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チヤホヤされたいDTMerとこじらせ褐色好き腐女子

作者: オトアリ

創作をする人なら一度は感じたことがあるであろう嫉妬心。そこから抜け出すための助けになれば幸いです。

①・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「はあ、全然再生数伸びないなあ」


俺、城ノ内高之じょうのうちたかゆきはぐったりとイスにもたれかかった。

昨日アップした自作の曲は自信作だった。DTMを始めて2ヶ月、やっと出来た最初の曲だ。


DTMとはDesk Top Music(デスクトップミュージック)の略で、パソコンを使用して音楽を作成編集する事の総称だ。DTP(デスクトップパブリッシング)をもじって作られた和製英語で、海外ではコンピューターミュージックと呼ばれている。楽器が演奏出来なくても、マウス操作で作曲が出来る。楽器を弾ける人は演奏の録音や編集が簡単に出来るものだ。DTMを駆使すると、誰でも自分のスタイルで音楽を楽しむ事が出来る。

ある日、Twitterでとてもバズっている曲を目にした。調べたら17歳の人が作成したものだった。


『17歳?俺より1歳年をとってるだけの人がこんなのを作ってるんだ・・。俺にも出来るかもしれない、テニスやギターは挫折したけど、パソコンだけの操作なら出来るかも!』


そんな軽い気持ちでDTMを始めた。心の奥ではSNSでバズって自分も皆にちやほやされたい!という思いがあった。承認欲求というやつだ。


まず無料で動かせるDAW(Digital Audio Workstation)ソフトをいくつかダウンロードして試してみることにした。日本語表記、英語表記と色々あった。そしてそもそも音を鳴らすまでに時間がかかったソフトもあった。その中でML Studioが一番使いやすそうだった。ゲームを下取りに出し、短期バイトもしてML Studioスタンダード版を買った。


音楽理論は全く分からないが、フリーで落ちているMIDIや素材を拾い集めて組み合わせて曲を作った。(自分では)そこそこカッコイイと思う展開やメロディのような音も入れてみた。音楽ゲームにあるハードルネッサンスというジャンルで有名なDJ YASHITAKAのような曲を目指した。


そして昨日、どきどきしながらネット上に曲をアップした。でも全然再生数が伸びない。


再生数:2


「SoundCloudyにアップして1日で2回の再生・・?Private状態にもなってないし、一応Twitterで宣伝もしたのに・・。宣伝が足りないのかなあ?やっぱりフォロワーが多い人と合作でもしないとダメなのかなあ・・?人気のある人に便乗するのは大事って言うしなあ・・。そもそも俺のSoundCloudyのフォロワーが10人というのが原因な気もするな・・」


SoundCloudyは、世界最大級の無料音楽ファイル共有サービスだ。世界中のプロが作る曲や、個人制作の曲まで幅広くアップされていて、総楽曲数が1億曲を超えるストックを誇る巨大ミュージック・コミュニティである。上手く曲をバズらせることが出来れば、一気に世界で目立つことも出来る。誰でも登録申請が出来る分、ライバルも多いコミュニティなので、バズるのは簡単なことではない。


うんざりしながらTwitterを開く。もはや習慣化した行為だ。タイムラインには沢山のつぶやきが表示された。城ノ内のフォロー人数は5000人、フォロワーは50人。好きなアーティストや神絵師、ソシャゲの公式アカウントなどをフォローしている。


「あ、音無しさん、新曲をアップしたんだ・・」


音無しさんは自分がDTMを始めるきっかけとなったDTMer(DTMをする人の総称)だ。とてもカッコイイ曲を作る方でDTM、音ゲー界隈でも話題の人だ。プロフィールには「17y/o、曲を作ります」とだけ書いてある。音無しさんのフォロー人数は約50人、フォロワーは1万人を超えている。城ノ内は音無しの最新のつぶやきを開いた。


『新曲公開!激アツ、激やばな音ゲーコアです!全ての雑種DTMerは道を開けろ!これが新時代の音楽!迫り来るビートの応酬を受けよ!フルバージョンはSoundCloudyで!圧倒的神曲です!!!』


つぶやきに添付されている動画を観ると、煌びやかで滑らかに流れる動画に合わせて疾走感のあるメロディが流れていく。読む者を威嚇し、煽り立てるような宣伝文句のつぶやきはこの方の持ち味だ。人を選びそうだが、何より曲がカッコいいし、有名な音ゲーにも公募で採用されている実力の持ち主だ。結果として多数のフォロワーがいる。


「相変わらずカッコいいなあ・・。SoundCloudyでの再生数も1日でもう500を越えているし、Twitterの動画再生数も2万を超えてる・・」


投稿の返信ツリーを見てみると、コメントが沢山付いている。


『音無しさんの新曲!!めちゃくちゃカッコイイです!』

『好き』

『しゅき』

『天才』

『エモイ!』

『尊い』

「本当にッッッ!!!ありがとうございますッッッ!すきぃ!!」

「Genius!(*^▽^*)」


英語のコメントもあり、海外からも注目されているようだ。


音無しさんはこのようなファンのコメントに一切返信はしない。この手の宣伝以外はほとんどつぶやきもしない。たまに他のアーティストの方とジャンルについての会話をしているのを見たことはあるものの、あまりファンとの交流はしないタイプのようだ。


「すごいなあ、羨ましいなあ・・。たかが一つ年上ってだけで、なんでこんなに自分と差があるんだ・・。センス?才能?宣伝?分からない・・。俺もこんな風に皆から好きとかすごいとか言われたいなあ・・」


城ノ内はそのコメントには参加しない。スリ寄りやフォローされたいだけの取り巻きみたいに思われたら嫌だからだ。でも心のどこかでは音無しさんに返事をしてもらいたい、自分の曲を聴いてもらいたいという欲求もある。もっとも自分のような初心者DTMerに絡む理由もないだろうが・・。城ノ内は椅子に座りながら身体を伸ばし、ふと時計を見た


「もう12時か・・。そろそろ寝ないと、また学校に遅刻するなあ・・。最後にもう一度SoundCloudyの再生数を見てみるか」


再生数:2


今日一日で何回チェックしただろう。しかし気になって仕方がない。数分後に見れば増えてるかもしれない・・。そのような期待感とドキドキする感を抱えている。まるでギャンブルだ。こんな気持ちのままでは興奮して寝付けない・・。しかし遅刻もまずい。電気を消してひとまず床についた。


「・・・やっぱり気になる・・」


暗闇の中でスマホをチェックし続けた。10分毎に再生数をチェックして、気がついたら朝になっていた。


②・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「頭が重い・・・視界が狭い・・。完全に寝不足だ」


教室の自分の席に突っ伏した。朝、母親にたたき起こされた。何か言われてたようだが朦朧としてよく覚えていない。いつものコーンフレークを胃に流し込んで家を出た。なんとか遅刻せずに学校には辿り着いたが、安心して途端に眠くなってきた。


「よお城ノ内、ひどい顔だな」


茶髪で学ランを第2ボタンまで外したやせ型の男が話しかけてきた。


「クマができてるぞ、さてはお前も昨日の兄貴ちゃんの配信をずっと見ていたな!」


「違う、お前と一緒にするな、そもそもそんな遅くまで配信してるのか?」


「分かってないなお前、過去の動画も毎日観るに決まってるだろ!またスパチャして名前呼ばれたいなああ・・・ちくしょおお・・」


彼は鎌田誠二かまたせいじ。中学の時からの付き合いだ。彼は自他共に認めるオタクで、即売会イベントやアニメのイベントにもよく参加している。買い物にも何回か同伴したことがある。彼は今「兄貴ちゃん」というVtuberにハマっているようだ。俺は観たことは無いが、人気イラストレーターがキャラデザインをしていて、声も可愛いらしい。ゲーム配信などをよくしていて、今とても人気があるネットアイドル?のような存在だ。


彼は以前親のクレカで合計20万円のスパチャをしたらしい。その内容も「いつも兄貴ちゃんの同人誌にはお世話になっています」とか「500円スパチャしたのに1万円の人の方が感謝されても、悔しくない!俺の方が愛が深い」とか「兄貴ちゃんいつもありがとう!最近兄貴ちゃんへ感謝するのが日課になりつつあります!単刀直入に我慢してたこと書いちゃう!兄貴ちゃん愛してるぞおおおお!!」などという、とても「痛い」内容だったらしい(本人は自慢げに話していた)。


当然、親にはバレて、生まれてきたことを後悔する程こっぴどく怒られたそうだ。配信者側は「18歳未満の課金禁止」という措置を取っていたが、鎌田は年齢を偽ってスパチャしていたのだからタチが悪い。「名前を呼ばれたい!俺が彼女を救ってあげるんだ!」といつも意気込んでいた。欲にまみれた人間は何をするか分からない。


「この前アップした曲の反応が気になっちゃってさあ・・。夜中に何度もチェックしてたんだよ。誠二も聴いてくれたよな?」


「ああ、聴いた!聴いた!Twitterでも拡散したじゃん。まあ俺のフォロワー5人しかいないけどな」


鎌田にも一応宣伝を協力してもらった。彼は音楽に全然興味が無いようだが、少しでも広める手段は必要だ。彼のフォロワーと合わせても、全員が曲を再生してくれているわけではないことは明白だ。いったいなぜ・・?


