとつで、引き金を引くだけでできるようになった。

 その点でも、科学は魔法を凌駕した。いまや魔法だけで人を殺すことは至難の業だ。私はだれかを苦しめたり、ましてや死に追いやったりするような呪いや魔術を何も知らない。それらはほとんど失われてしまった。たとえ術式が残っていても、行使する魔力はもう私の中には残っていない。

 司令は無言で私を見ている。その瞳からはどんな種類の感情も見出せない。

 拳銃の抑止力。重量六百グラムにも満たない金属の集合体が吐き出す鉛玉は、拳銃自体の百倍の重さを持つ生物を瞬時に殺害できる。

 拳銃と比べれば魔法がいかに無力であるかがよくわかる。近代兵装のどれもが魔法以上に便利だ。

 私はまだ人を撃ったことがない。実戦を経験していないから当たり前のことかもしれない。そんな日が来ないことを祈る。

 人を殺すということがどういうことか、想像すらできない。

 司令は銃でだれかを、人を殺したことがあるのだろうか。もしくは、殺したいと思ったことは。

「そういう人物は、いません。私が一方的に信用している相手はいますが」

 相手がどう思っているかはわからない。訊いたこともないし、訊ねるのは恐ろしいことのように思える。

 私がそう言うと、司令は表情を崩した。

「いいことだ。それじゃあ次は、その幸運な人物に信頼してもらえるようにがんばってみるといい」

「……やってみます」

「君は君が思っているよりも、人に愛される人間だよ」

 顔が熱くなる。とても恥ずかしいことを言われた気がする。

 司令はモーゼルを元あった引出しの中に戻して立ち上がった。黒いブーツで絨毯を踏みしめ、デスクの背後の大きな窓に近寄ると外に視線を向けた。そうすると私に背を向ける格好になる。隙だらけに見える老いた男の背中。実際は隙などない広い軍人の背中。

 私も窓に歩み寄って、司令の隣に立った。

 司令室の窓からは基地の滑走路が一望できる。滑走路にはいま、メッサーシュミットがキャノピーを開いた状態で停まっている。機の周りには点検する整備兵と、パイロットと思しき飛行服姿の男たちがいる。これから午後の偵察に出るようだ。彼らが準備をしているということは、そろそろ彼女たちが帰ってくる頃だろう。私の隊の女の子たちが。

「さあ戦争だ。生きるための戦争だ」

 司令はこれから飛び立とうとしている飛行士たちを見ながらつぶやく。ガラス越しに見る風景では、外界の熱もにおいも何も感じられない。

 まるで映画の中の景色と何も変わらない。触れられない世界は絵空事だ。

「司令。……司令は、この戦争はどれくらいで終わると考えていますか?」

 私は最前から考えていた質問を口にした。とても重要なことだ。

「それは、どちらかが負けるまでだよ。中途半端では、今度こそ終われない」

「すぐには終わりませんか?」

 かすかな希望を胸に訊いたが、司令は首を振る。

「総統閣下はそうは考えておるまいよ。このヨーロッパだけでもお隣のフランス、君の祖国の大英帝国、北にはソビエトがいる。さらに海の向こうにはアメリカがいる、眠れる獅子と呼ばれる中国がいる。この五つの大国を倒してはじめて、ドイツは帝国として世界に君臨できる。それにはイタリアや日本といった同盟国の協力が不可欠だ。ほら、ここでも仲間だ」

 ヨーロッパの友好国イタリア、海の向こうの同盟国、島国日本。帝国ドイツの数少ない同志。しかし見たこともない彼らとどうやってともに戦えるというのだろう。手を繋ぐ仲間の顔すら知らずに。

「勝てると思うか?」

 司令は窓の外を見ている。滑走路では整備兵たちが機から離れ、戦闘機の鼻先に付いたプロペラがゆっくりと回転し始めた。縦一列に並んだ二機のメッサーシュミットが、いままさに離陸しようとしているところだった。

 私は答えなかった。答えを持ち合わせていなかったし、なんとなくごまかせるほど私は戦争を知らなかった。私は戦争に対してまったくの処女(ヴァージン)だった。

 司令は私が無言でいるのを見て、弱々しくほほ笑んだ。

「……よろしい。それでは戻ってくれ。疲れているところをすまなかったね」

「いえ、失礼します」

 手早く敬礼を済ませて、司令に背を向ける。

「シャーロット!」

 また、司令に呼び止められる。ドアノブから手を離して振り返ると、司令はすでに椅子に腰かけ、ゆったりとした表情でマグカップを片手に持っている。

「とりあえずの宿題として、戦う理由くらいは見つけておいた方がいいね」

「生きるため、ではダメですか?」

「漠然としすぎているな。そんなのはだれにだって言えるよ」

 私は少し考えた。究極的に言ってしまえば、理由なんてなかったのだ。選択肢など、十六歳の私にはなかったも同然なのだから。その上、私はこの仕事になんの希望も見出せないと信じている。

