第五話 雪花サマはお悩みです2
バカップルです。
「……雪花、気持ちはわかるけど、弱点を掴んで脅すのはよくないでしょ。普通そんなことされたら引かれるか、ビビられるよ。もっと自然にやらないと」
「自然に……」
「うまく友人を使って誘導するとか、スカウトするとか、さぁ」
そこまでいうと千歳と雪花は衛介の方を見つめた。
「え? なんだ?」
「……そういえば犬はなんで首席と仲がいいんでしょう。よく喋っているのを見かけるけれど、その睦まじさは転校生のそれじゃない気がします」
「そう、それ思った。あんた、葉沼と仲が良いけどどうしてなん?」
そう問われた衛介は別に隠す様子も、恥ずかしがる様子もみせることなく、相変わらずのざっくばらんの調子で、「そいつを話ぃ始めると、話せば長い高輪の……になるんだが、まあ掻い摘んでいえば、中学以来の関係だ」
「……あんた、そりゃさっくりし過ぎだよ」
千歳は、落語のネタじゃあるまいし、とツッコミを入れた。
「そうか?」
「あんた、饅頭こわいを説明するのに、『お前何が怖い??』『お茶が怖い!』っていうの? 噺の頭と尻だけいっても伝わらないでしょ?」
「じゃあもう少し補足する」
衛介はエヘン、と一つ咳払いをした。
「中等部一年の頃に、マヂ吉叔父貴に連れられて、南千住に行ったんだよ。その時に知り合ったんだな。相手も付き人だった気がするが……」
マヂ吉叔父貴とは、長年八王萬学苑の理事長をつとめ、この学校を世界でも有数の名門校に仕立て上げた功労者である。現在は怪我を理由に理事長の座を退き、ジョシュア女史に禅譲をしたが今もなお名理事長として、奇人として知られている。
「……どうして、理事長さんと南千住行ったのです?」
「叔父貴よぉ、当時、ア○パンマンポップコーンこうじょうに無茶苦茶凝っていて、あのハンドルをどれだけ回せるかっていう世界大会に出たんだ。それが南千住で開催されたんだ」
「……犬、嘘言ってません?」
「なんで嘘を言う必要があるんだ? 写真もあるぞ?」
そういうと衛介はボロボロになったガラパゴス携帯を取り出し、写真ファイルを漁り始めた。
「……えー、あまり最近写メ撮ってねえからな、えー、えー、あ、あったよ。ほれ」
画像こそ粗いものの、多くの人種や老若男女に囲まれて、優勝トロフィーと共に胴上げされている理事長の姿が、確かにあった。
「……なんで包帯してるんです?」
「ラストスパートで脱臼したんだよ。ハンドルの回し過ぎで。ハ○ーキティ!!! こんにちわーーーー!!!! って大声あげながら、アメリカ最強の男、ミッキー・トーマス・マンと張り合ったのは、今でも瞼の奥に焼き付いてらァ」
衛介は真っ赤な顔をして、「ハ○ーキティ!!! こんにちわーーーー!!!!」とハンドルを回す理事長の真似をはじめた。
「怪我ってもしや……」
「いや、それは違いの鷹の羽さ。叔父貴が怪我をした理由ァ、ビ○ダマンだ。魔のビ○ダマンを封じるために、熱海の錦ヶ浦で、死闘を繰り広げた。なんとか相手ェねじ伏せて錦ヶ浦に封印したンだが、その時の相手の一撃で上腕二頭筋長頭腱炎をおこしたンだな」
普通の人ならば「ビー○マンかよ!」と、大声で突っ込む所であろうが、中等部時代色々と世話になった雪花にとって、聞き逃せない話であった。
「そのために理事長は……」
「と、いえば少しはカッコイインだが、実際は、決闘の次の日が人間ドックだったのをすっかり忘れていて、散々飲み食いしちゃったんよな。唐揚げとビールで。そんで、見事に引っかかって『血圧とプリン体を節制してください!』って怒られたのと、その直後に尿管結石ができて死ぬほど辛い思いしたからやめたって、いうのが事の真相だそうな」