「全然再生されないんだよなあ。今朝見てもまだ2回なんだよ」


「まじ!?俺とお前だけ?うけんなそれ!ひゃははは!」


鎌田はゲラゲラと下品に笑い出した。


「笑い事じゃねえって・・。そもそもSoundCloudyは自分の再生回数はカウントされないから、聴いてくれたのはお前と他の誰かだよ」


「ああ、そうか。にしても少ねえなあ。宣伝不足かなあ?1時間ごとにリツイートすればいいんじゃねえ?それかほら、イラスト描いてる人が、『朝宣伝、昼宣伝、夜宣伝、100イイネありがとうございま~す!』とかよくやってるじゃん。あれくらい宣伝すればいいんじゃね!?知らんけど」


「いや、タイムラインが宣伝だらけなのは、なんか必死過ぎる感があって嫌だ。そもそも興味を持たれてないんだよ」


「おお、冷静な分析じゃん、さすがは未来のクリエイター様だなあ」


こいつの軽口や煽りもいつものことなので無視する。

ここで、一番気になっていたが、これまで聞いてこなかったことを聞いてみる。


「あのさあ、誠二・・。俺の曲、どう思う?」


「え、ああ、まあよくわからんけど、いいんじゃね?というか、俺あんまり音楽詳しくないし、音ゲーもやらんし、ぶっちゃけよく分からん」


「うーむ、まあそうだよなあ・・」


何が原因なのか分からずじまいで、もどかしい。これじゃあ昨日の夜と同じだ。


「誠二さあ、再生数を増やしたいから、あとで沢山再生してくれよ」


「ん?ああ別に良いけどさ、それって意味あるのか?」


「いいんだよ、ある程度イイネやRTされてる投稿って、同じようにイイネしやすいじゃん。それと同じである程度再生数が多いものの方が、クリックしたくなるんじゃないかな」


「う~ん、そんなもんか?行列が出来てる店に並びたくなるような感じか。まあ、気が向いたらやってみるよ。知らんけど」


鎌田はスマホの画面を見ながら言う。周りの目も気にせず、美少女イラストがスクロールされているのが見える。授業開始のチャイムが鳴った授業を眠らずに過ごすことが出来るだろうか。


③・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


結局授業はほとんど眠っていた。昼ご飯を購買の菓子パンと牛乳で早々に済ませて図書室に向かった。

図書委員のカウンター当番を毎週水曜日、昼と放課後にしている。別に本が好きなわけじゃないが、何かしらの委員会には入らないといけないので、消去法的に一番楽そうな図書委員になっただけだ。今日は木曜日なので当番ではないのだが、図書室は静かでゆっくり休んだり、音楽をイヤホンで聴くには最適なので、よく行っている。


図書室には5~6人の生徒がいた。勉強する人、読書する人、昼寝する人と様々だ。

今日は試したいことがある。ブルートゥース・ワイヤレスイヤホン。あまり聞いたことが無いメーカーの商品だが、煩わしい配線を気にしなくて済むのがとても新鮮だ。図書室の奥の窓際の席に座ってイヤホンを取り出す。よく考えたら、自分の曲をイヤホンで聞くのは始めてだ。早速自分の曲を聴いてみる。


しかし何故か大音量で音がスマホから外に流れ出した。

一気に周囲の視線が自分に集まる。慌てて一時停止。心臓が縮み上がる気分だった。

どうやら、ブルートゥースの接続設定が出来ていなかったらしい・・・。家でちゃんと確認すべきだった・・。


図書室に再び静寂が戻る。


自分の曲が図書室に鳴り響いてしまった。僅か数秒の時間なのにすごく恥ずかしい。ネットでは既に晒しているのに、実際大衆の場で鳴るのはなんだか感覚が違う。もっとも鳴ったのが自分の曲だということは誰も知らないだろうが・・。


メガネをかけた女子生徒が近づいてきた。


「ちょっと!図書室では静かにして!音漏れも気をつけて!委員なんだから、自ら迷惑をかけないで・・!」


小声で注意されてしまった。


「わ・・悪い・・気をつけるよ・・」


彼女は同じ図書委員の渡辺美歩。髪型はおさげ。性格はハキハキとして、ルールを守る真面目なしっかり者だ。真面目すぎて自分とはソリが合わない感じなので、ほとんど話したことは無い。図書委員会に出る時と簡単な連絡事項の時くらいしか話したことがない。眼鏡を外した姿はそこそこ可愛いかったので、もったいない気もするが・・。いやいや何を考えてるんだ俺は・・・。やはり寝不足だとろくなことを考えない。よく親父が3時間眠れば十分とか言ってたが、やっぱりそれは人による。

なんだか居心地が悪くなり、図書室から出た。



④・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


午後の授業もぐっすり寝てしまった。今は帰宅部なので、学校でやることもない。歩いて帰宅しながら、SoundCloudyの再生数を確認する。スマホでチェックしてみると。


再生数:3


一回だけ増えていた。誰かが再生してくれたらしい。誠二だろうか?何にせよ、増えているのはいいことだ、良いことのはずだ・・。帰り道、日が落ちるのが早くなってきた。明日からは11月。秋が深まって、肌に少し寒さを感じる。ふと、こんな微々たる変化に一喜一憂しているのがとてもむなしく感じた。ネットは世界中に繋がっている。その中でたった3回しか自分の作ったものを認知されていないという現実。繋がっているはずなのに隔絶されたような感覚・・。いやいや考えすぎだ・・。


家に着き、手を洗って台所に行くと、お茶をしていた母さんに話しかけられた。


「高之?最近勉強の調子はどう?最近遅くまで起きていることが多いみたいだけど」


う・・知られていたか・・。ヘッドホンで作業しているから音は聴かれてないはずだけど・・。


「ぼ・・ぼちぼちかなあ。Σ会もちゃんと出してるし・・」


Σ回は添削制通信教育だ、月一回、課題が出されて自宅で回答し投稿するシステムだ。受験対策として今年の春から入会させられ、なんとか継続はしている。


「そう・・。来月、瞬台の全国模試、頑張ってね。秀美も看護師としてこれから頑張っていくんだし、あなたには立派なお医者さんになって欲しいのよ」


「あ~分かってるよ・・」


水道水を飲んで足早に自分の部屋に向かう。


母さんは元看護師だ。医者の父と結婚を機に退職した。姉の秀美を看護学校に行かせて、俺を医者にしたいらしい。基本、成績が良ければ自分が何をしてても口を出さない人だけど、結果を出さないと、とても怒る。今回も試験で総合成績の偏差値が60を超えないと予備校に行かせると言われた。今のところは通信教育のΣ会の課題をこなしてそこそこの成績も維持出来てはいる。しかし、勉強が楽しいかどうかは自分でも分からないし、医者になりたいわけでもない。勉強自体は親を納得させるための手段という感じだ。


⑤・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「う~流石に夜は寒いな・・」


その夜、祖母からコンビニでコピーをしてきて欲しいと頼まれた。家のコピー機の調子が悪いのだとか。漢数字と漢字が描かれている紙を渡された。そういえば祖母は琴を教えているんだった。明日までに必要らしい。お駄賃も貰えたし、行くことにした。


家から歩いて10分ほどの距離にコンビニがある。時間は夜の10時過ぎ。くたびれたスーツ姿の男性一人がいるのみで店内は閑古鳥が鳴いている。


コピー機に向かい、中を開けると機械に紙が一枚残っていた。前に使用した人が忘れたのだろうか?紙には『褐色&医療系イラスト集』と書いてある。褐色肌の長身イケメンが沢山描かれていた。白衣姿、スクラブ姿だったり、あとは親父がよく着ているケーシーとかいう白衣姿のキャラクターもいる。スクラブとは半袖で首元がVネックとなっている医療用白衣のことを指す。 主に医療従事者が着用する。「ごしごし洗う」といった意味である「スクラブ」を語源としており、頑丈な素材が使用されているため、強く洗っても生地が傷みにくいことが特徴である。

この本ではどの人物も半袖で首元がVネックのシャツと同じ色の長ズボンを履いている。


なんだこれ?漫画の表紙?のようだ。とりあえず取り出して眺めていると、コンビニのドアが勢いよく開かれた。慌てた様子でコピー機に駆け寄ってくる人物。余程急いでいたのか、息を切らしている。


「あ・・・」


「あ・・・」


こちらの手にある紙を見て、青ざめた表情をしている。ロングヘアーの女の子、年は自分と同じくらいか。


「あの・・それ・・・私の・・」


「え?ああ、はい、コピー機に入ったままでした・・。え・・?」


近くで見るとどこかがで見た顔だった。それも今日、学校でだ。


「あの・・もしかして渡辺・・?」


一瞬とても驚いたような表情をしてから、表情が急に笑顔に変わった。


「あ・・あの、私は美歩の双子の妹なんです!」


「え・・?そうなのか?妹がいたのか、知らなかった。その・・・これ、君が描いたの?」


コピー機に入っていた紙を差し出す。


「・・み・・見ました?」


「まあ・・見ちゃったけど・・」


「・・・・・・・」


女の子は目が点になり、周囲の空気が凍り付いたように動きが停止し、無言になる。次の瞬間


「・・・・ああああ、やっぱりアナログだとこういうのことがあるから止めとけばよかったあああああ!!」


その場で叫び頭を抱えこんで座り込んでしまう。完全に不審者だ。さすがに店員さんもこちらを見ている。


「ちょっと、落ち着こう。なんなんだ急に・・」


「ああ、違うの、ここここれは妹が描いてて、なんかこういうの趣味みたいでさあ、コピーの使い方が分からないから印刷してきてとかいわれてさあ!アハハハ!」


聞いてないことを次々にまくし立てる。更に妹がいるのか?それにしても声質までよく似ている。


「あの・・何かありましたか?」


店員が騒ぎを聞きつけて近づいてきた。


「あ!大丈夫です・・多分・・」


「ああそれじゃあ妹が待ってるからじゃあね!」


店員を話している隙に、ふんだくるように紙を持って行き、勢いよくコンビニを出て行った。

嵐のように去って行った彼女を見て、呆然とする俺と店員。


「あれ・・俺・・何しにきたんだっけ」


⑥・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


翌日の昼休み、鎌田が意気揚々と話しかけてきた。


「おい高之!すごくいい宣伝方法を考えたぞ!今度こそナイスなアイディアと驚くだろう!俺の頭脳を至高不滅の聖遺物として称えろよ、ひゃははは!」


「・・・一応、聞いておくけど、どんなのだ?」


「アーティスト名をあずまりゅうに変えるんだよ!ほら、今話題だろ!スーパーで会計前の缶詰を開けて食べるのをMe Tubeで実況して逮捕された人!ああいう皆がネットで検索しているような名前にすれば、人の目に触れる回数も増えていいんじゃないか?」


「いやいや犯罪者の名前に名義を変えるのかよ!」


「いいじゃん、別名義ってことにして音楽がバズったら、実は私でしたって表明すればいいんだよ!目立つために悪魔に魂を売ることも必要だろ!知られてないことは存在してないのと同じって聞いたこともあるぞ!知らんけど。」