「では国のため、ではどうです?」

「嘘臭いね。嘘をつくならもっとまともなのを考えた方がいい。少なくとも、私は国のためになんか戦ってはいないよ」

 きわどい発言だった。だが司令に気にする様子はない。

 私は少し驚いた。

 国のために戦わない軍人がいることが意外だった。軍人とは、私のような不忠義者を除けばみんな国家とか、主義とかいうもののために戦っている連中ばかりだと思っていた。エックハルトが典型的なドイツ人将校なら、司令はその対極かもしれない。

 ナチスに反対的だという噂も、あながち間違いではないのかもしれない。

「君たちのような、若い、前途有望なお嬢さん方を戦場に送りださねばならないことを、私は謝らなければならない」

 司令は沈痛な面持ちで言った。私は不思議な気持ちで、

「どうして司令が謝ることがあるんですか」

 と言った。すると司令は真面目くさった顔で、

「若者にこんな重たいものを背負わしてはいけないからだ。国や、未来や、正義といったものは君たちにはまだ早い。そんなものは死にゆく老人が抱えていればいいんだ」

 子ども扱いされたような気がしたが、司令の目は何故か深い悲しみのようなものを含んでいるように見えたので、それは私の思いちがいかもしれない。

 私はまだ、彼に認められていないんだろうか。ただ漠然と飛ぶだけではだめなのかもしれない。

 けれども、この仕事に希望を持てという方が無茶だ。

 私にできることは、ただ決まった時間に、決まった空域を、決まった速度で飛ぶことだけ。私に与えられた才能は、それ以上でも以下でもない。

 司令はそれ以上何も言わず、私もまた何も言わなかった。

 大人の考えていることはわからない。私は再度敬礼をして、今度こそ部屋を出た。

 思い出したことがあって、部屋を出る直前に私はもう一度振り返り、

「司令。そのお嬢さんという呼び方はやめていただけますか。軍に志願した時点で、私たちは子どもを卒業しましたので」

 扉を閉める間際、司令が何か言いたそうな顔をしていたが、私はもう立ち止まらなかった。

 足取り重く廊下を歩きながら、考える。考えることは、ここでだって、空でだってできる。

 司令のことも、隊のみんなのことも、私は信頼している。しかし私は根本的に、人というものを完全には信じることができない性質のようだ。

 魔法も銃も同じくらいに信頼している。けれどそれを使う私自身を信じられない。私は矛盾だらけだ。

 信じることが何よりも私には足りていない、のかもしれない。それができない限り、仲間とか、信頼とかを手に入れることはできない。そんな気がする。

 戦争の行く末以前に、考えなければいけないことがたくさんあった。世界は限りなく曖昧な灰色をしているし、司令の言うところの、私自身の戦う理由も曖昧で。毎日の任務、熱いシャワー、酒びたりの夜、地上の要塞はたしかなものだ。質感がある。

 けれど、魔法とか、使命とか、理由とか、未来とか、そういう、目に見えないものについて考えても、答えは出ないし、何より億劫だ。

 廊下に並ぶ窓から外を見る。空には灰色の分厚い雲が広がり始めていた。こちら側からでは滑走路は端の方しか見ることができない。

 今日はどこまで行っても曇りだろう。まるで私の心みたいに。

 戦争が始まったことはまだ、実感できていない。



 夢を見た。

 父と母の夢だ。

 すぐに夢だとわかった。だって、父も母もとっくに亡くなっている。死人はよみがえらない。魔法でも、科学でも。もちろん、神様でも。これは私の記憶が都合のいいようにつくりだした勝手な妄想だ。

 父と母と、私。おおよそ五、六歳ごろのちいさな私が、公園でベンチに座っている。両親が私を挟んで手をちいさな私の手を片方ずつ握っている。それを私は、公園の真ん中につっ立って眺めている。季節は秋だろうか、黄色く色づいたイチョウの葉が雨のように散っている。

 ちいさな私は両親の顔を交互に見ながら、何かとても一生懸命に話している。父と母は慈しみの表情でそれを聞いている。会話の内容は聞きとれない。

 音のない世界。

 無声映画のよう。

 やさしい人たちだったと思う。父と母の記憶はもうほとんどない。十三年の間に薄まってしまった。現実は日々上書きされていく。

 まず父が死んだ。ナチ党の集会に行って死んだと聞いた。詳しいことは知らない。魔法を信奉していた父がどうして集会に行ったのかはわからない。

 母もそれからすぐに、お金さえあれば治せるはずの病気であっけなく死んだ。仕方のないことだった。貧乏なのは仕方のないことだった。お金持ちの魔法使いなんて、物語の中にしかいない。ドイツの魔法使いは、例外なく貧乏だ。

 私たちには頼れる人なんていなかった。知り合いも親戚もみんな貧乏で、自分の家族を生かすことでせいいっぱいで、だれかが病気になっても、怪我をしても、何もできなかった。仕方のないことだった。

