10years after
連載の合間に。
過去作手直し版です。
あれから10年……。
両親を事故で亡くして伯父夫妻に引き取られてからの年数だ。
今まであまり淋しさを感じずに済んだのは、伯父や伯母だけではない……その息子である“響ちゃん”こと鈴原響平のおかげだと思う。
あたし……鈴原果子という人間は元々感情が表に出ないタイプで、ボーッとしていることが多い。無表情で何を考えてるか分からないとよく言われるが、響ちゃんには笑わされてばかり。
あたしの淋しさや孤独や辛さが少しでも和らぐように……笑わせてくれる響ちゃんに、この10年の間ずっと救われてきたのだ。
大事な家族であり、かけがえのない大切な人……。そんな響ちゃんとあたしの関係に、今年から変化が訪れた。響ちゃんが“教師”としてあたしの通う高校に赴任してきたからだ。
「果子~。遅刻するぞ!」
ネクタイをビシッと締めながら、モタモタ靴を履くあたしを響ちゃんが急かす。
「待ってよぉ~あたしトロいんだから」
「うむ。そこが果子の可愛いトコでもある」
朝から恥ずかしいことを言ってるけど、本人は至って大マジメなのだ。自称『果子ファンクラブ会長』という位だから。
そしていつものように2人で登校し、周りから注目を浴びる。……もう慣れっこになってしまったけれど。
「鈴原先生~おはよっ!」
「響平センセっ! 今日もカッコいい~!!」
あたしは響ちゃんの隣をボーッと歩くだけだ。注目を集めるのはいつでも響ちゃんの方だけだから。
「おはようさんっ。今日もみんな元気だな~」
今までは、あたしだけの響ちゃんだった。でも今は、みんなの“鈴原先生”――少し距離を置かなくちゃならないと思う。従兄妹とはいえ、教師と生徒という関係には違いないんだし。
あたしの成績は、学年トップだ。このままいけば、医者に弁護士……あらゆる職種を選べるだろうと先生たちは口々に言ってくれる。あたしの場合、勉強ぐらいしか取り柄がないから頑張ってるだけで、将来のことだってまだ目標とかも特に決まってなかったりする。……あたしは、この先何がしたいんだろう?
「どうした? 果子」
学校だろうが何処だろうが、響ちゃんのあたしに対する接し方は変わらない。教師としては、これってマズいんじゃないだろうか? 思ってはいても、苦笑するしか出来ないあたし……。流されっぱなしだという自覚はある。
「ん~あたしって将来何をしたいんだろうかと、真剣に悩んでたの」
放課後の教室──。あたしを迎えに来た響ちゃんは、そんなことか~と軽く笑った。
「そんなことって……あたしはマジメに!」
「バカだなぁ。考えなくたって決まってんじゃん」
はっ!? 何を言い出すの? このお気楽男は!
「……決まってるって、どういう意味?」
「オレの嫁さん」
「……?」
一瞬何を言われたか分からず、顔をしかめ首を傾げた。
「あたしが、誰の……嫁?」
思考回路がようやく正常に動き出し、同時にからかわれていたことに気づいて落胆する。
「……響ちゃんのおバカ!」
キツく睨みをきかせ(怖くも何ともないけど)ガタンと立ち上がる。
あたし一人振り回されてばっかみたいじゃない? もうやだ……。
「お前、何怒ってんの?」
キョトンとする響ちゃんを横目に、そのまま教室を出ようとする。
「……言っとくけど。さっきのは本気だぜ?」
「な、何言ってんの!?」
顔を真っ赤にして、そのまま走り出す。……だってあたし可愛くないし。美人でもないし。ガキだし。……言い訳めいた言葉が渦巻いている。
……この時のあたしは、まだ自分の気持ちすらよく分からない子供で、響ちゃんの“本気”がどれだけのモノかも全く理解出来ていなかったのだった。
――お前は知らないだろう?
――オレがどんなにお前のことを大切に想い、守ってきたか
――お前は覚えてはいないだろう?
――10年変わらずに想い続けることが出来た……その原動力となった出来事を
昨夜、何だか懐かしいような夢を見た。初めて響ちゃんに会った日の夢。かなり曖昧な記憶で、正直夢もやっぱりあやふやだった。何処までが現実で、何処からが夢なんだろう?
