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希望~津波から生き延びた私~  作者: 柿崎零華
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第2話~日本が震えた時間~

今から10年前・2011年3月11日。

小野山は石巻市の海岸沿いの一軒家にいた。ここは自分の家ではない。婚約者である岡森光一の所有地であった。

岡森はとある東京の大企業の御曹司であり、将来を期待されていたがそれに嫉妬した二人の弟から軽蔑を受けて家を追い出され、今は石巻で暮らしている。

この家は可哀想だと思った母親が購入した家だった。

岡森は近くの建設会社で若くして社長になり、その時に元々は王手広告企業である「サンシャインプロジェクト」に入社していたが、いわゆる副業で岡森の秘書をしていた小野山と出会った。二人は交際を初めて、2年も経ちそろそろ結婚も考え、婚約に至った。

小野山は朝食の準備をしていた。すると岡森が起きてくる。


「おはよう」


眠たそうに言う岡森に、小野山は笑顔で


「おはよう。よく寝てたね」


「そう?気づかなかったな」


「気づくわけないでしょ。寝てるんだから」


岡森は恥ずかしさからの笑顔を見せた。朝食をテーブルの上に置いた。

少し豪華に作ったため


「おいおい。なんだよこれ」


「ダメだった?」


少し不安そうに岡森を見つめる小野山。


「いや、凄いいつもより、豪華だね」


「座って」


凄い笑顔で言った小野山に、少し戸惑いを見せた岡森。

二人は椅子に座り、小野山はいつもより緊張した感じだった。こんなの小野山から告白されたときの一緒の光景で、岡森も少し緊張し始めた。

まず口を開いたのは小野山だった。


「明日。何の日か覚えてる?」


「え?そりゃ覚えてるよ。里香の誕生日だろ?」


「よかった覚えていて、安心した」


ホッとした笑顔を見せる小野山。でも話の内容はさっぱり見えてこなかった岡森は


「誕生日プレゼントなら決まってるけど、あっ欲しいものでもあった?」


「あっそんなんじゃないの。私たち婚約して半年経つじゃん?」


「まぁそうだね」


「それを機に、婚姻届出したいの。ダメかな?」


少しひきつった顔になる小野山。なぜだか少し自信がなかったからだ。半年間何度か婚姻届を出すタイミングがあったものの、何故だか用事突然入ったり、先月何か車が故障してしまいタイミングを失っていた。

すると岡森は笑顔になり


「何だそんなことかよ」


「え?」


「分かった。明日は休みを取ろう」


小野山はそれを聞いて目を見開いて


「ちょっと待って。大丈夫なの?会社は」


「大丈夫だよ。副社長の沼田くんもなかなか仕切るのも上手いし、何かと頼りになれる」


「でも」


今にも泣きそうになる小野山に、そっと傍まできて後ろから抱きしめて


「だから休み取ったんでしょ。今日と明日。どちらかに婚姻届を出したいから」


小野山がそっと頷いた。岡森は笑顔になり明るい口調で


「よし、食べようか。冷めちゃうと美味しくなくなるし」


「そうだね」


二人は食事をいい雰囲気で終わり、岡森は仕事場に向かおうとしていた。

本来小野山も一緒に出かけるが、今回彼女は二日間の休暇を取っており、家でのんびり休暇を取るはずだった。

玄関で小野山が岡森に弁当を渡す。


「はい。気を付けてね。頑張って」


「ありがとう。お弁当美味しくいただくよ」


「あのさ。秘書の私が本当に休んでも良かったの?」


岡森は微笑み


「大丈夫だよ。臨時秘書に沼田くんを配置したし、里香みたいに臨機応変に出来て、スケジュールも完璧に覚えている。あっでも一つだけ里香と違うところがあるな」


「何?」


「それはね。俺の婚約者で一番好きな人ってことかな。行ってきます」


そのまま岡森は家を後にした。しかし小野山は気づいていた。こんなこと普段から言わない人なのに、照れてるなと


午前9時出勤した岡森。「岡森スマイル建設」は10階建てのビルである会社。宮城県では知らない人はいないくらいの大手企業である。そこの玄関で副社長の御年50歳である沼田が出迎え