「いや、もういいや。ちょっと俺は用事があるからさ」


「おお、『俺の魂はそんなに安くない』ってか渋いねえ!またナイスなアイディアを期待しててくれ!」


こいつのアイディアとめげない精神はすごいと思うが、アイディアに突拍子がなさ過ぎて俺には合わない。それだけ思いつくなら、こいつ自身が動画サイトに投稿でもすれば良いのでは?とすら思う。昼ご飯のチョコチップスティックを胃に放り込んで早々に席を立つ。


昼休み、気になることがあるので、クラスの何人かの女子に聞いてみた。


「渡辺さんに妹?どうだったかなあ・・。聞いたこと無い・・。一人っ子だったような気もするけど・・。」


「渡辺さん?あんまり話したこと無いから分からないなあ・・」


気になっていたことは大体解決した。午後の授業もゆっくり寝て、今日も早々に帰宅した。


⑦・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


『オタクってこういうのが好きなんでしょ?』


妖艶な雰囲気と露出度の高い衣装を着た近未来感ある動画背景とキャラクターに、ノリの良い疾走感のある曲が流れ出す。

音無しさんの新曲だ。先週出したばかりなのに、また新曲を公開したようだ。


「今回もすごいクオリティだなあ」


音無しさんの曲は公開して3時間で再生数は200超え。一方でこちらの曲は


再生数:5


誠二が多少は再生してくれたようだ。自分で自分の楽曲の公開ツイートをリツイートするのは、なんか気がひけるが仕方ない。何回かリツイートをしてみたが、思ったほどの効果は無い。


やはり音無しさんみたいに動画付きにしてみるか?フリーの動画作成ツールでチャレンジしてみるか?いやでも、そこに時間をかけて意味があるのか?時間の無駄では・・?動画を作って、見てくれる人なんているのか・・?そもそも自分が曲を作る意味があるのか?この曲、カッコいいのかな?分からない・・。


改めて自分の曲を聴いてみる。

自信満々で作ったのに、なんだがめちゃくちゃださく聞こえてきた。こんなに苦しんでまで作る意味ってあるのか?同じような曲なんて他にも沢山あるんだ。俺一人が出さなかったくらいで、どうせ気にする人なんていない・・。自分で生み出したネガティブな感情の渦に飲まれそうになる。


音無しさんのリプ欄を見ていると気になるコメントを見つけた


「音無しさんの曲全部好き♡特に今回は他のジャンルのエッセンスも入ってて、本当に個性的です!音無しさんにハードルネッサンスを布教して良かったなあ。音無しさんファンのハードルネッサンス・クラスタはわしに感謝してもええんやで?」


やたら煽り口調のコメントだ。音無さんにやたら馴れ馴れしい。


「なんだこいつ・・いちいちむかつくな~。よく見たら、いつも音無しさんに張り付いてリプしてるし、お前は音無しさんのなんなんだよ・・」


アカウントネームは「かゆうまじろう」アイコンはラーメンの画像だ。

曲も作っているらしく、宣伝ツイートも散見される。「今日のDTM!」とつぶやいてラーメンの画像をアップしている。こういうのが流行ってるのだろうか?

フォロワーは2500人、フォローは2000人。むかつくけど気になる、気になってこいつのタイムラインまで見てしまう。


「いやーつれーわー、大手レーベルから新曲の依頼が来て3時間しか寝てなくてつれえわー!(^^)!おおっとリリース情報はまだ言えないけど、激ヤバな曲になりそうだから、皆楽しみにしててくれよな!いやあ神曲しか作れなくてサーセンww」


素なのかキャラを作っているのかわからないが、この世の煽り成分を集約したような発言の数々だな・・。正直読んでいて不快極まりないが、何故か気になってタイムラインを読んでしまう。


「先週アップしたUKハードコア新曲、300ファボ、1000リツイートあざっす!Cammerからファボも貰えたわあ!学生で初心者から始めて半年でこの再生数ってすごくね?すごくね?褒めて褒めて♡かー!!敗北を知りてえええ!」


読んでると、自分の心に憎悪と嫉妬と羨望の感情が噴煙のように吹き出してきそうだ。リプライ欄を見ると音無しさんがコメントをしている。


「じろうさんの新曲、メロディがエモイいし、ドロップ前の一瞬はいるスクリーチ音と声ネタもとてもカッコイイです!」


「ま!!?あざっす!頑張って作ったので嬉しいです!!!!」


「音無しさん・・なんでこんな奴にコメントしてるんだ・・。俺をフォローしてくれよ・・。俺の曲、聞いてくれよ・・俺、頑張ってるよ・・」


いっそのこと、聴いて欲しい人に片っ端からDMでもするか?いやそれは図々しすぎる。というか音無しさんはDMを閉じてるわ・・。これくらい有名になると、そりゃそうか・・。

俺は亡骸のようにベッドに横たわった。


「Twitterは人気のある人がもっと人気が出る場所なんだ・・。知名度が無い俺の作るものなんて、どうせ誰も聴いてくれない。無意味なんだ・・」


世界から無言で拒絶されたような孤独を感じる。数字、再生数、他の人との比較ばかりしてしまう。イイネしてくれよ、再生してくれよ・・。もうなんか疲れた・・。そうしているうちに眠りについていた。



⑧・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


翌日の学校。朝から鎌田がうきうきしながら話しかけてきた。


「おい!すごい宣伝を考えたぞ!これでMe Tubeで銀の盾も貰えるな!良かったな!かー!敗北を知りてえ!!」


「能書きはいいから早く言ってくれ」


「メントスコーラしながら楽曲の作成配信をするんだよ!今の時代、ただ一つのことだけだと出尽くしてるし、組み合わせっつーの?ハイブリッド的な?ものが必要だって、だこなり社長も言ってたからな!知らんけど!」


「却下だ」


「はああ!?なんで!?」


「どうやって飲みながら楽曲解説をするんだよ!そもそも俺はMe Tubeの配信者になりたいわけじゃない!」


「分かってないなお前は、作成する過程を見せながら、楽曲はこちら!ってリンクを張れば聴いてくれる人も増えるだろ?誘導する入り口?窓口的な意味合いだよ。じゃあアルミホイルの玉を叩きながらとかは?」


「もう、いい」


こいつの頭の中は常に1人ブレインストーミング状態なのだろうか?現実味という要素を加えたほうが良い気がする。


「分かった、分かったよ!もう少し考えてみるわ。ところでさあ、次の日曜日暇か?」


「日曜?特にやることないな」


「ムーンシャインクリエイションって知ってる?」


「池袋でやってるイベントだろ?それがどうした?」


「Vtuberの兄貴ちゃんの同人誌を探索しに行きたいんだよ。いくつか目当てのサークルがあるから、お前にも手伝って欲しいんだ」


「報酬は?」


「神保町ラーメン五郎の大豚全増しおごりで」


「ブレスケアも付けろ」


「OK、わかったよ。じゃあ日曜日にな!あとでLINEで集合場所送るから!」


最近は曲を作る意欲もないし、家でだらだらすることばかりだ、俺は鎌田の用事に付き合うことにした。


⑨・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


日曜日朝8時に池袋ムーンシャインに集合した。鎌田と話をしながら列に並ぶ。


「今回は好きな順番に回ってくれ、そんなに数も多くないしな」


「なんだ、そうか。前のコミケの時は列形成とか一方通行とかかなり詳しく説明してくれたけど、今回は考えなくていいなな。そっちもいくつか回るのか?」


「勿論!自分の推しキャラを最高に描いてくれている神絵師にご挨拶と激励の言葉をかけにいくんだよ!何人かはスケブも依頼出来そうだし、いやあ楽しみだ。もちろん迷惑にならないように10秒以内に好きな作品と好きなところ伝えるメッセージは各々のサークルさんに準備済みだ!」


「そんなことまで聞いてない・・。というかすごい熱意だな」


同人誌を入れる用の100均のA4プラスチックケースをもらって分かれた。頼まれたところは壁サークルを含めて10カ所ほど。一部は数十分くらい並んだが夏コミに比べてスムーズに終了した。集合時間まではまだ余裕があった。


「少し別な場所も見て回るか・・」


よく見ると自作ゲーム、音楽系、小説を扱うサークルもあるようだ。行列が出来ているわけではないが、置いてある作品数も多く、物品の置き方が見やすい。何回も参加している経験者であることをうかがわせる。


「でも、行列が出来ているのは壁際だけだよなあ。それ以外はそんなに売れてる感じがしない。それなのに、なんで出展してるんだろう・・?」


色々な制服が描かれた表紙の本を扱っているエリアに入った。軍服、制服、色々ある中で驚くべき光景を目にした。一昨日コンビニで見かけたロングヘアーの女の子がサークルスペースに座っていた。思わず、スペースの前で立ち止まる。『ビオ乱手』という文字と褐色のイケメン達がポーズをとるポスターが背後にぶら下げられている。サークル名だろうか?スペースには4種類程の薄い本が積まれていた。そのうちの一種類の本の表紙は、先日コンビニで自分が見たものだった。


「あ!どうぞ、見ていってくださ・・あいいい!?」


向こうも気づいたらしく、途中から声がうわずっている。


「・・・お前・・・渡辺だろ・・?なにしてんだ・・?