「……なんか真面目に聞くのがアホらしくなってきたわ」
千歳はかったるいといわんばかりの表情で友人とSNSをし始めている。
「……その時に知り合ったということですか?」
「ま、そういう事だな。その時、今の理事長もいて――女史は参加していなかったけど――、その紹介で知り合ったんだよ。口数はあまり多くないが、根は優しくて面白いやつでな。メールとか交換して暇さえあれば文通ならぬメール通をしていたわけさぁね。頭がいいたァ噂に聞いていたが、この学校に編入する予定、と言ってきたときは流石にたまげた、駒下駄、日和下駄」
「洒落を言ってるんじゃないよ。でも、どうして編入してきたんだろう?」
「さあ? そこはアイツも言わねえし、俺も詮索ァしねえ主義だ。ただ、再会した際に一つ言っていたのは、今の理事長からすごい推薦があったそうだ。本人は岡山から移る気はなかったようだけど、ほはらアイツの家はあまり裕福じゃないからさあ……そういう事情もあって編入した、的なことは聞いた」
「じゃ、奨学金目当てってこと?」
「言い方悪いがそれはあるかも知らんぞ。あいつも苦労人だからなあ」
「そうねえ。あんたもアタシがいなけりゃ、ろくでもない生活を送ってるでしょ」
「あ? 俺がいるからお前は張り合いがあるんだろ? 勘違いするな。俺はな、別にこんな学校通わなくとも陶芸と妖怪退治で食っていけるんだ」
「あー、そう。またそうやって見栄を張るんだから」
またもや雪花は置いてけぼりとなりかけている。
「あの……夫婦喧嘩はやめて……」
「夫婦じゃない!(じゃねえ!)」
「話戻しますが、葉沼首席をどう誘ったらよいでしょう?」
「誘うも何もストレートに『入りませんか?』っていえばいいのでは?」
「そ、それは……」
「それは?」
雪花は、自分の口から葉沼首席を誘うのはプライドが許さない、なんだか自分から葉沼を求めてるようで嫌だ、と説明した。
「はぁ……あんたねえ……そんな事は勘ぐりやしないよ。普通の人は」
「でも、万が一があると……」
「そうなったら告っちゃえばいいでしょ」
「そ、それも困る……わ、私は正確なプロセスを踏んでやりたいの!」
「プロセスもサクセスもあるものかね。そんな弱腰で大丈夫なの? 葉沼を引き入れる気あるの?」
千歳が愚痴ろうとした矢先、カッと怒号をあげたのは衛介であった。
「まどろっこしいヤローだな、てめえは。将来鶴喰グループを引っ張ってやろうっていう奴がそんな優柔不断でどうするんだ、ええ? 真夏の死体じゃあるめえし、ウジウジしていたら嫌われるぜ。普通に誘えばいいだろよ?」
短気な衛介は、雪花の煮えきらない態度が嫌で嫌で仕方がなかった。彼と彼女の馬が合わない理由は、双方ともに一種の天才でとてつもない不器用という、性質的に似ているがゆえの同族嫌悪――が存在していた。
「葉沼がそんな邪なことを考えるのかっての。普通に誘えばアイツだって話くらいは聞いてくれるだろうに。何を考えてんだ、バカヤロ!」
葉沼と仲が良い衛介の事である。なんとかして自分のペースに持ち込もうとする雪花の冗漫な態度が、彼の逆鱗に触れる事となった。
「あら、犬畜生の分際でいいますね……そういうことは、余所事だから言えるんですよ?」
「ふん、何が余所事だ」
「貴方だって千歳に告白していないくせに……」
やめて! 雪花サマのマジレスで、タカサゴ・フィールドに踏み込まれたら、粋がっている衛介の精神まで燃え尽きちゃう!
お願い、死なないで衛介! あんたが今ここで倒れたら、千歳や葉沼との約束はどうなっちゃうの? 切り札はまだ残ってる。ここを耐えれば、雪花に勝てるんだから!
次回、「高砂衛介死す」。デ〇エルスタンバイ!