 父も母もいなくなってしまった日の夜。

 私は魔女に出会った。

 私はその日、初めて箒に乗って空を飛んだ。寒い、冬のベルリンの空を。

 雪がちらつく灰色の悲しい街並みが、そこにはあった。

 空を飛んでいると、あらゆる思い出が薄まっていくような気がする。大空に思い出だけが吸いこまれて行ってしまうように。

 空では思考する必要がないのだ。考えるという行為は、空では必要ない。

 ビールを飲んでいるときと似ている。いや、似ているからビールを飲むのかもしれない。

 地面に足をつけていると、考えることがあまりにも多い。

 頭をアルコール漬けにして、必要性を忘れさせる。

 それでもベッドに倒れ込んだときにふと、よみがえってくる。彼方から届く手紙のように、思い出はふいに現れるのだ。

 その度に涙が頬を伝う。体温よりもずっとずっと熱い涙が。止めどなくいつまでも流れ落ちる滴。

 私は毎回こう考える。

 くだらない感傷だ。こんなものはさっさと忘れて、明日に備えて眠ろう。明日はまた望まずともやってくるから。

 明日飛ぶ航路を考えよう。午前八時出発、国境線沿いに北へ三十キロ、それから南に六十五キロ……。いっしょに飛ぶのはたしか……。

 そんなことを考えながら白いシーツを頭からかぶって目を閉じる。目を閉じれば(いと)わしい思い出はどこかに消え去って、アルコールの作用によってすぐに眠れるはずだ。

 ……去ってしまうべきなのに、やっぱりそれは私のまぶたの裏にこびりついている。どう考えても泥酔するくらい飲み込んだアルコールが反作用して、私の思考を明瞭にしてしまう。

 そういう夜、私はどうしてもダメになる。都会の子どものようにどうしようもなく寂しくなって、声を押し殺して泣く。隣の部屋にはエミリアとクリスティーヌがいる。薄い壁は私の泣き声を隠すのに十分ではない。

 だからシーツをかぶって、顔を枕にうずめて声を殺す。

 私はもう、人目をはばからずに素直に泣けるほど子どもでも、恥じることなく涙を流すことができるほど大人でもないのだ。責任があって、生活があって、仕事もあって。恐怖も喜びも知っている。

 私を抱きしめて守ってくれる大人はどこにもいないのだ。大人に守られることができないのなら、無理やりにでも大人にならないといけない。子守唄を歌ってくれる人はもうどこにもいない。

 子どもであることを否定するために、私は軍隊に入った。

 弱い自分を否定するために。

 もちろん、そんなものは後付けに過ぎない。



 翌朝の目覚めは憂鬱だった。飛行予定がある日は決まって、気だるさを引きずってしぶしぶ起きるのだが、今朝はいっそうひどい。飲み過ぎと嫌な夢を見たことが原因なのは間違いなかった。夢うつつな状態がしばらく続き、睡眠不足のままいつもの時間に目が覚めた。

 鈍い頭痛。頭蓋骨を内側から木の棒で叩かれているみたいだ。不確かな足取りのまま洗面所へ向かう。

 顔を洗い、髪を整え鏡を見ると、目元に隈ができていた。みっともなかったがどうすることもできず、空腹だったのでとりあえず食堂に向かう。

 食堂に知った顔はいなかった。飛行の当番になっている子らはもうとっくに離陸して空の上だろうし、非番の子たちはまだ夢の中だろう。休日は惰眠をむさぼるに限る。地上ではなるべく、覚醒していたくない。私も食事を終えたらベッドに戻ろうかな、なんて妄想をしながらかたいパンをかじる。

 そこにきれいなブロンドの髪を揺らしながら、一人の少年がやってきた。

「おはようございます、シャーロットさん」

「おはようヴェルテ。朝からえらいわね」

 ヴェルテは今日もきっちりと整えられた金髪の下で、赤みがかったやわらかそうな頬を揺らしている。子どもサイズの軍服があまり似合っていないのは、年齢を差し引いても彼が幼く見えるからか。普通なら学校に通っていてもおかしくない年頃だ。

 33小隊の面々は、彼に階級なしで名前を呼ぶことを許している。みんながそう呼んでもらいたいのだ。みんな、ヴェルテを弟のようにかわいがっている。彼が私たちをまるで姉か年上の従姉妹のように扱うかわりに、私たちは彼を子どもとして扱う。彼はそれを嫌がっているが、私たちはお構いなしだ。

 ヴェルテは年頃の少女たちのおもちゃにされている。特にエミリアが彼をかわいがっている。

 ヴェルテは司令付きの雑用係みたいなことをしている。少年兵というのは辺境地だと珍しいが、首都の方ではいくらもいると聞く。それに彼は司令の親戚筋にあたるとかいう話を聞いたことがある。色々と事情があるらしい。

 私はひそかに彼を尊敬している。司令のお小言、というかお話し相手って、それはまあ退屈だ。たいていの大人の話は退屈なように。副司令よりはよっぽどましだけど。

 それに司令は事あるごとにコーヒーを勧めてくるからそれがとにかく嫌だ。好き好んであんなものを飲もうとは思わない。ドイツ人なんだから大人しく一日中ビールでも飲んでたらいいのに。

「ヴェルテはごはん食べた?」

「はい。一時間ほど前に」

「早起きねえ」

「いつもそれくらいですよ」

 朝食時のざわめきもピークを越えつつあった食堂中の視線が、私とこの純ゲルマン風の顔立ちをした少年に集まっていることに気がついた。別にかどわかしているわけつもりはないけれど。ヴェルテはエミリアのお気に入りだし。そもそもエミリアのものでもないのかもしれないけど。