「ナ・・・ナンノコトデショウカ・・・?ワ・・ワカラナイデスネ」


滝のように汗を掻きながら、うわずった声で片言で話す渡辺。


「あざとかわいこぶってもダメだ。図書委員の渡辺だろ?」


「わ・・私は美歩の妹で・・・」


「クラスの女子に聞いたけど、妹はいないって話だったぞ。まあ別に追い詰めるつもりはないけど、そんなに隠すことなのか?こういうの」


「うううう・・・」


何か悔しがるような後悔するような表情をしてのち


「ええ!そうよ!私は渡辺よ!」


「ああ、そうだろうな。やっと観念したか」


「というか、なんであんたがここに?何してるの?」


「友人の買い物に付きあってるんだよ。そちらも手伝い・・てわけじゃないみたいだな」


「こ、ここここれは妹の売り子の手伝いよ!」


その時、サークルスペースの横から女性が入ってきた。


「ごめ~ん!遅くなった、頼まれたとこ回ってきたよ!お!お客さん!?さすがあんたの描く世界は男性も虜にするのね!珍しいい~。どうぞ見ていってくださいよ!」


「ちょっと!!さとこさん!!」


赤面して慌てふためく渡辺。もう確認するまでもないのだが、一応聞いておく。


「・・なあ、もう隠すなよ。お前が描いてるんだろ?」


「うううう、・・・ええ、そうよ!悪い!?」


「別に悪くは・・」


コンビニで見つけた絵も、ここに並んでいる作品も描いたのは図書委員の同級生、渡邉美歩だった。


「あの、すみません、並んでますか?」


自分の後ろにいる女性から声をかけられた。一般参加の女性数人が渡辺のサークル目当てで並んでいるようだった。


「ああ、すみませんね!ちょっとあなたは横にずれて!お待ちの方、こちらにどうぞ!」


たまたま隣のサークルスペースが空きだったこともあって、俺はそちらの方にどかされた。

美歩のサークルスペース前に5人ほどの列が出来た。慣れた手さばきで本を手渡し、料金の受け取りをしていく。人によっては一言二言の会話もしているようだ。


「ビオさんですか!?いつもTwitterでイラストを観てます!こ、これからも頑張ってください!!!」


「うわああ!ありがとうございます」


「この前のNGOの9話観ましたが!?倦怠王の衣装!最高でしたよね!」


「うんうん!わかるわかる!あの胸の空き加減!尊い!もう天を仰ぎ見るしかなかった!思わずあのイラストを描いてアップしちゃいました!」


「あのイラスト、めっちゃエモかったですよ!あと、その後アップされた神父さんと倦怠王のイラストも激エモでした!ええ~そこに手をやるう?天才でしょお!?もう語彙力がなさ過ぎて義務教育からやり直したい!あの2人の心情を見事に表現していてほんっっとに最高でしたあ!」


「いやああもおお!!!そこまで言って貰えるなんてほんっっと!ありがとうございます。!」


何かのイラストについて熱烈に語り合っている、学校での渡辺とはテンションが違いすぎる。もはや引くレベルだ。あれが本来の渡辺なのか・・?


数分で列がはけて、またサークルスペースの前に空間が出来た。


さとこと呼ばれた売り子の人は何故かニヤニヤしながらこちらを見ている。年齢的には20代前半くらいだろうか。とても気さくに渡辺と話すのを見ると、かなり前からの知り合いなのだろうか。


気になることがあるので、俺は渡辺に話しかける。


「結構、売れてるんだな」


「ええ、まあ見ての通り大人気って訳じゃないけど・・。固定で来てくれる人はいるし、だんだん見てくれたり、買ってくれる人も増えてきててとてもありがたいわね。こういうイベントって目の前で『確かに誰かが読みたいと思って買っていった』ということが分かるから、作品作りの原動力になるのよね」


渡辺はどこか達観したような説明をしながらも、ほころんだ表情をしていた。


「いつくらいから参加してるんだ?」


「去年の春からね。その前からPixibとかSNSではちょくちょく描いたのを投稿していて、じわじわファンが増えていった感じね」


スペースに並んでいる薄い本を一瞥する。どれも長身の男性で褐色キャラが多い。


【新刊】とPOPが貼られた本のタイトルはこの前コンビニで見たものと同じ『褐色&医療系イラスト集』だ。


「この本のタイトル、なんかすごくニッチなジャンルな気がするんだが・・」


とても根本的なことを渡辺に聞いてみる。


「はあ?なに?イチャモン付ける気?イチャモン星人か?あんたは」


「なんだよそれ。単純に気になったんだけだよ。なんで褐色キャラと医療系の組み合わせなんだ?」


「そりゃあ、あんた、褐色ってとても魅力的でカッコいいじゃない!キャラの印象を左右する要素の1つが肌の色でしょ。その中でも褐色肌キャラは、日本においては日焼けした健康的な肌を連想させることもあって、元気で活発・ワイルドというイメージね。あるいは異国情緒あふれる神秘的でミステリアスなキャラクターのイメージもあるでしょ?あとは生まれに関係した肌の色なのか、運動による日焼けなのか。同じ褐色肌キャラでも、設定によって肌の色の持つ意味合いが異なる場合もあるし・・。その設定の幅広さも魅力よね!そこに白衣とスクラブというクリーンな原色系の色が奏でるコントラストは、婉麗で尊いのよ・・・!」


急に淀みなく喋る渡辺。卓越した語彙と表現力に圧倒される。一つのことについてこんなに情熱的に話す一面もあるなんて想像も出来なかった。


さとこさんが口を出す。

「彼氏、ドン引きしてない?彼女は未来の神絵師だからね!彼氏も大事にするんだよ!」


「へは!?いやいやいや彼氏じゃないし!私は未来の神絵師でもないですからあ!」


光の速さで渡辺が否定してくれたのはありがたいが、なんとなく気まずい。まさか普段真面目な印象の渡辺がこんな活動をして、ある種、特殊な性癖?を持っているとは思わなかった。


「色々聞きたいことはあるけど、長居するのもあれだし、そろそろこっちも退散するな」


帰路に着こうと振り返ってすぐ、強い力で肩を掴まれた。


「何爽やかに帰ろうとしているのかしら~、城ノ内く~ん?」


やたら丁寧な言葉遣いで話しかけてくる。いつのまに背後に移動した?そして握力も強い、これが未来の神絵師の力か。


「このまま帰すと思う!?あんたは愚かにも極秘事項を知ってしまったの!ここであなたの記憶を消すのはどうすればいいかしら?サッカーボール代わりに頭を蹴りまくって、生まれてきたことを後悔するくらいに蹂躙してあげたいところよ!」


目が狂気に満ちている。この女、マジでやりかねん。


「落ち着け!そんなことをする必要はないし、そもそもこのことを人に言うわけないだろ」


「嘘!私は学校では真面目で通っているのに、趣味でこういう活動しているのがバレたら、からかう良いネタよ!」


「正直、俺もお前の趣味は分からないよ。でも、さっきみたいにお前の絵に魅力を感じてる人もいるわけで、何より頑張ってる人をけなしたり、貶めたりなんてしないよ。お前の絵のファンにも申し訳ないしな」


「へ・・?」


「それに・・ちょっと相談したいこともあるから、また学校でな」


自然と渡辺の手の力が緩んでいて、呆然とする彼女を尻目に開場を後にした。

その後、鎌田と合流して帰宅。帰り道に約束のラーメンをおごって貰った。2日分のカロリーを摂取した帰り道、鎌田からVtuber兄貴ちゃんの話や、宣伝方法などについて聞かされた。トップの動画配信者の名前をぱくるという話のようだが、よく覚えていない。


同学年で創作活動をしている人がいる。それもこんな身近にである。普段の真面目で寡黙なイメージとはほど遠い、特定のことに対して熱く語り、笑顔になっている姿を見ていて、何か不思議な感情が生まれてくる。ああ、きっと俺は羨ましいんだ、と気づいたのはその日の寝る前だった。


⑩・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


『はい!どうもイカキンDTMerです!え~今日はですねえ、え~ハードルネッサンスを!作ってみたいとお思いますう!!(キラーン!)ハイライト おお!!かあっこいい!!メロディ、疾走感も抜群!このゴージャスなエモサ最高デデドンこれで君も一流DTMerだ!(ぱちぱちぱち!)早速真似してクラスの皆に自慢しよう!(イェーイ!)高評価とチャンネル登録も宜しくお願いします!ではまた!』


気がつくと部屋のベッドから転げ落ちていた。


「・・なんて夢だ・・」


こんな夢を見ていた自分が恥ずかしくなり、ベッドから落ちた痛みも気にならない。昨日の鎌田のよく分からんアドバイスのせいだ・・。なんだよ、イカキンDTMerって・・。ネーミングセンスの欠片も無い上に、下手な煽り文句の数々・・。こんな台詞を考えたやつを小一時間くらい問い詰めたい。


月曜日の学校、昼休みに渡辺に相談したいことがあって図書室に行った。渡辺は俺を見て驚いた表情をした後、「カウンターサービス停止中」のボードを机に置いて、奥の司書室に誘導された。(図書委員の仕事はそれで良いのか?)


「今は先生もいなくて、ここなら何を話しても聞かれないでしょう。てか、本当にばらしてないのね。クラスの皆の接し方に変化が無かった」


「あのなあ・・、俺、本当に信用されてないんだな・・・」


俺はうんざりして、ため息をしながら言う。渡辺を陥れるようなことをして俺に何の得があるのやら。


「あの鎌田と友達なんでしょ?あんな救いが無い奴と一緒の人なんて信用出来ないって。つきあう友達は考えた方がいいんじゃない?」


鎌田はどうも他の生徒から評判が悪いらしい。まあVtuber関連の痛い行動のことは知れ渡ってるし、普段から2次元大好きなオーラを漂わせているから仕方のない面もあるが・・。


「まあ、中学の時からの付きあいだし、アホだけど悪い奴じゃ無いんだよ・・。というか、そもそもイラストを描いているのがバレるのってそんなに嫌か?」


「だってめんどくさいでしょ?もし絵が描けるって知られたら、余計な絵の仕事を任せられたり、気軽に無料で絵を描いて~なんていう奴らがくるかもしれないし・・。まあそもそも描くジャンルが偏ってるからあんまり理解されないだろうと思うけど・・」


人気のある人にはそれなりの悩みがあるのか。自分なら有名になったら散々言いふらすだろうに・・。


「同じような趣味の女の友達っていないのか?」


「中学の時にいたけど、違う高校にいってからはネットだけの繋がりね。この高校にはいないかなあ・・」


俺と同じで友達は少なそうだ。基本、渡辺も当番でもないのに図書室にいることが多いのは、そのせいか。


「あんた、今私が友達少なそうって思ったでしょ?」


「いやそんなことは・・・あるな」


「うーん、これでも周りと合わせるようにしたり、陽キャラっぽく、LINEのプロフィール写真をグループでジャンプしてる画像にしたりしたんだけど・・。何かあんまり効果は無いみたいね。まあもう気にしてないけど・・」


