第43話 郷土料理
第43話 郷土料理
「そんなこと言ってないで夕餉だ。気分が沈んでる時こそ食べるんだよ」
背後にシルが回り込み、強引に足をかけお姫様抱っこし、窓から引き剥がす。
「ちょっ!ちょっと!」
「女将さんの気遣いを無駄にするつもり?あの指を見なよ。慣れない調理を頑張ってやって綺麗な手に沢山の切り傷ができてる。それを無駄にするの?」
「え!?」
まじまじ見なければ分からないほどの傷だが、女将の手を見ると生々しく浮かんでいた。
「そうですよ〜。一緒に食べましょう〜」
リンもそれに同調する。
「分かった。喉を通るか分からないけど、いただきます」
シルとリンの懸命の説得で首を縦に振る。
「お二方はとても優しいんですね。それとも、よっぽどこの鍋の中身が気になるのか?」
その一言にドキッとし、焦りがでる。
「え!!そうなの!?ってか、鍋の中身が嫌いなら食べなきゃ良いんじゃ?」
「シイナ。この宿には色々ルールがあってね。従業員は食卓について出されたものは全部食べなきゃいけない決まりなの。お客さんにも同じものを出すんだけど...」
「違う種族に同じ食事を?そんなことできるの?」
「ここを作った例の人、智さんがそれに対応できれば一流の料理人だって言ってましたけど今日作ったのは料理がド下手な雛野さん。この意味がわかりますか〜?」
「えっーと?今夜の料理は私の好物が出てくるけど、他のお客さんもそれを食べるって事?」
「そう!ここにくるまでの間、他のお客さんの部屋の前を通ったのに、全く音がしなかった。下手したら、もうこの世にはいない可能性も!」
「いや、それは考えすぎ!料理で死ぬなんて」
「シイナさんは知らないから言えるんですよ〜。あの日のこと知らないでしょうし〜」
「あの日?あの日って何ですか?」
意味深なシルとリンの影響か料理に対する不信感がふつふつと込み上げてきた。
「皆さん、大袈裟ですよ。さぁ、夕食にしましょうか?シルさんとリンさんが中身を見てから逃げ出さないようにここで一斉に食べてしまいましょ」
パン、パンパン!
掌を鳴らし終わったのと同時に部屋の中の襖が開き、隣の部屋に円を描くように5つの座布団とキンズ分の足の付いた御膳と一人一人取り分ける器と木製のお玉が出現し、鍋が載せられていた。
「夕餉ぐらい静かに食べましょう。座りなさい」
雛野のその言葉に抗うことも出来ずに、シイナも腰を下ろす。
「じゃあ、みんなで同時に土鍋を開けて」
言われた通りに蓋を開き中からは行き場を失った湯気が一気に部屋の中へと立ち上り、その正体が露わになっていく。
湯気と共に部屋に充満する出汁の香り。若干むせっかえりそうになりながらも露わになっていく物を凝視する。
綺麗に赤く染まった殻に、武器のような鋏。白菜が入り数種の白身魚や大ぶりの椎茸が行儀良く詰まっていた。
「これ?ホーネットなんですか〜?」
「っぽいけど、私の記憶のやつより赤い」
リンとシルが鍋の中をまじまじと覗き込み記憶の中のホーネットと照らし合わせるのだが、どこか違う。的確にどこがどう違うのかは言葉にできないのだが、何かがこうしっくりこないこそばゆさが身体を内側から撫で回す。
「コレ?ホーネットっぽいけどかなり痩せてる」
「ひょっとしてお気に召しませんでした?あくまでもコレは天然物では無く養殖物ですので味が劣るかもしれません」
「あ、いえ!お気になさらず!元々砂漠が生息域のホーネットをここまで育てる事、自体が奇跡です。味はどうであれ謹んで頂きます!」
シイナの何気ない一言で雛野の表情が一気に曇ってしまう。一度言った自分の言葉は失言であっても取り消せない。行動をもって誠意を示そうと鍋の中のものを豪快に器によそる。
本来ならば、殻ごとかぶりつく所だがあくまでも食卓。添えられていた箸を手に取り殻から少しはみ出した太い関節の部分の身を箸でつまもうとする(箸を見つけられ無かったらバリバリと噛み砕いて居たであろう自分の姿が容易に想像できる)のだが、一つの違和感が沸き起こる。
(「あれ?鋏みたいな部分が鍋に入ってるけど、コレってどこの部位?砂漠のやつを解体しても見つけられ無かったような?」)
「ねぇ!シイナ!ホーネットってどうやって食べるのコレ?殻ごとバリバリと?」
「食卓を囲んでるんだから、もう少しお上品に食べようよ!まぁ、でも、箸で食べるなら中身をほじくり返しながら食べるから、あんまり上品とはいえないかも...」
シルにそう答えシイナが身を掴み、手で穿り出そうと指で殻に触る。するんとなんの抵抗もなく殻が身から外れたのだ。
「え!!」
「言い忘れてましたけど、殻がすぐに外れる様に隠し包丁を入れときました。齧り付いても美味しいんですけど、白っぽい浴衣を汚す訳にも行きませんしね」
雛野は容易に殻を外すと大きな口で中の身を頬張る。女性的でありながらも素朴な食欲が沸き立ってくる。この身を食べたいという気持ちが未知のものに対する警戒心を上まった瞬間だ。
変わったかのように鍋の中身に箸を走らせる。
一口食べるごとに程よい弾力が歯に伝わり、優しい出汁の味が舌を包む。魚介系の具から出た独特な磯の香りを含んだ出汁に溺れそうになる。
「この鋏はどこの部分なんですか?ホーネットの武器に...毒針以外の武器があるなんて初耳なんですけど...」
「それは、手の先の部分。蟹はその鋏を使って大きな魚を切り刻んで食べたり、小さな生き物を先端で摘んで食べるの」
その以外な解答に思わず全員の箸が止まってしまう。
『『『え!!?』』』
「え?か
雛野は完璧な解説をしたつもりでいたのだが、現に聴いていた者たちは先程よりも目をパチクリさせていた。