 視線に気づかないふりをしながら、私はゆっくり食事を取る。ヴェルテにも座るように勧めたが、彼はそれを固辞した。しかし特別忙しいわけでもないのか、そのままテーブルのそばに立っているので彼と話しながら食事を楽しんだ。

 食事くらい楽しまないとやっていられない。そんなに魔女と子どもの組み合わせが珍しいのか、なんて心の中でだけ言える私は小心者だ。

 話しているうちに、この少年にはやはりどこか年齢不相応の、大人びたところがあるということが、はっきりとわかってきた。

 おおむねいつも冷静で、言葉遣いや態度に子どもらしさがない。酒に酔った我が隊の女たちに絡まれても……、まあそのときは年相応の反応を見せる。それ以外では表情は変化に乏しい。自律しようとする意志が強い印象を受ける。だからときどき、からかってみたくなる。

「エミリアならまだ部屋で寝てるはずよ」

「……だからなんですか?」

 ヴェルテは笑みを消して、表情を固くした。予想通りの冷たい反応だった。もっと慌てふためく様が見たいので、続行。

「添い寝してあげたら喜ぶと思うけど」

「しませんよ」

「エミリアの部屋は宿舎二階の奥から二番目よ、鍵は開いてるはず」

 深いため息を吐くヴェルテ。

「……エミリアさんといい、シャーロットさんといい、33小隊の人たちはどうしてみんなして僕をからかうんですか」

 むくれたような口調になったヴェルテは、そう言ってそっぽを向いてしまう。そういう態度は子どもっぽくて、見ていて安心できる。子どもは子どもらしくが一番だ。

「大人はみんな、子どもの頃に散々大人にからかわれたから、今度は自分が同じことをしたいのよ」

 気取ったような口調で言うと、ヴェルテは私をにらむようにじっと見た。

「エミリアさんもシャーロットさんも、僕とそんなに変わらないじゃないですか」

「ヴェルテはいまいくつだっけ?」

「十四、来月で十五になります」

 やっぱり年の割には背が低い。これからが成長期だろう。

「そっか。来年にはビールが飲めるね」

「話をそらさないでください!」

「大丈夫。もう少し背が高くなれば、きっと世界の見方も変わってくるよ」

 それが幸か不幸かはあなた次第だけどね。と、私は声に出さずに言った。まるでそれは自分がなんでも知っていると思い込んでいる大人のような口ぶりで、寒気がした。



 朝食を済ませてヴェルテと別れると、私は暇を持て余した。昨日の午後に飛んでいたので今日は非番だった。眠気はあったが、もうそんな気分ではなかった。とにかくすることもないので基地内を散歩することにした。

 宿舎を一歩出ると太陽に目がくらんだ。汗ばむくらいの陽気だったが、夏の色はもう薄れている。滑走路上にはメッサーシュミットが二機、縦に並んでいる。作業着を着た整備兵が何人かいて、機体の点検をしている。魔女たちが帰ってくるのと入れ替わりに、メッサーシュミットが空に飛び立つ。

 見晴らしの良い滑走路の脇を歩いていると、雑草が伸びっぱなしになっているのが目についた。日差しが強いのですぐに成長してしまい、私の膝下くらいになっていて一歩進むごとにすれてこそばゆい。

 滑走路の脇には格納庫が六棟並んでいる。重たい鉄の扉を構え、屋根は半円形に曲がっている。そのうちの一つの前で私は足を止めた。わずかに開いた扉の隙間から中を覗くと、G型が一機だけ奥の方にとまっていた。

 扉は人ひとり通れるくらい開いていたが、中は静まり返っている。

 中に入ってみたい衝動に駆られた。ここに来て二年。格納庫に入ったことはなかった。別に用もなかったから。

 辺りを確認してだれもいないのを見計らい、足を踏み入れた。途端、季節がすっかりひっくり返ったみたいにひんやりとした空気が私を包んだ。鉄の壁に覆われたこの建物の中までは、あの太陽の光も届かない。夏も終わろうとしているが、意外な避暑地を見つけてしまった。

 格納庫の屋根は高く、見上げていると首が疲れる。私は歩を進め、戦闘機の鼻先に立った。真正面に立つと、すぐ目の前にプロペラがくる。おそるおそるその羽に触れてみる。羽は意外と軽く、力を込めればそのままくるくると回転しそうだ。

 機体の側面に回りボディに触れると、氷のように冷たい感触に背筋が震えた。しっかりとした硬さと、金属特有の冷感が手のひらを通して体の中まで伝わってくる。ボルトの一本、鉄板の繋ぎ目、剥げかけた塗装。

 間近で見る戦闘機は思っていたよりもずっと大きい。私が箒に乗って空を飛ぶより、こんな鉄の塊が空を飛ぶことの方がおかしなことのような気がする。

 もっとこの無骨な機械を堪能したい。翼の上に立ったり、座席に座ってみたい、私にしては特異な衝動が胸に起こる。自分でも不思議だったが、機械を使って飛ぶという行為に興味があったのかもしれない。