何故その画像が陽キャラっぽいのか分からない。やはり独特の感覚を持っているようだ。


「それで、何の用?」


「いや、いくつか聞きたいことがあってさ。そもそもなんでああいう絵を描いてるんだ?」


「何故?絵を描くか?なんか一周回って哲学的な意味に聞こえるけど・・。まあ好きだからよ」


「好き・・?ああいう絵柄がか・・?ああ言うのって流行ってるのか?」


「何?その老人みたいな台詞?『若い子達の間ではこういうのが流行っているのか?』ってテンプレ画像の真似のつもり?流行とか関係無いから」


「そういうもんなのか?ああいうのって流行ってるものを真似して描いたりするもんなんだと思ってた」


「まあ、そういう人もいるし、私も今推しの作品の推しキャラを描くこともあるわね。でも根本的には好きなキャラやジャンルはベースとしてあるから、そこはぶれてないかな」


「それで絵を描いて本にして売っているのか。そしてあれだけ買いに来てくれる人がいるんだよな・・。いや、すごいと思うよ」


赤面する渡辺。褒められるのに弱いのだろうか。


「ま、まあどういう意図か知らないけど褒めても何も出ないわよ。それに私より上手い人なんて沢山いるし、デッサンや表現の仕方が不足しているなあと日々感じているからまだまだよ・・」


謙遜する美歩。そろそろこちらの本題にも入ることにする。


「実は俺も自作で曲を作っててさ、DTMって言うんだけど、全然再生されなくてさ。実際どうやって知名度を上げたんだ?」


「え?あんた自分で曲を作ってるんだ!最近はパソコンやスマホで気軽に曲を作れるようになったみたいだけど、ああいうのも大変よねえ。色んなジャンルもあるし、何よりイラストみたいに、SNSのタイムラインで流れてきた時に、クリックしないと流れないこともあるのがネックよねえ・・。」


腕組みをして考え込むような姿勢を取る美歩。


「なんかやたら詳しいのな、お前・・」


「え・・?まあ、なんか曲を作ってる奴が近くにいてね・・。まあそれは良いとして、知名度ねえ。曲とイラストだとまた違うと思うけど・・。正直あんまり意識したことないのよね・・」


「え?そうなのか?」


「自分の好きなものを好きなように描いてたら今の状態っていうか・・、そりゃあ勿論、理想の絵に近づけたくて、模写は年がら年中してる。デッサンの本や、ネット記事やハウトゥー動画も沢山見て、色々試したわ」


「なんだよ、その強者の理屈みたいなの・・。気づいたら世界救っちゃってました的な。最近流行の俺強ええ系かよ」


「勿論、Twitterでタグ付けたり、ピクシブで宣伝したり、毎週金曜日の夜に新作を定期的な投稿はしてるわよ?ただ、知名度って目的というより、結果や手段に過ぎない気がするのよね。まあ、人気のコンテンツをネタにして2次創作ばかり作っている人もいるし、知名度至上主義みたいな人もいるけどさあ・・。たまにフォロワーがすごく多いインフルエンサーにお金を払って拡散してもらってる人もいるみたいね」


「なんだよそれ、結局はお金かよ・・」


「お金で影響力を買うのは極端な例だし、定石だとは思わないけど・・。まあ正直、人目に触れる機会が増えても、それが多くの人の心を掴まない限り流行はしないと思う。そもそも作品の質が低かったら相手にされないわよ」


「厳しい世界だな・・。てか流行って意識しないのか?自滅の巨人って流行ってるじゃん」


『自滅の巨人』とは、今放映されているオリジナルアニメだ。滅びゆく運命にある巨人を救うために奮闘する兄妹のバトルもので、映像も作画も劇場版並に質が高い。今一番の人気アニメ作品だ。


「そりゃあ意識するし、自分が好きなものと世間が好きなものが一致することはあるわね。自滅の巨人も観てるけど、あんまり心に響かないのよね・・。でも、例えば今やってる『パリ☆すた』なんてもう最高じゃない!?」


急に渡辺が目を輝かせ始めた。声のトーンも高めになったように感じる。


「なんだそれ?バリすた?俺はその作品を知らないんだけど・・。」


「あ~現代に生きていてあの作品を知らないなんて救いが無いわね・・・。ミッチーランドに行って『イッツ・ア・スモールワールド』だけ乗って帰るようなものね。あのパリの町並みとガブリエルとカズヤの絡み、第4話の後半のイベント後にカズヤが風邪をひいて、それを看病するガブリエル。その後一夜を明かす二人!あのシーンは絶対何かあったわね、もう翌日のガブリエル×カズヤクラスタ、タイムラインとPixibの投稿は光り輝いていたわ・・。」


恍惚の表情の渡辺。こいつにしか見えない神様でにも祈っているのだろうか。


「ああ、でもここで魅力を語ったら昼休みが終わってしまうわね・・。ところで、どんな曲を作ってるの?聴かせてよ。」


「え・・」


不意を突かれて戸惑ってしまった。


「嫌なの?昨日散々私のイラストや本を見たんだから、そっちが作ったものを聴かせてくれてもいいんじゃない?そもそも聴いてみないどうすれば良いか、なんとも言えないし」


「まあ、そりゃそうかあ・・。わかったよ」


俺はスマホにMP3で入れてた自分の曲を聴いてもらった。


「・・・・」


黙って聴く渡辺。目の前で自分の曲を聴いてもらうのは考えたら初めてだ。たかが2分程の時間なのに、終わるのを待っている時間がとても長く感じる。もうネットでは公開されているのに、変な緊張感だ。手汗も出てくる。なんて言われるのだろうか?良いのか、悪いのか?

約2分後、曲が終わり、全く表情を変えずにイヤホンを外す渡辺。


「ああ、これってハードルネッサンスってやつ・・?だよね。なんかそれっぽい」


「そう!そうなんだよ!DJ Yashitakaを意識したんだよね!」


分かってくれて嬉しい。さっきまでの恥ずかしい気持ちがどこかへ行ってしまう。


「私もヘビートはプレイしたことがある。野郎・オブ・クラッシャーが好きだったなあ」


「最強のNu-style Gabbaだよね。ハレルヤのリミックスも好きだな」


ヘビートは5年前からゲームセンターで稼働している音楽ゲームだ。指でパネルを押すだけの簡単なシステムだ。接触のタイミングなど意外に奥が深いゲームで、男女問わず幅広い年代に人気だ。同学年の人とその音楽ゲームについて話せる日が来るとは思わなかった。好きなことで語り合えるのは至福の時間だ。


「なんとなく、個性的じゃない気がするけど、いいんじゃない。で、これを色んな人に聴いてもらいたいってこと?」


「え?」


一瞬何を言われたのか分からなかった。


「え・・今なんて・・?」


「ん?個性的じゃないってとこ?」


「それ・・どういう意味・・・?」


「意味・・?というか、よくありそうというか、どっかで聴いたことあるというか・・」


「いやまあ、真似したから似てるのはしょうがないけど・・。もっとこう、カッコイイとかさあ、言い方があるだろ」


「感想を強要するのもどうかと思うけど・・。率直にそう思っただけ」


飄々として言う渡辺。ここまでストレートに感想を言われたのは始めてなので、動揺して言葉の選択があやふやになる。


「いや・・でも・・これ作るの、すごく大変だったんだぞ!2週間もかかったんだ・・」


「いやあのさあ、頑張ったアピール、苦労アピールは要らないから。時間かければ人から評価されるものが出来るとでも思ってるの?」


「別にそういうわけじゃ・・」


渡辺の言うことはもっともだが、多少はこちらの頑張りを認めて欲しいものだ。


「ところで、今までどれくらいの数の曲を作ったの?」


「え・・これだけだよ」


「・・は・・?」

絶句したような表情の渡辺。


「だから、これだけだ。今聴いてもらった曲」


「あんたねえ・・。なめてるの?創作を・・?」


ワナワナと身を震わせる渡辺。怒っているのは明白だった。


「え・・?」


俺は何故彼女が怒るのか分からなかった。


「まだ何者にもなっていない身分で一つだけ作品を出して、全然人気が出なくて困ってる?あっっったり前でしょうが!!!」


渡辺はイベント会場とは別のベクトルで感情を露わにしていた。


「自分の作ったものを沢山の人に見て欲しい、聴いて欲しい。ものを作ってる人は皆考えることでしょうね!でもはっきり言って、この情報が溢れた現代に最初から閲覧数、再生数が爆伸びする人はほぼいないわよ。稀に作ったものが異常にバズって一気に有名になる人もいるけど、超稀!激レア!はぐ○メタル!SSRよ!みんながみんなバズったら有名人だらけ!見てくれない、聴いてくれないのはあんたが興味を持たれていないってことでしょう!?直すべきなのはあなたに価値が無い、救いが無いというところなんじゃないの?」


鬼気迫る勢いに圧倒されてしまった。最後の方の発言は大分辛辣な気もしたが、正論過ぎる。


「まあ、そんなことは分かってるよ・・。だから具体的にどうすればいいか聞いてるんじゃないか」

具体的に言い返すことは全く出来ないが、こちらの意図も表明しておく。


「す・・少し言いすぎたわね・・。・・まあ私は音楽のことはよく分からないけど、イラストでも何でも、これは自分の作品だ!と言える部分があると強いって言うわね。まあ、最初は技術的な面などもあり個性的な部分を出すのは難しいと思うけど・・」


渡辺はペンを出してうんうんうなりながら、何かを思い出すように紙切れに箇条書きにしていった。


・流行のジャンルを作る

・流行っている曲のRemixを作る

・音ゲーなどの公募に参加してみる


「こんな感じ?とにかくみんなが注目しているものに参加してみることが良いんじゃない?人目につくものは沢山の人が参加しているわけで競争も激しいし、中々突出するのが難しいわよね。そこで大事になってくるのがこれかな」


・自分の強み、カラーを楽曲に取り入れる

・諦めず音楽を続ける


「この2つじゃない?」


「すごいな、参考になる・・。でも、なんでそんなに詳しいんだ?」


「ま・・まあうちの兄貴がよく言っているからね・・。その受け売りよ・・。あと、やっぱり最初は沢山作ることでしょ。 例えば、ピカソの全作品数は14万点と言われてるわ。一生に換算すると 1日に5点の作品を作り出していた という計算になるみたい。まあ作るものが全部が全部名作で、いわゆるバズッたわけじゃないにしても、圧倒的な練習量、大量行動が結果を生むのは確かだと思う。これは芸術の世界でもスポーツの世界でも同じじゃないかしら?」


