第七話 宿敵現る
雪花に危機が迫る……?!
「なんとかして葉沼首席を倶楽部に入れなければ……」
「でもどうするのさ」
千歳衛介コンビのバカップルぶりを見た次の日の放課後、相変わらず策略がまとまらない雪花はいつもの中庭で、ああでもないこうでもないとヘラを相手に話を続けていた。さっさと誘えばいい話であるのに、それを許さないのが、彼女の面倒くささである。
「なんとかうまく罠にはめて、倶楽部に出入りさせるようにしなければ……」
「いやー、普通に誘えばいいでしょ」
「それは私のプライドが許しません!」
「あー、さいですか……」
「私の手を汚さずに倶楽部に入れる! そして、私が彼を魅了する! 彼が告白する!」
その理論は完全に密室殺人や傾城の君の考え方であるが、ヘラが突っ込みきれるはずもなく、ただひたすらに頷くばかりであった。
「そうすれば、首席とラブラブに……うまくいけばラブラブに……イチャイチャと………」
「雪花、しちゃいけない顔してる」
ヘラは一人妄想に溺れる雪花を揺さぶってみるが、彼女が夢の世界から戻ってくるはずもなく。
『雪花、今日も麗しいね』
『雪花……好きだよ』
『雪花……本当にいいのかい?』
「ぐへへへ……葉沼首席とラブラブ……イチャイチャ……」
雪花の頭の片隅にあるお花畑には、仲睦まじいカップルとなった葉沼と雪花が遊んでいる。
その時の雪花の顔は「見せられない」ものである。卜部先生がこの顔を見たら、廊下を砂糖まみれにする事であろう。
雪花の妄想が頂点に達する頃、「何をお話なさっているのですか?」と、冷たい声が聞こえたかと思うと、音もなく人影が現れた。
「げっ、お前は……」
「今、風紀の乱れを観測しました」
二人の前に姿を表したのは、歩く十八禁――もとい、風紀委員の桧取沢歓奈。カリスマ的な人気と絶対的な正義感から「鬼の風紀委員」とあだ名されている。
「ここは、河童懲罰倶楽部しか入れないはずだぞ……?」
「あら、面白い事をいう人ですね。かくいう私も倶楽部に入れる権利はあるんです。風紀委員の仕事が忙しいので、行かないだけです」
そういうと、歓奈は許可証を魅せつけるように取り出した。この風紀委員、カリスマと呼ばれるだけあってか、成績はとてもいい方である。もっとも飛鳥に負けているのは秘密であるが(飛鳥はあの幼い言動と振舞いにもかかわらず、葉沼、雪花に次ぐ学年三位という化け物である)。
それに加えての肉体美である。この体と容姿で、何人の男子高生の息子の夢想を慰めて来たかは判らない。もっとも、夢想の世界であり、現実社会での交友は「破廉恥」という理由でしていない。
(クソ……一番嫌な奴に話を聞かれた)
雪花はまだ妄想の世界から戻っていない。ヘラは彼女を連れて逃げようと思ったが、中庭の構造は複雑なため、そう簡単に逃げられる気配もない。
「あなた方、今何を話してました?」
「それをいう必要があるのか?」
ヘラは雪花を揺すぶりながら、つっけんどんな応対をした。
「別に何を話そうがこちらの自由だし。あんたに詮索される覚えはないね」
「ほう、この風紀委員を前にして言わないとは度胸がありますね……それならこちらも策があります」
三人の間に緊迫した空気が、流れる。これが洋画ならばここでピストルの早撃ちが、立ち廻りならば豪快な斬り合いへと発展してもおかしくはない。
従者として、友人として、ヘラが雪花の前に立って身構えた。それでも歓奈は臆する事もなく、「隠し事をするのは、今風に言えばヤバタニエンです」と、静かにつぶやいてみせる。その威圧感たるや、教師も恐れる「風紀の鬼」の何相応しいものである。
「隠し事をされるのは、私にとってもツラタニエンです」
「……やるのか?」
廊下に響き渡る靴の音。ヘラの前に立ち塞がった歓奈はそっと体を斜に構えた。次に出るのは――ヘラが生唾を飲み込んだ瞬間、
「チャーハンの素なら!! 永○園!!」
飛んできたのは拳でも怒号でもなく、和田ア○子のモノマネであった。それを真顔でやるのだからたまったものではない。
「ブヒャヒャヒャヒャヒャ!!! 」
歓奈の物真似を目の当たりにしたヘラはその場にヘナヘナと倒れ込み、ひっくり返って笑い始めた。
これは大きな秘密なのであるが、ヘラ唯一の弱点は「爆笑」で、見事にツボにハマった日には笑いが全てダメージと化し、七転八倒の苦しみを味わう事になる。
「ひー!! やめてくれ!! そ、そ、そんなものを見せられては、ふふふ、は、腹が割けるわぁ、ウヒヒヒヒヒヒ」
「永谷○の麻婆春雨!」
再び和田アッコのモノマネがヘラの耳元に直撃する。その度にヘラは浜辺に打ち上げられたウツボのごとく、びたんびたんと転げ回り、ひっくり返って笑っている。その内、ヘラはただただ笑い転げて、引き付けを起こすだけの無用の長物と化した。
「さて、邪魔者は消えました。貴方……葉沼さんになんかしたのでしょう?」
夕陽に照らされた歓奈の姿は、さながらサスペンスドラマの終盤に推理を披露する名探偵のような、雰囲気をまとっていた。
僕は永谷園より丸美屋食品派です