 翼に触れたくて手を伸ばす。

「おい! そこで何してる!」

 心臓が跳ねて、手を引っ込める。慌てて振り返ると、入口で仁王立ちをしていたのはブルーグレー色の飛行服を着た、短い栗毛が特徴的な背の高い女だった。

「ニコラ……。驚かさないでよ」

「そんなところで何してるの? 早く出てこないと本当に見つかるよ」

 私は駆け足で彼女の元に行く。外に出ると日が照っていて暖かい。私たちは並んで格納庫を後にした。

「よく私があそこにいるってわかったね」

「入っていくのが上から見えてたからサ。わたし目が良いから」

 ニコラ・ベイカーは空を指差して笑った。笑うと目がすっと細められる。その顔はいつ見ても美しい。

「ビールでも飲もうよ。燃料補給しないとやってらんないわ」

 彼女は胸元のボタンを外してパタパタとあおぐ。シャツの隙間から垣間見える肌が汗ばんでいる。なだらかな胸のふくらみに肌着が張りついている。

 私はうなずいて、彼女といっしょに宿舎へ向かう。途中、一度だけ振り返って丸い屋根を見た。いくら広くても、あんなところに閉じ込められているのは窮屈で息苦しいだろう。

 物言わぬ飛行機のことを思った。

 飛行機に乗ってみたいと言ったら、ニコラは反対するだろうか。



「わたしたちは道具だ。わたしたちは兵士だ。どちらも事実でどちらも真実ではない」

「それなに?」

「わたしのママの言葉」

「哲学的だね」

 少し安っぽいと思ったが、口にはしなかった。

「回りくどい言い方が好きなだけだよ」

 シャワーを浴びてシャツを着替えたニコラと食堂のテーブルで乾杯した。彼女はジョッキを豪快にあおると一息で半分ほど飲みこんだ。

 ニコラは飲みっぷりがいい。彼女は「ビールは水と同じ」というドイツ人的思考を地で行くうわばみなので、酔うとすぐに顔に出る私は彼女と競わないように気をつけながら自分のペースでちびちびとビールを口に運ぶ。

「ニコラのお母さんって、魔女教導隊の教官を務めてたっていう?」

「そうそう。わたしが入隊した年までいたから、シャーリーは会ってないんだよね。ラッキーだよ」

 ニコラは私より二つ年上で軍歴も同じだけ先輩だ。

「私は会ってみたかったけど」

「やめといた方がいいよ。あの人箒に乗ると容赦ないから」

 ニコラは綺麗な顔立ちをしている。エミリアがやわらかい、かわいい顔なら、ニコラは(あで)やかで、品があり、素直に美しいと言える造形をしている。どこか鋭さを含んだ顔のパーツ。ニコラのお母さんもさぞ美人なのだろう。

 彼女のお母さんは、ドイツで唯一の魔女の教導部隊――箒の乗り方から一通りの編隊飛行、銃の撃ち方と初歩的な格闘術まで教えてくれる特別な部隊――で教官をしていた。

 ニコラも私と同じイギリス系だが、お父さんはたしかドイツ人で突撃隊員だった、とか。彼女の出生における複雑さは、そのまま彼女の境遇をむずかしくしている。

 ある意味彼女は、軍人になることを義務付けられて生まれてきたようなものだ。彼女の相貌はケルト系の洗練された美しさとドイツゲルマン系の屈強さを併せ持っている。

「いまお母さんは?」

「ベルリンにいるよ。たぶんこうやって昼間から飲んでると思う」

 そう言ってニコラは笑う。家族を思い出して笑えるって、素敵なことだ。私にはもう、絶対にできないこと。

 家族について考えると、自然と私たちの祖先のことに考えが及ぶ。

 叔父の家に引き取られてすぐの頃に、おばあさんに見せてもらった大きな油絵を覚えている。それはおばあさんの少ない持ち物のひとつだった。おばあさんが死んだあと、他の品々――おばあさんが編んでいたたくさんのセーターもその中にあった。叔父夫婦はそれらをガラクタと言った――といっしょに処分されてしまったが、その絵は私の胸に刻まれている。

 ある無名作家の作だという一辺が一メートル半の絵画の真ん中では、私の祖父の曽祖父くらいの時代の人だとされる老人がふち付きの紺色の三角帽子をかぶっていた。周りに描かれた子どもたちも行儀よく椅子に座り、同じような帽子をかぶって黒または紫のローブを羽織っている。集合写真のように、多くの人が並んでまっすぐこちらを向いている。みんな魔法使いの格好をしている。その表情はどこか誇らしげで、子どもたちは無邪気に笑っている。

 当時はそれが魔法を使う者の正装とされていたらしい。

 いまではそんな格好をすることは法律で厳しく禁じられている。破った場合は社会秩序を乱す罪に問われる。

 絵の中の彼らに比べて私はどうだろう。ブルーグレー色のフリーガーブルーゼを着て、鷲の紋章が入った制帽をかぶっている。

 どう考えても魔女には見えない格好だ。けれどいまここにおいては、この方が私たちらしい。一九三九年のドイツにおいては。

 軍人である限りは、三角帽子にローブ、さらには杖を腰に、なんてありえない。軍は魔女が魔女らしい格好をすることを神経質なまでに禁じている。やはりそれも秩序を乱すからという理由で。

