第九話 雪花、告白する
告白します。
結局、色々な人に聞いて回ったが、雪花が求める答えらしい答えが出てくる事はなかった。一般人からすれば「誘えばいいだろ」「はよ告白しろ」という結論で済む話だからである。
最終的に親友の響子に決断を仰ぐ事になったが、その親友もまた「自分の思いを伝えればいいよ。邪なことを考える人じゃないよ」と、背中を押される羽目になった。
「……でも、私がそんなことしたら」
「ほーら、またそんな事言って。それじゃいつまで立っても進展しないよ」
響子は優しく雪花に言い聞かせる。
「雪花ちゃんの気持ちもわかるけど、やらなきゃ葉沼くんは振り向いてくれないよ」
「……でも」
「人を好きになるのには理由なんていらないの。そこには家柄も人種も性別も、ね。それとも、貴方は私が咲良井家のお嬢様だから選り好みをして付き合っている、というわけ? 千歳ちゃんとかだってそうでしょ」
「そ、そんなことはないよ……響子も千歳も大切な友達だもん……」
「なら、大丈夫よ。あなたが心を許せるっていうなら、悪い人はいないし……それに葉沼くんが来てほしいと思うのは、河童懲罰倶楽部の総意でもあるわけだし……そう思えば、ね?」
「! そ、そうだ。そう考えれば私個人の話だけにおさまらない……ありがとう……響子」
どこからが雪花のプライドで、どこから許容範囲になるのか、響子には判らなかったが、あの頑固者の雪花がすんなり折れてくれたのは僥倖だと、心の底から安堵した。
「おーい、お嬢。葉沼がいつものベンチへ来たよ」
「!!」
遂に胸の内を明かす時が来た。然し、この場に及んで雪花は急に弱気になりはじめ、尻込みを始める。
「わ、わたし……」
響子とヘラ以外には絶対に見せない弱気な顔。こんな女々しい雪花サマをみたら、世の男どもはどんな
反応をすることであろうか。
「ほら、頑張って……」
響子は雪花の指先をそっと包むと「失敗することを考えるより成功したことを考えて」と、優しく諭した。
階段を降りて、中庭を通り、葉沼のいる校舎裏へと向かう。
一歩一歩を踏みしめながら、あの日出逢った場所へ到着すると、あの日とほとんど変わらぬ格好と雰囲気をまとった葉沼が、いつものように鳩や雀にパンくずを与えていた。
雪花は三度ばかり深呼吸をして、葉沼の側へと近づき、意を決して彼の名を呼んだ。
「葉沼首席!」
雪花の声を耳にした葉沼はコッペパンをちぎる手を止めて、彼女の方を向いた。顔を真っ赤にしている雪花をしばし凝視していたが、特に驚く様子もなく、「君は……鶴喰雪花といったかな……」と、優しい声でつぶやいた。
「…………!」
名前を覚えていてくれた――これだけで雪花は昇天しそうになったが、この程度で参るわけには行かなかった。
「……それで俺になにか用ですか?」
「お願いがあります」
雪花はゴクリと生唾を飲み込んだ。普段は幾重にも仮面をかぶせて、冷酷な自分を演じてみせるが、今日ばかりは仮面も虚構も全て剥がれ落ちて、一人の女子高生として、立っている。
胸が苦しい、喉が渇く、顔が熱い――恋をすることはこんなに激しい事なのか、とグルグル回る頭の中で、雪花はそんな事を考えた。
「わ、私と……河童懲罰倶楽部に……いや、私と……」
シドロモドロで、まとまりのつかない言葉の糸を一生懸命にたぐり、自分の言葉にしようとする。指先には先程握ってくれた響子の温もりが、まだ残っている。
雪花は決心をした。河童懲罰倶楽部に誘う流れで、葉沼へ告白してしまおう、と。
