大臣と議員の二股が問題
掲載日:2020/10/15
法律は道具であるから、法文をいくら読み返しても、善悪の基準は出てこない。それは、善悪というのは立場や関係において異なるからだ。
法の善悪基準は、前例主義である。判例と立法の主旨とで判断される。現政権がいう、前例にとらわれないというのは、法の趣旨にそむくことである。
「前例を尊重しつつ、見直す。」
べきであって、前例を無視して行政を行なっていいはずはない。
現政権の「当たり前」は正義ではない。一部の政治家が「当たり前」と思って、勝手にやればどんな善行でも独裁である。
善悪の判断は、司法であるが、法の運用に関する善悪は立法できめるしかない。
立法は政治家ではない。議会だ。政府は政治主導を内閣主導で実行しようとしているが、本来の政治主導はは議会主導である。今の規制改革の手法は内閣主導であり独裁手法である。
閣僚となった時点で、政治家ではない。法の良し悪しを判断する立場ではなくなる。かれらが二股をかけているから都合で勝手な判断をする。内閣に入っている間は、議員ではなくなるくらいの意識変革をしないと内閣の暴走は止められないだろう。