 かつて広く親しまれていた魔法は、産業革命によって科学、工業が爆発的発展を遂げて、社会の重要な役割を担うようになってから急速に衰退した。産業革命はイギリスではじまり、ヨーロッパ各国に波及していった。

 魔法は不要になった。それどころか異端として排斥されてしまった。十二世紀から数百年に渡って続いた魔女狩りの再来だった。

 科学はだれにでも使えて便利だ。魔法使いの家系に生まれない限り使えない魔法とはちがう。

 それまで魔法使いに与えられていたいくつかの特権は、あっという間に奪われてしまった。代々受け継がれていた術式や、呪文や、魔方陣や、まじないの言葉の数々がこの世から消えさった。

 結果、多くの魔法使いは、杖を折ってローブを衣装ダンスの奥にしまって作業着やスーツに着替えた。そうすることで急速に近代化が進む街に溶け込んだ。

 一部は国を捨て、箒に跨って逃げ出した。私の祖先もそうだった。

 祖先たちは海峡を越えて大陸、フランスへと渡った。海峡越えがどのようなものだったかを想像するのはむずかしい。海すらも私は見たことがない。

 彼らはスペインやオランダ、北はデンマークやノルウェー、さらに現在のドイツ領にあたるプロイセンとオーストリア帝国など、ヨーロッパのあちこちに散って行った。それがいまから百二十年以上も前の話だ。

 魔法は過去の遺物だ。十八世紀まで、空を飛ぶことは魔法使いの専売特許だった。しかしいまは飛行機がその役目を担っている。

 すべては科学。人がつくりし力。

 魔法使いにとって必要なのは、信仰と日々の研鑽の積み重ねだ。使わなければ力は落ち、血を分けるごとに能力は失われていく。

 私が知る限り、魔女にはもう箒に乗って飛ぶ力しか残されていない。初歩中の初歩、呪文詠唱も魔方陣もいらない。箒を媒介にして世界から浮力を得るだけの単純なことしかできなくなった。

 それでさえ、だれでも出来るわけではない。叔父夫婦も、その娘も出来なくなっていた。

 いつか魔法は、この世から姿を消してしまうかもしれない。

 そうなれば、私という存在も消えてしまうのだろうか。私はどれほどの割合で魔法に依拠しているのだろう。

「ニコラはどうして軍に入ろうと思ったの?」

「はあ? いきなりどしたの」

 ソーセージにかぶりついていたニコラが上目で私を見る。

「なんとなく、訊いてみただけ」

 そう言う私に、彼女は耳にかかる濡れた髪をかきあげながら、

「ご飯を食べるため」

 事もなげに言う。

「魔女で軍人になる子たちって、たいていはそのためじゃない? 移民は等しく貧乏なわけだし」

 彼女らしい正論。けれど今日の私には物足りない。

「別にわざわざ軍に入らなくたって、他に方法もあったんじゃないかな」

 私は勢いにまかせて、前々から気になっていたことを訊ねた。たとえば何があるのと聞かれれば、答えようはないのに。ただ軍人になっても、魔女の地位が上がる訳ではなかったことに納得がいかなかった。

 漠然とした不安がずっとあった。切り捨てられる日がいつか来るのではという不安が。

「ニコラにしたって、お母さんは元教導隊、お父さんは突撃隊だったんでしょう? それなら何もわざわざ軍人にならなくたって、生活できてたんじゃない?」

「でもそれって、生きてるって言えるのかな」

 ニコラと目が合った。赤茶色の目が私を見ている。私の中に自分の過去を見ているような、どこか遠い目をしている。ニコラは手を止めてフォークを皿の上に置いた。

「ママは引退したし、パパは死んじゃったし。当分暮らしていけるだけの蓄えはあったけど、それも無限じゃない。魔女に働き口なんてそうないし、いつかこんな風に戦争になることはわかってたけど、それでも軍に入ったら生活は保証される」

 戦争になれば軍人は何よりも優先されるわけだし、とニコラは言ってまた肉をかじる。

 その通りだと思う。ニコラの言っていることはすべて正論だ。戦争になれば、戦うために軍人は必要で。必要な軍人の生活は他の何を差し置いても優先される。

 戦争に負ければ何もかも失われるのだから。

 魔法使いの家系に生まれた人間なら、だれしも一度は軍人になることを考えるはずだ。街はいつでも失業者であふれ返り、魔女を雇うようなところはない。軍なら、飛行さえできれば雇ってもらえる。

「ひとり立ちするのにこれがいちばん手っ取り早い方法だっただけだよ。国内のどんな職業よりも好待遇だから、魔女適性のある女の子たちのほとんどは、学校を卒業したらすぐに入隊を希望するし。……ヴェルサイユ条約くらい知ってるでしょ?」