「おはようございます。社長」


「あっおはようございます」


長い廊下を歩きながら沼田が


「今日は、午後2時から県議会議員の大野様が参ります」


「それって、ここの紹介企画の打ち合わせでしたっけ?」


「あっそうです」


少し岡森は頷きながら


「了解しました」


午後12時・全ての家事を終え、小野山は親友であり、当時「サンシャインプロジェクト」の営業課社員だった篠原と電話をしていた。


「ごめん。仕事中だった?」


「里香。仕事中だったら電話出れません」


「そっかぁ。休憩中か」


小野山は笑顔で言う。篠原は冷静に


「ねぇね。里香はいつになったら結婚するの?光一さん、泣いてるわよぉー」


「うるさいな。明日するわよ」


明らかに電話の向こうでは動揺している篠原の声が聞こえ、少し笑顔になる小野山。


「え?明日?婚姻届出すの?!」


「そうだよ」


「マジで?!おめでとうーーー」


大きな声で言われたため、篠原の周りに人がいないことを祈った。

午後2時30分。テレビを見ていたがそのまま眠くなり、小野山は寝てしまった。

その頃、県議会議員の大野と岡森らは県紹介VTRに建設部門代表でこの会社が選ばれて、その打ち合わせを応接室でしていた。


「では、うちの会社では社員を全員並ばせて、私と沼田副社長がセリフを言うでよろしいですね?」


大野は年配の男性。少し威厳を出しながら


「そうですね。その方向に行きましょう」


岡森が腕時計を見る。時間は午後2時45分。


「もうすぐ3時かぁ。どうですか?お茶しますか?」


「あぁではお言葉に甘えて」


立ち上がる3人。

そして時計は午後2時46分を回った。

少し物が揺れ始めた。一番最初に気が付いたのは岡森だった。


「地震ですかね」


ふいに上を見上げる3人。すると揺れは大きくなっていく。既に立っていられないほどの揺れが突然襲ってきた。応接室の物が次第に落ちていく。

その頃、家にいた小野山は、大きな揺れで目が覚める。あまりにも強烈な揺れにタンスや皿などが倒れたり落ちていく。小野山はとっさに小さい机の下にもぐった。約3分後、揺れが収まった。