イベントにも出て、沢山作品も出している、実績のある人から言われるとぐうの音も出ない。


「・・・そこまで言うからには、お前も沢山描いたのか?」


「え・・、どうだったかな・・いきなり聞かれるとすぐに答えられないけど・・。ちょっと待ってて・・」


スマホを取り出して何かを調べている。


「うん・・。Pixibにアップしているのだけでもイラスト200点、漫画は8作品、これを3年間でこなしたわね・・。アップしてないのもあるから実際にはもっとあるでしょうけど・・」


「3年で・・すごいな。言うだけのことはある。というから中学の時からやってたのか!?」


「ま・・まあ、最初はネットに出してただけだけどね・・。ほら、見てみなさい!証拠よ証拠!」


スマホを突きつけてきた。Pixibというイラスト投稿サイトのページだ。確かにイラストが沢山並んでいる。


そして大体が長身男性キャラで褐色割合が高い。その中で見覚えのあるイラストがあった。


「これ、刀剣伝説のキャラのキャラクターだよな?」

盗賊の姿をした褐色で長髪の男性キャラが描かれている。


『刀剣伝説』は日本のアクションロールプレイングゲームだ。ゲームの冒頭で主人公とその仲間となるキャラクターを計3人選択でき、誰を主人公に選んだかによって、ストーリーの一部が大きく異なるシステムが特徴だ。


「ああ、これね。2年前に気まぐれで描いたの。褐色系だし、性格も素敵!バース王女との絡みなんてきゅんきゅんきたわね!」


「俺は音楽が好きだったなあ。始めて買ったサントラも刀剣伝説だった」


「音楽もいいわね。世界観にあってるし」


「同じくらいの時期にゲームボーイでダークレスリングってゲームがあってさあ。BGMも同じ人が担当してるんだよな、確か」


「ああ!知ってる!そのゲーム!格闘ゲームとチケモンが合わさったようなゲームでしょ?はまったなあ・・」


『ダーク・レスリング』とは。ゲームボーイネクストで出ていた世界一のレスラーを目指す主人公が世界を探索してモンスターとレスリングをして勝つと仲間に出来るゲームだ。戦闘シーンが当時流行っていた格闘ゲームに似ていて話題になった。ハメ技が見つかったあり、キャラクターデザインの濃い絵柄の影響なのか、広く浸透はしなかった。しかしBGMがとてもかっこよく、サウンドテストで何度も聴いていた。


「渡辺は結構古いゲームまで色々知ってるんだな」


「ま、まあキャラクターデザインが女性向けで有名な人だったからね。色々妄想も広がったというか・・。特にハリーとウォルターの絡みが・・。でもあなたも結構ゲーム詳しいのね」


「姉貴がゲーマーでさあ。俺はあんまりゲームが上手くないから、姉貴に対戦でボコられたり、側ででみてることが多かったんだよ。でもなんとなく音楽は映像と一緒によく覚えてる」


「そういうレトロなBGMも需要はありそうだし、チャレンジしてみたら?」


「え?チャレンジって?」


「だから、あなたが作るのよ!」


「いやいや無理だよ・・」


「今の話だと、レトロ風な音楽が好きなんじゃ無いの?とりあえず試して確かめてみたら?無理だとか無駄だとか言うのは考えずにさ」


「うーん、そうなのかなあ・・」


「自分の強みがなんなのかを知るのは大事だし、それを支えるのは流行とか関係無い好きという気持ちよ。その情熱が無いと、作品自体も薄っぺらいものになるって・・。まあこれも受け売りなんだけど・・。じゃあまたね」


そこで昼休みは終わった。


⑪・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


家に帰る途中、色々考えてみた。確かに昔からレトロなゲーム音楽は好きだった、あの独特なブーン、ピコピコという音と白黒の映像がマッチして生み出される独特な雰囲気が好きだった。最近のゲームにある、超美麗グラフィックも良いのだが、レトロな雰囲気のゲームにも惹かれるものがあった。


懐かしくなったので、部屋の棚を漁っていると、ゲームボーイネクストとダーク・レスリングソフトが出てきた。電池を入れて久しぶりに電源を入れる。ソフトごと姉貴から譲ってもらった。しばらくプレイして気づいた。

本当に最近のゲームと比べたらしょぼいゲームだ・・。ゲームバランスは理不尽だし、効果音も安っぽい。でも、音楽には何か惹かれるものがある。特に主人公のハリーとウォルターがロッカールームで戦うシーンのBGMは速いメロディと疾走感があり、とても聴き応えがある。渡辺もこのシーンが良いって言っていたな。


⑫・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


夕食の後で調べてみた。

8bit音とは?

『主には80年代にあったパソコンやゲーム機に搭載されていた内臓の音源チップPSGとはプログラマブル・サウンド・ジェネレータで作成されたサウンドのこと。基本はパルス波が2音、三角波が1音、そしてノイズ発生装置が1音の同時発音4音の音源システム。当時のパソコンのCPUが8bitだったことから、そう呼ばれるようになった。同時発音の少なさの中で、印象に残るメロディが数々生み出された』


すっかり夢中になってしまい、気づいたら夜の11時になっていた。

有名なアーティストが作成した8bitのフリー音源やML studioに元々入っているシンセを使って音を鳴らしていた。「ダーク。レスリング」の曲を直感で再現してみた。これは耳コピというのだろうか?10秒ほどの長さの曲の一部が出来ていた。急に睡魔に襲われ、そのまま床についた。


そういえば今日はTwitterを見ていない。


⑬・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「うわあ!懐かしい!何これ、そうそうこういう音楽だったよね!」


いつもの司書室で昨晩の曲を渡辺に聴いてもらった。部分的ではあるけど、MP3で書き出して、スマホに入れたのだ。


「これ、フルバージョンでは作らないの?」


「え・・?いや、そこまで考えてなかった」


「不格好でもいいから、まず完成という形にまとめることが大事よ。形にして見えてくるものもあるし」


「うーん、そうかなあ・・・」


「じゃあ、また出来たら聴かせてね」


1ループ30秒くらいの曲の中で好きなサビの部分だけを再現しただけなので、完成という意識は全く無かった。渡辺を驚かせたい気持ちはあったのかもしれないが・・。果たしてこの曲を完成させて意味があるのかだろうか・・?どうせ誰も聴かないだろう、こんな古い曲のアレンジ。おまけに自分は知名度も無いずぶの素人だ。


昼休みが終わる。教室に戻りながら外で体育の準備をする他のクラスの生徒達を見かけた。次の時間はテニスらしい。


ギターやテニス・・。部活でやったり、趣味で初めたことはいくつかあった。でもどれも続かなかった。中途半端なまま終わらせることは今まで沢山してきた。でも、DTM、レトロな曲に関しては何故か諦めきれない、やりきりたいという気もしている。何故なのかは自分でも分からない。すっきりしないまま教室に戻った。


⑭・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


帰宅して、また何度か原曲を聴いてみて、必要な音をなんとか捉えていった。何度も鳴らした音を原曲を聞き比べて音の高さを確認していく。気がつくともう夜の7時を過ぎていた。

帰宅してパソコンに向かったのが確か4時半くらいだから、もう2時間半も時間が経過していたのか・・。

SoundCloudyの最初の曲の再生数を見る。


再生数:5


変化していない。

曲作りに夢中になっていた時から、急に現実に引き戻されたような気分だ。

椅子から離れてベッドに寝転んだ。本当にこんなことに意味があるのか・・?どうせ今回も曲が出来たとしても数回聴かれて終わりだ・・。むなしい・・。馬鹿馬鹿しい、何が楽しいんだ。別にプロになるわけじゃ無いだろう。ゲームして、適当に勉強して、親の期待に応えていければそれでいいじゃないか・・。


もう止めよう・・こんなこと・・。楽曲プロジェクトファイルをゴミ箱に入れた。ソフトもアンインストールするか・・。その時、一階から母の呼ぶ声がした。


「高之~!ご飯よ~!」


母親が呼ぶ声がした。夕飯の時間だ・・ソフトの削除は少し考えてからにするか。


リビングに行くと珍しく親父がいた。今日は当直明けで早く帰宅が出来たらしい。


「いやあ、昨日は夜間の緊急内視鏡が2件と急性膵炎が来てねえ。造影CTを撮ったら重症型だったから、救命のバックアップも御願いして大変だったよお!」


ビールを豪快にグビグビ飲みながら父親は大声で話している。


「お疲れ様。あなたもそろそろ当直は無しになるんじゃないの?」

母親が瓶ビールを注ぎながら言う。


「ん~、まあマンパワーが不足しているし、俺もまだ腕は鈍ってないから大丈夫さ!なにせ俺は10万人に1人のショートスリーパーだしな、がはは!」


更にグビグビと一気にビールを飲み干す。早速瓶ビールを一本空にしている。


「昔は『誰が院内CPAなんか、CPAなんか怖かねえ!野郎全受けしてやるう!』って意気込んでいたわね」


「まあ昔はなあ・・。最近はさすがにそこまでの元気は無いね。大変な後の美味いお酒のためにやってるようなところもあるなあ」


「膵炎って・・お酒が原因なんでしょ?父さんも気をつけてよ・・」


親父が昔からお酒が好きなのは知っていたが、医者の不養生になられても困るので、言っておく。


「お!さすが我が息子!よく勉強しているな!確かに最も多いのはアルコールの大量摂取だ。次いで、胆石。原因不明も2割を占める。遺伝性もあれば脂質異常症、薬剤の摂取、事故による膵臓の損傷などもあるぞ」