 返答を求める視線に私はうなずく。

 ――ヴェルサイユ条約。もちろん知っている。大戦争でドイツが負けて、いまの空軍の前身だった陸軍航空隊は解隊させられた。飛行機を含むあらゆる兵器、人員の保有が制限された。航空戦闘力が著しく低下したおかげで、軍は魔女の採用をはじめたのだ。条約では魔女については一切触れられなかったから。

「ママの言った通り。私たちは道具で、同時に兵士でもあるわけ。一石二鳥。条約では拳銃の数までは規制されなかったから好都合だった。再軍備したいまじゃそれもあんまり意味がないけどね」

「私たちは戦争のおかげで食いっぱぐれずに済むってわけね」

「その通り。こうしてビールも美味しい」

 ニコラは二杯目のジョッキを空にする。私とそう変わらない体形の彼女のどこにそれだけのアルコールが吸収されるのだろう。私も頭を空っぽにするために、負けじとジョッキを空ける。

「戦争で死ぬことになっても?」

「兵士は戦うものだし、それは仕方のないことじゃない……?」

「魔女としての尊厳もなく、兵士として死ぬことに意義はあるの?」

 私は何故かそう言わずにはいられなかった。ニコラに食ってかかってもなんの意味もないというのに、胸が熱く焦げついているのを感じていた。この熱さの正体はいったいなんだろう。

「意義って……、そんなものが必要なの?」

 ニコラは困惑したように微笑して首をかしげる。

「生きるために考えることは必要だけど、考えすぎは良くないよ」

「こんな軍服を着て、名誉的な死を迎えられると思う?」

 私は制服の襟元をつまんで言った。

 名誉的な死。それは私の父の口癖だった。おぼろげな記憶の中で、父が言っていたのが印象的に残っている。父は魔法使いの家系に生まれたことを誇りに思っているような――まるで産業革命前のイギリスにいた貴族そのままのような――プライドの高い人だった。どうしてそういう性格になってしまったのかはわからないが、生き辛かったにちがいない。いつも陽がほとんど差し込まない薄暗い貧民街で、そんなプライドは邪魔なだけなのに。

 私は父のそんなところを、いくらか尊敬してしまっている。つまり、こじらせて(、、、、、)しまって(、、、、)いる(、、)、魔女(、、)って(、、)やつ(、、)を(、)。

 ニコラは子どもをたしなめるように、やさしくほほ笑んでいる。彼女は姿勢を正して私と向き合った。

「シャーロットは、他に何か、私たちにできることを知ってるの? 尊厳を保ったまま、日々の食費を稼ぐ術を?」

「それは…………」

「薄汚れた路地でゴミでも拾っていれば、幸せだった?」

 ニコラの口調はあくまでもやさしいままだ。天使みたいにやわらかいほほ笑み。

 だからこそ、辛い。そんな風に言わせてしまったことが。軍人になった魔女なら、だれもがそんな理想の仕事はないって知っているのに。

 軍人になることだけが、魔女としてのぎりぎりの尊厳と、生活とを両立させる最良の手段だということを、もちろん私も知っている。

 いまでも思い出す、ベルリンの路地。古ぼけたアパートメントに挟まれた昼間でも薄暗い、陰気で湿っぽい、不潔でさびしいこの世の闇。そこにあるのは希望以外の何か。

「貧乏から抜け出すには、軍人になるか娼婦になるかの二つしかなかったあのベルリンで、それ以外の選択肢を十六歳の少女ができると思う?」

 ニコラの言葉には強い悲しみと、同情の念が込められている。同情の矛先はだれだろう。

 考えるべくもない。割り切れず、子どものように駄々をこねている私に向けられている。

 喉に何か詰まったみたいに、言葉が出ない。石でも押し込められているみたいにぎすぎすと痛む。

「――ちがう」

 ようやく出た声は、私の意に反して欠片も自信を含んでいなかった。

「何がちがうって言うの」

 ニコラの声は平坦で無感情。

「私はそんな、そんな意味で言ったんじゃない」

 私の声は震えていた。けれどどうすることもできなかった。発した言葉は私のものではないような気がした。

 もう少しで涙が溢れそうだった。けれど、ここで泣いたら余計に彼女は失望するだろう。それだけは嫌だ。ニコラに嫌われることだけは耐えられない。なんとか、こらえる。

「シャーロットは、かわいそがりすぎなんだよ」

「――なに?」

 ニコラは寒さをこらえるように、袖をまくってあらわになった細い腕で自分の体を抱きしめる。

「かわいそうがりすぎ、って言ったの。自分がこの世でいちばんかわいそうで不幸だって思ってる」

「そんなこと――!」

 ――ない、と言い切れるのだろうか。

 そんなことない! 私はかわいそうな子なんかじゃない、って声を大にして言える?