『オレが果子を嫁さんにもらってやるんだ。そしたらオレたちは、一生家族だろ?』
幼い響ちゃんの口から出た言葉を聞いたのは……夢? それとも願望?
『あたしね、ずっとず~っと響ちゃんと一緒にいたいな』
無邪気な子供のあたしの姿。……単純に“響ちゃん大好き”と大きな声で言えたあの頃。今のあたしは、どうなんだろうか?
* * *
「鈴原さん、どうしたの?」
ハッと気づくと、目の前には担任の亜矢先生がいた。
「は、はいっ!?」
「しっかりしてね? 一応、面談中なんだから」
亜矢先生はクスクス笑っている。亜矢先生のような大人で素敵な女性だったら……。
あたしの中で渦巻いているのはコンプレックス。どうせ可愛くないから、とか美人じゃないし、とか。……卑屈だとは思っても、もう長年身についてしまってる。
「そういえば、今朝も鈴原先生ったら……」
亜矢先生が吹き出している。
「えっ? ……響ちゃ、じゃなかった。鈴原先生が何か?」
あたしの眉間が歪む。
「毎日のろけ話よぉ~。可愛い可愛い“果子ちゃん”のお話っ」
「~っ!?」
あんのすっとこどっこいが! 一体何やってんの! しかも毎朝。
「鈴原先生って、正直な人よね。何に対してもストレートで、見てるこっちが恥ずかしいくらい」
「……やっぱりそうですよね」
「それが魅力なんだとも思うけどね~」
亜矢先生――もしかして、響ちゃんのこと?
「ふふ。喋りすぎちゃったかな? じゃあ面談の続きね」
亜矢先生が本気で響ちゃんを狙ってたとしたら、あたしに勝ち目なんかないよね? こんなことばかり考えてしまう時点で、響ちゃんに対する独占欲が強いことに気づかされる……。
最近のダメダメっぷりに、自己嫌悪していた、そんなある日――事件は起きた。
目の前が、真っ白になった。
あれ、何だろう。あたし、何してたんだっけ。
「果子! 果子!?」
朝礼の最中だったはず、なのに。駆け寄ってくる響ちゃんの声がした。
ああ、心配性なんだから、響ちゃんは……なんて呑気に考えながら。視界が白から闇に変わる瞬間、あたしはやっと自覚した。"これ、貧血だ”と――。
* * *
気がつくと保健室に寝かされていて。目を開けると、心配した友人たちがあたしを見下ろしていた。
「果子~」
「よかった……。もう大丈夫?」
ガバッと飛び起きて、あたしは周囲を見回した。
「響ちゃんはっ?」
倒れた時、響ちゃんがあたしを抱き止めたのを感じたのだ。その響ちゃんが、ここにはいない。
「果子。鈴原センセは……」
「えっ?」
「校長に、呼び出し食らったのよ」
友人たちが困ったような顔をしているのを見て、あたしは事情がつかめずにいた。
「前からね。果子と鈴原センセが一緒に住んでることとか、大っぴらに果子を可愛がってる事をよく思ってない先生たちがいたみたい。さっき真っ先に果子のこと抱き上げたの見て、他生徒に影響がどうとかって言い出して」
「な、に? ……それ」
プルプルと、身体が震えるのが分かった。
「ねちねちやられてるんじゃないかなぁ? 教頭辺りが張り切ってたみたいだし……」
まだクラクラする頭を押さえながら、あたしはベッドから下りる。
「行かなきゃ……」
「果子!? まだ寝てなきゃ」
「響ちゃんを、助けなくちゃ!」
「果子が行ったら逆効果だってば!」
それでも。あたしのせいで、響ちゃんが悪く言われるなんて……納得出来ない。許せない。我慢出来ないっ!