「いや、原因の話は別にいいんだけど・・。大体ネットで調べれば出てくる知識だろ、そんなの・・」


「お父さんは今度、あなたが模擬試験があるから、教えているのよ」

母さんが口を出してくる。


「いや、そんな専門的な医学の問題は出ないでしょ」


「まあ、勉強も遊びも出来るうちにしておいた方がいいぞ!どれだけお金があっても、俺は学生には戻れないからな!末は人間ATMだ!がはは!」


今日はいつもよりお酒が回ってるようて、自虐ネタが炸裂している。


「あらあら、大分出来上がってるわねえ。そろそろお酒も止めにしましょうか?」


「うむ!大学の講師資格を持つ者として不甲斐なし!穴があったら入りたい!」


母さんは早々にビールを取り上げてしまった。この切り替えの早さもいつものことだ。


「あのさあ・・親父・・」


今聞くことじゃないかもしれないけど、家にいるのは珍しい。せっかくだから聞いてみる。


「ん?なんだ?」


「人から評価されないかもしれないけど、自分が好きなことはやりつづけても良いのかな?」


すごく抽象的な質問だ。親父は少しきょとんとしていたが、母さんの方を向き、少し間を置いてから親父は話始めた。


「うーん、具体性が無くていまいちぴんとこないが、それはなんで評価されないってわかるんだ?」


「親父が好きな思考実験だと思ってよ・・。流行ってないこととか、皆が好きそうじゃ無いものを自分が好きになった場合って意味」


親父は昔からこのての抽象的な話が好きだ。そして抽象的な話から具体的な話に落とし込んでよく俺に説明してくれた。


「うーん・・・・お金を稼ぐためには、皆が好きなものを提供する方がいいだろうな。ただ、一部の人だけでも必要としている人がいるなら、その人たちのために作るという考えもある。医学の研究なんて、役に立つかどうかわからないものも結構あるぞ。ぱっと見で役に立ちそうでないことは、予算が下りなかったり、研究自体をさせてくれないこともある」


「ただ、個人の趣味で個人のお金・責任でやるならいくらでも自由だろう。注目されなくても、売れなくても関係無い。自分のせいだ」


「それに例えば論文だって、その時評価されなくても記録として残しておけば、あとから検索して評価されることもあるわけだ。そのためには完成させて、形に残しておく必要はあるけどな」


「何事もやり続けていけばスキルもたまるし作品も貯まっていくさ。ただ、同じことばかりを続けていっても時間の無駄から、日々方法を微妙に変えたり、施行錯誤していく必要はある」


親父の言う事はもっともだが、少しくどい。そういう性格なのも分かっていたことではあるのだが、不安な気持ちを解消したくて相談してしまった。不安が解消されたわけでもない。釈然としないまま俺は部屋に戻った。


部屋で一人で考える、好きなこととは?人の評価とは?そして、イベントで活き活きとしていた渡辺を思い出す。あいつはどうだったのだろうか?イベントであれだけ褐色キャラについて熱く語り、今日も創作全般についてあいつなりのポリシーがあるようだった。


その後。父親が部屋に来た。


「よお、今いいか?母さんからルイボスティーの差し入れだ」


カップに入ったお茶を親父が持ってきた。剣道で鍛えた腕と比べてカップがすごく小さく見える。


「あ・・ありがとう・・」


なんか妙だ。親父がこんな風に部屋にお茶を持ってきたことなんて一回も無い。


「さて・・と」


親父は俺のベッドに腰掛けた。長居する気だろうか。珍しい。


「で・・?具体的にお前は何が好きになったんだ?」


俺はお茶を吹き出した。


「え・・えと・・」


「あの場ではお母さんもいるから言いにくいだろうと思って、具体的な話は聞かなかったんだよ。お前のことだから、言いにくいことをああしてはぐらかして聞いたんだろ?でもここなら大丈夫だろう?当然お母さんにも言わないよ。」


親父なりの配慮だったようだ。全く抜け目が無い策士だ。でもありがたい。

最近作曲を始めたこと、全然再生されないこと、好きなジャンルのことを話した。


「なるほどなあ、すごいじゃないか、自分で発見して自分で決めたんだろう!結果はどうあれ、一つ完成させたことは偉い!俺はてっきり特殊な性癖に目覚めたのかと思ったぞ、がははは!」


父親が子供に性癖なんて言葉を使うのはどうかと思ったが、こういう人なのでそこはスルーしておく。


「でも、前の曲は全然評判は良くないんだよ。今作っている曲も聴いて貰えるかどうか分からない」

不安に思っていることを話してみる。


「別に趣味でやってるんだから、人の評価なんて気にするな!お前は今、自分の人生を生きてるんだから!」


「え?なに?どういう意味?」


「皆がやってるからとか、流行ってるとか関係なく、自分で見て感じて心から好きだというものを見つけたわけだ。それは最高に幸福だ。迷わずやれ、とことんやれ」


「ただの自己満足になっても?」


「趣味なんて全部自己満足だろ?お金にならないとか、バカバカしいと考えて、自分で色々理由をつけて止めてしまうこともあるだろうけどなあ。そうやって自分の本心を見て見ぬ振りをしていくと、色んなことを理由にして止めてばかりの人生になる。何かを止める理由なんていくらでも考えられるんだよ。人間はな。テスト勉強の前に部屋の掃除したくなるのと同じだ」


「すごく耳が痛いよ」


「とにかく、自分がやってみたいことは今のうちにやっておいた方がいいぞ。俺がいくらお金をつぎ込んでも学生時代には戻れないしな。あーあ、俺も剣道に明け暮れる日々に戻りたいよ!じゃあ話は終わりだ!じゃあな!」


「うん、ありがとうな、親父」


くどくて、豪快な親父だけど、本質をついている気がした。


親父は中学、高校と剣道にハマっていたらしく剣道2段を取得している。ずっと道場に通っていたらしい。医学部入学後も道場に通いつつ、大學の剣道部にも入り、医学部内のスポーツ競技大会「全日本医科学生体育大会王座決定戦(全医体)でも優勝したらしい。でも剣道で食べていくのは難しい、棒振りなんて止めろと親に言われて、止めてしまった。医師になってからは、仕事が忙しく、道場にも通えていない。一時期は酒を飲む度にその話をしていた。それがあるから、自分には好きなことをさせてあげたいと思うのだろうか。その環境にはありがたいと思っている。


その後、机に向かって続きを作ることにした。ゴミ箱からプロジェクトファイルを復帰させた。ダーク・レスリングのソフトを起動し、サウンドテストを何度も聴いて、曲の続きを耳コピする。


シンセのピアノロールで1音ずつ、音を鳴らして同じように鳴るかどうかを確認する。なんか違う?少し低いか?いや同じようにも聞こえる・・?ベースとキックが重なって聞きづらい気がする。調べたら、サイドチェイン、ダッキングというのを駆使するといいらしい。


何度も確認していると正解が分からなくなってくる。2時間ほど作業をして気づいたらもう11時半だ。さすがに眠い。今日はここまでにしよう。焦らず少しずつ進めていこう。

その日は泥のように眠った。


⑮・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


学校が終わるとすぐに帰宅する。まずは決められた分の勉強、Σ会の課題をして、その後DTMをする。

そういう生活スタイルを続けて約1週間。自分が作りたいものをどうすれば作れるのかを調べて、模索していくの。そうして新しい発見があると嬉しいし、それを実践して表現出来るのはとても楽しい。


今までなんとなくでやっていたものが理論で説明出来るようになる。誰に言われたわけでも無く、自分が好きなのはこれだと言える。その後、模擬試験の勉強もしつつ、2週間くらいかけてやっと曲が完成した。


⑯・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


いつもの司書室で渡辺に完成した曲を聴いてもらった。


「原曲重視のアレンジってことね。いいんじゃない?それでアップはしたの?」


「いや、まだネットにはアップしてない」


「なんで?これまでの修行の成果なんでしょ?」


「そりゃそうだけど・・。もっと上手くなってからアップしようと思って・・」


「うわあ・・出たあ・・。もっと上手くなってから!そう言って何も生み出さずに終わる人、ほんと多いよねえ・・」


渡辺はうんざりした表情でため息ながらに言う。


「だって・・自信作だと思って世に出して、全然再生もされずに、イイネも付かなかったらどうするんだよ?実際最初はそうだったわけだし、今度もどうせそうだろう・・」


「どうするもこうするもないけどさあ・・あーはいはい。そんなにイイネして欲しいなら、人気のジャンルでまた曲を作れば?」


「う・・それは・・」


「だって、皆からイイネされたいんでしょ?沢山聴いて欲しいんでしょ?だったらジャンルを選ばないと。自分が好きなのじゃなくて、皆が好きなジャンルで」


「別に俺は・・。そんなもののために曲を作ったんじゃない!」


「へえ・・、じゃあなんのため?自己満?」


一呼吸置いて、落ち着いてから話す。


「俺も自分なりに考えてみたよ。結局は自己満だよ。元の曲は昔のゲームだし、今じゃ知ってる人も少ない音楽のアレンジなんかしても、誰も聴かないし、評価もされないだろうな。でも俺はこの音楽が好きだし、違う可能性や自分の妄想を具現化出来るのが面白くて作ったんだ。いいねをもらうためじゃない。自分が面白いと思うから作るんだよ。『俺が好きなものを受け入れてくれよ』という甘えた押しつけかもしれない。でも、自分が好きなら、人に見せる必要は無いし、家で一人で鳴らしてればいい。これを作ることで誰かが救われたり、世界平和に繋がるわけでもないしさ」


「へえ・・。」


「あ・・悪い・・。強く言い過ぎた」


「いや・・。なんというか。前に同じようなことを言われたことがあったから、思い出しちゃって・・」


「え・・そうなのか?」


「兄貴も前に言ってたんだよねえ。なんかおどろおどろしい音楽を作っててさ。なんとかコア?っていうらしいんだけど。全然人気も無いし再生もされなかったみたい。『自分の頭の中にあるのに、俺が表現しないと誰に伝わることもなく消えてしまう。そんなことは絶対にいやだ!』とか言ってたわねえ。今はそのジャンルを作っているのか知らないけど・・」


「そうだったのか・・。そのおどろおどろしい音楽ってのも気にはなるけど、兄妹揃って創作をしているなんてすごい家庭だな」


「そうかなあ・・。熱中しやすい性格が似てるってのはあるかもね。私も前は流行ってるアニメやゲームのキャラをよく描いていたなあ。その作品のことなんて全然知らないのにね。なんだっけ、兄貴ちゃん?とかいうVtuberのも描いたこともあったなあ。一時的にファボは付くけど、結局長続きしないの、情熱が無いからなのかなあ・・。もっとも、流行に飛びつくアンテナの感度と筆の速さというのも大事だし、大衆受けが悪いわけじゃないけどさ。自分が表現したいことをどう大衆受けに落とし込むのかが今の私の課題ね」


