第六話 雪花サマはお悩みです3
バカップルです(続き)
衛介は会心の一撃を受けたように、ポカンっと口を開き、一瞬戸惑いの表情を見せたが、すぐさま大きな目を見開いて、雪花に詰め寄った。
「な、な、てめぇ……」
雪花の前でメンチを切ったが、雪花はそれに動じることはなかった。その冷ややかな目といい、態度といい、件の「豚を見るような目」である。サファリパークの連中ならば、「ブヒィィィィィ」などといって、その目と態度に対して狂喜乱舞をするだろうが、短気な衛介には通用しない。
「あら、どうしました?」
「や、や、やい、やい! それとこれとは話が別だろ?」
「別といえば別ですが、私にとって葉沼首席を倶楽部に入れようというのはこれくらいの決心なんですよ?」
「そ、それと比べるな! 話が違うだろ?」
「なら、犬が先に手本を見せてくださいよ」
「…………」
「ほら?」
「ぐぬぬぬ……」
千歳と衛介は友達以上恋人未満という複雑な関係である。衛介は少なからず千歳の事を思っているが、これまた頑固な性格ゆえに己の正直な心を吐露することができず、千歳もそんな衛介の煮えきらなさに、ヤキモキする日々を送っていた。
「うるせぇぇぇぇ!!! てめえに千歳の何がわかるってんだ!」
「じゃあ、貴方に葉沼首席の何がわかるっていうんですか!」
「千歳はそりゃ気立てが良くて、顔もよくて、飯もうまいが……そういう邪な関係は持ってねえ。手前の話とは別だろ?!」
「ふんっ、面白いことを言いますね。わたしが葉沼首席をお誘ういするというのは、それくらいのプライドを要するってことですよ!!」
しばし、雪花と衛介は名古屋不破の鞘当のごとく、いがみ合っていたが、どうせ喧嘩した所で勝負のつかない相手である。
衛介はそのまま立ち上がり、椅子を蹴倒すと、「けっ、馬鹿らしくなってきた。こんなお嬢様の戯言についていけるかっ」と、帰り支度を始めた。
「千歳、あとは任せた」
「なに、アンタ、またアタシに丸投げするつもり?」
「こういうのが女子会っていうんだろ? いいじゃねえか、男の俺ァ部外者さね」
「そんな事言って……面倒くさくなっただけじゃん」
「うるせえなあ、グチグチグチグチ」
「グチグチ言いたくなるよ、こっちは。まーた、喧嘩を買って、途中でずらかるんだから……」
「ああ、そうだよ、悪いか。逃げるが勝ちさよ。じゃ、俺ァ帰るから。アバヨ」
学生服を肩に引っ掛け、くるりと後ろを向いた衛介に向かって、千歳は「……あ、待って、衛介」と呼び止める。
「あ? 呼び止めたって無駄だぞ。帰るから」
「そうじゃないよ。先に帰るならついでにおつかいしておいて」
「ふんっ、お前も大概じゃねえか。人をパシりやがってよぉ……で、何買って来りゃいいんだ」
「そう、油揚げが安売りしていたはずだから、三袋くらい買っておいて。それに」
「牛乳は?」
「えー、と、まだ半分くらい残ってるからいいよ」
「そうか。なら油揚げと魚だけでいいな」
「あ、あともう一つ」
「あ? なんだよ……」
「風呂の洗剤も切れちゃったからついでに買っておいて」
「いつものか? 詰替えでええか?」
「いいよ」
「ふんっ、人遣いの粗い女だ」
雪花サマを一瞥する事なく、カツカツ下駄を鳴らしながら部屋を出ていった。
「……ねえ、千歳」
「ん?」
「なんで、プロポーズしないの?」
「え、夫婦じゃないし」
「今のが!! 夫婦じゃないなら!! 何が夫婦なの?!?!」
目の前で熟年夫婦のような甘くてどこか苦味のある掛け合いを見せられた雪花が爆発するのも無理はなかった。
「なんで怒ってるの?」
「怒りますよ! こっちは恋で悩んでいるのに!」
「え? それとこれとは関係ないじゃん?」
流石の雪花も、この鈍感な二人を目の前にしてはただただペースを乱されるばかりであった。これでは葉沼を引き入れる作戦が生まれるはずもない。
「ああ、もう頭痛くなってきました。後は自分で考えます。またメールしますからよろしく……」
普段は策略を駆使して勝利の可能性を最大限まで引き上げる雪花であるが、今回ばかりはどうあがいても勝ち目がなく、なんともいえない敗北感と「リア充爆発しろ」という、下々の者が覚える感情を初めて知る事が出来たような気がした。
次回、雪花に最大の危機が訪れます!!!!(当社比)