第八話 アンジャッシュ
チャーハンの素なら永〇園!!
「鶴喰さん、鶴喰さん!」
「ふぇ……?!」
歓奈の一喝に、流石の雪花も現実に引き戻された。
「……判ってます。判ってます。若さに甘んじて堕落してしまったのでしょう」
鋭い視線を向ける傍ら、時折ヘラの耳元でなにかごちゃごちゃいっている。言い終わるとヘラがビクンビクンと戦慄し始めるあたり、また下らないギャグでもいっているのであろう。
「しかし、それは風紀委員として無視できないお話です」
「え、え、何言って……」
「先程から聞いておりました。盗み聞きになりますが。なにやら、葉沼さんとラブラブになったとかなんとか。どこまで手を出したのですか。肉体ですか? 夜這いですか? き、キスくらいなら許してあげないこともないですが……」
彼女は「うまく行けばラブラブに……」という雪花の発言を取り上げたが、その前の「倶楽部に入れなければならない」という前提条件を聞きそびれている。一人で勝手に妄想して、勝手に顔を真っ赤にする風紀委員とどうしたものだろうか。当然、雪花は置いてけぼりとなっている。
「さあ、告白なさい! 」
「え、あの、私……まだ告白もしてないんですけど……」
「ほぉ……しらを切るつもりですか?」
「だって、告白してないですから……」
「吐いちゃったほうが吐くになりますよ……」
「吐くも何も……告白してない……」
「貴方も中々強情ですね?」
話は完全に平行線になってしまっている。普通ならばどこかで気がつくであろうが、クセモノ二人の事ゆえ、話が拗れる一方である。
「貴方、中等部では長らく首席だったのに、洗礼で首席取られたのが悔しくってそんなことをしたのでしょう? さ、告白なさい!(罪の懺悔をしなさいよ!)」
「そ、そんなことしませんよ……! こ、告白なんてできない……(ま、まだロクに話もできていないのに)」
夕暮れ時の廊下で次席と風紀の鬼がぼんやりと伸びていく。これが昼間の人通りであったならば、多くの野次馬が駆けつける事であろう。
ああでもないこうでもない、と平行線の論議が進んでいく中で、グッと歓奈の袖を掴むものがあった。
「ま、待った……あ、あんたは……誤解してるよ……」
それはやっと笑い地獄から立ち直ったヘラであった。
「なんです? 往生際わるいですね。ご飯がススムくんでも受けたいのですか?」
「ウフッ……いやいや……そうじゃない……あのな……告白なさい……なんて……いうもんじゃない……あの……な………ヘタレお嬢様は……肉体関係どころか……話だって……ロクに……したことがない……恋人以前の……問題……」
ヘラはヒーヒー引きつけを起こしながら、弁明に努めはじめる。
「あんたが……告白なんて……いうから……お嬢は……恋人へ愛を伝えるものだと……思ってる……懺悔をしろ……といってよ……」
こういう時、常識人ポジションになるヘラが如何に苦労をしているかは言わずもがなといったところである。脇腹をさすりながら、雪花の方を見つめた。
「大体……このお嬢が……昨日……今日……で……恋人ができると……思いますかい……?」
歓奈だって当然知っている。雪花が孤高の女王と呼ばれ、周りを惹きつけなかった中等部時代の姿を――
「……じゃあ、葉沼くん云々というのは?」
「そりゃ……簡単……アイツが河童懲罰倶楽部に来ないから……それを誘いたい……ってだけ……葉沼との関係を持ちたい……ってのは……同じ倶楽部に誘いたい……って意味さ……」
ヘラは雪花が本当に恋心を抱いていることまで知っていたが、さっさと切り上げたいと思っていたのでそこまで話すことは無かった。
そこまで言われると、流石の歓奈も己のミスに気がついた。頬をカアっと紅くし、大きく首を降る。
「お、おほん。早とちりをしてしまったようですね。確かに鶴喰さんが早々男に手を出すなんて信じられませんね」
これでやっと帰れる、と雪花はヘラを引きずるようにその場から立ち去ろうとしたが、「まだ終わりじゃないですよ」と引き止められた。
平常心を保つ仮面はいつの間にか外れてしまい、嫌悪感丸出しの顔で振り向くと、歓奈が嬉しそうに、ガッツポーズをしていた。
「私、決めました! 不純異性交遊がないように! そして、学校を代表とする健全カップルになってもらうために! あなた達を監視対象とします!」
ドヤ顔でそう宣言をしてきた。
その勢い余って、高校生とは思えないほど熟した大きな胸がバインと揺れる。
「はぁ……もう勝手にしてよ……」
その胸の大きさに直面した雪花はその場に座り込んでぶつぶつといじけ始めた。
その理由は簡単で、歓奈の胸に謎の敗北感を覚えたからである。別に張り合う必要もない要素でありそうなものであるが、「風紀委員」の分際で、この胸の大きさは反則ではないか、と苦悶するばかりであった。
一方、笑い地獄から開放されて立ち上がる事ができたヘラは、相変わらずよくわからない風紀委員の態度に溜息を吐きながら、先日の高砂衛介が放った啖呵「テメーが風紀上の一番の問題じゃねえか!」というのが、正論であったな、と思い返すのであった。
そんな二人の心を知る由もなく、歓奈の胸は静かに揺れている。
次回、葉沼に告白をします!