 自分に問うてみた。もちろん、答えは、ノーだ。

 自分がいちばんかわいい。自覚はあった。私はそういう、いやらしい人間だ。

 私は、自分よりも他人を優先できるような慈悲深さを持ち合わせていない。そういうことができる人っていうのは、特別なんだ。

 私は特別じゃない。ただ空が飛べるだけの、平凡な魔女。

 父も母もいないいま、私には自分しか大切な人間がいないのだ。

 けれどそんな自分がかわいそうだなんて思ったことは、一度も――。

「自分が大事なのは当然だと思うよ。世界はだれだって、自分を中心に回ってるんだから。でも、それじゃあいけない」

 ニコラは悪だくみをする子どものような微笑を浮かべている。

「どうして?」

 私は子どものように問いかけた。子どもはなぜ? どうして? それってどういう意味? とすぐになんでも聞きたがる。自分の頭で考えられないから。いまの私がまさにそう。

 アルコールが、私をダメにする一因になっていることはたしかだった。大半の原因は、もちろん私自身にある。

「私たちは連帯しなくちゃいけないからだよ小隊長殿。だれが敵でだれが味方かを判断して、手を繋いでみんなで道路を横切らないと。一人で渡ろうとすると危ないからね」

「自分で自分を守るんじゃなくて、みんなでみんなを守る……?」

 そう言葉にすると、なんとなく、それが私がむかしからのぞんでいたことのように思えた。

「そういうこと。ここには十二人も魔女がいるんだから、助け合わないと」

 食堂中の視線が私とニコラに集まっている。そのことに気づいても、不思議と気にならなかった。

 視線に気づいたのか、ニコラは小さくため息を吐くと、椅子から立ち上がった。もう少し彼女と話していたかったけれど、呼び止めることはもうできなかった。

「シャーリーはさ、もっと馬鹿になればいいと思うよ。そんなんじゃ息苦しいでしょ」

 そう言うと彼女は私の頭を軽く叩いて、食堂から出ていった。廊下で何か話声がして、入れ替わりにエミリアと、赤髪の通信兵――マルティナ・エンデが入ってきた。私は慌てて涙を拭った。

「あ、たーいちょう! おはようございます!」

 エミリアが能天気な声を出して手を振っている。隣にいるマルティナはきちんと敬礼をしてくれている。エミリアの明るい仕草のおかげで肩から力が抜けていく。

「……隊長? どうかしましたか?」

 エミリアの金髪が揺れる。やわらかそうな、若々しい髪。輝くような笑顔。悩みや苦しみとはまるで無縁に見える女の子。

 本当は彼女にだって心配事はある。それを私は知っている。

 私は意識して笑顔を作った。エミリアの前で暗い顔をしてはいけない。そう自分に言い聞かせる。

「なんでもないわ。気にしないで。あなたたちも昼間から酒びたり?」

「ビールはお酒じゃないですから、何も悪いことじゃないんですよ。ねー?」

 エミリアは隣のマルティナに笑いかける。ひまわりみたいな笑顔で。マルティナは、苦笑い。

「そうね、その通りだわ。……あなたはたしか、マルティナさん、よね?」

 声をかけると、エミリアの隣で所在なさげにしていたマルティナはぴしっと敬礼をした。

「は、はい! 通信科のマルティナ・エンデ二等兵です!」

 緊張がこちらにも伝わってくるようだった。私は椅子から立ち上がって返礼する。

「国防空軍第33飛行小隊、小隊長のシャーロット・アップルトン曹長です。よろしくね、マルティナ」

 右手を差し出すと、ぎこちない動作でマルティナは握り返してきた。小さい、子どもの手だった。少し汗ばんでいる。

「よ、よろしくおねがいします!」

「そんなに緊張しないで。エミリアとは友達?」

「親友ですよ! 同い年ですから!」

 エミリアが私とマルティナの間に割って入った。

「あなたには聞いてません」

 エミリアを制して、マルティナに続きを促す。エミリアはふくれっ面になる。

「そ、そうです。親友、です……」

 マルティナは言い淀んだ。

「親友! でしょ!」

 エミリアが語気強く詰め寄る。マルティナは苦笑しながらうなずく。

「それだと、学校は?」

「実科学校を卒業しました。故郷は北部のキールです」

「北部って……、どの辺りの?」

「ホルシュタイン地方です」

 私は頭の中で地図を思い浮かべた。

 キール……ホルシュタイン地方……。たしか、デンマークと国境を接するドイツ最北端の地域だ。先日開戦したポーランドとも近い。

「そう、きっといいところね」

 黒い不安に蓋をして、私は彼女に座るよう促した。考えたって、どうにもならないことだ。テーブルの上にはニコラが残していったソーセージがのった皿と空っぽのジョッキが置かれている。

「ビールをもらってくるわ」

 立ち上がってそう言うと、

「そんなこと! 私が行ってきます! 小隊長さんは座っていてください!」

 止める間もなくマルティナが立ち上がって、カウンターに走って行った。その後ろ姿をエミリアと見送って、私は座り直す。エミリアは……行かないんだ。

「……彼女はいい子ね」

 つぶやくと、エミリアは自分のことのように笑って、

「でしょう? 隊長も仲良くしていいんですよ、私が許可します」

 誇らしげに胸を張った。別にあなたを褒めたわけではないんだけど……。

「あなたも少しは見習ったら?」

 私が皮肉を込めて言うと、

「彼女がいるから、私はこうやって待ってるだけでいいんですよ。働き者はふたりはいりません」

 もっともらしいことを言って、エミリアは残ったソーセージにかじりついた。

 私はテーブルに頬杖をついて、マルティナの後ろ姿を眺めた。


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