響子や千歳のアドバイスを聞いているうちに、どうせ告白をするのなら、いっそのこと自分の心を吐いてしまったほうがいいのではないか。葉沼を自分好みの人間にして、うまく操るのは後々手塩をかけてやればよい。どうせ無垢な人間を相手にするのだから、あえて小細工をするよりも正々堂々と勝負をした方がいい――そんな結論へ到達していたのである。
「そ、その……わ、私と……付き合ってください!」
一世一代のプロポーズ。
雪花が初めて自分の心と向き合った末に生み出した不器用ながらも愛のある告白である。
雪花は顔を真っ赤にしながら、葉沼の様子をそっと伺った。
是か否か――爆発しそうなハートに振り回されながら、葉沼と目を合わせると、果たして彼氏は優しそうな顔をして微笑んでいた。
「……わかった」
「!」
「君の言葉通り、付き合うよ」
「……ふぇ?」
「付き合ってあげよう。君の思いが満たされるまで」
そして二人は相思相愛の仲だと気がついて、一対のカップルとしてスタートを……
――すれば、どれだけ楽だった事であろう。
「鶴喰、君は男嫌いだと聞いた。今まで君が僕に口も利かなかったのは、そういう理由があったようだね。いや、べつに悪いとは思わないよ。人は人だもの…… 飛鳥から聞いたよ。君も変わる気になったって……」
実は彼女に呼び出される直前、葉沼は飛鳥と出会っており、そこで雪花の男嫌いの話を延々と聞かされていた。曰く、男友達を作ってこなかったこと、恋愛関係がないこと、卜部先生が砂糖を吐いたこと、そんな自分を直そうと最近考えているようだと言うこと――
「それを直すために俺と付き合いたいというのだろう? キミも偉いね。自分の欠点を直そうって本当に苦手な男に声をかけるのだから……」
葉沼は編入してきてから、雪花に声をかけられなかった理由は、「男嫌いの性格」にあると一人合点し、納得していた。そんな彼女が自分に声をかけてくれただけでも、驚きであり、喜びでもあった。
「鶴喰の男嫌いが治るなら、俺も協力するよ! 俺は編入生だから君の過去は知らないが、出来る事なら……と、友達として……」
葉沼がもう少し疑い深く、冷酷な性格であったならば、このプロポーズの言葉を緒に、二人はそれぞれ自分の心を吐露し、ぶつかり合い、その結果、心が通じ合って、一対のカップルになったかもしれない。
しかし、人を疑う事を嫌う葉沼と人を疑ってばかりいて本心を中々出さない雪花の組み合わせは、水と油、雪と火のような関係の如く。
二人共心は通じているのに、雪花の性格と葉沼の優しい心がすれ違って、上のような歪みを生み出す羽目になってしまった。
「俺もできる限り協力するよ。鶴喰は河童懲罰倶楽部にいるんだよね? 飛鳥から全部聞いたよ。面倒事が嫌で近寄らなかったけど、君の男嫌いを治す為に役立つなら、是非参加をさせて!」
葉沼は雪花の手を握り、正々堂々たる口調でそう宣言をした。
よくよく聞くと、確かに告白の返答であるが、悲しいかな葉沼の心のなかには「雪花の恋人になる」という感情はどこにもなかった。
「仲間としてよろしくね! 鶴喰!」
(仲間…………仲間…………首席…………ああ、私の一世一代のプロポーズ…………)
そこまで頭の中によぎると雪花はその場で燃え尽きて、灰になってしまった。
緊張と感情を堪えて口にした告白が、自分の性格と周りの空回りの末に、あらぬ誤解を受けてしまっている。雪花はつくづく自分の性格の難儀さを思い知らされる羽目になった。
「どうした! 鶴喰! 鶴喰ィ!」
雪花サマの思い描く恋は、どうやら茨の道のようである。
これで終わり――ではありません。ここから先が、雪花サマと葉沼首席の勝負になります。といっても、雪花がどうやったら葉沼に振り向いてもらえるか、悶々とするだけですが。