「何なのよ。この揺れ」


会社では物が散乱している応接室では、岡森らが必死に立ち上がり、他2人に


「大丈夫ですか?」


大野は少し動揺しながらも


「大丈夫だ。ありがとう」


「沼田さん」


沼田も必死に立ち上がり


「あっ私なら、大丈夫です」


安心した岡森。すると大野の秘書であろう、スーツを着た男性が2人ほど入ってきて


「大丈夫ですか先生!」


大野は少し腰を痛めていたのか、押さえながら


「大丈夫だ。少し痛いけどな」


大野は秘書の一人の手を借りながら部屋を後にした。

岡森はもう一人の秘書に


「何があったんですか?凄い揺れでしたけど」


「宮城で震度7です。津波警報が宮城県や岩手県に出てます」


沼田は少し顔を青ざめながら


「震度7に、津波警報」


「もしかしたら津波がここに来るかもしれないんで、早く避難したほうがいいですよ」


残りの秘書もすぐに大野のあとを追いかけて行った。

岡森と沼田も社員が心配になり、そのまま営業課などに向かうことにした。


その頃、なんとか家から逃げれた小野山は外を見て驚愕とした。周りはガラスの破片や騒然している方々などがいて、この周辺だけでもパニック状態だった。

小野山は近くの中年の女性に声を掛けた。


「あの。何が起きたんですか?」


「ラジオだと、宮城で震度7らしいよ。津波警報も出てるみたい」


「つ、津波警報?!」


「早く逃げた方が良いわよ」


そのまま中年の女性はその場を後にした。

少しの幅から見える海は、何やら強力な力が来るという予感を思わせるほど、不気味な雰囲気だった。

小野山もすぐに近くの高台に避難することにした。


その頃、岡森も沼田と一緒に避難を誘導しており、全員を地上に避難させることが出来た。既に近くの高台に避難している社員もいて、沼田が


「社長。避難しましょう。今ならまだ大丈夫みたいです」


歩き出そうとする二人。すると岡森がポケットなどを確認しながら



「ちょっと待って」


「どうかされましたか?」


岡森は完全に慌てながら


「ないんだよ。明日里香にあげるプレゼントが」


沼田は少し怒りながら


「そんなこと言ってる場合ですか!津波来るんですよ。すぐに避難しないと」


「そんなことわかってる。でも大事な物なんだ」


そう言い、岡森は再び会社に戻っていく。沼田はそのまま高台へと避難していった。

小野山は、高台から海の様子を見ていた。奥から大きな波が迫ってくるのが見える、完全に津波だ。小野山はその波が来ないでくれと必死に願うしかなかった。

しかし、時は残酷なもので、津波は石巻市の町中を飲み込んでいく。周りの人々は泣き声や叫び声を上げていく、それを聞いて自然と涙が出た。


「光一さん。無事でいて」


その頃、岡森はプレゼントを持ちながら自身の車に乗った。エンジンをかけて出発、と思われたその時、時は既に遅かった。目の前に津波が来たのである。急いでバックを掛ける。しかし、津波の速さに勝てることは無く、車は飲み込まれてしまった。


その日の夜。岡森が津波に巻き込まれたなんて知るはずもない小野山は、高台に避難している。岡森は無事でいる、そう思いながら寒い夜を忍んでいた。

すると近くから


「あれ。里香さん」


ふと見るとそれは同じ「岡森スマイル建設」で仲の良い男性社員の山下だった。


「山下君。無事だったの?」


「えぇ。なんとか避難できて」


「ということは。沼田さんらも避難出来てるってことね」


「あぁ。副社長なら他の高台に避難してます。自分が目の前に津波が迫ってきてたので、近くのこの高台に避難することが出来て」


小野山は安心した笑顔になり


「よかったぁ。ということは社長も無事ね」


その言葉を聞いてすぐに暗くなる山下。小野山は気になり


「どうしたの?」


完全に動揺した感じの声になり


「社長なら。まだビルの中かもしれません」


「え?ビルって会社の?」


山下は頷いた。小野山は少し声を震わせながら


「え?そんなことないでしょ。だって、今目の前に山下君がいるってことは。避難出来てるってことだよね」


山下は少し涙目になりながら


「実は社長。津波が来る直前に、里香さんに渡すプレゼントを忘れたって言って、ビルに戻っていったんです。そのあとは、わかりません」


膝から落ちる感情というのはこういうことだ。でも岡森のその行動は理解が出来なかった。津波が迫ってきているのに、なんで逃げずにプレゼントのためにビルに戻ったのか。

ショックのあまり、涙があふれながら


「大丈夫。絶対に逃げ切っているから。明日あの人と結婚するから。絶対逃げ切ってる」


あまりにも動揺している様子を見た山下は、そっとしておこうと思い、その場を離れた。

しばらく涙は止まらずにいた。


そこから2週間後の昼のことだった。水位が下がり、小野山は自宅があった場所まで行けることが出来た。もちろん家は流されており、一面瓦礫や木材が散乱していた。

本当に街だったのか。そう思えざるおえない状況だった。呆然していると近くから


「里香!」


声がする方向に振り向くと、そこには篠原の姿があり


「琴美!」


小野山は篠原のもとに行き、抱き着いた。そのまま小野山は涙を流した。篠原は力いっぱい長い間抱きしめた。

しばらくして小野山が落ち着き、二人で近くの石段の上に座りながら話をしていた。


「そうなんだ。琴美は仙台の中心部にいたから助かったんだ」


「そう。仙台空港には滑走路に津波が来たらしいけど、中心部には来なくて、近くの学校に避難したけどね」


「ならよかった」


安心したような笑顔をする小野山。すると篠原が単純に気になり


「そういえば、光一さんは?仕事場かな」


それを言われた小野山は、一気に暗い表情になった。


「里香?どうしたの?」


「琴美。実はね、光一さんまだ見つかってないんだ」


篠原はその言葉に胸が締め付けられる思いだった。

見つからないということは、行方不明ということだ。そう思い


「里香。それって」


小野山は頷き


「行方不明。この2週間。全く見つからない。でも光一さんは死なないから」


篠原は感じた。この小野山の笑顔は何か覚悟を決めてそうな顔だった。でも本当は信じたくない。そんなせつない顔だった。


「里香」


それしか言葉が出なかった。その時に近くから制服を着た自衛官がこちらに向かって来てるのが分かった。

二人の前で立ち止まり


「あの。失礼ですが、小野山里香さんというのは」


すると篠原が


「あっこの子です」


そっと自衛官を見つめる小野山。すると自衛官が


「私。自衛隊に所属しています。岸部と申します」


この日から私の長くて短いような絶望の日々が始まった。




~第2話終わり~

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