「お前くらいのレベルになってもまだ課題があるんだな」


「どこまでも上がいるのが見えて、もう十分だとか言う気は全くしないわよ。時間をかけたものより、対して力を入れずに出したものがファボが多いこともあるし、何が正解なのか分からなくなることもありがちね。でもそれが、あなたの実力全てとは限らない。たまたまインフルエンサーの目に止まって拡散されて、閲覧が増えただけかもしれないし、その逆かもしれない。自分が意識せずに作ったものが多くの人の心刺さったのかもしれない。でも、はっきり言ってそんなのは分からないでしょ?悩むくらいなら、評価なんて気にしないで、好きな物を徹底的にやり込んで、それを作品に落とし込むの。やりたいことを中途半端にやってる人の周りには、仲間どころか敵すら集まらないって言うでしょ?」


「いや、その言葉は始めて聞いたけど・・。アンチが沸くのは実力と影響力がある証拠ってことか・・深いな。ところで、お前のジャンルってぶっちゃけ、そんなに人気ないよな」


渡辺の扱うジャンルの印象を伝えてみた。


「そこまではっきり言われるのもむかつくけど・・。まあぶっちゃけそうね・・。だからこそ同士は大事なの。でも描くことで自分自身が癒やされてるから、それだけでも続ける理由にはなるのよ」


思ったよりも飄々とした態度で渡辺は語った。自分の気持ちに正直に描きたいものを描いていくという情熱を感じた。


「なんか、お前が言うと説得力があるな」


「でしょ?あと、さっき人が救われるとか、世界平和がどうとか言ってたけど、自分の作ったものが、誰かの癒やしや救いになることもあると思う。新しい性癖に目覚める助けになったりね。私はスクラブ褐色イラストが世界平和に繋がると思ってるわよ?」


「性癖に目覚めるって・・。それ救ってることになるのか?」


苦笑いしながら聞く。


「そりゃそうでしょ、人生が充実するんだから・・!」


心なしか渡辺の言葉にぬくもりを感じた。


偏ってはいるが、渡辺の考えには苦難を乗り越えている者の意志のようなものが感じられた。


⑰・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


帰宅してその日の夜、曲をSoundCloudyにアップした。誰にも聴かないかもしれないけど、一応SNSで告知もして、タグも付けた。


#ダーク・レスリング

#レトロゲーム

#クラシックゲーム


事前にTwitterで検索したら、このタグでゲーム実況のつぶやきはいくつかあるけど、アレンジ楽曲は見当たらなかった。前はアップしてから数分おきにイイねや再生数を気にしてチェックしていたけど、今は気にならなくなった。


次にどの曲をアレンジしたいかを考えたくなっている。姉貴からもらった昔のゲームソフトを一通りやり直すのも悪くないな。次はどの曲を作ろうか?もっと良い曲を作れるように、DTMの本やテクニックも調べてみよう。作ることが楽しいってこういうことなのかもしれない。

そしてまた、渡辺にも聴いてもらおう。貴重な創作仲間だ。そして嫌われるリスクがありながらも、感想をはっきり言ってくれるのはとても助かる。


俺はゲームボーイネクストを取り出して電源を入れた。


⑱・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「あ~今日はここまでにするかあ!」


私はイスに座ったまま伸びをした。今日のノルマのイラストを終えた。あとは「バリ☆すた」が始まるのを待つだけだ。ふと城ノ内のことを思い出す。あいつなりに頑張っているようだけど、果たしてどうなるだろうか。分野が違うとはいえ、同年代で創作をしているやつに出会えたのは貴重だろう。過去に私が直面した悩みを抱いているのにも共感が持てた。いや、むしろ自分の方が酷い考え方をしていたかもしれない。


小学生の時は自分の絵が宇宙一上手いと本気で思っていた。周りの人、親も皆が褒めてくれたからだ。我ながら救いが無い、おめでたい考えだったと思う。中学生になって美術部に入って愕然とした。自分よりも圧倒的に上手い人ばかりだったからだ。それまで感覚的になんとなくで描いていただけで、絵の用語や画素数すら知らない自分に気がつき、皆との壁を感じた。上手い人は自分よりも遙かに多くの専門書や漫画、映画、小説を読んでいて、会話が成立しなかった。自分が混ざるだけの資格を持っていない、いかに井の中の蛙なのかを自覚した。あからさまに向こうが言ったわけでは無いにしても、『相手のレベルについて行けず拒否された』という悔しさと情けなさを経験したのだ。


ネット上でなら評価される・受け入れられるかも?と思い、イラストを投稿しても閲覧数、ファボ数も全く伸びなかった。「正面顔しか無い」「全員バストアップの絵だけじゃん!」など、批判も沢山受けた。世界から隔絶される感覚。それまでの自分の浅はかさにめまいと吐き気すら覚えた。

そこから独学で全身も含めたデッサンの勉強を始め、憧れのイラストレーターやアニメーターのスケッチを参考にして模写も沢山した。


兄も音楽を作っていてどうすれば人気が出るのか?ヒットの法則は?など色々なことを話し合った。しかし、結局明確な結論は出なかった。


兄は一時期頻繁に言っていた。


「アンチコメントはファンレター!低評価はイイネ!と同じ!」


理想通りに曲も売れず、再生数も上がらずやけになっていたようだった。


やがて大學にも行かず、部屋に引き籠もるようになり、あまり話さなくなった。実家暮らしで、家でプログラミングや音楽である程度の収入があるらしく、家にはお金を入れてくれるので、親は特に文句は言わず、微妙な家庭環境である。城ノ内からの話を聞いた時、兄に相談をしてみようかとも思った。音楽で収入がある人なんてめったにいないし、それなりに成功はしているのかもしれないし、良いアドバイスも出来るかも、と思った。しかし、城ノ内の話を聞いた当初は、情熱というものを感じなかった。自分自身が何が好きで何を表現したいのかということが明確でない。この状態ではアドバイスも何も無い。この手のタイプは兄は嫌う。でも、ここ最近の城ノ内を見ると何かを掴んだように見える。創作は、言い訳をしないで施行錯誤している回数が大事なのだ。打席に立つ数が多い奴が勝つのだ。打率は後から考えれば良い。


「私も頑張らないとね・・。あ、そろそろ時間ね」


ノートPCを抱え、テレビの前に座る。Twitterを開き、#バリすた感想、#バリすたのタグを付けたつぶやきも準備した。前は放映中に1分に一回つぶやいていたが、最近は厳選したシーンとウィットの効いた言葉選びを意識してより多くの人にバリすたへの思いと魅力を共有出来るように努めている。

渡辺美歩にとって一番の楽しみである時間が始まった。


⑲・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


美歩の隣の部屋では、一人の男性がPCモニターに向き合っていた。部屋には4枚のモニターが横に並び、大きなスピーカーが両サイド、中央にも配置されている。無駄な装飾が一切無い部屋。不安に満ちた表情で、誰かとSkypeで通話している。


「ところで、いつもの音無し節でまた新曲upをしますか?」


「本当はあんな煽り文句だらけの宣伝はしたく無いんですけどね・・」


うんざりしたような口調の男性。


「元々音無しさんは音作りがしっかりしているし、音楽的なセンスは間違いなくあります。あとは目立つキャラを演じて、見る人の感情を動かす方が受けますって。それが良い方向でも悪い方向でも。あとは動画とかを上手く使って、バズらせれば良いんです。どうせほとんどの人はメディアやSNSで流れてくる大量の情報をさばききれず、誰かが良いと判断して、バズっているものを良いと思うものです。自分の頭で、何が良いのか、自分が何が好きなのかを深く考えたり調べたりせず、“何となく”キャッチーな言葉やメッセージに人は流されるんですよ」


「いつもの大衆扇動ってやつですか・・?でもやっぱり自分で自分の曲を『神曲』と言うのには抵抗がありますよ。何イキッてるのって感じになってしまって・・。あと、やっぱりテラーコアもまた作りたいと思っているんですけど・・。」


覇気のない口調で男性は言う。イヤホンの向こうからは嘆息混じりに、苛ついた雰囲気で返答があった。


「それくらいイキってる方が目立ちますって!大丈夫ですよ!私の言うとおりにしていれば!テラーコアはなあ・・。日本では特にニッチなので、止めた方がいいですよ。やっぱり時代は音ゲーコアっすよ!」


「・・・」


男性は黙り込む。SNSで知り合った素性の分からない人物の言うとおりに活動したら、人気が出て上手くいっている。フォロワーもどんどん増え、ネット販売している曲の売り上げも上がった。成果は間違いなく出ている。しかし自分がやりたくない方針を取ることで人気が出ることに彼は疑問を抱いていた。これは自分の実力なのか?ただの操り人形なのではないか?と悩んでいた。


実はテラーコアの曲も空いた時間にいくつか作っている。今の流れだと、別名義で出すのも憚れるので、これが世に出ることはないかもしれないが・・。


そんな男性の気持ちを知ってか知らずか、明るい口調で話しかける通信相手。


「そういえば、懐かしいの見つけたんですよ!ダークレスリングってゲーム知ってます?音楽が上末さんのやつ!」


「あー懐かしいですね。ゲームはやったことないですけど、音楽は聴いたことはありますね」


「あれのアレンジをたまたま見つけたんですよ。原曲に忠実で結構良さげでした!」


「へえ・・良ければその曲、教えて頂けますか?」


End

承認欲求の無い人間はいないと思います。それがモチベーションに繋がることもあります。もっと多くのフォロワー、もっと多くの視聴・再生数・閲覧数などなど・・。しかし数ではなく、一人のファンからの一つの承認や一つの愛情からだけでも人は幸福になれることもあるのではないかと思います。

世間は数字や結果であなたを評価をします。でも、結果が出なくても、自分の内側から湧いてくる情熱や成長願望を信じることも大事なのではないでしょうか?


ここまで読んで頂きありがとうございました。

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