青い魔法使いと、真紅の魔女
「足りない、儀式に必要な素材が足りないっ……!!」
青色の衣装の魔法使いは頭を抱えた。
自らが支える王の就任を祝う式に、彼は捧げ物となるネックレスの材料が足りなかったからだ。
占いから呪詛まで、様々な仕事を請け負う魔法使いだが、時々こうしたうっかりを起こす。
「配分をミスした……こりゃ探さないといけないな」
魔法使いは鳩の足に手紙をくくりつけ、ある人物の元へこの伝書鳩を飛ばすと、町へと繰り出した。
陽気な人の賑わい、豊富な店と商品に彩られた城下町だが、魔法使いが求める珍しい素材は案の定どこにもなく知られてもいなかった。
途方に暮れる魔法使いの元に伝書鳩が戻ってくる。足に返信の手紙がくくりつけられてるのを確認すると、魔法使いは「またか」と言うようなため息をついた。
これから魔法使いが会うのは、彼が苦手にする人なのだから。
城下町を、王国を馬で飛び出し、薄暗くおどろおどろしい森の奥に、案内役のコウモリにエスコートされ魔法使いは一軒家に着いた。
じめじめ湿った木の下に建てられた家には丸窓に明かりが赤く灯っており、中に人がいるのが分かる。
魔法使いは呼び鈴を鳴らした。重たい鐘のような暗い音が森に響き渡る。
扉をノックした。反応がない。
魔法使いがこじ開けるように扉を開くと、中から淡いピンク色の煙が吹き出てきた。
「ケホッ、ケホッ……あら、おかえり。我が愛弟子よ」
床を這うように杖をついてこちらに歩み寄ってきたのは、魔法使いより年上の魔女であった。真紅の衣装に身を包んだ姿は、艶やかで大人びている。
「ただいま、頼んだ素材って置いてある?」
「勿論、あなたに教えた魔法の類いなら、全てあるわ」
魔女に案内されながら、魔法使いは彼女の容姿に見とれていた。
幼い頃からの自分に魔法を教え、王国に危険人物として追放された時からも変わらない容姿。
「大体、あの小綺麗で明るい王国にあるわけないじゃない、血吸いのサメ漬けなんて」
魔女は瓶を飾った棚の中をくまなく探す。
「あったわ。ここよ、ここ」
棚から一瓶取りだし、魔女はそれを魔法使いに手渡した。
「ありがとうございます……また瓶増やしましたか?」
「えぇ、また王国滅亡の魔法式を組み立てようとね」
「……今から僕が行うのは、王の就任記念式用のネックレスですよ? 素材間違っていませんよね?」
「大丈夫、間違ってないわ。才能ある弟子に嘘なんてつけないでしょ」
魔女の蠱惑的な美しさの面立ちが、魔法使いの顔を覗くように近づいた。
「ところで、ここで実験しない? いつも人手不足なの。追手もまいたし……今夜、どうかしら?」
「っ……その今夜に製作しなきゃ就任記念式に間に合いません。第一、この世を幾度滅ぼすかなんて話のような実験、僕がするわけないでしょ」
顔を赤くしながら、魔法使いは顔を魔女から離した。
「つれなくなったわね~そんなに王様大事?」
「……王様大事じゃない、国が大事なんです」
瓶を受け取った魔法使いはこの一軒家から出ようとした。
「あらそう、こんな素材が必要な王国に、近い将来未来なんてないわよ」
「……だから、追放されるほど危険な魔法を作るんですか?」
魔法使いが振り返って問いかけると、魔女は杖に身体を傾かせイタズラっぽく笑った。
「いやね、私は興味があるから作るわけ。あなたが国を真摯に思うように、私は魔法に真摯に取り組みたいの」