「果子っ!」
あたしは、そのまま職員室へ駆け込んだ。……野次馬と化した他生徒の群れをかき分けて。
「……果子!」
数人の先生たちに囲まれた響ちゃんを見つけ、あたしは真っ直ぐに飛び込んでいた。
「お前、貧血は!?」
「あたしはもういいのっ。それよりもっ」
先生たちがあたしたちを交互に見ている。……何もやましいことなんてないもの。あたしたち、堂々としてればいいんだからっ。
「どうして鈴原先生が責められなきゃならないんですか!? 倒れたあたしを助けた行為は、行き過ぎだったとでも言うんですか!?」
普段先生たちに逆らったことなんてなかったあたしの、初めての反発……。学年主任なんて、あんぐり口を開いている。
「そ、それはだね……」
ハッとした教頭がやっと口を開く。
「従兄妹とはいえ、若い男女が一つ屋根の下で暮らしている事実が他生徒に悪影響を与えかねない……ましてや鈴原先生は君を贔屓、いや特別扱いしている。以前から直接注意はしていたのだが全く聞いていない様子だ」
「それって、あたしと鈴原先生の関係が特別だったとしたらの問題じゃないですか?」
ジロリと、教頭を睨みつける。
「変な想像と誤解を、してらっしゃるんじゃありませんか?」
全く、どうかしてる。あたしと響ちゃんの間には血の繋がりと家族としての絆はあっても、甘いロマンスのようなモノなんてないのだから。
あたしの勢いに押されていた教頭だったけど、しかしだね……と再び口を開いた。
「当の鈴原先生が、そうではないと主張しているのだからして」
「は……?」
響ちゃんの主張? どういう、こと?
「響ちゃん、何言ったの?」
困惑の眼差しで、隣の響ちゃんを見上げる。
「果子を、一人の女として愛してるって言っただけだよ」
「……はい?」
目が、点。
「響ちゃん、冗談にしてはタチが悪いよ? それ」
「冗談なんかじゃねーもん。いつもマジで言ってんのに、お前が本気にしてないだけだろ」
「……えっ?」
ちょっと待って。それって、それって……え~っ!?
「あ~鈴原先生。公衆の面前でイチャイチャするのは遠慮して頂けませんかな?」
「ですから。中断しましたけど、さっきも言った通り、将来的に本当の意味の家族になる予定なんで。皆さんがどう思おうと勝手ですが、この先は俺たち2人の問題にさせて下さい」
響ちゃ~ん!? 何言ってんのぉ? 最早思考能力ゼロなあたしは、ワタワタと慌てるばかり。
「誰にも文句は言わせません。何しろ、10年越しの想いですから」
きっぱり言った響ちゃんの瞳が、確かに10年前に重なった気がした……。
あれは、夢じゃなかったの? あの時から、あの日から。響ちゃんはあたしを見ていてくれた?
ツーッと涙がこぼれ落ちる。あ、れ? 何で涙なんか。
「果子!? 何でそこで泣くんだよっ」
「あれ? 自分でも分かんない~」
今度は、響ちゃんがワタワタする番だ。
「果子……」
これはきっと嬉し涙。哀しい訳じゃないの。だから笑わなきゃ……。
「コラ、泣き止めっ。俺、お前のこと絶対泣かせないってあの日誓ったんだから」
響ちゃんはあたしを見て、照れ臭そうに笑った。──あの頃の面影が、そこには見えた。
「では、話は以上です。行こう、果子」
「……へ? あ、はいっ」
急に手を握られ、そのまま響ちゃんはあたしを引っ張って歩き出した。
呆気に取られた教頭たちを横目に、堂々と……脇目を振ることなく。
そして。
職員室の外では──。
「センセー、カッコい~!」
「ラブラブ~!」
何が何だか……とにかく見ていたみんなに冷やかされ、盛り上げられ。
人の注目を浴びることが、以前よりも悪くはないかなぁ……なんて思い始めていた。
2人で帰る道の途中、不意に響ちゃんが振り向いた。
「なあ。……本気で俺が果子のこと好きなの、気づいてなかったのか?」
その言葉に何の躊躇いもなく、コクリと頷くあたし。
「……世界一の鈍感」
「え~っ!? そこまで言う~!?」
「だってさー。こんなに愛で溢れてんのに。それとも、もっと積極的に迫るべきだったか?」
言うが早く、響ちゃんの唇があたしの頬に軽く触れた。
「~っ!?」
飛び退くあたしの反応を楽しそうに眺めながら、響ちゃんが囁く。
“これからもずっと、果子の隣にいるよ。その笑顔を絶やさないように”
10年、20年……。時が経っても変わらない想いを……。ずっと、ず~っと。
2人で──。
二次創作でセルフカバー(?)してますが、主役2人の性格が真逆なので別物です。